基本的にジム戦は飛ばしていきます。
ハクダンシティで最初のジムバッジを手に入れたノウゼンとマチエールは、次なる目的地を目指し、海岸線を臨む高台の街道を歩いていた。
風が吹き抜ける緑豊かな丘陵地帯には、見渡す限りの牧草地が広がっている。あちこちで、羊のような姿をしたポケモン
——「メリープ」たちが、ふわふわの黄色いウールを揺らしながらのんびりと草を食んでいた。
「わあぁぁ……っ! すごい、ノウゼン見て見て! まるで雲が地面で歩いてるみたい!」
マチエールが目を丸くし、柵に身を乗り出して叫ぶ。足元ではニャスパーのもこおも「ニャコン!」と耳をピンと立てて、興味津々に牧場を見つめ、ノウゼンがこの地の特徴を解説する。
「牧草地だな。このあたりのメリープの毛から採れるウールは上質で、カロスの高級服飾ブランドにも使われているらしい」
「へぇー! お洋服になるんだ! ふわふわで気持ちよさそう……あっ!?」
マチエールが声を上げた。牧場を囲む木の柵から少し外れた茂みの中で、小さな悲鳴のような鳴き声が聞こえたのだ。
「メ、メリィ……っ!」
「もこお、あっち! 行ってみよう!」
「ふにゃあ!」
マチエールともこおが駆け寄ると、そこには一匹の小さなメリープが、生い茂る茨の蔓に身体のウールを絡ませ、身動きが取れなくなっていた。
「大変! 待ってて、今助けるからね!」
マチエールは躊躇することなく茂みに手を突っ込み、刺の立つ蔓を慎重にほどき始めた。
「痛っ……あ、大丈夫、気にしないで! すぐ解けるからね……よし、取れた!」
「メリィッ!」
自由になったメリープは、ぽてんと草むらに転がった。 しかし、助け出されたメリープは群れに戻ろうとせず、小さな体をさらに丸めておどおどと震えていた。見れば、そのメリープは他の個体に比べて一回り小さく、ウールも少し不揃いで、頭の角の電気も弱々しく明滅している。
「……群れから弾き出された個体だな」
追いついてきたノウゼンが、冷静な視線を落とす。
「群れに馴染めず、自分の電気もうまくコントロールできてない。不器用な個体は、野生の群れでは足手まといとして避けられることがある」
「そんな……」
マチエールはその場にしゃがみ込み、おどおどと自分を見上げるメリープと目を合わせた。
マチエールの頭裏に、かつてミアレシティの路地裏で一人ぼっちだった頃の記憶が蘇る。行くあてもなく、自分をどう表現していいかも分からず、ただ寒さに震えていたあの頃の自分。
「ねえ、メリープ……。大丈夫だよ。あたしもね、昔はひとりぼっちで、うまいこと出来なくてさ。路地裏でずっと寒さに震えてたんだ」
マチエールは優しく微笑み、すり傷のついた手をそっとメリープのウールへと伸ばした。
「でもね、ハンサムおじさんやノウゼン、もこおに出会えて……あたし、ひとりじゃなくなったの。不器用だって、強くなれるんだよ」
「メリィ……?」
メリープが小さく首をかしげ、マチエールの温かい手にすり寄るように顔をうずめた。
◇
メリープはすっかりマチエールに懐き、マチエールの後ろをぽてぽてと小さな歩幅でついてくるようになった。マチエールが歩けば歩き、止まれば一緒に止まる。
「ノウゼン! あたし、決めたよ!」
マチエールが立ち止まり、ノウゼンに向かって真っ直ぐな瞳を向けた。
「あたし、この子を自分の手でゲットしたい! この旅で出会った最初の仲間として、一緒に冒険がしたいの!」
「……本気か、マチエール」
ノウゼンは足を止め、マチエールを見つめる。その瞳には、いつもの冷徹さの中に、真剣な眼差しが宿っていた。
「野生のポケモンを捕まえるということは、ただのコレクションやペット遊びじゃない。そのポケモンのこれからの命と人生を、お前が背負うということだ。お前にはその覚悟があるのか?」
「あるよ!」
マチエールは小さなお拳をぎゅっと握りしめた。
「あたし、クセロシキおじさんのカラマネロたちとも仲良くなれた。でも、もこお以外に自分で『仲間になってほしい』って願って、バトルしてゲットした仲間はまだいないの! この子と一緒に、あたしも強くなりたいんだ!」
ノウゼンはしばらく無言でマチエールを見つめていたが、やがて「フッ……」と小さく鼻を鳴らした。
「……わかった。なら、捕獲の基本を教えてやる。モンスターボールをただ投げても、元気な野生のポケモンは捕まらない。相手の力を削り、弱らせ、ボールに収める覚悟を込めるんだ」
ノウゼンは腰のポーチから、真新しい新品の「モンスターボール」を取り出し、マチエールへ手渡した。
「ポケモンゲットの基本は三つだ」
ノウゼンは指を一本ずつ立てて説明を始めた。
「一つ、相手の体力を極限まで削ること。二つ、相手の動きを鈍らせる状態、状態異常や体勢の崩しを作ること。そして三つ、トレーナー自身が迷わずに『お前が必要だ』という意思を込めてボールを投げることだ」
「体力を削って……意思を込める……!」
「そうだ。そして何より大切なのは、相手へのリスペクトだ。メリープ、お前もマチエールと戦う覚悟はあるか?」
ノウゼンの問いかけに、小さなメリープは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに「メリィッ!」と力強く鳴き、トコトコとマチエールから距離を取ってバトルフィールドとなる草むらへと向かった。
その瞳には、先ほどまでの怯えや弱気さは消え、一人のトレーナーと対等に認め合いたいという、野生の誇りが宿っていた。
「よし……! お願い、もこお! あたしたちの初めてのバトルだよ!」
「フニャンッ!!」
もこおがマチエールの前に躍り出た。マチエールにとって、人生で初めての「自分の意思でのゲットバトル」が今、始まった。
◇
「メリィィィッ!!」
先制攻撃を仕掛けたのはメリープだった! 体中の黄色いウールを激しく摩擦させ、静電気を極限まで溜め込むと、口から眩しい「でんきショック」を解き放つ。
「うわっ、すごい電気! もこお、『サイコキネシス』で防いで!」
「ニャーッ!」
もこおが耳の裏の器官を開き、サイコパワーの透明な壁を展開。 迫り来る電流を空間でピタリと受け止めた。
「よし、そのまま押し返――」
「甘いぞ、マチエール!」
ノウゼンの鋭い檄が飛ぶ。
「相手は不器用だが、電気の勢いは本物だ! ただ押し返すだけでは、相手に反撃の隙を与えるだけだぞ! 相手の足元と姿勢を崩せ!」
「あ……っ、そうだった! 」
マチエールはハッと目を開き、立ち眩むメリープの動きを観察した。
「もこお、サイコキネシスで『でんきショック』を空中に逸らして! そのままメリープの足元の地面を揺らして!」
「フニャンッ!」
もこおは捉えた電流を空へと逃がすと同時に、足元の草むらの土を念力で跳ね上げた。
ガタガタと足場を崩されたメリープが、「メリッ!?」と体勢を崩してよろめく。
「今だ! メリープの視界を奪うよ、『あくのはどう』をメリープの前の地面に打ち込んで!」
漆黒の衝撃波がメリープの直前の土を爆破。 激しい土煙と草の葉が舞い上がり、メリープの視界を完全に遮断した。
「……相手を直接攻撃するのではなく、足場と視界を奪ったか」
「煙の上から回り込んで、手加減した『サイコキネシス』でもう一度拘束! もこお、優しくね!」
「フニャーッ!」
煙の中から急降下したもこおのサイコパワーが、体勢を崩していたメリープの身体を包み込み、空中へふわりと浮かせた。メリープは暴れようとするが、もこおの優しい、だが確実な念力の前に自由を奪われる。
「メリィ……っ……」
何度も電気を放ち、技を繰り出したメリープの身体から、徐々に力が抜けていく。ウールの静電気も収まり、息を「ハァ、ハァ」と弾ませながら、マチエールをじっと見つめた。その瞳には「もう十分だ」と言わんばかりの、満足げな光が宿っていた。
「今だ、マチエール! ボールを投げろ!」
「うんっ!!」
マチエールはポケットから、ノウゼンから貰った真っ赤なモンスターボールを取り出した。
手のひらに伝わる、冷たい金属の質感。しかし、マチエールの胸の中は、灼熱のような熱さと緊張で一杯だった。
(あたし、この子と一緒に歩きたい。道に迷っても、寒くても、一緒に温かい場所を探したい……!)
マチエールは胸元でボールを強く抱きしめると、大きく足を踏み出させた。
「行って……あたしの初めてのゲット! モンスターボールッ!!」
マチエールの手から放たれたボールは、綺麗な描線を描いて空を舞い、念力で浮いていたメリープの胸元へと直撃した。
ぽんっ!
ボールが開き、メリープの身体が真紅の光となって内部へと吸い込まれていく。 地表へ落ちたモンスターボールが、草むらの中で激しく揺れ始めた。
ポコン……。
(一回……)
揺れるボールを、マチエールは息を殺して見つめる。隣でもこおも、祈るように両手を握りしめている。
ポコン……。
(二回……)
ノウゼンも、クセロシキのクロバットやカラマネロと共に、静かにその瞬間を見守っていた。
ポコン……。
(三回……!)
静寂が丘を包み込む。
そして——
カチッ!!
真ん中のボタンがピカッと白く光り、静かな確定音が響き渡った。ボールの揺れが、完全に止まったのだ。
「……やった……?」
マチエールは呆然と立ち尽くしていた。 ゆっくりと歩み寄り、足元に転がるモンスターボールを両手でそっと拾い上げる。手に伝わるボールの重み。それは、紛れもなく一匹のポケモンの「いのち」の重みだった。
「ゲット……できた……? あたしの手で……あたしのポケモンを……!」
「やったよ、マチエール! ゲット成功だ!」
「ふにゃっ!!」
もこおがマチエールの膝に飛びつき、一緒に抱きついて大歓声をあげた。
「やったぁぁぁぁぁぁっ!! ゲットしたよーっ! もこお、あたしたち、メリープをゲットできたよーっ!!」
マチエールは満面の笑みを浮かべながら、ボールを両手で高く掲げて跳びはねた。
ノウゼンがゆっくりと歩み寄り、どこか誇らしげな、あたたかい笑みを浮かべた。
「……よくやった。相手の力を削りつつ、怪我をさせない見事なゲットだった。満点だ、マチエール」
「ノウゼン……!ありがとうーーっ!!」
マチエールはノウゼンの腰にしがみつき、ボロボロと涙を拭った。ノウゼンは「おい、服で鼻水を拭くな!」と言いながらも、マチエールの頭を雑に、けれど優しくぽんぽんと撫でまわした。
「さあ、出してみろ。お前の新しい仲間だ」
「うんっ!」
マチエールがボタンを押すと、ボールから光が放たれ、地面にメリープが姿を現した。 先ほどまでの弱気な雰囲気は消え、メリープは嬉しそうに「メリィッ!」と鳴くと、マチエールの足元へもふもふの巨体をすり寄せてきた。
「えへへ、よろしくね!!」
「ふにゃあ!」(もこおも嬉しそうに頷く)
「仲良くなれそうでよかったよ」
ノウゼンは苦笑しながら、手帳を取り出して小さなメモを書き加えた。
「これで、ハンサムハウスの戦力も一段と賑やかになったな。……だが、仲間が増えたということは、それだけ世話も、バトルでの指揮も大変になるということだ。気を引き締めろよ、所長」
「うんっ! あたし、もっともっと頑張る! ノウゼンやハンサムおじさんみたいに、強くて優しいトレーナーになるんだから!」
夕日に染まるカロスの高台で、新しい仲間「メリープ」を抱きしめるマチエール。その横で、苦笑しながらも見守るノウゼンと、嬉しそうにはねるポケモンたち。
風が吹き抜け、メリープたちのふわふわのウールを優しく揺らしていた。二人の旅は、新しい絆とともに、さらに賑やかに続いていくのだった。