カロスリーグ本部、チャンピオンの執務室。 壁高くに嵌め込まれたステンドグラスから差し込む陽光が、磨き上げられた大理石の床に鮮やかな彩りを落としていた。その静謐な空間で、カロスチャンピオン・カルネは優雅に紅茶のカップを傾け、目前に立つ青年に向けて穏やかな視線を投げていた。
「改めて、カロスリーグ四天王就任、おめでとう。ノウゼン」
「ありがとうございます、カルネさん」
ノウゼンは黒シャツの襟を正し、鋭い眼光を崩さずに深く一礼した。その佇まいには、かつて名門・ミラー家の跡取りとして叩き込まれた気品と、幾多の修羅場を潜り抜けてきたポケモントレーナーとしての冷徹な鋭さが同居している。彼が四天王の座に就いてから、ちょうど一週間が経っていた。
「……ですが、祝辞を言うためだけに呼ばれたわけじゃないでしょう。前置きはほどほどに、要件を聞かせてください」
「ふふ、相変わらず隙がないのね」
カルネは楽しそうに目を細めると、表情を少しだけ引き締めて手元の羊皮紙の資料を開いた。
「ええ。あなたに、四天王としての『初めての任務』を言い渡すわ。任務の内容は……護衛と調査よ」
「護衛と、調査……?」
「近頃、カロス地方の東部に存在する広大な樹海の中で、古代カロス神話に関わる未踏の大規模な遺跡が発見されたの。けれど……その周辺で、あの『フレア団』の残党と思われる集団の不穏な活動が確認されたわ」
カルネの言葉に、ノウゼンの目元が鋭く細められる。
「あなたの役目は、その遺跡で調査を行っている考古学チームの安全を保障すること。そして……潜伏するフレア団の残党を一人残らず捕縛することよ」
「……承知しました」
ノウゼンが短く応じたその時、彼のすぐ後ろに控えていた少女が、おずおずと手を挙げながら前へ出た。
「あの……カルネさん! あたしも……あたしもノウゼンと一緒に行っていいですか!?」
マチエールだった。 カルネはマチエールの顔を見ると、優しく目を細めて頷いた。
「ええ、もちろんだわ、マチエールちゃん。あなたならそう言うと思っていたわ。ノウゼンの大切な『相棒』として、同行を許可するわね」
「わぁ……! ありがとう、カルネさん!」
パッと顔を輝かせるマチエール。
マチエールの横で、モンスターボールから出ていたデンリュウが「デーン!」と誇らしげに胸を張り、ニャスパーのもこおも「ニャパッ!」と両手を広げて同調した。
マチエールがノウゼンと旅に出て初めて仲間にしたメリープも猛特訓を経て、今や強力な電撃を操るデンリュウへと進化を果たしていた。
「頼もしいわね。……気をつけて行きなさい、二人とも」
「はい。必ず完遂してみせます」
ノウゼンとマチエールは力強く頷き、チャンピオンルームを後にしたのだった。
◇
カロス地方東部に広がる樹海は、太陽の光を遮るほどに巨木が生い茂り、濃密な緑の匂いに包まれていた。 木々をかき分けた開けた場所に、テントや調査機材が並ぶ設営キャンプが見えてくる。
「ふぅ……すごい木だったね、ノウゼン! ここに遺跡があるの?」
「ああ。地図によれば、このキャンプの奥にある洞窟が遺跡の入り口になっているはずだ」
ノウゼンとマチエールがキャンプへ足を踏み入れた、その時だった。
「——あれ? ちょっと……嘘でしょ!?」
設営テントの影から機材を運んでいた一人の女性が足を止め、思いがけないといった様子で声を上げた。 シックなフィールドジャケットに身を包み、背中に届く長い髪をポニーテールに束ねた知的な美少女——カティア・グレイスだった。
「カティア……!?」
ノウゼンが珍しく驚きの声をあげる。オーリムシティで出会って以来の再会だった。 カティアは手にした書類を置くと、天真爛漫な笑顔を弾けさせ、迷いなくノウゼンの元へ歩み寄り、その肩を親しげにぽんと叩いた。
「なによノウゼン! 護衛が来るって聞いてたけど、まさか四天王になったあなたが直接来るなんて!」
「お前こそ……なんでこんなところにいる」
「私は考古学チームのメンバーとして参加してるのよ! カロス神話の遺跡って聞いたら、黙っていられるわけないじゃない!」
カティアは豪快に笑うと、今度はノウゼンの隣に立つマチエールに向き直った。そして、マチエールの姿を見るなり、大きな瞳を丸くした。
「……あ! マチエールちゃん!? 髪、切ったんだね! すっごく似合ってる!」
「カティアさん! 久しぶり! ありがとう、今回はよろしくね!」
マチエールが快活に笑いかけると、カティアの視線が一瞬だけ、彼女の髪に輝く『金のリングの髪飾り』に留まったカティアには、それが誰からの贈り物かすぐに察しがついた。胸の奥がチクリと痛んだが、カティアはすぐにいつものチャーミングな笑顔でウインクしてみせた。
「うん! よろしくね! ……それにしても、ノウゼンも粋なことするじゃない」
「……うるさい」
ノウゼンが顔を背けると、カティアはクスクスと笑った。
そこへ、キャンプの奥から白髪混じりの堅物そうな男性が歩み出てきた。
「グレイス、何をしている。……彼らがリーグから派遣された護衛か?」
オーリム大学で考古学の教授を務める、エドワード教授だった。エドワード教授は眼鏡の奥の目を光らせ、ノウゼンとマチエールをじろじろと見つめた。
「今回はよろしく頼む。……だが、失礼ながら君たちは私の大学の学生と同世代に見えるが……本当にフレア団の残党などという危険な連中から、我々を守り切れるのかね?」
あからさまな疑問の視線。新四天王とはいえ、若すぎるノウゼンとマチエールに対する不安を隠そうとしない教授に対し、カティアが即座に前に出た。
「教授、ご安心ください! 二人の実力は私が保証します! ノウゼンは新四天王ですし、マチエールちゃんも最高のパートナーなんですから!」
「……お任せください、エドワード教授。調査の邪魔はさせません。周囲の脅威は全て排除します」
ノウゼンの迷いのない言葉と威厳に、教授は少し毒気を抜かれたように「……ふむ、なら期待させてもらおう」と頷いたのだった。
◇
今回発見されたカロス神話の遺跡は、洞窟の奥深くに広がる、予想を遥かに超える大規模なものだった。 冷厳な空気が漂う巨石の回廊を、調査チームが進んでいく。
ノウゼンは警戒を怠らない。
「行け、クロバット、先行して遺跡の中を探れ」
「あたしも! クロバット、お願い!」
ノウゼンとマチエールはそれぞれクロバットを放ち、遺跡の天井や暗がりを哨戒させた。
道中、エドワード教授やカティアから、遺跡に関する解説がなされる。
「この遺跡は、およそ3000年前の『戦争』の時期に建造されたと考えられている。壁面に刻まれた古代文字には、かつての断片が記されているのだ」
「‥‥‥『血の渦が大地を覆い、数多の命の理が狂った時、果てより来たりし影が天を覆う』‥‥‥ですか」
ノウゼンが暗闇の壁画を指さしながら滑らかに古代語を読み上げると、エドワード教授が目を見張った。
「ほう……! 君、古代文字が読めるのかね!?」
「ええ。昔実家の教育で培った知識です。この記述は、カロス古代王朝の軍記『星の書』の第三章と酷似しています」
「素晴らしい! まさか四天王がこれほどの歴史的見識を持っているとは!」
教授は一気に態度を改め、感心したように舌を巻いた。 カティアもまた、「私もそう思う! 特にこの文脈だと、かつてカロスと戦争していた国はガラル地方にあったと考えることができるわよね!」と積極的に意見を出し、ノウゼン、カティア、教授の三人は活発に論をぶつけ合い始めた。
高度で洗練された会話が回廊に響く。 マチエールは一歩後ろを歩きながら、その様子を静かに眺めていた。
(ノウゼン、すごいな……トレーナーとしてもすごいのに、あんな難しいお話も対等にできるなんて……)
ノウゼンの底知れない知性に改めておののきつつ、マチエールは少し横を見た。 そこでは、調査チームに所属する男子学生たちが、ノウゼンと楽しそうに話すカティアを見て、苦々しい表情でヒソヒソと囁き合っていた。
「ちぇっ……なんだよあの四天王。顔も良くてバトルも強くて、おまけに頭までいいのかよ……」
「カティアさん、あんな奴と仲良さそうにしちゃってさぁ……」
カティアは容姿端麗で知的ということもあり、大学内でも相当モテているようだった。男子学生たちの嫉妬混じりの視線に、ノウゼン本人は全く気づいていないご様子で議論を続けている。
やがて一行は、遺跡の最奥——広大な円形の部屋へと到達した。
そこには、部屋の壁一面を覆い尽くすほどの、巨大で鮮明な壁画が何枚も並んでいた。
「これは……! なんという保存状態だ……!」
エドワード教授が歓喜の声をあげる。 壁画には、3000年前に起こったとされる凄惨な戦争の記憶が刻まれていた。 カロスが編成した巨大な軍団。そして、その軍団が侵攻した異国の地で出会ったという——地平線を埋め尽くすほどの、巨大な黒い影。 さらにその隣の壁画には、その異形の影に対抗するために開発されたという、見るもおぞましい巨大な兵器の精密な設計図が刻まれていた。
「歴史的な大発見だ……! 3000年前の兵器の設計図が、これほど完全な形で遺っているとは!」
カティアたち調査チームが歓喜に沸き立ち、資料の記録を始めようとした——その時だった。
「——クックック、実に素晴らしい。我々の手間を省いてくれて感謝するよ、考古学者諸君」
暗がりから、無数の足音が響いた。 手にしたライトが照らし出したのは、古代遺跡には不釣り合いな、最新式の装備を身にまとった集団——フレア団の残党たちだった。
「なっ……何者だ!?」
エドワード教授が叫ぶ。
「彼らは……我がチームに資金援助をしてくれた企業の現地スタッフのはず……! なぜフレア団が!?」
「ハハハ! 援助など隠れ蓑に過ぎん! 我らの目的は最初からこの壁画……かつてフラダリ様が追っていた、AZの残した『巨大兵器の設計図』の独占だ!」
残党を率いる幹部の男が手を挙げると、残党たちが一斉にモンスターボールを構えた。 出現したのは、ギャラドス、スピア、ボスゴドラといった凶暴なポケモンたち。
さらに幹部は、不気味な金属製の端末を取り出した。
「見せてやろう……我がフレア団の技術の結晶を!
——『メガゾード・システム』起動!!」
「……なにッ!?」
ノウゼンの顔色が、激しい怒りとともにかわる。 かつて彼らの前に立ちはだかった叔父——ヘイザーが使っていた、ポケモンを苦しめて無理やりメガシンカさせる最悪の兵器。
その技術が、未だに残党の手によって生き惜しまれていたのだ。
端末から放たれた禍々しい波長がギャラドスたちを包み込む。
「グギギャアアアアアアッ!??!」
苦痛にのたうち回り、肉体を悲鳴を上げさせながら、ギャラドスとボスゴドラ、スピアーたちが歪んだメガシンカを遂げていく。
「ポケモンを……そんな風に苦しめてメガシンカさせるなんて……絶対に許せない!!」
マチエールが怒りを爆発させ、前に躍り出た。
「お願いっ、デンリュウ!!」
「デェェェンッ!!」
黄金の光を纏ったデンリュウが、威圧的な咆哮とともに立ちはだかる。 その時、フレア団幹部の鋭い視線が、マチエールへと向けられた。
幹部はマチエールの顔を見るなり、嘲笑うように口角を吊り上げた。
「……ん? どこかで見た顔だと思えば……ハッ、思い出せたぞ! かつてクセロシキ博士が強化スーツの開発に利用していた実験体か!」
幹部は大声でゲラゲラと笑い飛ばした。
「なんだ、クセロシキのモルモットが!正義の味方気取りか!? お前のような道具が、我らに逆らえるとでも思っているのか!髪まで切って、警察から逃げおおせたか!?」
「……っ!!」
「モルモット」「実験体」——冷たい言葉がナイフのように突き刺さる。 一瞬だけ過去のトラウマが脳裏を掠め、マチエールの身体が震えた。
だが——マチエールは逃げなかった。
彼女は短くなった自分の髪にそっと手を触れ、ノウゼンから貰った髪飾りの感触を確かめた。 冷たい実験器具の感触ではない。自分を信じてくれたノウゼンの、温かい温もりの証。
マチエールはまっすぐに敵を見据え、魂を込めて叫んだ。
「この髪も! この髪飾りも! あたしがノウゼンの隣で胸を張って生きるための誓いなの!! あなたたちの思い通りになんて、絶対させない!!」
その眼光には、一切の迷いも恐怖もなかった。
「マチエールちゃん……!」
カティアが胸を打たれたように叫び、ボールを構えてマチエールの隣に並び立った。
「よく言ったわ、マチエールちゃん! ……ガブリアス、出番よ! マチエールちゃんを侮辱することは絶対に許さないわ!!」
「グラァッ!!」
ガブリアスが咆哮をあげ、デンリュウと並び立つ。
◇
「……歪んだ兵器でポケモンを虐げ、俺の所長を侮辱したこと、後悔させてやる」
ノウゼンだった。 彼の瞳には、氷点下よりも冷たく、狂暴なまでの圧迫感が宿っていた。
「出ろ、アブソル、ゾロアーク。……メガシンカ」
ノウゼンの胸元のキーストーンが眩い閃光を放ち、アブソルを包み込む。 光の中から現れたのは、漆黒と赤の片翼を広げた気高き姿——メガアブソルZ
「叩き潰せ、メガギャラドス! メガボスゴドラ! 『はかいこうせん』に『ストーンエッジ』だっ!!」
幹部の怒声とともに、狂暴化したメガギャラドスが巨躯をくねらせ、極太の破壊光線を解き放つ。同時にメガボスゴドラが地表を砕き、鋭利な岩の尖塔を突き立てようとした。
「しまっ……! 貴重な壁画が壊れてしまう!!」
エドワード教授が悲鳴をあげる。 部屋の四方に刻まれたのは、3000年前のカロス古代史を紐解く唯一無二の大壁画。もし敵の無差別な攻撃が直撃すれば、二度と取り戻せない歴史の遺産が瓦礫と化してしまう。
「——教授、下がっていてください。壁画には指一本触れさせません」
ノウゼンが冷酷なまでに平静な声で告げる。
「カティア、右のボスゴドラの姿勢を崩せ! 壁画のない中央の広間へ誘導する!」
「了解よ! ガブリアス、壁画に背を向けさせて……『すなかけ』からの『いわなだれ』で射線を制限しなさい!」
カティアの素早い指示のもと、ガブリアスが的確に足元の砂塵を巻き上げ、メガボスゴドラの視界を奪う。急な盲撃ちによる石の飛散を防ぎつつ、壁画の存在しない中央エリアへと巨躯を誘導した。
「今よ、デンリュウ!『でんじは』!からの『じゅうでん』!!」
「デェンッ!!」
デンリュウの尻尾の赤い球体が黄金の光を放ち、蓄えた電磁気を超ピンポイントな細い筋として射出した。無駄な拡散を一切抑えた電磁波がメガボスゴドラの装甲の隙間へ侵入し、その関節を磁力で正確にピン留めする。
「グガッ……!?」
金縛りに遭ったメガボスゴドラ。その脚元へ、マチエールの狙い通りカティアのガブリアスが滑り込む。
「壁画に衝撃を伝えないよう、狭角の『じしん』で足元だけを打ち抜いて!」
「グラアアッ!!」
ガブリアスのヒレが限定的な狭い範囲の地殻のみを揺らし、足場を失ったメガボスゴドラを完璧に沈めた。
一方、広間の中央では、システムで強引にメガシンカさせられて暴走したメガギャラドスが、フレア団の静止も聞かずに周囲の壁画も構わず『はかいこうせん』を撒き散らそうとしていた。破壊の光線が壁画に向かって発射された、その瞬間——
「やらせるか。アブソル、光線の軌道を読んで『受け流せ』」
ノウゼンの指示が響き渡り、メガアブソルZが翼を広げて跳躍する。
メガギャラドスが放った極太の光線に対し、メガアブソルZは直撃のコースへ割って入ると、角を漆黒の刃に変えて滑らせた——『つじぎり』。
光線を受け止めて破壊するのではなく、流れるような刃の角度で「衝撃を天井の何もない空洞へ受け流す」。
ズドドドドンッ!!
逸らされた光線は壁画を掠めることもなく、天井の頑丈な岩盤だけを僅かに削って消滅した。
「な……技の軌道を曲げただと!? バカな、あの破壊力を受け流すなど……!」
幹部が戦慄する。
「『災い予知』で攻撃のベクトルと威力の支点が見えていれば、逸らすことなど簡単だ。……この遺跡の価値も分からんバカに、これ以上荒らさせるものか‥‥‥!」
ノウゼンの冷徹な眼差し。
「ソロアーク、『あくのはどう』を球状に圧縮しろ。衝撃波を広げるなよ」
空中からゾロアークが放った黒き波動は、拡散することなく高密度な弾丸となってメガギャラドスを撃ち抜き、逃げ場を失った巨龍は壁画から遠く離れた広間の中央へと崩れ落ちた。
追撃しようとするスピアーたちの「ミサイルばり」も、マチエールのデンリュウが放つ強化された『10まんボルト』のピンポイント雷撃によって空中ですべて落とされ、遺跡の壁面にはただの一筋の傷すらつくことはなかった。
「アブソル、『つじぎり』」
漆黒の疾風が敵陣を襲う。攻撃を全て無効化されて呆気にとられるポケモンたちの急所を穿ち、次々とフレア団のボスゴドラ、スピアー達が倒れていく。
「あ……あっけなく……我らのメガゾード・システムが……!?」
最後は影のように滑り込んだメガアブソルZの一閃が、幹部の制御端末だけを正確に切り飛ばす。
幹部が叫ぶが、ノウゼンはすでに最後の指示を発していた。
「……これで終わりだ。ゾロアーク、やれ」
漆黒の幻影が空洞全体を包み込む。 ゾロアークが放つ悪夢の幻影がフレア団残党たちの精神を直撃し、幹部も含めた残党全員が白目をむいてその場に崩れ落ち、気絶したのだった。
「……ふぅ。見事な手際ね、四天王様」
カティアが感心したように息を吐く。 暴走から解放されたポケモンたちも意識を失い、危険は完全に去っていた。
その後、ノウゼンたちの連絡を受けて駆けつけたカロス警察により、フレア団残党は完全に捕縛され、身柄が引き渡された。 遺跡の壁画も無事に保護され、調査は完璧な成功を収めたのだった。
◇
警察の対応と遺跡の保全処理が終わり、ノウゼンたちはその夜、設営キャンプに一泊することとなった。
昼間の騒がしさが嘘のように、樹海の夜は静まり返っていた。 頭上には、遮るもののない満天の星空が広がっている。
テントの近くでアブソルの相手をしていたノウゼンの元へ、カティアが静かに歩み寄ってきた。
「ねえ、ノウゼン。……ちょっと、散歩しない?」
ノウゼンはカティアの少し思い詰めたような表情を見て、静かに頷いた。
「……ああ」
二人はキャンプを離れ、遺跡の上部に位置する小高い高台へと登っていった。 夜風が吹き抜け、星々が二人を優しく照らしている。眼下に広がる広大な樹海が、黒い海のように波打っていた。
「すごい星空ね……!」
「そうだな」
最初のうちは、昔話に花を咲かせていた。 14歳の頃、二人でカロスを旅した時の失敗談や楽しかった思い出。ガチガチに固い文章で送られてきたノウゼンからの手紙のこと。お互いに若く、青く、一生懸命だった頃の思い出。
やがて——会話が途切れ、一瞬の静寂が二人を包み込んだ。
夜風の音だけが聞こえる高台で、カティアがゆっくりとノウゼンに向き直った。
「……ねえ、ノウゼン」
「なんだ」
カティアはまっすぐにノウゼンの瞳を見つめた。その瞳には、冗談めかした色は一切なく、真摯で、凛とした想いが宿っていた。
「私……あなたのことが好き」
ノウゼンが息を呑む。
「最初はね、実家同士が決めた『許嫁』っていう関係から始まったことだった。でも……昔からずっと、私の一番近くにいたあなたのことが、本当に好きだったの。ミラー家がなくなっても、あなたが遠くに行っても……その想いは、今でもずっと変わらない」
カティアは優しく微笑み、静かに手を差し出した。
「ノウゼン。私のパートナーになってほしい。……これから先も、ずっと一緒に歩んでほしいの」
夜空の星々が、静寂の中で二人の影を彩る。
ノウゼンは驚きに目を見開き、一瞬だけ言葉を失っていた。 かつて完璧を求められ、孤独だった自分に寄り添ってくれた幼馴染。彼女のまっすぐな好意が、どれほど温かく、ありがたいものか、ノウゼンにはよく分かっていた。
だが——ノウゼンの胸の中に浮かぶのは、別の少女の顔だった。
泥まみれになりながら自分を追いかけ、短くなった髪と金のリングを揺らしながら、「あたしがノウゼンの隣にいたいんだ」と叫んだ、あの愛おしい少女の姿。
ノウゼンは静かに目を閉じ、深く息を吐くと、まっすぐにカティアの目を見返した。
「……ありがとう、カティア。お前のその気持ち……本当に嬉しいよ」
ノウゼンは深々と頭を下げ、それから静かに首を振った。
「だが……ごめん。お前の想いには、応えられない」
カティアの指先が、微かに震えた。
「俺には……好きな人がいる。これから先もずっと支えていきたい、大切な人がいる。……だから、お前と一緒に歩むことはできない」
ノウゼンの声には、一切の迷いも誤魔化しもなかった。
静寂が、再び二人を包み込む。 カティアは差し出していた手をゆっくりと下ろし、俯いた。風が彼女の長い髪を揺らす。
数秒の沈黙の後——
「……そっか」
カティアがぽつりと呟いた。 そして顔を上げた時、彼女の瞳には涙が浮かんでいたけれど、その唇には、いつもの溌剌とした笑顔が浮かんでいた。
「うん! わかった! ……返事を聞かせてくれて、ありがとう!」
バシィィィンッ!!
「いったっ……!?」
カティアは渾身の力で、ノウゼンの広い背中を強く叩いた。 ノウゼンが思わず前屈みになるほどの威力だった。
「ふふ、なに驚いてるのよ! 振られたのは私なんだから、これくらい許しなさいよね!」
カティアは目元の涙を袖で力強く拭うと、胸を張って高らかに笑った。
「応援してるわ、ノウゼン! 頑張りなさいよ! ……あんまりウジウジしていたら、私が許さないんだから!」
「……ああ。肝に銘じておく」
ノウゼンが背中の痛みに耐えながら苦笑すると、カティアは満足そうに夜空を見上げたのだった。
◇
翌朝。 事件の処理も完全に終わり、撤収作業が進むキャンプの入口で、ノウゼンとマチエールは出発の準備を整えていた。
エドワード教授が申し訳なさそうに、けれど心からの感謝を込めて頭を下げる。
「ノウゼン殿、マチエール殿。今回は本当にお世話になった。……君たちのような優秀な若者がいるとは、カロスの未来も明るいな。どうだね、探偵や四天王を辞めたくなったら、いつでも我が大学へ来給え! 歓迎するぞ!」
「ふふ、教授、引き抜きはカルネさんに怒られますよ。……今回はありがとうございました」
ノウゼンが大人な対応で挨拶を交わす。
そこへ、カティアがゆっくりと歩み寄ってきた。 カティアはマチエールの前に立つと、しゃがみ込み、デンリュウの頭を優しく撫でた。
「デンリュウちゃん、昨日もかっこよかったよ。マチエールちゃんを守ってくれてありがとうね」
「デ〜ン」と誇らしげに鳴くデンリュウ。
カティアは立ち上がると、マチエールの目をまっすぐに見つめた。そして、少しだけ悪戯っぽく微笑んで、囁くように言った。
「……マチエールちゃん。私ね、昨日の夜……ノウゼンに告白したんだ」
「え……っ!?」
マチエールが息を呑む。胸がドキンと跳ね上がり、不安とショックで表情が強張った。
カティアはそんなマチエールの反応を見て、クスッと笑った。
「でね……見事に振られちゃった! 『俺には好きな人がいる』って、バッサリ言われちゃったわよ」
「え……? フ、振られた……!?」
悲しそうな顔から一転、驚きで目を見開くマチエール。
カティアはニッと口角を上げ、マチエールの短くなった髪の『金のリング型髪飾り』にそっと触れた。
「……でもね? 私、ノウゼンのこと諦めたわけじゃないから! もしノウゼンが悲しむようなことがあったら…私、容赦なく奪い取るからね!」
まっすぐな宣戦布告。 だが、その言葉の裏には、カティアの温かいエールが込められていることを、マチエールははっきりと感じ取っていた。
マチエールは自分の髪飾りにぎゅっと手を添え、涙を引っ込めて、強く頷いた。
「……っ! 言われなくたって、絶対そんな隙見せないんだから! ノウゼンはあたしが守るもん!」
「ふふ、その威勢! 合格よ!」
カティアは満足そうに笑うと、背を向けて手を大きく振った。
「じゃあね二人とも!またね〜!」
颯爽と去っていくカティアの後ろ姿を、二人は見送った。
◇
帰り道。 夕日に染まるカロスの街道を、ノウゼンとマチエールは並んで歩いていた。
「……カティアと、また何か約束をしたのか?」
ノウゼンが首をかしげながら尋ねてくる。
「ふふ〜ん、秘密! 男の人には教えないもんね!」
マチエールがあっかんべーをしてみせると、ノウゼンは呆れたように、けれど愛おしそうに目を細めた。
「……まったく、所長は相変わらずだな」
ノウゼンは歩きながら手を伸ばすと、マチエールの短くなった頭をぽんぽんと優しく撫でた。 その指先が、彼女の髪に留められた金のリング型髪飾りに触れる。 夕陽の温かな光を浴びて、金のリングがキラキラと、祝福するように輝いていた。
「行こうか、所長」
「うん、ノウゼン!」
探偵とそのバディ。 二人の歩幅は、ほんの少しだけ、けれど確かに縮まり、同じ未来に向かってしっかりと並んで続いていくのだった。
カティアのプロフィールです。
・プロフィール
氏名 カティア・グレイス
年齢 19歳(ノウゼンと同い年)
出身 カロス地方
身長 163㎝
好きなもの 歴史・神話 紅茶 ノウゼン
名前の由来 純粋
・手持ち
マフォクシー
ニンフィア
アーケオス
ローブシン
フローゼル
ガブリアス
概要
カロスの名家『グレイス家』の令嬢。
カロス神話の遺跡調査チームに所属する考古学者の卵であり、歴史の街・オーリムシティの大学に通い勉強中。
ノウゼンの元許嫁で14歳の時は一緒にカロス地方を旅していた。親同士の取り決めた許嫁同士だったが、ミラー家の没落でその話は白紙に戻っている。白紙になったとき、人生で初めて親と大喧嘩して、その後、ノウゼンを心配してめちゃくちゃ電話してた。
ノウゼンとは幼少期、一緒のスクールに通い勉強しており、カロスでの旅が終わった後もしばらく手紙や電話のやり取りを行っていた。
人物像
胡桃色の髪に空色の瞳をした美人。非常に清楚な容姿をしている。
純粋で明るい性格をしており、困っている人をほっとけないお人よし。大学では非常にモテており、遺跡調査チーム内でも高嶺の花、あるいはアイドルとして見られている。
子供のころから歴史や神話が好きで、考古学者でシンオウ地方・チャンピオンを務める『シロナ』に憧れている。
成績優秀でポケモンバトルの実力も高く、大学のバトル大会をバトル部の面々を差し置いて上位の成績を収める程。手持ちのポケモンたちもカティアのことが大好きで、時には鉄壁のボディーガードとして彼女のことを守っている。手持ちのポケモン達もノウゼンのことはまあ認めていたが、今回彼女を悲しませたせいでワンチャン闇討ちする可能性が出てきたので、ノウゼンは気を付けたほうがいい。