Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第24話 大丈夫は禁止

 

 

 

 

「で?」

 

 龍園の一言に、真鍋は僅かに表情を強張らせた。

 

「……何が?」

 

「何がじゃねえよ」

 

 龍園は椅子に深く腰掛けたまま、目の前の三人を眺める。

 

 真鍋。

 

 藪。

 

 山下。

 

「俺は黒瀬をしばらくDクラスから引き離せっつった」

 

「……」

 

「崖から落とせとは言ってねえぞ」

 

「事故よ」

 

 真鍋がすぐに言い返した。

 

「ちょっと押しただけ。あんなところまで落ちるなんて思わなかった」

 

「へえ」

 

「地面が崩れたの。本当にそれだけだから」

 

「じゃあ、なんで教師を呼ばなかった?」

 

「……」

 

 三人が黙る。

 

 龍園の口元が僅かに歪んだ。

 

「落ちたのが事故でも、置いて帰ったのはお前らの判断だろ」

 

「それは……」

 

「俺の命令か?」

 

「違うけど」

 

「なら俺に言い訳すんな」

 

 真鍋が唇を噛む。

 

「だって、あんなことになったら……」

 

「自分らが処分されんのが怖くなった」

 

「……」

 

「違うか?」

 

 返事はなかった。

 

 それで十分だった。

 

「次から勝手に命令以上のことすんな」

 

「……分かったわよ」

 

「で」

 

 龍園が話を切る。

 

「黒瀬は?」

 

「何も言ってない」

 

「何も?」

 

「先生には、あたしたちとは途中で別れたって」

 

「転落は?」

 

「一人で足滑らせたって言ってるみたい」

 

「……」

 

 龍園が黙る。

 

 数秒。

 

「クク……」

 

 低い笑いが漏れた。

 

 真鍋が眉を寄せる。

 

「何がおかしいの?」

 

「別に」

 

「黒瀬なんて結局、やり返せないだけでしょ」

 

 真鍋が鼻で笑った。

 

「あたしたちのこと怖がってるんだよ」

 

「……あ?」

 

「だってそうじゃん。反撃もしなかったし、先生にも何も言わなかった」

 

 藪もそれに乗る。

 

「怒ってるとか言ってたけど、結局何もしてこなかったし」

 

「臆病なんじゃない?」

 

 龍園は三人を順番に見た。

 

「……お前ら、本気でそう思ってんのか?」

 

「何よ」

 

「怖くて仕方ねえなら教師にチクって、お前らを退学に追い込むだろうが」

 

「……」

 

「二度と自分に手ぇ出せねえようにな」

 

 真鍋の顔から、僅かに余裕が消える。

 

「でも黒瀬は何も言わなかった」

 

「だから、それは怖くて――」

 

「逆だっつってんだよ」

 

 龍園が遮った。

 

「足折られて、雨ん中置いてかれて。それでもお前らを売らなかった」

 

「……」

 

「やり返せねえ?」

 

 龍園が鼻で笑う。

 

「違えよ」

 

 その口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

「やり返さねえんだよ、あいつは」

 

「同じじゃない」

 

「全然違う」

 

 即答だった。

 

「怖くなかったわけでもねえ。ムカついてねえわけでも……ねえだろうな」

 

 黒瀬は感情の薄い人間じゃない。

 

 むしろ逆だ。

 

 仲直り会を潰した時もそうだった。

 

 テーブルを蹴り飛ばした龍園に対して、黒瀬は露骨に腹を立てていた。

 

 怒る。

 

 笑う。

 

 落ち込む。

 

 その辺りは分かりやすい。

 

 なのに、自分が傷ついた時だけ、その先が妙だった。

 

「それでも、自分が酷い目に遭った程度じゃ相手を潰す理由にしねえ」

 

「……」

 

 龍園が喉を鳴らした。

 

「クク……相当イカれてんな、黒瀬のやつ」

 

「何それ。褒めてるの?」

 

「さあな」

 

 少なくとも、弱いとは思わなかった。

 

 普通なら、自分が傷つけば怒る。

 

 恐怖を覚えれば遠ざける。

 

 危険なら排除する。

 

 黒瀬は、その当たり前から外れている。

 

 なら。

 

 何なら動く。

 

 何をされた時に、黒瀬は相手を潰す側へ回る。

 

 どこまで行けば、笑うのをやめる。

 

「……」

 

 龍園の口元には、薄い笑みが残っていた。

 

 思っていたより。

 

 黒瀬莉愛という人間は、ずっと妙らしい。

 

     ◇

 

 無人島を離れて船へ戻ってから。

 

 黒瀬の扱いは、明らかに変わっていた。

 

「黒瀬さん、何食べたい?」

 

「いや平田くん、俺自分で取れるって」

 

「何が食べたい?」

 

「……カレー」

 

「分かった。取ってくるね」

 

「会話の主導権ないじゃん」

 

 車椅子に座った黒瀬が、遠ざかる平田の背中を見送った。

 

 右足は固定されている。

 

 熱も完全には下がっていない。

 

 医療スタッフからは、少なくとも今日は安静にするよう言われていた。

 

 当然の処置だ。

 

「莉愛、水」

 

 軽井沢がペットボトルを差し出す。

 

「ありがと。恵、俺ほんと自分で――」

 

「何?」

 

「……なんでもない」

 

 賢明な判断だった。

 

 今の軽井沢に逆らうのは得策ではない。

 

「黒瀬」

 

 今度は池が来た。

 

「何?」

 

「これ」

 

 テーブルに小さなデザートが置かれる。

 

「え、俺の?」

 

「いらねえなら食うぞ」

 

「いるいる」

 

 黒瀬が池を見る。

 

「……池くん、今日めっちゃ優しくない?」

 

「お前が昨日死にかけたからだよ!」

 

「死んでないってw」

 

「笑うな!」

 

「なんで怒られてんの俺」

 

「自業自得だろ」

 

 須藤まで横から口を出す。

 

「なんか欲しいもんあったら言えよ」

 

「須藤くんまで?」

 

「怪我人なんだから当たり前だろ」

 

「怖」

 

「なんでだよ!」

 

 黒瀬は明らかに居心地が悪そうだった。

 

 人に頼ること自体は、普段から苦手ではない。

 

 ポイントがなくなれば俺に飯を要求する。

 

 手が届かなければ誰かに取ってもらう。

 

 困れば相談もする。

 

 だが、今は少し違うらしい。

 

「黒瀬」

 

 幸村が近くから声をかけた。

 

「何?」

 

「立とうとするな」

 

「まだ立ってないじゃん」

 

「今、車椅子の肘掛けに手を置いただろ」

 

「トイレ行こうかなって」

 

「誰かに声をかけろ」

 

「俺一人で行けるって」

 

「行けないからそこに座ってるんだろ」

 

「今日正論多くない?」

 

「黒瀬さん」

 

 今度は堀北だ。

 

「はい」

 

「あなたは今回くらい、大人しく人に頼りなさい」

 

「鈴音ちゃんまでそれ言う?」

 

「言うわ」

 

「俺もう大丈夫だって」

 

「その言葉は禁止よ」

 

「え?」

 

 黒瀬が固まった。

 

「賛成」

 

 軽井沢が即座に乗る。

 

「恵!?」

 

「昨日から何回『大丈夫』って言ったと思ってんのよ」

 

「いや、本当に大丈夫な時もあるって!」

 

「信用ゼロ」

 

「横暴!」

 

「私も賛成かな」

 

 櫛田まで笑顔で加わった。

 

「桔梗まで!?」

 

「莉愛ちゃん、自分の体調のことになると全然信用できないもん」

 

「そんなことないって」

 

「あるよ?」

 

「優しい顔で刺してくるじゃん……」

 

 珍しく。

 

 この場にいる全員と、ほぼ同じ意見だった。

 

「清隆」

 

 黒瀬がこちらを向く。

 

「何だ」

 

「お前は俺の味方だよね?」

 

「体調の話なら違う」

 

「即裏切った!」

 

「最初からそっち側だ」

 

「最悪じゃん」

 

 口ではそう言いながら、黒瀬は少し笑った。

 

 昨日より顔色はいい。

 

 食欲も戻り始めている。

 

 それは観察すれば分かる。

 

 だからといって、本人の自己申告を信用する理由にはならない。

 

「黒瀬さん」

 

 平田が戻ってきた。

 

「はい、カレー」

 

「平田くん神」

 

「大げさだよ」

 

「いや今日みんな神なんだけど」

 

 黒瀬はトレーを受け取る。

 

 それから、少しだけ困ったように周囲を見た。

 

「……なんかさ」

 

「どうしたの?」

 

「俺、今日なんもしてなくない?」

 

「怪我してるんだから、何もしなくていいんだよ」

 

「でも」

 

「黒瀬さん」

 

 平田はいつもの柔らかな声だった。

 

「僕たちだって、黒瀬さんに助けてもらったことがあるから」

 

「……」

 

「今回は僕たちの番ってことでいいんじゃないかな」

 

 黒瀬の口が止まった。

 

「それズルくない?」

 

「どうして?」

 

「断りづらいじゃん」

 

「断らなくていいよ」

 

 平田は笑った。

 

 黒瀬はしばらく何も言わなかった。

 

「……いただきます」

 

 小さく言って、スプーンを手に取る。

 

 黒瀬は、人に頼ることが嫌いなわけじゃない。

 

 ただ。

 

 自分だけが一方的に守られる側へ置かれると、途端に落ち着かなくなるらしい。

 

 普段の黒瀬なら、誰かに助けられた直後には別の誰かを勝手に助けている。

 

 恩を数えているわけではない。

 

 誰に何を返すかを考えているわけでもない。

 

 それでも、結果として何かが巡っている。

 

 今は、それができない。

 

 だから居心地が悪い。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「福神漬け」

 

「目の前にあるだろ」

 

「遠い」

 

「腕を伸ばせ」

 

「怪我人に厳しくない?」

 

「怪我したのは足だ」

 

「幸村くんと同じこと言ってる……」

 

 黒瀬はしぶしぶ自分で取った。

 

 その程度は問題ない。

 

 少し離れたところでは、堀北がこちらを見ていた。

 

 黒瀬と目が合う。

 

「鈴音ちゃんも食べる?」

 

「結構よ」

 

「じゃあ何?」

 

「別に」

 

「絶対なんかあるじゃん」

 

 堀北は一瞬だけ黙った。

 

「……今回、私が最後まで動けたのは、あなたが余計な仕事を引き受けたからでしょう」

 

「ああ」

 

「『ああ』じゃないわ」

 

「でも鈴音ちゃん元気なまま終われてよかったじゃん」

 

「……あなたは、本当にそういうところね」

 

「何その言い方」

 

「次からは勝手に私の仕事を奪わないで」

 

「怒られた」

 

「違うわ」

 

 堀北は僅かに眉を寄せる。

 

「一人で抱え込まないでと言っているの」

 

「……」

 

 黒瀬が少しだけ目を丸くした。

 

「鈴音ちゃん今日優しくない?」

 

「気のせいよ」

 

「照れてる?」

 

「違うわ」

 

「絶対照れて――」

 

「カレーを食べなさい」

 

「食べてるよ!」

 

 言ってから、黒瀬自身が少し笑った。

 

 堀北は呆れたように息を吐く。

 

 そのやり取りを見ていた軽井沢も、ようやく少し表情を緩めた。

 

 黒瀬が馬鹿なことを言える程度には戻っている。

 

 少なくとも。

 

 昨日よりはマシだ。

 

     ◇

 

 食事が終わった頃。

 

「海見たい」

 

 黒瀬が言った。

 

「ダメ」

 

 軽井沢が即答した。

 

「まだ何も説明してないって」

 

「一人でデッキ行く気でしょ」

 

「ちょっと見るだけだって」

 

「ダメ」

 

「車椅子だよ?」

 

「車椅子でも勝手に動いたら危ないでしょ!」

 

「俺高校生なんだけど」

 

「昨日遭難した高校生でしょ!」

 

「強い」

 

 反論できなくなったらしい。

 

 軽井沢は俺を見る。

 

「綾小路」

 

「何だ」

 

「莉愛見てて」

 

「ああ」

 

「ちょっと待って」

 

 黒瀬が抗議する。

 

「俺、犬?」

 

「犬の方が言うこと聞くわよ」

 

「ひどくない!?」

 

「勝手に立たない。寒くなったらすぐ戻る。分かった?」

 

「はいはい」

 

「返事一回!」

 

「はい」

 

「よし」

 

 完全に保護者だった。

 

 俺は黒瀬の車椅子の後ろへ回る。

 

「行くぞ」

 

「清隆まで自然に受け入れないでよ」

 

「海を見たいんだろ」

 

「見たい」

 

「なら行く」

 

「……まあいいか」

 

 車椅子を押して、船内を出た。

 

     ◇

 

 デッキには、夕方の風が吹いていた。

 

 無人島へ向かう時にも見た海。

 

 特別試験が始まる前にも、黒瀬とここへ来た。

 

 あの時、黒瀬は手すりの近くまで歩いていった。

 

 俺は少し離れた場所から、その姿を写真に残した。

 

 今は車椅子に座っている。

 

「うわ」

 

 黒瀬が顔を上げる。

 

「やっぱ海いいな」

 

「寒くないか」

 

「まだ大丈夫」

 

「……」

 

「何その間」

 

「今の大丈夫は信用していいのか?」

 

「もうめんどくさいな、このルール!」

 

 黒瀬が笑った。

 

「寒くなったらちゃんと言うって」

 

「そうしろ」

 

「はいはい」

 

 海は静かだった。

 

 島で降っていた雨が嘘のように、雲の切れ間から夕日が差している。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「前もここ来たよね」

 

「ああ」

 

「俺、三年分遊ぼうぜとか言ってたじゃん」

 

「言ってたな」

 

「開始早々、無人島で死にかけたw」

 

「笑い事じゃない」

 

「……はい」

 

 珍しくすぐに引いた。

 

 黒瀬は少し黙って、海を見た。

 

「でもさ」

 

「何だ」

 

「昨日、本当に帰れないかと思った」

 

 声から軽さが少し消えた。

 

「時計壊れて」

 

「ああ」

 

「足痛くて」

 

「ああ」

 

「熱出て」

 

「ああ」

 

「誰も来なくて」

 

「……」

 

 黒瀬の手が膝の上で少し動く。

 

「一人になった時さ」

 

「ああ」

 

「清隆って呼んだんだよね」

 

「聞いた」

 

「あ、そうだった」

 

 黒瀬が小さく笑う。

 

「今考えると意味分かんないよね」

 

「何がだ」

 

「聞こえないじゃん」

 

「そうだな」

 

「なのに清隆呼んでんの」

 

 海へ視線を戻す。

 

「なんでだろ」

 

 俺にも分からない。

 

 ただ。

 

 誰もいない場所で、黒瀬が俺の名前を呼んだ。

 

 その事実だけが、妙に記憶に残っている。

 

「まあ」

 

 黒瀬が自分で答えを出す。

 

「困った時いつも清隆呼んでるからかw」

 

「そうかもしれないな」

 

「清隆ぁ〜、助けてよ、って」

 

「よく言ってるな」

 

「昨日だけマジだったけど」

 

 その笑い方は、少しだけ弱かった。

 

「黒瀬」

 

「何?」

 

「次からは、一人で何とかしようとするな」

 

「いや次から崖落ちる予定ないんだけど」

 

「そういう意味じゃない」

 

「じゃ何?」

 

「困った時だ」

 

「……」

 

「本当に困ったなら、助けを呼べ」

 

「呼んだよ? 時計壊れてたけど」

 

「なら」

 

 一度言葉を止める。

 

 特別なことを言うつもりはなかった。

 

 そうするのが自然だと思った。

 

「俺を呼べ」

 

 黒瀬が振り返った。

 

「清隆を?」

 

「ああ」

 

「いや、だから聞こえないじゃんw」

 

「今回も聞こえてない」

 

「そうじゃん」

 

「それでも行った」

 

「……」

 

 黒瀬が黙った。

 

「次も同じだ」

 

「何が?」

 

「お前が本当に困ってるなら、俺は行く」

 

 口にしてから、それが事実だと分かった。

 

 昨日だけの例外ではない。

 

 同じ状況なら。

 

 俺はまた同じ選択をする。

 

「……清隆」

 

「何だ」

 

「それ結構すごいこと言ってない?」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

「なら、そうなのかもな」

 

「本人だけ分かってないの怖いって」

 

 黒瀬が笑う。

 

「じゃあ今後めっちゃ呼ぶよ?」

 

「好きにしろ」

 

「清隆ぁ〜、助けてよw」

 

「それでいい」

 

「……」

 

 黒瀬の笑顔が一瞬止まった。

 

「何だ」

 

「いや」

 

 前へ向き直る。

 

「なんか変な感じ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 少し風が吹く。

 

 黒瀬の髪が揺れた。

 

「でも俺、もう本当に大丈夫だから」

 

「信用してない」

 

「清隆まで即答!?」

 

「少なくとも、お前自身の体調についてはな」

 

「限定されたw」

 

「昨日のお前を見た」

 

「……」

 

「無理だ」

 

「ぐうの音も出ない」

 

 黒瀬が肩を落とす。

 

「俺そんな信用ない?」

 

「お前が他人の状態について大丈夫と言うなら参考にはする」

 

「俺自身は?」

 

「参考にしない」

 

「差が酷くない?」

 

「自覚しろ」

 

「はい」

 

 黒瀬は苦笑した。

 

 しばらくして、また口を開く。

 

「でもさ」

 

「何だ」

 

「俺が大丈夫じゃない時、清隆が分かってくれるなら」

 

 黒瀬は海を見たまま言った。

 

「……まあ、いっか」

 

 それでいいのかは分からない。

 

 ただ。

 

 今後、黒瀬本人の言葉だけを根拠に放置することはないだろう。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「昨日の俺が泣いてた話」

 

「……」

 

「恵とかに言ってないよね?」

 

「言ってない」

 

「桔梗にも?」

 

「言ってない」

 

「鈴音ちゃんにも?」

 

「誰にも言ってない」

 

「……なんで?」

 

「言う必要がない」

 

「そっか」

 

 黒瀬はそれ以上聞かなかった。

 

 少しだけ静かになる。

 

「……ありがと」

 

「ああ」

 

 何に対する礼なのかは聞かなかった。

 

 助けに行ったことか。

 

 泣いていたことを黙っていることか。

 

 あるいは両方か。

 

 どれでもよかった。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「俺さ」

 

 黒瀬は夕日に照らされた海を見ながら言う。

 

「今日、めっちゃ恥ずかった」

 

「何がだ」

 

「みんなにあれこれやってもらうの」

 

「そう見えた」

 

「だよね」

 

「珍しく落ち着きがなかった」

 

「車椅子なのに?」

 

「だから余計に目立った」

 

「最悪じゃん」

 

 黒瀬が笑う。

 

「俺、人に頼るの別に嫌いじゃないんだけどな」

 

「知ってる」

 

「清隆にはめっちゃ頼ってるし」

 

「知ってる」

 

「でも今日みたいなの、なんか違うんだよね」

 

「何も返せないからか?」

 

 黒瀬が少しだけ目を丸くした。

 

「……たぶん」

 

「なら気にする必要はない」

 

「なんで?」

 

「平田が言ってただろ」

 

「今回は俺らの番?」

 

「ああ」

 

「でも俺、別に返してほしくてやってないよ」

 

「それも知ってる」

 

「じゃあ――」

 

「黒瀬」

 

「何?」

 

「お前が返してほしいと思ってるかどうかは関係ない」

 

「……」

 

「助けられた側が、助けたいと思うこともある」

 

 黒瀬が黙った。

 

「今回のお前みたいにな」

 

「……そっか」

 

「ああ」

 

「なんか」

 

「何だ」

 

「それも変な感じ」

 

「慣れろ」

 

「雑だなあ」

 

 黒瀬は笑った。

 

 けれど、さっきより少しだけ肩の力が抜けていた。

 

 この先。黒瀬が誰かを助けることは何度もあるだろう。

 

 本人は、そのほとんどを覚えていないかもしれない。

 

 助けた瞬間に、相手から返ってくるものを計算しなくなる。

 

 ……だが。

 

 助けられた側まで忘れるとは限らない。

 

 今日のように。

 

 黒瀬が動けなくなった時。

 

 勝手に誰かが動く。

 

 それを黒瀬がどう受け取るのかは、まだ分からない。

 

「清隆」

 

「何だ」

 

「今度、清隆が困ったら俺も助けるよ」

 

「今度じゃなくてもやってるだろ」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

「じゃ、今後もやる」

 

「好きにしろ」

 

「うん」

 

 夕日がゆっくりと沈んでいく。

 

 無人島へ向かう時と、同じ海だった。

 

 ……だが。

 

 あの時と今では。

 

 黒瀬との距離は、少し変わっている。

 

 黒瀬を助けに行った理由は、まだ説明できない。

 

 ……それでも。

 

 次に同じことが起きれば、俺はまた探しに行く。

 

 ……そして。

 

 黒瀬が本当に困った時。

 

 他の誰かより先に、俺を呼べばいい。

 

 そのことだけは、もう、考えるまでもなかった。

 

 

 

 

 




アニメ1期分 完
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