Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第3話 0ポイントって無料じゃんw

 

 

 

 

 昼休みを告げるチャイムが鳴る。

 

 その直後だった。

 

「清隆ぁー、購買行こうぜ」

 

 教科書を閉じるより先に、黒瀬莉愛の声が教室を横切った。

 

 呼ばれた綾小路は、机の中へ筆記用具をしまう手を止める。

 

「まだ行くとは言ってない」

 

「でも来るだろ?」

 

「……」

 

 昨日とほとんど同じやり取りだった。

 

 莉愛は既に鞄から財布代わりの端末を取り出し、行く気になっている。

 

 返事を待っているようには見えない。

 

 否。

 

 そもそも断られる可能性を、最初から考慮していないらしい。

 

「分かった」

 

「うぇーいw」

 

 予想通りの返事が返ってきたことに満足すると、莉愛はさっさと教室の出口へ向かう。

 

「池くんも行く?」

 

「行く行く!」

 

「山内は?」

 

「俺も!」

 

「心ちゃんは?」

 

「今日はお弁当あるからいいかな」

 

「そっか。じゃまた今度」

 

 近くにいた人間へ片っ端から声をかけながら進んでいく。

 

 誰かを選んでいる様子はない。

 

 誘って、来るなら一緒に行く。

 

 来ないなら、それで終わり。

 

 莉愛の人間関係には、妙なところで執着がなかった。

 

「黒瀬」

 

「ん?」

 

 背後から綾小路が追いつく。

 

「購買と言ってなかったか?」

 

「言ったけど」

 

「どうして池と山内まで増えてるんだ」

 

「いたから」

 

「……そうか」

 

「清隆もいただろ?」

 

「いたな」

 

「じゃ同じじゃん」

 

 何が同じなのかは、莉愛にしか分からない。

 

 池と山内がその後ろから追いついてくる。

 

「なあ黒瀬、何買うんだ?」

 

「決めてない」

 

「決めてねえのに誘ったのかよ」

 

「行ってから決めればよくね?」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

 四人で廊下を進む。

 

 高度育成高等学校の校舎は広い。

 

 学生の生活が敷地内だけで完結するように設計されているため、一般的な学校とは施設の規模がまるで違っていた。

 

 授業を受けるための校舎だけではない。

 

 飲食店。

 

 衣料品店。

 

 娯楽施設。

 

 そして、日用品や食品を扱うコンビニエンスストアまで存在している。

 

 入学から数日。

 

 まだ目新しさは消えていない。

 

「やっぱすげえよな、この学校」

 

 池が周囲を見渡しながら言う。

 

「それな」

 

 莉愛も同意する。

 

「高校の中にコンビニあんの意味分かんねえもん」

 

「しかも十万ポイントもらえるしな!」

 

 山内が端末を取り出す。

 

「俺、昨日ゲーム買ったわ」

 

「マジ? 何買った?」

 

「あとで見せてやるよ」

 

「いいじゃん」

 

 三人が盛り上がる横で、綾小路だけは特に会話へ入らない。

 

 もっとも、聞いていないわけではないらしい。

 

「清隆は?」

 

 莉愛が振り返る。

 

「何がだ」

 

「なんか買った?」

 

「必要なものを少し」

 

「夢ねえな」

 

「買い物に夢は必要なのか?」

 

「十万もらったんだぞ? もっとテンション上がるだろ」

 

「もらった、か」

 

「ん?」

 

「いや。何でもない」

 

「変な奴」

 

 莉愛は気に留めず、再び前を向いた。

 

     ◇

 

 店内は昼休みの生徒で賑わっていた。

 

 弁当や飲み物を求める生徒。

 

 菓子を選ぶ生徒。

 

 洗剤や文房具といった日用品を買う者もいる。

 

 扱われている商品の幅は、高校内の売店として考えると異常なほど広い。

 

「お」

 

 莉愛の足が止まった。

 

 棚の一角に並べられた飲料。

 

 手を伸ばし、一本を取る。

 

「これうまそう」

 

 値段を確認する。

 

「……高っ」

 

「いくら?」

 

 池が横から覗く。

 

「六百ポイント」

 

「ジュース一本に!?」

 

「これ果汁百パーだぞ」

 

「それでも高えよ!」

 

「でもうまそうじゃね?」

 

「黒瀬、金持ちだなあ」

 

「いや六百円は普通に高いだろ」

 

「じゃ戻せよ」

 

「買うけど」

 

「なんでだよ!」

 

 莉愛はそのまま籠へ放り込んだ。

 

 高いと思うことと、買わないことは別らしい。

 

 さらに店内を歩く。

 

「これもいいな」

 

 菓子。

 

「これも」

 

 アイス。

 

「お、期間限定」

 

 また菓子。

 

「黒瀬、お前めちゃくちゃ買うな」

 

「まだ一万円もいってないだろ」

 

「高校生の昼休みの買い物で使う言葉じゃねえよ!」

 

 池が驚いている。

 

 莉愛としては、それほど異常な感覚ではなかった。

 

 黒瀬家では、子供の小遣いとして渡される額も一般家庭より多かった。

 

 必要以上の浪費を許されていたわけではない。

 

 むしろ金銭教育そのものは厳しかった。

 

 ただし、数百円や数千円の商品を買う際に、いちいち悩む習慣があまりない。

 

 そこへ毎月十万ポイントという制度が加わった。

 

 財布の紐が緩くなる条件としては十分だった。

 

「お前、来月まで持つのか?」

 

 綾小路が訊ねてくる。

 

「余裕だろ」

 

「今の使い方で?」

 

「なくなったら節約する」

 

「なくなる前に節約するという選択肢は?」

 

「来月の俺に任せる」

 

「随分と信用されてるな。来月のお前は」

 

「俺だからな」

 

「今のお前と同一人物だぞ」

 

「じゃ大丈夫じゃん」

 

「むしろ不安材料だと思うが」

 

「ひどくね?」

 

 莉愛は笑いながら棚の角を曲がる。

 

 その時だった。

 

「ん?」

 

 足が止まる。

 

 一角だけ、他の商品とは様子が違う棚があった。

 

 歯ブラシ。

 

 石鹸。

 

 ティッシュ。

 

 簡素な筆記用具。

 

 その他、最低限の生活に必要と思われる商品がいくつか並べられている。

 

 商品の下には値札。

 

 莉愛はそこへ顔を寄せた。

 

「…………」

 

 見間違いかと思った。

 

 もう一度見る。

 

 間違っていない。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「これ」

 

 指差す。

 

「ゼロって書いてある」

 

「ああ」

 

「ゼロポイント」

 

「ああ」

 

「つまり無料?」

 

「そういうことになるな」

 

「…………」

 

 莉愛の表情が変わった。

 

「神じゃん」

 

「何がだ」

 

「タダだぞ!?」

 

 声が大きい。

 

 池と山内も寄ってくる。

 

「マジじゃん!」

 

「うわ、本当に無料だ!」

 

「歯ブラシも!?」

 

「ティッシュもあるぞ!」

 

 四人の中で、綾小路だけ反応が薄かった。

 

 莉愛は棚から箱ティッシュを一つ取る。

 

 洗剤。

 

 歯ブラシ。

 

 ノート。

 

「おい黒瀬」

 

「ん?」

 

「そんなに必要なのか?」

 

「タダだぞ?」

 

「答えになってない」

 

「タダならもらうだろ」

 

「必要のないものまで?」

 

「後で使うじゃん」

 

 洗剤を二つ。

 

 ティッシュをさらに一つ。

 

 そこで。

 

 莉愛の手が止まった。

 

 棚を見る。

 

 無料の商品は無限に置かれているわけではない。

 

 当然ながら数には限りがある。

 

「…………」

 

 手に持っていた二つ目の洗剤を戻す。

 

 ティッシュも一箱戻した。

 

「どうした?」

 

「いや」

 

「無料なんだろ?」

 

「そうだけど」

 

 莉愛は棚に残っている商品を見た。

 

「俺がいらん分まで持ってったら、後で欲しい奴なくなるじゃん」

 

「…………」

 

「一個ありゃいいわ」

 

「そうか」

 

「何?」

 

「いや」

 

 綾小路の視線が、一瞬だけ莉愛の顔に留まった。

 

「普通だろ?」

 

「そうだな」

 

「じゃ何なん」

 

「何でもない」

 

「変な奴」

 

 莉愛は必要そうな物だけ籠へ入れた。

 

 池と山内も、それを見て大量に取るのをやめたらしい。

 

「でもこれ、なんで無料なんだ?」

 

 池が言う。

 

「学校優しすぎね?」

 

「福利厚生?」

 

「高校で福利厚生って言うか?」

 

「知らんw」

 

 莉愛が適当に返す。

 

 一方。

 

 綾小路は無料の商品棚から視線を外していなかった。

 

     ◇

 

 0ポイントの商品。

 

 存在自体は不思議ではない。

 

 金銭的な事情を抱えた生徒が、最低限の生活を送るための救済措置だと考えれば説明はつく。

 

 だが。

 

 この学校は入学した全生徒へ十万ポイントを与えている。

 

 毎月、本当に同額が支給されるのであれば、こうした商品を用意する必要性は低い。

 

 十万ポイント。

 

 無料商品。

 

 そして学校側の、必要以上に手厚い施設。

 

 それぞれが独立した制度なら問題はない。

 

 しかし、一つの仕組みとして考えた場合。

 

 少し引っかかる。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「これとこれ、どっちがいい?」

 

 思考を中断させられた。

 

 黒瀬が二本のペットボトルを持っている。

 

「何が違うんだ」

 

「紅茶」

 

「見れば分かる」

 

「こっちダージリンで、こっちアッサム」

 

「好きな方を買えばいいだろ」

 

「昼ならどっち?」

 

「俺に聞く必要があるのか?」

 

「一人で決めるより楽しいじゃん」

 

 俺は二本を見る。

 

「アッサムでいいんじゃないか」

 

「えー、昼飯に合わせるならダージリンだろ」

 

「じゃなぜ聞いた」

 

「清隆のセンス確認」

 

「不合格だったか?」

 

「追試」

 

「受ける気はない」

 

 黒瀬はダージリンを籠に入れた。

 

 さっきまで無料のティッシュに興奮していた人間が、今度は茶葉の種類について妙な拘りを見せている。

 

「お前、紅茶分かるのか?」

 

「まあ一応」

 

「意外だな」

 

「おい」

 

「何だ」

 

「今俺のこと馬鹿にした?」

 

「してない」

 

「絶対しただろ」

 

「紅茶と数学は関係ない」

 

「その数学を出してくる時点で馬鹿にしてんだよ!」

 

 確かにその通りだった。

 

「家でよく出たんだよ。紅茶とか」

 

「そうなのか」

 

「ダージリンのファーストフラッシュにミルク入れたら怒られたり」

 

「随分細かい家庭だな」

 

「だろ? 意味分かんねえよ。好きに飲ませろって」

 

 そう言った直後。

 

 黒瀬は別の棚へ寄り、派手なパッケージの炭酸飲料を手に取った。

 

「うわ、これ絶対うまいやつ」

 

「紅茶は?」

 

「買うよ」

 

「それも買うのか」

 

「夜飲む」

 

 なるほど。

 

 育ちが良いのか悪いのか、判断が難しい。

 

     ◇

 

「莉愛ちゃん?」

 

 会計を済ませたところで、聞き覚えのある声がした。

 

 振り返る。

 

「お、桔梗」

 

 櫛田桔梗だった。

 

「みんなで買い物?」

 

「うん。桔梗も?」

 

「私はお昼買いに来たところ」

 

「じゃ一緒に食おうぜ」

 

「いいの?」

 

「ダメな理由ある?」

 

「ふふ。ないかな」

 

「決まり」

 

 莉愛は即答した。

 

 池と山内の反応は、さらに早かった。

 

「もちろん!」

 

「全然いい!」

 

「お前ら分かりやすすぎw」

 

 櫛田が笑う。

 

「そうだ。莉愛ちゃん」

 

「ん?」

 

「堀北さんって、今日も一人かな?」

 

「多分」

 

「そっか……」

 

 僅かに残念そうな表情。

 

 莉愛は首を傾げた。

 

「鈴音ちゃんと飯食いたいの?」

 

「え?」

 

「違う?」

 

「ううん。そうなんだけど」

 

 櫛田は少し照れたように笑った。

 

「できれば堀北さんとも仲良くなりたいなって思ってて」

 

「じゃ呼べば?」

 

「でも、私から誘っても断られちゃいそうで」

 

「断られたらまた誘えばよくね?」

 

「莉愛ちゃんは強いね」

 

「そう?」

 

 莉愛には、何が強いのか分からない。

 

 断られることと嫌われることは別だ。

 

 その時に行きたくないなら仕方がない。

 

 また別の日に誘えばいい。

 

「じゃ電話するわ」

 

「え?」

 

「鈴音ちゃんに」

 

 莉愛は端末を取り出した。

 

「待って待って!」

 

「何?」

 

「連絡先知ってるの?」

 

「知らん」

 

「じゃ電話できないよ!」

 

「あ」

 

 盲点だった。

 

 莉愛は端末を見る。

 

「清隆、鈴音ちゃんの番号知ってる?」

 

「知らない」

 

「使えねえな」

 

「理不尽だな」

 

「じゃ教室戻る?」

 

「わざわざ?」

 

「近いじゃん」

 

 莉愛が歩き出そうとする。

 

 櫛田が慌てて追いかけた。

 

「本当に行くの?」

 

「うん」

 

「でも堀北さん嫌がらないかな」

 

「嫌なら来ないだろ」

 

「そうだけど……」

 

「じゃ問題なくね?」

 

 莉愛は本気でそう思っているらしい。

 

 俺たちも、そのまま教室へ戻ることになった。

 

     ◇

 

 堀北鈴音は、案の定一人だった。

 

 自席で本を読んでいる。

 

 莉愛は迷わず近づいた。

 

「鈴音ちゃーん」

 

「…………」

 

 ページをめくる。

 

「飯行こうぜ」

 

「行かないわ」

 

「桔梗もいるぞ」

 

 その瞬間。

 

 堀北の視線が僅かに上がった。

 

 莉愛の背後に立つ櫛田を確認する。

 

「こんにちは、堀北さん」

 

「……こんにちは」

 

「良かったら、一緒にお昼どうかな?」

 

「遠慮しておくわ」

 

 即答だった。

 

 櫛田の笑顔がほんの少しだけ曇る。

 

「そっか」

 

「うん」

 

「じゃ行こ」

 

 莉愛があっさりと踵を返した。

 

「え?」

 

 櫛田の方が驚いている。

 

「いいの?」

 

「何が?」

 

「いや、もう少し……」

 

「鈴音ちゃん来ないって」

 

「そうだけど」

 

「じゃ今度また誘えばよくね?」

 

「…………」

 

 櫛田は少し呆気に取られた後、柔らかく笑った。

 

「うん。そうだね」

 

「うぇーい」

 

「黒瀬さん」

 

 背後から堀北の声。

 

「ん?」

 

「一つ言っておくけれど」

 

「うん」

 

「私はあなたとも友達になった覚えはないわ」

 

「知ってる」

 

「……そう」

 

「でも俺は鈴音ちゃんのこと結構好きだぞ」

 

「は?」

 

 堀北の眉が寄る。

 

「話してておもろいし」

 

「私は面白くないのだけれど」

 

「じゃ俺だけ得してんじゃんw」

 

「迷惑な話ね」

 

「また誘うわ」

 

「断るわ」

 

「うぇーい」

 

「何に対する返事なの?」

 

 莉愛は笑いながら教室を出ていった。

 

 櫛田もそれに続く。

 

 最後に残った俺へ、堀北の冷たい視線が向けられた。

 

「綾小路くん」

 

「なんだ」

 

「あれをどうにかして」

 

「無理だ」

 

「随分即答ね」

 

「俺にも制御できない」

 

「あなた、親友なんでしょう?」

 

「本人が勝手に言っているだけだ」

 

「なら責任を持って訂正しておきなさい」

 

「何度か試した」

 

「結果は?」

 

「見れば分かるだろ」

 

 堀北が小さく息を吐いた。

 

「役に立たないわね」

 

 最近、その扱いを受ける機会が増えた気がする。

 

 主に黒瀬のせいで。

 

     ◇

 

 昼食は、校舎近くに設けられた休憩スペースで取ることになった。

 

 莉愛は購入したサンドイッチの包装を開け、隣に置いたペットボトルの紅茶を飲む。

 

「うま」

 

「六百ポイントのやつ?」

 

 池が訊ねる。

 

「それはジュース。こっちは三百八十」

 

「飲み物に金使いすぎだろ」

 

「うまけりゃいいじゃん」

 

「俺ならその金でカップ麺買うわ」

 

「飯の価値観が男子中学生なんよ」

 

「お前も大して変わらねえだろ!」

 

「俺は育ちいいぞ?」

 

「自分で言う!?」

 

「実際いいし」

 

 莉愛は気負いなく答える。

 

 櫛田が興味を示した。

 

「莉愛ちゃんの家って、お金持ちなの?」

 

「まあ、それなり」

 

「へえ。なんか意外」

 

「なんで?」

 

「もっと……」

 

 櫛田が言葉に詰まる。

 

「もっと?」

 

「親しみやすい感じだから」

 

「あー」

 

 莉愛は意味を理解したらしい。

 

「金持ちって全員『ごきげんよう』とか言ってるわけじゃねえぞw」

 

「そこまでは思ってないよ!」

 

「俺も家だとちゃんとするし」

 

「本当に?」

 

 池が疑う。

 

「お前失礼だな」

 

「だって黒瀬だぞ?」

 

「どういう意味だよ」

 

「フォークとか使えんの?」

 

「刺すぞ」

 

「使い方が怖えよ!」

 

 笑いが起きる。

 

 櫛田も口元を押さえていた。

 

 その中で、莉愛はふと綾小路を見る。

 

 彼はコンビニで買った簡単な昼食を静かに食べている。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「今日いくら使った?」

 

「千ポイントも使ってない」

 

「マジ?」

 

「ああ」

 

「人生楽しい?」

 

「支出額で人生の充実度を測るな」

 

「でも十万あるんだぞ?」

 

「だからと言って使い切る必要はない」

 

「来月また入るじゃん」

 

「本当にそうか?」

 

「…………」

 

 莉愛の咀嚼が止まる。

 

「どういう意味?」

 

「学校側は毎月十万ポイント支給すると説明した」

 

「じゃ入るじゃん」

 

「同じ額が、とは限らないかもしれない」

 

「え?」

 

 池も会話に入る。

 

「いやいや、毎月十万だろ?」

 

「そう聞いたけど?」

 

 山内も同意する。

 

 綾小路は僅かに間を置く。

 

「単なる可能性の話だ」

 

「なんだよ、ビビらせんなよ」

 

「だよなあ」

 

 二人はすぐに興味を失った。

 

 莉愛だけが少し考えていた。

 

「じゃ五万とかになるかもしれんってこと?」

 

「可能性としては」

 

「ゼロとか?」

 

「それも絶対にないとは言えない」

 

「…………」

 

 莉愛は手元の六百ポイントのジュースを見る。

 

 続いて三百八十ポイントの紅茶。

 

 買い物袋。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「このジュース返品できるかな」

 

「もう会計しただろ」

 

「終わった」

 

「さっきまで来月の自分に任せると言ってなかったか?」

 

「来月の俺、急に信用できなくなってきた」

 

「賢明だな」

 

「清隆のせいだぞ!」

 

「知らない方が幸せだったか?」

 

「めちゃくちゃ幸せだった!」

 

 莉愛が頭を抱える。

 

「どうしよう。今日だけで結構使った」

 

「いくらだ?」

 

「…………」

 

 端末で確認する。

 

「一万八千」

 

「昼休みに?」

 

「買い物もしたから!」

 

「使いすぎじゃない?」

 

 櫛田まで驚いている。

 

「いや待って。服も買ったし」

 

「購買に行ったんじゃなかったのか?」

 

「途中で店あったから」

 

「いつの間に」

 

「清隆が無料コーナー見てる時」

 

「行動が早いな」

 

「返品……」

 

 数秒悩む。

 

「…………」

 

 莉愛はジュースを開けた。

 

「飲むんだな」

 

「もういいわ」

 

「諦めが早い」

 

「未来の俺、頑張れ」

 

「結局戻ったな」

 

「今考えてもポイント戻ってこねえもん」

 

 ストローを咥える。

 

「うま」

 

「なら良かったんじゃないか?」

 

「だろ?」

 

 数秒前までの悩みは消えた。

 

「お前、本当に切り替え早いな」

 

「悩んで金増えるなら一生悩むけど」

 

「増えないな」

 

「じゃいらん」

 

 理屈としては間違っていない。

 

 ただし、反省まで捨てていい理由にはならない。

 

「でも次からちょっと控えるわ」

 

「それがいいと思う」

 

「一日一万まで」

 

「基準がまだおかしいぞ」

 

     ◇

 

 放課後。

 

 生徒の減った教室で、俺は一人席に残っていた。

 

 窓の外では、運動部の生徒がグラウンドへ向かっている。

 

 机の上には端末。

 

 表示されているのは、現在のプライベートポイント残高だった。

 

 入学時に与えられた十万ポイント。

 

 学校側の説明だけを信じるなら、来月もまた補充される。

 

 多くの生徒がそう考えている。

 

 だから惜しみなく使う。

 

 入学から数日しか経っていないにもかかわらず、高額な家電や服を購入したという話も聞いた。

 

 それ自体は個人の自由だ。

 

 だが。

 

 0ポイントの商品。

 

 あれが引っかかる。

 

 最低限の生活を守るための商品。

 

 十万ポイントが毎月安定して支給されるのなら、必要性は低い。

 

 逆に考えれば。

 

 ポイントを失う状況が、この学校には存在する。

 

 あるいは――

 

「清隆」

 

 思考が中断される。

 

 もう誰の声なのか確認する必要もなかった。

 

「今度は何だ」

 

「今度はってひどくね?」

 

 黒瀬が机の前に立っていた。

 

「帰ったと思ってた」

 

「忘れ物」

 

「そうか」

 

 莉愛は自分の席から充電器を回収する。

 

 そのまま帰ればいいものを、なぜかこちらへ戻ってきた。

 

「何見てんの?」

 

「残高」

 

「清隆いくら残ってる?」

 

「答える必要あるか?」

 

「俺は八万二千」

 

「聞いてない」

 

「じゃ清隆も教えろよ」

 

「一方的に公開したのはお前だ」

 

「親友に隠し事すんなって」

 

「まだそれを続けるのか?」

 

「死ぬまで」

 

「重いな」

 

 適当に流す。

 

 黒瀬は机の横へ寄ると、端末を覗き込もうとした。

 

 俺は画面を伏せる。

 

「ケチ」

 

「個人情報だ」

 

「俺の見せたじゃん」

 

「勝手にな」

 

「じゃ当てるわ」

 

「好きにしろ」

 

「九万」

 

「どうしてそう思う?」

 

「清隆、金使わなそう」

 

「偏見だな」

 

「じゃ九万五千」

 

「増えたな」

 

「十万」

 

「何も買ってないことになる」

 

「八万七千」

 

「刻み始めたな」

 

「八万六千五百」

 

「もう帰れ」

 

「正解は?」

 

「教えない」

 

「つまんねー」

 

 莉愛は諦めた。

 

 鞄を肩に掛ける。

 

 そこで、机に置かれていた俺の本へ視線を向けた。

 

『車輪の下』。

 

「あ、それまだ読んでんの?」

 

「ああ」

 

「俺二十ページで十分だったわ」

 

「知ってる」

 

「主人公、まだバックレてない?」

 

「してない」

 

「頑固だなあ」

 

「お前が言うことではないと思うが」

 

「俺ならすぐ逃げるのに」

 

「数学の補習からは逃げなかっただろ」

 

「逃げたら茶柱先生追ってきそうじゃん」

 

「逃げない理由がそれか」

 

「捕まる逃走は逃走じゃねえよ」

 

「妙なところで現実的だな」

 

「だろ?」

 

 黒瀬は笑う。

 

 そして、教室の出口へ向かって歩き出した。

 

「じゃ帰るわ」

 

「ああ」

 

「清隆も?」

 

「もう少しいる」

 

「ふーん」

 

 扉の前まで行ったところで。

 

 黒瀬が止まった。

 

「なあ」

 

「なんだ」

 

「さっき言ってたやつ」

 

「何の話だ?」

 

「来月十万入らないかもってやつ」

 

「ああ」

 

「清隆、なんか知ってんの?」

 

 黒瀬が振り返る。

 

 表情から、探りを入れているようには見えない。

 

 純粋な疑問。

 

「知らない」

 

「じゃ何で思ったの?」

 

「違和感があるだけだ」

 

「無料のやつ?」

 

「それも一つだ」

 

「ふーん」

 

 黒瀬は少し考える。

 

「じゃ、来月ゼロだったらどうすんの?」

 

「その時は、その状況に合わせる」

 

「焦らないん?」

 

「焦ったところで増えないだろ」

 

「…………」

 

 黒瀬が数秒黙った。

 

 それから。

 

「お前、俺のパクリじゃん」

 

「何がだ」

 

「悩んでもポイント増えないってさっき俺が言った」

 

「似たようなことは言ったな」

 

「著作権料三千ポイントな」

 

「高すぎる」

 

「親友割で二千五百」

 

「払わない」

 

「ケチ」

 

「さっきも聞いた」

 

「じゃーな、ケチ隆」

 

「新しい名前を作るな」

 

「また明日なー」

 

 扉が閉じる。

 

 静かになった。

 

 俺は再び端末へ目を落とす。

 

 黒瀬は頭が切れるタイプではない。

 

 少なくとも、学力という尺度においては明らかだ。

 

 物事を深く考えてから行動する性格でもない。

 

 今日だけで一万八千ポイントを使い、その数分後に不安になっている。

 

 計画性があるとは言い難い。

 

 それでも。

 

 0ポイントの商品を必要以上に取ろうとした時。

 

 自分から棚へ戻した。

 

 誰かに注意されたわけではない。

 

 評価される状況でもない。

 

 単純に。

 

 後から必要とする人間が困る。

 

 それだけで判断を変えた。

 

 合理的かどうかで言えば、合理的だ。

 

 ただ。

 

 黒瀬本人は、恐らくそんな言葉で考えてはいない。

 

『なくなったら困るじゃん』

 

 それだけだろう。

 

 複雑な計算をした結果、単純な答えに到達する人間は多い。

 

 黒瀬は違う。

 

 最初から単純な場所に立っている。

 

 それが正しいかどうかは分からない。

 

 少なくとも。

 

 俺とは随分違う。

 

「……」

 

 机の上の『車輪の下』を手に取る。

 

 嫌なら逃げればいい。

 

 必要な人間がいるなら残しておけばいい。

 

 悩んでも増えないなら、今は考えなくていい。

 

 黒瀬の理屈には、一貫性がないように見える。

 

 だが。

 

 もしかすると。

 

 本人の中では、全て同じなのかもしれない。

 

 自分がそうしたい。

 

 自分がそう思う。

 

 だからそうする。

 

 俺には。

 

 あまり馴染みのない判断基準だった。

 

     ◇

 

 翌日の朝。

 

「清隆ぁ!」

 

 教室へ入った直後。

 

 黒瀬が走ってきた。

 

「今度は何だ」

 

「これ見て!」

 

 端末の画面を押しつけられる。

 

「近い」

 

「見える?」

 

「見えるから離せ」

 

 画面には、残高が表示されていた。

 

 昨日。

 

 八万二千ポイント。

 

 今日。

 

 七万六千ポイント。

 

「……何を買った」

 

「昨日帰りに服」

 

「節約すると言ってなかったか?」

 

「した」

 

「六千ポイント減ってるが」

 

「本当は一万二千のやつ買おうとしてた」

 

「…………」

 

「半額まで節約した」

 

「それを節約とは言わない」

 

「え?」

 

 本気で分かっていない顔だった。

 

「じゃ何?」

 

「ただ安い方を買っただけだ」

 

「同じじゃん」

 

「違う」

 

「細けえなあ」

 

「来月のお前が心配になってきた」

 

「大丈夫」

 

「根拠は?」

 

「清隆いるし」

 

「…………」

 

「なんとかしてくれんだろ?」

 

「なぜ俺が」

 

「親友だから」

 

「断る」

 

「清隆ぁ!」

 

 朝の教室に、黒瀬の声が響いた。

 

 何人かが笑う。

 

 俺は自分の席へ向かう。

 

 黒瀬も当然のようについてきた。

 

「なあ清隆」

 

「なんだ」

 

「金なくなったら飯奢って」

 

「嫌だ」

 

「即答すんなよ」

 

「お前の浪費を俺が補填する理由がない」

 

「友達って助け合いだろ?」

 

「昨日、授業中に電話してきた時も同じことを言ってたな」

 

「いい言葉だろ?」

 

「使い方が間違ってる」

 

「じゃ五百ポイントだけ」

 

「まだ金はあるだろ」

 

「予約」

 

「受け付けてない」

 

「千円でいいから」

 

「増えてるぞ」

 

「清隆って交渉下手だな」

 

「どこがだ」

 

「俺の要求上がってんじゃん」

 

「お前が勝手に上げてるだけだ」

 

「じゃ千五百」

 

「黒瀬」

 

「何?」

 

「数学の宿題は終わったのか?」

 

「…………」

 

 黒瀬の動きが止まった。

 

「今日提出だったな」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「友達って」

 

「見せないぞ」

 

「まだ何も言ってねえじゃん!」

 

 言うことは分かっていた。

 

「清隆ぁ〜!」

 

 朝から騒がしい。

 

 恐らく。

 

 今日も静かに過ごすことは難しそうだった。

 

 

 

 

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