Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第21話 大丈夫

 

 

 

 

 その日のうちに、もう一つ問題が増えた。

 

 山内が、見知らぬ女子を連れて戻ってきたのだ。

 

 伊吹澪。

 

 Cクラスの生徒。

 

 頬には赤い痕が残っており、クラス内で揉めた末、一人でいたところを山内が見つけたらしい。

 

 当然。

 

 Dクラスでも意見は割れた。

 

「放っておくのはよくないと思う」

 

 平田は受け入れるべきだと主張する。

 

 一方で。

 

「他クラスの生徒よ。無条件で信用する方が不自然でしょう」

 

 堀北は警戒を崩さない。

 

 どちらの言い分も分かる。

 

 そんな話し合いを少し離れたところで聞きながら、莉愛は伊吹の顔を見ていた。

 

「それ痛くない?」

 

「……何?」

 

「ほっぺ」

 

 伊吹の目が莉愛へ向く。

 

「別に」

 

「冷やした?」

 

「必要ない」

 

「いや、冷やした方がよくない?」

 

「平気だから」

 

「平気な人って大体そう言うよね」

 

「……」

 

 伊吹が怪訝そうに莉愛を見る。

 

「私、Cクラスなんだけど」

 

「うん」

 

「気にならないの?」

 

「何が?」

 

「……もういい」

 

「え、何?」

 

 よく分からない。

 

 莉愛は近くにいた清隆へ顔を向けた。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「俺なんか変なこと言った?」

 

「普段通りだ」

 

「じゃ大丈夫か」

 

「それで納得するのか」

 

「清隆が言うなら」

 

「俺を何だと思ってる」

 

「清隆」

 

「答えになってない」

 

「そう?」

 

 伊吹が、さらに妙な顔をしていた。

 

 結局。

 

 話し合いの末、伊吹はDクラスの拠点へ置くことになった。

 

 莉愛も、何も考えていないわけではない。

 

 伊吹は時々、妙に周囲を見ている。

 

 人。

 

 荷物。

 

 テントの配置。

 

 視線が細かい。

 

(なんか見てんなぁ)

 

 少し気にはなった。

 

 清隆を見る。

 

 いつも通りの顔。

 

 ただ。

 

 多分、清隆も気づいている。

 

(ならいっか)

 

 難しいことは、難しいことが得意な人間に任せればいい。

 

 莉愛は伊吹へ水を差し出した。

 

「飲む?」

 

「……もらう」

 

「ん」

 

 それで話は終わった。

 

     ◇

 

 翌日。

 

 高円寺がリタイアした。

 

「え、高円寺くん帰ったの?」

 

「そうらしいわ」

 

 堀北の声は冷たかった。

 

 リタイアにはペナルティがある。

 

 本人の自由だけで済む問題ではない。

 

「マジかぁ……」

 

「黒瀬さん。分かっているでしょうね。クラスのポイントが減るのよ」

 

「分かってるよ」

 

「なら、その羨ましそうな顔をやめなさい」

 

「だって船戻ったんでしょ?」

 

「だから何?」

 

「アイスとか食えんのかなって」

 

「黒瀬さん」

 

「冗談だってw」

 

 半分くらいは本気だった。

 

 昨日は海鮮カレーを二杯食べていた男が、今日はもう島にいない。

 

「自由だなぁ」

 

 思わず漏れた。

 

「羨ましいか?」

 

 清隆だった。

 

「ちょっと」

 

「帰りたいのか」

 

「んー」

 

 莉愛は周囲を見る。

 

 平田が何人かと話している。

 

 池は今日やる作業を確認していた。

 

 須藤は荷物を運んでいる。

 

 女子たちも、初日よりずっとこの生活に慣れてきた。

 

 伊吹は少し離れた場所にいる。

 

 なんだかんだ。

 

 みんな、まだここにいた。

 

「いや」

 

「そうか」

 

「せっかくみんないるし」

 

 一週間くらいなら。

 

 最後まで一緒にいた方が面白そうだった。

 

「高円寺くんの分まで遊ぶわ」

 

「試験だぞ」

 

「知ってるってw」

 

 清隆はそれ以上何も言わなかった。

 

     ◇

 

 その日の午後。

 

 清隆と堀北は、他クラスの様子を探りに行くことになった。

 

「二人で?」

 

「ああ」

 

「へえ」

 

「何だ」

 

「別に」

 

 莉愛は清隆の隣にいる堀北を見る。

 

 少し。

 

 顔色が悪い。

 

「鈴音ちゃん」

 

「何かしら」

 

「今日ちょっと顔白くない?」

 

「気のせいよ」

 

「そう?」

 

「そうよ」

 

 即答だった。

 

 けれど。

 

 莉愛にはそう見えなかった。

 

「無理しないでね」

 

「あなたに心配されるほどではないわ」

 

「ならいいけど」

 

 次に清隆を見る。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「鈴音ちゃん頼んだよ」

 

「何をだ」

 

「なんかあったら」

 

「随分曖昧だな」

 

「清隆なら分かるでしょ」

 

「……」

 

 清隆が堀北を見る。

 

 堀北が不愉快そうに眉を寄せた。

 

「人を病人のように扱わないでもらえるかしら」

 

「病人とは言ってないじゃん」

 

「似たようなものよ」

 

「じゃ元気?」

 

「元気よ」

 

「ならよし」

 

「軽いわね」

 

 二人はそのまま拠点を離れていった。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 戻ってきた堀北を見た瞬間。

 

 莉愛は眉を寄せた。

 

「鈴音ちゃん」

 

「何?」

 

「ちょっと待って」

 

「何かしら」

 

 近づいて。

 

 額へ手を伸ばす。

 

「触らないで」

 

「いや熱くない?」

 

「気のせいよ」

 

「それ絶対熱ある人が言うやつじゃん」

 

 堀北が莉愛の手を払い除ける。

 

「問題ないわ」

 

「あるって」

 

「まだやることが残っているでしょう」

 

「ない」

 

「あるでしょう」

 

「今なくなった」

 

「黒瀬さん」

 

「今日は鈴音ちゃん休みね」

 

「勝手に決めないで」

 

「じゃ平田くんにも聞く?」

 

 莉愛が顔を上げる。

 

「平田くーん」

 

「呼ばなくていいわ」

 

「休む?」

 

「……」

 

「休む?」

 

「分かったわよ」

 

 堀北が小さく息を吐いた。

 

「少し休むわ」

 

「最初からそうすればいいじゃん」

 

「あなたに言われると腹が立つのはなぜかしら」

 

「理不尽じゃない?」

 

     ◇

 

 熱は、思っていたより高かった。

 

「ほら」

 

 濡らしたタオルを絞り、堀北の額へ乗せる。

 

「冷たっ」

 

「我慢」

 

「雑ね」

 

「看病してもらって文句言う?」

 

「頼んではいないわ」

 

「はいはい」

 

 莉愛は水を差し出した。

 

「飲んで」

 

「自分で飲めるわ」

 

「じゃ飲んで」

 

「……」

 

「見てるから」

 

「鬱陶しいわね」

 

「病人には言われたくないw」

 

 堀北が少しずつ水を飲む。

 

 食べられそうなものを用意する。

 

 タオルを取り替える。

 

 必要なものがあれば持ってくる。

 

 誰かが堀北へ用事を頼みに来れば、

 

「今日鈴音ちゃん休みね」

 

 それだけ言って追い返した。

 

 堀北が担当する予定だった仕事も、そのまま空いているところから莉愛が拾っていく。

 

「黒瀬」

 

 途中で清隆に呼び止められた。

 

「何?」

 

「お前も休んだらどうだ」

 

「俺?」

 

「朝からほとんど休んでないだろ」

 

「まだ元気だってw」

 

 清隆は答えなかった。

 

「何?」

 

「昨日も似たことを聞いた気がする」

 

「昨日は昨日じゃん」

 

「そうだな」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 莉愛は笑った。

 

 その時は。

 

 本当にそう思っていた。

 

     ◇

 

 夜になっても、堀北の熱は下がりきらなかった。

 

「莉愛」

 

「ん?」

 

 軽井沢がテントを覗き込む。

 

「まだそこにいるの?」

 

「うん」

 

「交代しようか?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「でもずっとじゃん」

 

「もう寝そうだから平気」

 

 堀北を見る。

 

 少し前より呼吸は落ち着いていた。

 

「ほんと?」

 

「うん。恵も寝なよ」

 

「……何かあったら呼んでね」

 

「ありがと」

 

 軽井沢が離れていく。

 

 莉愛はもう一度、堀北の額のタオルを取り替えた。

 

「……」

 

「何かしら」

 

「起きてんじゃん」

 

「あなたがうるさいからでしょう」

 

「ひど」

 

「あなたも休みなさい」

 

「鈴音ちゃん寝たらね」

 

「私は一人でも寝られるわ」

 

「知ってるよ」

 

「なら――」

 

「でも俺がいた方が楽じゃん」

 

「……」

 

「何?」

 

「別に」

 

「じゃ寝て」

 

「あなたに命令されたくはないわね」

 

「病人は黙って寝なさい」

 

「誰の真似よ、それ」

 

「鈴音ちゃん」

 

「腹が立つわ」

 

 それでも。

 

 しばらくすると、堀北の目は閉じた。

 

 莉愛は小さく息を吐く。

 

 横に置いてあった自分のペットボトルを手に取った。

 

 半分ほど残っている。

 

 堀北の枕元に置いてある水は、もうほとんど空だった。

 

「……」

 

 自分の水を見る。

 

 堀北を見る。

 

「まあ」

 

 ボトルを堀北の枕元へ置いた。

 

「俺はなんとかなるか」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 堀北の熱は昨日より下がっていた。

 

「これ飲んで」

 

 莉愛は自分用に残していた水を渡した。

 

 堀北がボトルを見る。

 

「これはあなたの分でしょう」

 

「昨日結構飲んだし」

 

「嘘ね」

 

「なんで?」

 

「ほとんど私のそばにいたでしょう」

 

「細かいなぁ」

 

「あなたの水は?」

 

「あるある」

 

「どこに?」

 

「川」

 

「……」

 

 堀北がゆっくり顔を上げた。

 

「まさか」

 

「めっちゃ綺麗だったよ?」

 

「黒瀬さん」

 

「流れてるし」

 

「黒瀬さん」

 

「飲めるべw」

 

「飲むなと言っているのよ」

 

「もう飲んだ」

 

「……」

 

 堀北が目を閉じた。

 

「何?」

 

「頭痛が酷くなったわ」

 

「熱?」

 

「あなたのせいよ」

 

「なんで!?」

 

「私に水を渡して、自分は川の水を飲んだの?」

 

「鈴音ちゃん熱あったじゃん」

 

「だから何?」

 

「病人優先でしょ」

 

「だからといって、あなたが未処理の水を飲んでいい理由にはならないでしょう」

 

「平気平気」

 

「何を根拠に?」

 

「綺麗だった」

 

「見た目の話をしているのではないわ」

 

「細菌とか?」

 

「分かっているなら飲まないで」

 

「もう飲んじゃったしなぁ」

 

「……」

 

 堀北が莉愛を見る。

 

「なに?」

 

「本当に腹が立つわね、あなた」

 

「看病してんのに!?」

 

「そういう意味で言っているのよ」

 

「意味分かんないんだけど」

 

 莉愛はボトルを堀北の手へ押しつける。

 

「ほら。今は鈴音ちゃんが飲む」

 

「あなたは?」

 

「あとでなんとかする」

 

「……黒瀬さん」

 

「何?」

 

「私が休んだ分まで、あなたが倒れたら意味がないでしょう」

 

「倒れないってw」

 

「そういうところよ」

 

「何が?」

 

「……もういいわ」

 

 よく分からない。

 

 ただ。

 

 堀北の熱は下がっている。

 

 昨日より、顔色もいい。

 

 なら。

 

 とりあえず。

 

 それでよかった。

 

     ◇

 

 昼前。

 

 莉愛は一人で川の近くまで来ていた。

 

 喉が渇いたわけではない。

 

 少し。

 

 気持ちが悪かった。

 

「……うっ」

 

 不意に胃の奥が持ち上がる。

 

「……え」

 

 口元を押さえる。

 

 次の瞬間。

 

「っ……」

 

 茂みの向こうへ駆け込んだ。

 

 その場にしゃがみ込む。

 

「……っ、うぇ……」

 

 吐いた。

 

 もっとも。

 

 腹の中には、大したものが入っていない。

 

「……はぁ」

 

 喉が熱い。

 

 目に涙が滲む。

 

 しばらく、その場から動けなかった。

 

「……マジか」

 

 何が原因なのか。

 

 よく分からない。

 

 寝不足。

 

 食事不足。

 

 ここ数日の疲れ。

 

 昨日まで濡れた服で動いていたこと。

 

 川の水。

 

 全部かもしれないし。

 

 どれも違うかもしれない。

 

「……」

 

 しばらく待つ。

 

 吐き気は、少しずつ引いていった。

 

 地面へ手をつき。

 

 立ち上がる。

 

 立てる。

 

 一歩。

 

 歩ける。

 

「まあ」

 

 莉愛は誰に言うでもなく呟いた。

 

「大丈夫か」

 

 口の中を濯ごうとして。

 

 川を見る。

 

「……」

 

 手を伸ばしかけて。

 

 止めた。

 

「いや、これはやめとこ」

 

 さすがに。

 

 そこまで馬鹿ではなかった。

 

 多分。

 

 誰かに言えば。

 

 休めと言われる。

 

 場合によっては、先生を呼ばれるかもしれない。

 

 リタイアになれば、ポイントも減る。

 

「まだ動けるしな」

 

 周囲を見る。

 

 誰もいない。

 

 莉愛は口元を拭った。

 

 何事もなかったように、拠点へ戻った。

 

     ◇

 

「莉愛」

 

「ん?」

 

 戻るなり、軽井沢に声をかけられた。

 

「どこ行ってたの?」

 

「ちょっと川」

 

「また?」

 

「顔洗ってた」

 

「ふーん」

 

 軽井沢が莉愛を見る。

 

「何?」

 

「……顔色悪くない?」

 

「日陰いたからじゃない?」

 

「そう?」

 

「そうそう」

 

 笑って返す。

 

 自分でも。

 

 少し手が震えているのは分かっていた。

 

 だから。

 

 ポケットへ入れた。

 

「黒瀬」

 

 今度は清隆だった。

 

「何?」

 

「……」

 

 清隆が莉愛を見る。

 

 妙に長い。

 

「なにw」

 

「いや」

 

「最近ほんと俺のこと見すぎじゃない?」

 

「そうか?」

 

「そうだって」

 

「なら気のせいだろ」

 

「なんだそれ」

 

 清隆はそれ以上何も言わなかった。

 

 助かった。

 

 そう思った。

 

 そのこと自体を。

 

 莉愛は別に、おかしいとも思わなかった。

 

     ◇

 

 島での生活にも、少しずつ慣れてきた。

 

 川の水は冷たい。

 

 夜は思っていたより暗い。

 

 星は綺麗だった。

 

 風呂がないのは、やっぱり嫌だった。

 

 食事も毎日、あの海鮮カレーのようにはいかない。

 

 それでも。

 

 みんなで騒ぎながら食べれば、案外なんとかなる。

 

 朝になれば起きる。

 

 誰かが困っていれば手を貸す。

 

 夜になれば寝る。

 

 問題が起きても。

 

 次の日には、また別の問題が起きる。

 

 いつまでも一つのことを引きずっている暇はなかった。

 

 ――五日目の朝までは。

 

     ◇

 

「……ない」

 

 女子側の荷物を確認しながら、莉愛は呟いた。

 

「何が?」

 

 近くにいた軽井沢が振り返る。

 

「下着」

 

「え?」

 

「昨日洗ったやつ」

 

「……莉愛の?」

 

「うん」

 

 もう一度確認する。

 

 ない。

 

 置いた場所は覚えている。

 

 そこまで忘れてはいない。

 

「風で飛んだとか?」

 

「飛ぶかなぁ」

 

「知らないけど……」

 

「探してくる」

 

「待って。あたしも行く」

 

「いいって」

 

「よくないでしょ」

 

 結局。

 

 軽井沢も一緒に探すことになった。

 

 そして数十分後。

 

 風ではなかったことが分かった。

 

     ◇

 

 見つかったのは。

 

 男子側の荷物の中だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 その場が静まり返る。

 

 見覚えのあるものだった。

 

 莉愛自身も、すぐに分かった。

 

「あ、俺の」

 

「莉愛!」

 

 軽井沢の声が飛ぶ。

 

 次の瞬間。

 

 空気が変わった。

 

「最低!」

 

「誰がやったの!?」

 

「男子の荷物から出てきたんでしょ!?」

 

「いや、俺じゃねえって!」

 

「俺も知らねえよ!」

 

 女子が男子を疑う。

 

 男子は当然反発する。

 

 ようやくまとまり始めていたクラスが、一気に二つへ割れた。

 

「みんな、一度落ち着こう」

 

 平田がすぐに間へ入る。

 

「でも洋介、莉愛の下着だよ!?」

 

「分かってる。でも、男子全員がやったわけじゃない」

 

「じゃあ誰よ!」

 

「だから知らねえって!」

 

「男子の荷物から出たじゃん!」

 

「だから俺ら全員が犯人になるのかよ!」

 

 声が大きくなっていく。

 

 莉愛は、戻ってきた下着を手にしたまま、その様子を見ていた。

 

 普通に嫌だった。

 

 知らないところで持っていかれた。

 

 誰が触ったのかも分からない。

 

 気持ち悪い。

 

 腹も立つ。

 

 本当なら。

 

 今は、自分が怒っていてもいい場面なのだと思う。

 

 でも。

 

 目の前では。

 

 やっていない人間まで疑われている。

 

 女子は女子で、不安そうだ。

 

 このまま続けても。

 

 誰も得をしない。

 

「……」

 

 莉愛は周囲を見る。

 

 少し離れたところに。

 

 清隆がいた。

 

「……もう犯人、清隆ってことでよくね?」

 

「おい」

 

 騒ぎが止まった。

 

 一瞬だった。

 

 男子も。

 

 女子も。

 

 全員が莉愛を見る。

 

「だって清隆ならまあいいし」

 

「俺がよくない」

 

「一人で済むじゃん」

 

「断る」

 

「まだ何も頼んでないってw」

 

「何を頼むつもりだった」

 

「一回だけ『出来心でした』って」

 

「やめろ」

 

「知ってるよ、清隆じゃないのは」

 

「なら話は終わりだ」

 

 清隆の反応はいつも通りだった。

 

 その横で。

 

 軽井沢がゆっくり莉愛を見る。

 

「……ちょっと待って」

 

「何?」

 

「なんで綾小路ならまあいいの?」

 

「え?」

 

「そこ!」

 

「なんでって……」

 

 莉愛は少し考える。

 

「清隆だから?」

 

「説明になってないんだけど!」

 

「そう?」

 

「そうよ!」

 

 今度は池まで妙な顔をする。

 

「黒瀬、お前、綾小路なら自分の下着盗られてもいいのか?」

 

「いいとは言ってないって」

 

「じゃあなんであいつならいいんだよ!」

 

「んー……」

 

 考える。

 

 特に理由は出てこない。

 

「清隆だし」

 

「またそれかよ!」

 

 池が清隆を見る。

 

「どういうことだよ綾小路!」

 

「俺に聞くな」

 

「お前らなんなんだよ!」

 

「俺も知らない」

 

「清隆ひどくない?」

 

「俺を犯人にしようとした人間に言われたくない」

 

「まだ根に持ってんの?」

 

「今の話だ」

 

 誰かが吹き出した。

 

 それにつられるように、別の場所からも笑い声が漏れる。

 

 櫛田まで困ったように笑った。

 

「莉愛ちゃん、それは綾小路くんがちょっと可哀想かな」

 

「桔梗までそっち?」

 

「そっちというか……普通かな」

 

「マジ?」

 

 堀北が小さく息を吐く。

 

「そもそも、無実の人間を犯人に仕立てようとするのをやめなさい」

 

「でも鈴音ちゃん、このままずっと揉めるじゃん」

 

「だからといって綾小路くんを下着泥棒にしていい理由にはならないでしょう」

 

「清隆なら許してくれるかなって」

 

「許してない」

 

「心狭くない?」

 

「普通だ」

 

 また。

 

 小さく笑いが起きる。

 

 事件そのものが解決したわけではない。

 

 犯人も分からない。

 

 女子の不安も消えていない。

 

 莉愛だって。

 

 嫌なものは嫌だ。

 

 ただ。

 

 男子全員を犯人のように見る空気だけは、少し薄くなった。

 

「まあ、返ってきたし」

 

「よくないからね?」

 

 軽井沢がすぐに言った。

 

「分かってるって。普通に嫌だよ」

 

「ならもうちょっと怒りなさいよ」

 

「怒ってるよ?」

 

「全然見えない!」

 

「いや、怒ってるって」

 

「じゃあなんで笑ってんの?」

 

「みんなめっちゃ喧嘩してるから」

 

「それとこれとは別でしょ!」

 

「でも犯人一人じゃん」

 

「……」

 

「やってない人まで全員疑うのは違くない?」

 

 軽井沢が黙った。

 

 男子側も少し静かになる。

 

 莉愛は池を見る。

 

「池くん、盗った?」

 

「盗ってねえよ!」

 

「おっけ」

 

「軽っ!」

 

「須藤くんは?」

 

「俺じゃねえ」

 

「うん」

 

「何なんだその確認!」

 

「一応聞いとこうかなって」

 

「雑すぎんだろ!」

 

 幸村が呆れたように息を吐く。

 

「こんな聞き方で犯人が名乗るわけないだろ」

 

「幸村くんは?」

 

「俺じゃない」

 

「了解」

 

「……本当に適当だな」

 

「清隆」

 

「俺じゃない」

 

「まだ聞いてない」

 

「どうせ聞くだろ」

 

「……やっぱ怪しくない?」

 

「好きにしろ」

 

「反応つまんないなぁ」

 

 清隆はそれ以上相手にしなかった。

 

 やっぱり清隆だった。

 

     ◇

 

 事件が起きた以上。

 

 そのままには出来ない。

 

 午後は。

 

 寝床をどう分けるか。

 

 荷物をどう管理するか。

 

 誰がどこを見張るか。

 

 そんな話が続いた。

 

 そして。

 

 話し合いだけで一日は終わらない。

 

「黒瀬さん、これお願いしていい?」

 

「いいよー」

 

「黒瀬、こっち手ぇ貸して!」

 

「今行く!」

 

「黒瀬さん、さっきの件なんだけど……」

 

「ん。聞く聞く」

 

 男子側へ行く。

 

 女子側へ戻る。

 

 平田と話す。

 

 軽井沢の話を聞く。

 

 池たちへ女子が不安がっていることを伝える。

 

 今度は、男子側の不満を女子へ説明する。

 

 本来なら。

 

 今日は莉愛が誰かに気を遣われる側だったのかもしれない。

 

 けれど。

 

 気づけば。

 

 被害に遭った本人が、一番忙しくなっていた。

 

 莉愛自身は。

 

 それを特に不思議だとも思っていない。

 

(まあ、みんな普通に戻るならいっか)

 

 それでいいと思った。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 ようやく一段落して。

 

 莉愛は木陰へ腰を下ろした。

 

「……はぁ」

 

 水を飲む。

 

 冷たい。

 

「うま……」

 

 身体が重かった。

 

 昨日より。

 

 少しだけ。

 

「黒瀬」

 

「ん?」

 

 顔を上げる。

 

 清隆が立っていた。

 

「疲れたか」

 

「ちょっとだけ」

 

 口にしてから。

 

 自分でも少し意外だった。

 

 いつもなら反射的に「大丈夫」と言っていた気がする。

 

「今日はもう休め」

 

「えー」

 

「朝から動き続けてる」

 

「でもまだやることあるじゃん」

 

「他にも人はいる」

 

「そうだけど」

 

 清隆が莉愛を見る。

 

「顔色もよくない」

 

「暑いからじゃない?」

 

「そうかもしれないな」

 

「でしょ?」

 

「ああ」

 

 それ以上、清隆は何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 まだ見ている。

 

「何?」

 

「別に」

 

「清隆、最近俺のこと見すぎじゃない?w」

 

「目につくだけだ」

 

「それ言い方あんま変わってないからね?」

 

「そうか」

 

「そうだよ」

 

 莉愛は笑って立ち上がった。

 

 その瞬間。

 

「……っ」

 

 視界が揺れた。

 

 一瞬。

 

 足元が遠くなる。

 

 僅かによろける。

 

 すぐに踏み直した。

 

「黒瀬」

 

「何でもないって」

 

「今、ふらついたな」

 

「立つの早かっただけ」

 

「休め」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 今度は。

 

 いつもの言葉が出た。

 

 清隆は何も言わない。

 

「ほんとだって」

 

「ああ」

 

「信じてないでしょ」

 

「少しな」

 

「ひどw」

 

 莉愛は笑って。

 

 清隆の横を通り過ぎた。

 

     ◇

 

 夜。

 

 女子のテント。

 

 寝袋へ身体を沈めて。

 

 莉愛は小さく息を吐いた。

 

「……最悪」

 

 理由は分かっていた。

 

 生理が始まった。

 

 無人島生活五日目。

 

 連日の疲労。

 

 睡眠不足。

 

 食事も十分とは言えない。

 

 海へ入った日は、濡れたジャージのまましばらく動いた。

 

 昨日は堀北の看病でほとんど眠れていない。

 

 川の水まで飲んだ。

 

 その上で。

 

 これ。

 

「タイミング悪すぎでしょ……」

 

 腹が重い。

 

 腰もだるい。

 

 昼間より、身体の芯が冷えているような気もする。

 

「莉愛?」

 

 近くから軽井沢の声。

 

「ん?」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「今日ずっと動いてたじゃん」

 

「ちょっと疲れただけ」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

「……ならいいけど」

 

 軽井沢はまだ心配そうだった。

 

 莉愛は目を閉じる。

 

 寝れば治る。

 

 たぶん。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

「おはよー」

 

 莉愛はいつも通り起きた。

 

 身体は重い。

 

 寝たはずなのに。

 

 あまり寝た気がしない。

 

 夜中に何度か目も覚めた。

 

 少しだけ喉も痛い。

 

 それでも。

 

 立てる。

 

 歩ける。

 

 なら。

 

 問題ない。

 

「莉愛、平気?」

 

「余裕余裕」

 

 軽井沢へ笑って返す。

 

 少し先には堀北がいた。

 

 昨日までと比べれば、明らかに顔色が戻っている。

 

「鈴音ちゃん」

 

「何かしら」

 

「顔色戻ったじゃん」

 

「あなたが必要以上に世話を焼いたからでしょうね」

 

「結果オーライじゃんw」

 

「あなたは?」

 

「俺?」

 

「今日は私より顔色が悪いのではなくて?」

 

「寝起きだからじゃない?」

 

「そう」

 

 堀北の目が細くなる。

 

「何?」

 

「別に」

 

「最近みんな俺の顔色気にしすぎじゃない?」

 

「気にされるような顔をしているからでしょう」

 

「そうかなぁ」

 

「そうよ」

 

「マジか」

 

 少し離れたところに清隆を見つける。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「俺、今日そんな顔ヤバい?」

 

 清隆は莉愛を見る。

 

 一秒。

 

 二秒。

 

「昨日よりは悪いな」

 

「正直すぎない?」

 

「聞いたのはお前だ」

 

「もうちょい優しく言ってよw」

 

「休むか?」

 

「大丈夫」

 

 今度はすぐに答えた。

 

「寝たし」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 本当だ。

 

 寝た。

 

 途中で何度か目を覚ましただけ。

 

 だから。

 

 大丈夫。

 

 莉愛はそのまま朝の作業へ向かった。

 

     ◇

 

 昼過ぎ。

 

「黒瀬さんー!」

 

 少し離れた場所から声が飛んでくる。

 

「ちょっと手伝ってー!」

 

「はーい!」

 

 返事をする。

 

 一歩。

 

 踏み出して。

 

「……っ」

 

 止まった。

 

 腹の奥に、鈍い痛みが走る。

 

「……」

 

 数秒。

 

 莉愛は少しだけ俯いた。

 

「マジでタイミング悪いなぁ……」

 

 周囲を見る。

 

 誰も見ていない。

 

 水を一口飲む。

 

 息を吐く。

 

 少し待つ。

 

 痛みが引く。

 

 まだ動ける。

 

「黒瀬さんー?」

 

「今行くってー!」

 

 顔を上げた。

 

 いつものように笑う。

 

 歩き始める。

 

 最初の一歩だけ、僅かによろけた。

 

 すぐに姿勢を戻す。

 

 莉愛は。

 

 誰にも見られていないと思っていた。

 

 だから。

 

 何事もなかったように、そのまま声のした方へ歩いていった。

 

 無人島へ来て六日目。

 

 堀北の顔色は、昨日よりずっと良くなっていた。

 

 その代わりに。

 

 莉愛が「大丈夫」と口にする回数だけは、少しずつ増えていた。

 

 

 

 

 

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