陰キャ女の子をいじめから庇った男、魔法少女界のフィクサー扱いされる 作:魔獣という概念が地味な事を嘆く者
以前の墨染隠花の世界にはずっと冷たい笑い声が満ちていた。
ーーー
「おい見ろよ…また闇の眷属ごっこやってるぞ」
「呪われそうな目つきしてて更にノートにキモいバケモノの落書きしててさぁ…マジ笑える。役満じゃん。」
「関わったらハブられると思ってね。みんなシカトでよろしく。」
クラスの誰もが私をいないものとして扱い、陰でクスクスと指をさして笑う。
人前だと喉が引き裂かれたように「あ、ぅ」としか喋れなくなる極度の陰キャ。
現実の世界に居場所がないからノートの端に独自のダークファンタジーな怪物の絵を描くという周囲から見れば『笑いもの』にするのに格好の趣味。人目につかないように描いてはいるけど一度見られて以降噂はすぐに広まってしまった。
それに加えて私は他の女の子みたいに華奢で可憐でもなかった。
中学生のくせに肉付きが良すぎて胸や太もも、お尻のラインが嫌でもぼってりと膨らんでしまう。ただでさえ目つきが悪くて気味悪がられているのに身体だけは無駄に発育が良くて肉感的。
そんな自分の肉体を「エロキモい」と笑われ、怖くなっていつも大きめの制服を着て世界から消え去るように縮こまっていた。
「……うう、ぅ……」
夕暮れの生物室。
冷たい水に手を浸しながら私は泣き出しそうなのを必死に堪えていた。
誰もやりたがらない特大飼育水槽の清掃と生ゴミの処理。クラスの女子のリーダー格である神代麗奈さんの取り巻きのひと達に「笑いものの墨染さんにお似合いの仕事ね」と押し付けられたものだ。
水槽の砂利を洗い大量の生ゴミと他のゴミも兼ねて集積所まで一人で運ばなければならない。今思えばあの時すでに心の何処かが悲鳴を上げていたんだと…思う。
「おつかれー。遅くなった」
ガラガラと音を立てて扉が開くと、そこにいたのは同じクラスの東雲零士くん。この都内私立中学校を特待生で入り学校内でも一目置かれている人。
肩にカバンをぶら下げ眠そうな目で部屋を見渡している。
私は恐怖で全身の肉が跳ね上がるほど硬直した。また私はこの醜い姿を見て笑われるのだろうか、と。
でも彼はいつも違う。
「あ、ぅ、え、と……」
「今日も1人でやらされてんのか。2人でやった方が早く終わるし半分以上はこっちに寄こしてよ」
零士くんはクラス内の「墨染隠花は笑いものにしてハブるべし」という同調圧力なんて気にしていない様子でズカズカと近づいてきた。
そして私が持とうとしていた重いバケツを何食わぬ顔でひょいと持ち上げる。
「あ、の……わ、わたし……不気味……だか、ら……笑わ、れる、から……」
蚊の鳴くような声で必死に警告しようとした。
自分に関わると零士くんまでクラスの笑いものになってしまうから…だけど零士くんはバケツを抱えたまま不思議そうに首を傾げた。
「え、何……『笑われる』って? お前が? どこがだよ。ただ目が据わってるだけだろ。眠い時の俺の方がよっぽど酷いぞ」
クス、と零士くんが小さく笑う。その笑みはクラスメイトの人たちの嘲笑とは全く違う温かいもので私の心臓は破裂しそうなほど大きく跳ねた。
私の存在を恐怖も嫌悪もなく正面から受け入れられた瞬間だった。
ーーー
二人で水槽の掃除を終えて重いゴミ袋を二人で抱えながら集積所へ向かうと、そこには運悪く神代麗奈さんとその取り巻きの人たちが待ち伏せていた。
「なんでアンタはいっつもソイツを気に掛けるの?」
あの時、神代さんは幼馴染である零士くんに異常なまでの執着を抱いていた。
『神代家』は代々優秀な魔法少女の素質を血として受け継いできた家系で、魔導院立ち上げ初期からも参画している有力企業神代グループとして絶大な基盤を築き上げている。
だけど零士くんは私から見ても徹底的なマイペース。
小さい頃から神代さんがどれだけの地位を獲得しようとも贔屓目に見ようとしなかったらしいし、どれだけ「私、将来は市民を守る立派な魔法少女になるために訓練してるの!」とアピールしても「へーすご。立派だから頑張れ」と淡々と返す場面しか見た事が無い。
神代さんにとってはその言葉こそが「私は零士に特別に評価されている、私はあの笑いものの陰キャとは違う特別な女なんだ」という心の拠り所になっていた……んだと思う。
実際に零士くんが手放しに褒めるのは称賛の証だったから。
だからこそ、神代さんは私を許せなかった。
自分がどれだけアプローチしても労いの言葉止まりで振り向かない零士くんが、クラスの笑いものである不気味な墨染隠花という存在と並んで歩いていることが。
「東雲さぁ、いつまでその呪われ女と仲良くしてんの? うつるよ?」
「そいつ喋り方も趣味もキモいの一目見て丸わかりじゃんか、お前まで笑いものになりたいわけ?」
みんなが零士くんを脅す。
私は恐怖でガタガタと震え、思わず零士くんの服の裾を掴もうとして手を引っ込めた。
私のせいで零士くんまで巻き込んでしまう。そう思って目の前の絶望から目を閉じようとした。
しかし彼はやはり徹底的にマイペースだった。
彼は呼び止めてきた取り巻きの人たちの顔をただの障害物を見るような目で見回すと、溜息まじりに言い放った。
「……お前ら邪魔になるから突っ立ってないで手伝って」
「は? 何言って」
「クラスの奴らが誰を笑ってようが知るか。俺は今、この重いゴミ袋を早く捨てて帰ってゲームしたいんだ」
「けどお前らがそこで無駄話してるせいで俺の自由時間が減るんだわ。文句があるなら代わりにこのゴミ運んで運ばないなら退け。神代以外のお前らだって自由時間をこんな無駄な事に費やして虚しくないのか」
ザワ…ザワ…
「……ッ、な、何よそれ……!」
神代さんの顔が一瞬で引きつった。
構築した『笑いものの墨染』という構図が一顧だにされず彼に無駄だとして吐き捨てられたのだから。
それでも彼女は零士くんを引き戻すために魔法少女候補である事を構えて叫んだ。
「東雲、目を覚ましなさいよ! 私は貴方のことを思って言ってるの! 私は将来、市民を守る特別な魔法少女になるのよ!? そんな私のアドバイスを無視してこんなクラスの笑いもののゴミ虫の肩を持つっていうの!?」
神代さんにとってはこれ以上ない正義の主張。私自身も正直ゴミ虫扱いされても言い返せない節があったから黙る事しか出来ないでいた。
でも、その言葉を聞いた瞬間に零士くんの目が今まで見たこともないほど哀れみの色を帯びたものに変わった。
「ゴミ虫って嘘だろ……考え無しだろその言葉は……神代、お前それ本気で言ってるのか?」
零士くんの声は怒ってすらいなかった。ただただ神代さんに失望していながらもその精神状態を案じている静かなトーンだった。
「お前さ、普段から「将来は市民を守る立派な魔法少女になる」って言ってたよな。その志だけは本当に凄いと思ってたし素直に尊敬してたよ……だから、あえてちゃんと言ってやるわ」
「え……?」
「このままじゃお前が本物の笑いものになるぞ」
これまでになく目を見開いて冷や汗をかき始める神代さん。
ストン、と冷たい刃が刺さるように零士くんの言葉が彼女の胸に突き刺さったんだと…思う。
「お前がやってることは魔法少女の正義でも何でもない。ただ気に入らない奴をターゲットにした陰湿ないじめだろ。」
「自分の機嫌一つで守る相手を選別して裏で笑いながらハブる……そんな奴が『市民を守る魔法少女』を名乗るなんてさ、それこそ世間に対するお笑いぐさだろ」
「あ……う……」
神代さんは完全にフリーズしていた。
「お前のその裏での行動のギャップが魔法少女って大義名分を口先だけの綺麗事にしてるって思いつかなかったのか。それを当然とばかりに思っているお前自身が一番滑稽で、一番の笑いものなんだよ……」
「俺はそんな安っぽい、みんなから後ろ指刺されて笑われるような魔法少女になって欲しくないって思ってたけどさ…」
零士くんの言葉は、神代さんの悪意を責めるのではない。
神代さんが最も誇りに思っていた『魔法少女』という夢を『今の神代さんがなったのでは笑いものになる』と本気の失望と共に諭している。
彼に認められたくて、彼に振り向いてほしくて、必死に磨いてきた神代さんの自尊心。例え自尊心でも零士くんに傍に居て欲しい気持ちは……私も少しは分かる。
それが彼によって私の目から見ても、取り巻きの人たちの動揺する様子から見ても完全に木っ端微塵に粉砕されていた。
「悲しいね」
「行こうよ、墨染」
「あ、ぅ……ん、ぅ……」
零士くんは神代さんを見ようともせず私の手を引いて歩き出した。
背後で神代さんが膝から崩れ落ちそうになり、その膝に必死に爪を立ててガタガタと震えているのが分かった。
誰かを笑っていたはずの場所であったのに自分が最も残酷な形で『笑いもの』として定義されてしまった。彼女の屈辱は目に見えて窺えた。
ーーー
静かになった夕暮れ、公園のベンチで一息ついた時。
私の心はまだ激しく震えていた。
「……あ、あ、りが、と……ござ、ぃ……」
「気にするな。帰ろうぜ……ん?」
零士くんは私が抱えていたノートに目を留めた。先程の動揺からかノートのページがめくれているのに私は気づいていなかった。
それが現実に居場所がない私にとっての心の拠り所としてノートの端に描いていた、独自のキャラクターの落書きだった。
ツギハギだらけの身体に独特の威圧感がある同心円の目を持つ不気味なぬいぐるみの怪物。
私はハッと気づいて慌ててノートを隠そうとした。身体が恐怖で強張る。
だけど彼はそのページを覗き込むと感心したように口笛を吹いた。
「へー。これ隠花が描いたの?」
「あ、ぅ、う、うむ、ぅ……!」
「思った以上に雰囲気ダークでウケるな。でもなんか独特のオーラがあって格好いいじゃん。俺こういうダークなデザイン好きだよ。」
――格好いいじゃん。
――好きだよ。
「あっ…!!うぁ……っ!!」
「?」
その言葉が私の胸の奥でカチリと音を立てて『私の中の何か』を起動させた感覚を……今でもハッキリと覚えている。
(……この人の、特別になりたい)
(世界中の誰もが私を笑いものにしても、私の目つきの悪さも、この不気味な落書きも……この人は全部普通に受け入れて肯定してくれた…)
(もう、この人の手を煩わせたくない。この人を何があっても守れる本物の格好いい強さが欲しい……!)
その瞬間、私の体内において上手くコントロール出来ていなかった魔力が零士くんへの感情によって爆発的に練り上げられた。
「うぅ……ぁぅ……!!」
「どうした?」
「っ〜〜〜……!!」
「ちょっとー!」
私の足はいつの間にか動いていた。
深く被った帽子の下で私は嬉しさを秘めた笑みを浮かべて急ぎ足で家に戻る。
これが、私の始まり。
ーーー
魔法少女の『契約』とは光り輝く福音である。
世界の裏側に存在する、清浄なる魔力の故郷『星霊郷』。
そこに住まう妖精や聖獣といった愛らしいマスコットたちは魔法の適性を持つ少女を選び出しその元へと舞い降りる。
「ボクと契約して欲しいんだ!世界を救う魔法少女になってよ!」
そんなザ・魔法少女さながらの可愛らしい光景を経て少女達は聖なる加護を授かり華やかな衣装を身にまとって『星霊郷の代理人』として覚醒する。
時代によってそれは形を変え、時には魔法少女がみな刀を携え異形と闘う時代があったり、近代では某まどかマギカヒットの影響により精霊と契約が億劫になるという珍事態が発生したり……それでも魔法少女管理機構『魔導院』の存在は大きく、魔法少女は魔獣に対する対抗手段として完全に廃れる事無く世界を守る戦士としてその魔法をふるっている。
だが。
この夕暮れのモダンなレンガ造りの家で起きたのはそんな美しき世界のシステムに対する最大にして最悪の例外だった。
(零士くんが……私のデザインを、好きって言ってくれた)
帰宅した墨染隠花の胸の奥でカチリ、と音が鳴り続けていた。
彼女の家系『墨染家』は現代の魔法少女システムが確立される遥か以前、数百年前の戦国から江戸時代にかけて歴史の闇で呪詛と異端の魔法を編み出し続けた陰陽呪詛の末裔だった。
それは現代の少女達の清らかな霊脈と聖なる精霊、聖獣達とは一線を画す。
人間の情念、執念、底なしの陰気、そして誰かを狂おしいほどに想う呪いを燃料とする……今は完全に廃れた呪い。
代々その濃すぎる血を引く者は「あまりの陰気の強さに周囲から忌み嫌われ、若くして精神を病む」と言われ外部から厳重にほぼ強制的に封印されてきた。
それ故にここ数代は墨染家においてその真価を発揮出来た者は見られなくなり、その風潮自体も廃れて墨染家は良家程度の範疇に収まっていた。
しかし血はしっかりと引き継がれており、隠花の極端な陰キャ気質、目つきの悪さ、人前でどもってしまう呪縛、どれもが墨染の血が濃すぎたがゆえの弊害であった。
だがその底なしの暗黒に東雲零士というあまりに彼女にとって眩しい肯定が投げ込まれたのだ。
爆発が起きた。
彼女の体内で数百年分の呪詛の血と零士への限界突破した……所謂クソデカ感情が核融合の如き反応を起こしたのだ。
「あ、ぅ……、れ、れいじ、くん……っ!」
これもまたレンガ造りのかまどの前で隠花は先程発現させたばかりの独自の魔法陣を魔法少女になる前から展開させていた。
魔法少女以外で魔力からなる魔法を使えるのは基本的に魔獣。それ以外の人間では魔導院お抱えの魔導師、道から外れれば魔力が宿って好き放題やる悪の組織の構成員など。
しかし隠花の陰陽呪詛はそのどれとも違った。
彼女の口から掠れた悲鳴のような声が漏れる。
その瞬間に彼女の影が異様に伸び、その闇が目でもカッと見開いたように2つの円がぬるりと現れる。
そこから顔が形作られるようにドロリとした漆黒の魔力が津波のように噴出した。
星霊郷からマスコットがやってくるのではない……彼女自身の影から、いつかノートの端に描いたあの不気味な造形が彼女自身の魔力を肉体としてメキメキと骨の軋むような音を立てて現実へと這い出てきたのだ。
「キ、ギギ……ギガァァァアアア――ッ!!」
電子音と地鳴り音を混ぜたような絶叫が闇から発せられ現れたのは、星霊郷の可愛い生き物とは180度違うツギハギだらけの布地で編まれたボタンのような瞳と3つの赤紫の爪を持つ異形の呪物。
それは星霊郷の契約の過程なぞを完全に無視し魔力だけで自給自足し主の感情だけを肯定する……世界にただ一匹の『自作自契約』という史上類を見ないマスコットだった。
「ぷはぁーっ!!出た出たーっ!!」
「応! 我が主の願い、確かに聞き届けた! 我はベルゼ! 主を笑う全ての愚者を黙らせる刃となり、主の想いを伝える盾となろう!!」
その瞬間、隠花の身体が旧術の因果によって組み替えられていく。
通常の魔法少女のようなピンクや赤のフリルをあしらった派手なドレスではない。
顕現したのは白色を基調とした彼女の豊かな胸の膨らみや腰回りのラインを優しく包み込みどこか修道女を思わせるおっとりとした落ち着きのあるロングドレスに、下半身は意外にも活発そうなショートパンツ。隠しきれない色香を漂わせる衣服だ。
そしてその頭部には通常時でさえ彼女のコンプレックスである三白眼をある程度隠せるほどに深い巨大な白のキャペリンとベレー帽を合わせたような帽子が彼女を象徴するトレードマークとして深く被せられた。
それは可憐な魔法少女などではない。
一人の少年のためだけに世界の理を書き換えて降臨した禁忌であるのだ。
ーーー
同じ瞬間。
公園から数キロメートル離れた高層ビルの屋上で一人の魔法少女の背筋が凍りついていた。
「な……ッ、何、この、悍ましい魔力は……っ!?」
当時の魔導院の関東支部最高戦力の1人、A級魔法少女最高位の不知火小鳥は手にした魔力観測端末を凝視したままガタガタとその手を震わせていた。これでも彼女は数々の災害となりうるであろう高クラス魔獣を葬ってきた歴戦の強者だ。
だが今、彼女の肌を刺すプレッシャーはこれまでの人生で戦ってきたどの魔獣よりも圧倒的に凶悪でそして冷たかった。
[おい、どうした不知火!? 魔力波動の数値がおかしいぞ!]
インカムから本部のオペレーターの悲鳴が響く。
「わ、分からないわ…! 数値が、数値が……!」
不知火の持つ一般端末そして魔導院本部のスーパーコンピューターの画面には信じられないログが並んでいた。
【魔力波動計測、10,000……50,000……100,000……】
【警告、システム許容量を超過しました】
【魔力反応、――― 0 ―――】
【エラー、対象は存在しません。または測定器の故障です】
[0……!? そんな馬鹿な!! この空間を圧迫するような密度で魔力ゼロなわけがないだろ! 観測端末の不良か…!?]
「ええ……故障じゃないわ……!! これ、測定器のカンスト値をぶち抜いて計算の桁が溢れてリセットされて………0になってるのよ……!!」
魔導院の近代の魔力測定器は星霊郷の魔力を基準に、もとい精霊達の協力も経て作られている。
しかし隠花の放った数百年分の陰の力が爆ぜた超高出力魔力は彼らの魔法科学では観測不可能なバグであったのだ。
「この日本に……恐らく私の目に映る範囲で……化け物が生まれた……」
不知火は持っていた端末を地面に落とし、ただただ夕闇に立ち上る白色の静謐でありながら底無しの闇を遠くから見つめて絶望に身を震わせるしかなかった。
ーーー
上層部の特殊な概念観測用端末にだけは一瞬だけ以下のログが刻まれ直後に端末が煙を吹いて物理的に爆発した。
【個体名:不明】
【測定値:ERROR(算出不可・国家崩壊規模)】
【警告:当該個体への接触を無条件で禁ずる。刺激した場合、日本列島の物理的存続が保証されません】
ーーー
「……あ、ぅ……え、と……」
日本の裏側ではそんな大パニックが怒っているとは露知らず、当の墨染隠花は契約のあまりの余波で家のあちこちが散らばってしまい公園のベンチに移動して完全に限界を迎えていた。
彼女の脳内は、今やパニックの極みにあった。
(ふえええええ! どうしよう、なんか新調したお帽子と、白いお洋服になっちゃった! これ、零士くんの言ってた『ダークなデザイン』にちゃんと合ってるかな!? ゴスロリとかにした方が良かったかな……ちょっと落ち着いたおっとりした感じになっちゃったけど、変じゃないかな!? そもそも、この浮いてるツギハギのぬいぐるみ…零士くんに気味悪がられたら私、今度こそショックで消滅しちゃう……!)
「あぅぅ……」
「そうか主…我が見た目がその少年に受け入れられるか心配なのだな。しかしこれぞ我が現世で留まれる姿。主の心の内で描いた理想なのだぞ。」
隠花は深い帽子のツバを両手でぎゅっと掴み、肉付きのいい身体をモジモジとよじらせながら蚊の鳴くような声で喋ろうとするがやはり言葉にならない。
そんな彼女の様子を公園の入口から零士はいつも通りのマイペースな目でじっと見つめていた。
(零士くん…!?いつから……!?)
「隠花、突然走り出してどっかいったと思ったらコスプレしにいってたのか。」
普通の人間なら空間の歪みやベルゼの同心円の目を見て失神するはずの場面。
だが彼の中では、先ほどまでの状況からある意味で致命的な『隠花がコスプレという新たな趣味を打ち明けてきた』という推察が完成していた。
「貴様!? 主に向かってコスプレとは何事か!!」
「こ、こす…ぷれれ!?」
(なるほど、俺が『デザインが好き』みたいな事を言ったから自作の衣装をわざわざ用意してここで見せてくれたんだ。派手目なもんじゃなくて隠花のちょっとおっとりした体型にすごく似合ってる。それに大きい帽子も相変わらずで恥ずかしがり屋のお前らしくて良いチョイスじゃん)
更に彼は、隠花が『自分のために、クオリティの高すぎる自作衣装と、自作のハイテクドローンをお披露目してくれた』と捉えて勝手に完全に納得していた。
「いいじゃん。その服、お前に似合ってるよ。大きい帽子もお前らしいカッコよさがある………あとそのぬいぐるみドローン、マジでどういう仕組みで浮いてるんだ? ボイスチェンジャーの音質もなんか辺り全体が震えるスピーカー積んでるみたいで凄いわ。お前実は工学系の天才だろ」
零士は浮いているベルゼの頭をポンポンと親しげに叩いた。
「ぬおっ!? 気安く我が主に肯定されたこの高貴な頭を叩くな!」
しかし次の瞬間には、ベルゼは背をピンと正したように起立の姿勢を取る。
彼への対応にほんの少しムスッとした隠花の三白眼がベルゼを捉えたからだ。
「……まぁ、お前のその恐れを知らぬマイペースさは嫌いではないがな! ははは…」
ベルゼは泣く泣く答えた。主従関係が完全に刻まれた瞬間である。
「あ、ぅ……ん、ぅ……」
そしてベルゼから視線を外すと隠花は彼にコスプレという認識の違いはあるものの魔法少女服を肯定され、帽子の下で隠花の顔は完全に沸騰していた。
その余波で公園の街灯がパチパチと一瞬だけ強く輝くが瞬時電圧低下だろうと現実的解釈でスルーした零士。
「じゃあ明日も学校だし送っていくよ。その大きい帽子、夜道だと前が見えにくそうだからちゃんと俺の隣を歩けよ」
「と、なり…!? ………ぅ、うん……」
「おお!? 主のクソデカ感情を察知した! 零士! 主は今、言葉にできないほどの至福の極致を感じているぞ! 零士くんにこの衣装を肯定され更に「夜道だと前が見えにくそうだから俺の隣を歩け」などとプロポーズ同然の甘い言葉でエスコートされるなんて、主の貧弱な乙女心が嬉しさで爆発炎上中だ! 今日この日の思い出を主は末代までの家宝として魂に刻み込む所存で」
「ひゃ、ひゃうあぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」
積極的な翻訳をかますベルゼに隠花は真っ赤な顔でペシペシ可愛らしい音を立ててベルゼを叩く。
「ぬおっ!? これでもダメなのか主よ!!」
「そのドローン調整中なのか隠花? お前の気持ちを代弁してくれるぶんには俺は良いと思うけど」
「そ、そぅ……ぅ……」
今度も彼に肯定され隠花は魔法少女服の裾を恥ずかしそうにきゅっと握り、不器用な足取りで歩き出す。
彼女の肩の上ではベルゼが零士の不敬には少し不服そうにしながらもやっと自分の存在が確立されたと胸をなで下ろしていた。
その夜は国家組織が『列島崩壊の特異点』として調査に乗り出し、時を経てから墨染家の血筋を復活させた東雲零士に戦慄する事になるのだがまだ彼女達は知る由もない。
『自作自契約』の魔法少女は少年の優しい勘違いに包まれながら、ただの恋する挙動不審な陰キャ少女として静かに家路につくのだった。
ーーー
【緊急】さっき柏市の夕空が一瞬で焼き切れた件【バグ?】
250:名無しの魔導市民
いつも使ってる方落ちたんでこっちに来ました。
とりあえず、さっき起きた現象の前提情報を共有しておくぞ。
【現在の確定情報】
・発生源:柏市全体
・現象:落雷や爆発ではない。一瞬だけ夕空が『現段階の情報では観測した事もない超高出力の光』で完全に焼き切られる。
・異常:柏市及び周辺の魔力残滓が完全なゼロに固定。空間が不自然に無菌化されている。
・動向:魔導院の特務三課が発生からわずか数分で柏市に緊急出動。
これ、大真面目に国家滅亡レベルの災厄が始まったんじゃねえの?
251:名無しの魔導市民
おつ。
いやマジで絵面が怖すぎたんだが。
爆発音とかじゃなくて、空間が「バチチチッ」って溶接されるみたいな耳鳴りがした瞬間、視界が真っ白になった。
252:名無しの魔導市民
>>251
それな。俺、マンションのベランダからタバコ吸ってたんだけどたまたま見てたんよ。
253:名無しの魔導市民
>>252
その光のせいで俺の私物の旧型魔力測定機、上限突破して画面が物理的にバキバキに割れたんだが?
不具合とかじゃない。出力的には高クラスの魔獣を何体も屠るレベルのエネルギーだったぞあれ。
254:名無しの魔導市民
>>253
ひえっ……
どんな魔法少女とか魔獣が禁忌魔法ぶっ放したらそんな数値出るんだよ
255:名無しの魔導市民
というか一番異常なのは魔導院の初動の早さやないか?
普段は魔獣の被害報告出しても、すぐ魔法少女派遣するプロどもってのは分かってるけどさ…
それが光ってから3分足らずで黒塗りの高級車が30台以上、ヘリ5機が柏市に突入してったって……異常やろ
256:名無しの魔導市民
>>255
早すぎて草……いや笑えんわな!? どないなっとんねん!?
257:名無しの魔導市民
現地民だけど外見たらマジで緊迫感がヤバい。
黒スーツ着た魔導院の特務部隊が数十人体制で路地のあちこちを魔動掃除機でめちゃくちゃ血眼になって掃除してる。
「一切を残すな…! 悪影響かは分からんが念のため塵一つ残さず除去しろ…!」って小声で怒号が飛んでるぞ。
258:名無しの魔導市民
>>257
お掃除部隊……?
鎮圧部隊じゃなくて、証拠隠滅のための特殊部隊が真っ先に来てるってことか?
259:名無しのエリア住民
続き。
覗いてたのバレて注意されました。
でも特務部隊の人の顔、マジで顔面蒼白になってた。茶化す事態じゃないのかもしれん
260:名無しの魔導市民
何だよ怖すぎるわ!!!
一体どんな事案なんだよ…
261:名無しの魔法少女
魔法少女です。魔力測定値がカンストした後になぜか完全なゼロに固定された理由が分からん。
強力な魔法を使ったなら普通はしばらく魔力残滓がその場に残るはず。それが魔力残滓は感じられるのに一切測定機に反応は無い。むしろ個人的に空気が異常に澄み切ってる感じみたいな感覚すらある。
こういう書き込みはモラル違反だって分かってるんですけど、ちょっと個人的に嫌な勘が働きまくってて気が気じゃないので考察お願いします。(ちな柏市に向かってます)
262:名無しの魔導市民
魔法少女さんおつ。マジかぁ…
魔力がカンストしてる情報ちらほら見られるに、つまり魔導院は『自分たちが逆立ちしても勝てない、人類の天敵か神様みたいな存在』がそこに降臨したことを察知して極秘で処理に来たってコト……?
263:名無しのエリア住民
あ、今、魔導院のヘリからスピーカーで音声流れた。
「XX区住民の皆様にお知らせします。ただいまの閃光は新型の防犯灯の点灯実験です。魔力残滓は一切ございません。繰り返します、ただの防犯実験です」
264:名無しの魔導市民
隠蔽工作が雑すぎるだろ魔導院www
でも裏返せば理由も考えられない位、早急に隠したいって事なのかね
265:名無しの魔導市民
国家滅亡の危機を防犯灯の実験で押し通そうとする国家、涙ぐましすぎて逆に恐怖が勝るわ。
どんだけそこにあった事実を世間に隠したいんだよ。
266:名無しの魔導市民
まぁそんなヤバいナニカが自分のすぐ近くにいるって知ったら一般市民が集団パニック起こして暴動起きるからな。
魔導院が必死にデマ認定するのも分かるわ。
267:名無しの魔導市民
お前ら冗談抜きでこれ以上この話題に触れない方がいいぞ。
もし国家が本気で隠そうとしてる案件なら俺たちマジで消されるかもしれんからなぁww
268:名無しの魔導市民
怖いからとづまりしとこ…
神様か悪魔か知らないけど、どうか明日も世界が平和であるように……ガタガタ
掲示板は連載時に付け足せばいっかー!
のぶっつけ本番精神でいったら複数人の第三者視点考えたり設定の擦り合わせとか色々と煮詰め直さなきゃいけなくて大変、脳内で考えてたノリの軽さとかで何とかなると思ってだいぶ甘く見てたかもしれん