ハクダンシティからショウヨウシティへと続く7番道路。緑豊かな街道を進むと、突如として目の前に重厚な石造りの古城が現れた。
「うわあぁぁ……っ! すごい、大きいお城……! ノウゼン、ここ何のお店!? 博物館? それとも本物のお姫様が住んでるの!?」
マチエールが目を輝かせ、見上げるような大城郭――『バトルシャトー』を指さした。足元ではもこおも「ふにゃあ!」と耳をぴんと立たせている。
「お店じゃない。ここはバトルシャトー……トレーナーたちが技と教養を競い合い、勝利を重ねて爵位を得るカロスの伝統的なバトル施設だ」
ノウゼンが懐かしそうに見上げていると、城の重厚な大門が静かに開き、白髪を綺麗に整えた格式高い老紳士が出迎えた。深々と優雅にお辞儀を捧げる。
「ようこそおいでくださいました、旅のトレーナー様方。わたくし、当バトルシャトーの当主を務めております。イッコンと申します」
イッコンは胸元に手を当て、朗らかな声で解説を始めた。
「当シャトーは、カロス地方の貴族精神とポケモントレーナーの尊厳を称える伝統の場にございます。ここでの戦いは単なる勝敗にとどまらず、立ち振る舞いや戦術の美しさをも評価されるもの。勝利を重ねるごとに『男爵(バロン)』『子爵(ヴァイカウント)』『伯爵(アール)』『侯爵(マーキス)』『公爵(デューク)』……そして最高位の『大公(グランデューク)』へと爵位(称号)が上がってまいります」
「えぇーっ! 爵位がもらえるの!? カッコいいーっ!」
「……昔、実家を継ぐための『教養磨き』って名目でカロスを巡ってた時、一度ここへ通ったことがある」
「……お忘れなぞいたしません。かつて流麗なる戦術で破竹の勢いを見せ、若くして『伯爵(アール)』の位を掴み取られたノウゼン様でございますね!」
イッコンが目を見開く。
「えっ! ノウゼン伯爵!? ノウゼンって伯爵だったの!?」
「やめろその呼び方、軽く黒歴史だ……。だがまあ、旅の途中の見聞としては面白いぞ。行くか?」
「もちろんっ! あたしも爵位取れるよう頑張るぞー!」
◇
豪華なシャンデリアが輝く貴賓室。老執事の案内を受け、マチエールは最下位の爵位『男爵(バロネス)』をかけた初陣のバトルフィールドへと立った。
「案内いたします、挑戦者マチエール様! お相手はバロンの爵位を持つ若き騎士でございます!」
フィールドに降り立った二人がボールを突き合わせ、お互いの健闘を誓い合う。
「「良きバトルを!」」
「あたしの相棒、もこお! 行けーっ!」
「ふにゃッ!」
マチエールが元気に送り出したのはニャスパーのもこお。対する相手は敏捷な「ヤヤコマ」を繰り出してきた。
「手加減はしませんよ! 行け!ヤヤコマ!」
審判役を務めるメイドが開戦の号令をかけた。
「バトル開始!」
「ヤヤコマ!『ひのこ』で牽制からの『つつく』だ!」
開戦と同時にヤヤコマの口から放たれた複数の火の粉が、赤い軌跡を描いてもこおへ襲いかかる。
「もこお、焦らないで! 」
「『サイコキネシス』で『ひのこ』をつかまえて!!」
「フニャーッ!!」
マチエールが鋭く叫ぶ。もこおは耳の裏の器官をすっと開き、目を怪しく輝かせた。
もこおの放った強力なサイコパワーの波動が、空中で襲いかかる炎の粒をピタリと静止させた。 空間に浮遊するいくつもの火の粉。
「なっ……技を念力で固定した!?」
「そのまま相手の足元に投げ返して、視界を奪うの!」
もこおが小さな手を一閃させると、捕らえられていた火の粉が一気にヤヤコマの足元の石畳へ激突。 激しい爆煙と火花が上がり、急降下しようとしていたヤヤコマの視界を完全に遮った。
「今だよ! 上から『あくのはどう』!」
「フニャッ!!」
煙の上空へと素早く回り込んでいたもこおが、至近距離から漆黒の衝撃波を解き放つ。視界を奪われ混乱していたヤヤコマに直撃し、そのままノックアウト。
「それまで! 勝者、マチエール様! これより『バロネス(男爵)』の爵位を授与いたします!」
老執事の朗らかな宣言とともに、ファンファーレが響き渡る。
「やったーーーっ!! 勝ち取ったよもこお! あたしたち男爵だね!!」
抱き合って喜ぶマチエールともこお。ノウゼンは腕を組みながら、フッと口元を緩めた。
「……相手の技をそのまま利用して罠に変えたか。エスパーポケモンの特性をよく理解してる。満点だ、マチエール」
「えへへ! ありがとう! 次はノウゼンの番だね!」
◇
ノウゼンが足を踏み入れたのは、選ばれし高位の者のみが戦うサロン。 そこでノウゼンと戦うことになったのは、豪華な甲冑を身に纏いノウゼンと同じく『伯爵(アール)』の称号を持つ老騎士だった。ルールは互いに2体のポケモンを出し合う「2対2のシングル形式」だ。
幸いにも勝利のカウント数はあと一つ勝てば侯爵へ昇格可能な状態だったので、この勝負に勝てば昇格ということになる。
「……かつて侯爵目前で、伯爵のまま姿を消した気鋭の若騎士か。良い面構えだ。お前が『侯爵(マーキス)』に相応しいか、我がポケモンたちで見極めさせてもらう! 頼むぞ、キリキザン!」
老騎士が繰り出した先鋒は、両腕に研ぎ澄まされた刃を持つ鋭利な鋼の騎士・キリキザン。
ノウゼンは腰からボールを取り出し、静かに解き放つ。
「行け、クロバット」
「ッシャアーッ!!」
四つの紫紺の翼をはためかせ、超音速のスピードを誇るクロバットが舞い降りる。
「機動力のクロバットか! だがキリキザンの刃からは逃げられんぞ! キリキザン、『アイアンヘッド』で間合いを詰めろ!」
キリキザンが重厚な足音を響かせ、鋼の頭部を叩きつけんと猛然とダッシュ。
「『こうそくいどう』で死角へ回れ」
ノウゼンの静かな命令とともに、クロバットの姿が一瞬で掻き消えた。音速を超える移動速度により、キリキザンの視界から完全に姿を消す。
「なにっ……!? 速すぎる!」
「上だ! 『あやしいひかり』」
天井付近から放たれた怪しい光がキリキザンの視界を直接貫く。
不意を突かれたキリキザンは視界を奪われ、激しい混乱に陥った。
「くっ……乱されるなキリキザン! 全方位へ『つじぎり』だ!」
混乱の中でキリキザンが狂暴に両腕の刃を振るい、漆黒の刃の乱舞で牽制する。 触れれば一発で叩き斬られる危険な領域。
「刃の『振り終わり』に合わせろ。『とんぼがえり』!」
クロバットはキリキザンの刃が空を切ったわずか一瞬の硬直を見逃さず、超高精度で胸元へ急降下。鋭い体当たりを叩き込むと同時に、反動を利用して瞬時に間合いを取り直す。
「うわあぁ……! キリキザンの刃の動きを全部見切ってる……!」
観客席でマチエールが息をのむ。
「トドメだ。『ねっぷう』!!」
クロバットが四つの翼を一斉にしならせると、燃え盛る烈風が螺旋を描いて猛然と襲い掛かる。 混乱で体勢を崩していたキリキザンにクリーンヒットし、そのまま重厚な音を立てて倒れ伏した。
「キリキザン戦闘不能! クロバットの勝利!」
「見事……完璧なヒットアンドアウェイだ」
老騎士が唸るように呟き、キリキザンをボールへ戻した。
「だが我が真の戦いはここからだ! 頼むぞ、我が愛機『ギギギアル』!!」
地鳴りのような回転音とともに姿を現したのは、強固な金属の装甲と巨大な歯車を持つ『ギギギアル』
ノウゼンはクロバットを戻すと、腰から一つのモンスターボールを取り出した。
「お前の真骨頂を見せてやれ。……ゾロアーク!」
「クゥオオオオオンッ!!」
漆黒と深紅の毛並みを揺らし、幻影の覇者・ゾロアークが降臨する。
「我が精鋭に対し、どう挑む!? ギギギアル、『ギアソーサー』!!」
高速回転する歯車が、目にも留まらぬ速さでゾロアークへ襲いかかる。
しかし、ノウゼンは冷徹な笑みを浮かべた。
「分身を展開しろ」
ゾロアークが瞳を妖しく光らせた瞬間、フィールドの空間が歪んだ。 一匹だったはずのゾロアークが無数に増えてフィールド全体に現れる。 ギギギアルの周囲を、何十匹ものゾロアークが取り囲む。
「なにぃっ!?多すぎる! どれが本物だ!?」
老騎士が動転する。
「慌てるなギギギアル!端から順に潰していけ!」
ギギギアルの回転歯車がゾロアークの一匹一匹を次々に直撃。
攻撃を受けたゾロアークが黒い煙となって消失していく。そして 激しい手応えとともに、ゾロアークが苦悶の表情を浮かべて倒れ込む。
「やった、捉えたぞ!」
「いいえ! おじいちゃん、騙されちゃダメ!!」
観客席から老騎士の孫娘が叫ぶ。
倒れたはずのゾロアークの体もまた、次の瞬間に「シュウゥ……」と黒い煙となって消え去った。
「なにっ……手応えがあったはずなのに……これも幻影だと!?」
「『わるだくみ』」
本物のゾロアークはギギギアルの真後ろの『影』の中から静かに姿を現していた。攻撃が当たったと錯覚させてできた絶好の隙を見逃さず、ゾロアークは特攻を極限まで跳ね上げる。そして再度、幻影を展開して数十のゾロアークがフィールドの姿を現す
「おのれ…… ギギギアル、『はかいこうせん』で全方位ごと吹き飛ばせ!!」
老騎士の叫びに応え、全能力を限界突破させたギギギアルが、金色の光線をぶっぱなす。驚異のレーザーが幻影もろともフィールド全体を破壊せんと襲いかかる。
「ノウゼン、危ないっ!!」
破壊光線がゾロアークの胸元を凄まじい衝撃とともに貫く。 石畳が砕け散り、豪快な爆風がサロン全体を揺らした。
「勝った……! いくら幻影を使おうと、この全域攻撃からは逃げられまい――!」
老騎士が勝利を確信した、その時。
光線で吹き飛ばされたはずのゾロアークの体が、ニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべると、パラパラと「黒い羽の幻像」となって散っていった。
「な……これも幻影……!? では、本物は一体どこに……!?」
「真上だ」
ノウゼンの冷徹な声。 見上げれば、天井のシャンデリアの陰――完全に死角となる高所に、本物のゾロアークが静かに姿を潜めていた。
「『かえんほうしゃ』!!」
「クゥオオオオオンッ!!」
上空から解き放たれたのは、特攻が極限まで高められたかえんほうしゃ。 はかいこうせんの反動で一歩も動けないギギギアルの頭上へ、巨大な炎の奔流がダイレクトに叩き込まれた。
ドッガァァァァンッ!!!
激しい煙が晴れると、そこには完全に崩れ去った石畳と、戦闘不能のギギギアル。そして、静降しノウゼンの隣へと並び立つゾロアークの姿があった。
「ギギギアル戦闘不能! 勝者、ノウゼン様!! これより『侯爵(マーキス)』の爵位へ昇格といたします!!」
ファンファーレが鳴り響き、サロン全体から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
ノウゼンに敗れた老騎士は深々と頭を下げる。
「見事だ……。我が攻撃の全てが、手のひらの上で踊らされていたか。脱帽だ、ノウゼン侯爵」
◇
バトルシャトーを後にした二人の手には、授与されたばかりのバロネスの証明バッジと、マーキスの銀の紋章が輝いていた。
イッコンが大門の前で深くお辞儀をして見送る。
「侯爵ノウゼン様、男爵マチエール様。お二人のまたのお越しを心よりお待ちしております」
「ありがとうございましたー!」
街道へ出ると、マチエールは自分のバロンバッジを大切そうに撫でながら、目を輝かせてノウゼンの顔を見上げた。
「すごかった……! もこおの技も決まったし、ノウゼンとゾロアークの幻影は本当に本物かと思っちゃった! あたしたち、無敵のコンビかもだね!」
「……フフッ。そうだな」
ノウゼンは銀の紋章をちらりと見やると、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「昔は家柄だの何だのに縛られてたけど……今の俺には、ハンサムハウスに、頼もしい所長もいる。楽しいよ‥‥‥!」
「ノウゼン……! えへへ、あたしたちもっと強くなろうね!」
「よく言った、マチエール。……さあ、その強くなる為にも次の街に着くまでにもこおの『サイコキネシス』の精度を上げるぞ。勉強も忘れずにな」
「えぇーーーっ!?爵位もらったんだから、今日くらいパーッとお祝いしようよーーっ!!」
夕日に染まるカロスの街道を、文句を言い合いながら歩いていく二人ともこお。その影は、かつてないほど強く、温かく伸びていたのだった。