Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第6話 ハイチュウで一点買えません?

 

 

 

 

 それから数日間。

 

 放課後の勉強会は続いた。

 

 莉愛の成績が、短期間で劇的に伸びることはなかった。

 

 当然と言えば当然だった。

 

 これまで積み上げてこなかったものが、数日机に向かった程度で埋まるはずもない。

 

 だが、変化がなかったわけでもない。

 

「これ昨日やったやつじゃん」

 

 問題集を開いた莉愛が言う。

 

「そうね」

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

「解き方忘れた」

 

「昨日やったのでしょう?」

 

「やったことは覚えてるよ?」

 

「なら解き方も覚えなさい」

 

「それができたら困ってないってw」

 

 堀北が額に手を当てる。

 

 幸村がため息をつき。

 

 池が笑い。

 

 須藤に「お前、俺よりヤバいんじゃねえか」と言われれば、

 

「一ポイントしか変わんないじゃんw」

 

 と返す。

 

 それでも莉愛は帰らなかった。

 

 分からなければ聞く。

 

 間違えれば消す。

 

 もう一度解く。

 

 それを繰り返した。

 

 幸村に教わり。

 

 堀北に間違いを指摘され。

 

 櫛田に英単語を出してもらい。

 

 平田に励まされる。

 

 そして、手が空いているのを見つければ清隆のところへ行った。

 

「清隆ぁ〜」

 

「なんだ」

 

「ここ」

 

「幸村に聞け」

 

「今、池くん見てる」

 

「堀北は」

 

「須藤くん」

 

「平田は」

 

「山内くん」

 

「櫛田は」

 

「英語教えてる」

 

「……」

 

「清隆しかいないじゃん」

 

「そうみたいだな」

 

「お願い」

 

 問題集が差し出される。

 

 清隆は少しだけ黙ってから、それを受け取った。

 

 そんな日が何度か続いた。

 

 やがて過去の試験問題も手に入り、対策すべき範囲は大幅に絞られた。

 

 莉愛にとっては特に大きかった。

 

 すべてを理解する時間はない。

 

 なら、出る可能性の高いものから覚える。

 

 その方が遥かに現実的だった。

 

 そして。

 

 中間試験当日を迎えた。

 

     ◇

 

 問題用紙が配られる。

 

 莉愛は珍しく、何も喋らなかった。

 

 両手を机の上に置き、伏せられた問題用紙を見つめている。

 

 普段の小テストとは違う。

 

 失敗すれば退学。

 

 そう知ってから、試験というものが急に恐ろしくなった。

 

「始め」

 

 茶柱の声。

 

 一斉に紙がめくられる。

 

 莉愛も問題を見る。

 

 一問目。

 

 分かる。

 

 すぐにペンを動かしかけて。

 

 止めた。

 

 問題文をもう一度読む。

 

 幸村から何度も言われた。

 

 早とちりするな。

 

 最後まで読め。

 

 数字を確認。

 

 式を書く。

 

 計算。

 

 答え。

 

 もう一度確認。

 

 次。

 

 二問目。

 

 これも分かる。

 

 三問目。

 

「…………」

 

 知らない。

 

 いや。

 

 知っている気がする。

 

 見たことがある。

 

 昨日だったか。

 

 その前だったか。

 

 誰かに教わった。

 

 幸村くん?

 

 違う。

 

 清隆?

 

 たぶん清隆。

 

 何て言ってたっけ。

 

 莉愛は数式を睨む。

 

 思い出せない。

 

 時間だけが過ぎる。

 

 ――ダメだ。

 

 分かるところからやる。

 

 飛ばす。

 

 次。

 

 四問目。

 

 過去問に似ていた。

 

 これならいける。

 

 莉愛の口元が僅かに上がる。

 

 だが。

 

 すぐに眉が寄った。

 

 数字が違う。

 

 聞いてない。

 

 もちろん。

 

 同じ数字が出るなど誰も言っていない。

 

 解き方は同じだ。

 

 落ち着け。

 

 数字を入れる。

 

 計算する。

 

 途中。

 

 符号が変わる。

 

 ――符号。

 

 そこは散々言われた。

 

 間違えやすい。

 

 確認。

 

 答えを書く。

 

 次。

 

 次。

 

 分からない。

 

 飛ばす。

 

 分かる。

 

 解く。

 

 怪しい。

 

 それでも書く。

 

 空欄よりはいい。

 

 試験終了の合図が鳴った時。

 

 莉愛はしばらく答案用紙を見つめていた。

 

 やれることは。

 

 たぶん。

 

 やった。

 

     ◇

 

「終わったぁ……」

 

 全科目の試験が終了した。

 

     ◇

 

 黒瀬は机に突っ伏していた。

 

「マジで疲れた」

 

「俺も死んだ」

 

 池も似たような状態だった。

 

「英語ヤバくなかった?」

 

「途中から全部同じに見えた」

 

「分かる」

 

「お前ら、それ分かっちゃ駄目なやつだろ」

 

 山内が笑う。

 

「黒瀬、お前どうだったんだよ」

 

 須藤に聞かれ、黒瀬は顔だけを上げた。

 

「俺?」

 

「ああ」

 

「まあ……」

 

 少し考えるような間を置く。

 

「七十くらい?」

 

「嘘つけ!」

 

「なんでよw」

 

「この前三十八だっただろ!」

 

「人は成長するじゃん」

 

「数日で倍になるか!」

 

「高校生だよ?」

 

「高校生を何だと思ってんだ!」

 

 黒瀬が笑う。

 

 実際に七十点取れているとは思っていないだろう。

 

 少なくとも、勉強会での出来を見る限りは。

 

 ただ。

 

 赤点を回避できる可能性は十分にある。

 

「清隆」

 

 黒瀬が俺を呼ぶ。

 

「なんだ」

 

「どうだった?」

 

「普通だ」

 

「何点くらい?」

 

「分からない」

 

「予想は?」

 

「さあな」

 

「俺より上?」

 

「……」

 

「なんで黙るんw」

 

「答える意味がないと思っただけだ」

 

「絶対上じゃん」

 

 黒瀬は頬杖をついた。

 

「俺、赤点あると思う?」

 

 その問いには、少しだけ考えてから答える。

 

「ないんじゃないか」

 

「マジ?」

 

「ああ」

 

 勉強会で見た限り。

 

 最低限の問題は解けるようになっていた。

 

 試験中によほど大きな失敗をしていなければ、基準を下回る可能性は低い。

 

「そっか」

 

 黒瀬は笑った。

 

「じゃいっか」

 

 それ以上は聞いてこなかった。

 

     ◇

 

 数日後。

 

 試験結果が発表された。

 

 まず自分の点数を確認する。

 

 想定した範囲内。

 

 特に気にする必要はない。

 

 それより。

 

 自然と別の名前を探していた。

 

 黒瀬莉愛。

 

 数学、六十一点。

 

 以前の三十八点から考えれば、大幅に伸びている。

 

 他の科目にも赤点はない。

 

 退学は回避した。

 

「…………」

 

 本人は固まっていた。

 

 何度も自分の点数を確認している。

 

「黒瀬?」

 

 池が声をかける。

 

「……」

 

「お前、六十一じゃん」

 

「…………」

 

「黒瀬?」

 

 ようやく動いた。

 

 そして。

 

 なぜか俺を見る。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「俺」

 

「ああ」

 

「生きてる?」

 

「少なくとも退学はしない」

 

「…………」

 

 数秒。

 

「うぇぇぇい!」

 

 黒瀬が立ち上がった。

 

「生きたぁ!」

 

「うるさいぞ、黒瀬」

 

「すいません!」

 

 茶柱に注意され、すぐに座る。

 

 だが、笑顔は消えない。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「六十一」

 

「見れば分かる」

 

「三十八から六十一」

 

「ああ」

 

「二十三点も上がってる」

 

「そうだな」

 

「俺、天才じゃね?」

 

「それは違う」

 

「今日くらいいいじゃんw」

 

 嬉しそうに点数を眺めている。

 

 俺には関係のないことだ。

 

 黒瀬が赤点を取ろうが取るまいが、俺自身の成績には影響しない。

 

 それでも。

 

 退学しないと確認できた時。

 

 ほんの僅かに、何かが緩んだような感覚があった。

 

 理由を考える必要はない。

 

 勉強会に付き合った。

 

 その成果が出た。

 

 無駄にならなかったことへの安堵。

 

 そう考えれば、特に不自然でもない。

 

「おい……」

 

 低い声が聞こえた。

 

 須藤だった。

 

 黒瀬も振り返る。

 

 須藤は笑っていなかった。

 

     ◇

 

 須藤健。

 

 赤点。

 

 基準まで、一点。

 

 たった一点。

 

 それでも。

 

 足りていないことに変わりはない。

 

「……は?」

 

 須藤が自分の点数を見つめる。

 

「嘘だろ」

 

 教室の空気が変わった。

 

 池も。

 

 山内も。

 

 平田も。

 

 櫛田も。

 

 先ほどまで自分の点数を喜んでいた黒瀬も。

 

 誰も笑っていない。

 

「先生」

 

 平田が口を開いた。

 

「本当に、須藤くんは退学になるんですか?」

 

「そうだ」

 

 茶柱は平然と答えた。

 

「でも、一点だけですよね?」

 

「一点でも足りないことに変わりはない」

 

「そんな……」

 

 櫛田が須藤を見る。

 

 須藤は机を強く握っていた。

 

「ふざけんなよ……」

 

 一点。

 

 その数字をどう見るか。

 

 惜しかった。

 

 運が悪かった。

 

 そう考えることもできる。

 

 だが、学校側が定めた基準を下回った。

 

 結果だけを見れば、退学になっても不思議ではない。

 

 そこで。

 

 黒瀬が動いた。

 

「…………」

 

 須藤の点数を見る。

 

 茶柱を見る。

 

 また須藤を見る。

 

 何か考えているらしい。

 

 やがて鞄へ手を入れた。

 

 ごそごそと中を探す。

 

 今度は何をするつもりだ。

 

「あった」

 

 黒瀬が小さく呟いた。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「ハイチュウ食べます?」

 

「…………」

 

 教室が静まり返った。

 

 黒瀬の手には、紫色のパッケージが握られている。

 

「何の話だ」

 

「ぶどう味」

 

「味は聞いていない」

 

「美味しいですよ」

 

「だから何だ」

 

「これあげるんで」

 

 黒瀬はハイチュウを持ち上げた。

 

「須藤くんに一点くれません?」

 

「…………」

 

 一瞬。

 

 何を言っているのか理解するのに時間がかかった。

 

「お前……」

 

 須藤も呆然としている。

 

「黒瀬」

 

 茶柱の声が低くなる。

 

「はい」

 

「私を買収するつもりか?」

 

「買収っていうか……交換?」

 

「同じだ」

 

「あ、そうなん?」

 

「そして断る」

 

「マジかー」

 

 黒瀬は手元のハイチュウを見る。

 

「じゃ二個」

 

「増やすな」

 

「先生、甘いの苦手?」

 

「そういう問題ではない」

 

「何ならいけます?」

 

「莉愛ちゃん」

 

 櫛田が困ったように笑う。

 

「先生困ってるから」

 

「いやでも」

 

 黒瀬は須藤の点数を見る。

 

「一点じゃん?」

 

 そして。

 

 当たり前のことのように言った。

 

「なんかと交換できないかなって」

 

 交換。

 

 その言葉に引っかかった。

 

 黒瀬の提案自体は馬鹿げている。

 

 菓子と試験の点数を交換する。

 

 そんなものが認められるはずはない。

 

 ……だが。

 

 発想そのものは悪くない。

 

 この学校では、あらゆるものにポイントが介在する。

 

 食事。

 

 日用品。

 

 衣服。

 

 娯楽。

 

 入学時。

 

 俺たちはプライベートポイントについて説明を受けた。

 

 校内において現金と同じように利用できる。

 

 そして、様々なものを購入できる。

 

 様々なもの。

 

 その範囲を。

 

 俺たちは勝手に限定していたのではないか。

 

「先生」

 

「なんだ、綾小路」

 

「ハイチュウは駄目なんですよね」

 

「……何が言いたい?」

 

 茶柱の目が変わった。

 

 即座に否定しない。

 

「黒瀬」

 

「ん?」

 

「それ、いくらだった」

 

「ハイチュウ?」

 

「ああ」

 

「百円ちょいじゃない?」

 

「ポイントで買ったのか?」

 

「うん」

 

「なら」

 

 茶柱へ視線を戻す。

 

「ハイチュウではなく、ポイントならどうですか?」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

「試験の一点を、プライベートポイントで購入することはできますか?」

 

 茶柱はすぐには答えなかった。

 

 それで十分だった。

 

「え?」

 

 池が声を漏らす。

 

「ポイントで点数買うってこと?」

 

「そんなのアリなの?」

 

 山内も反応する。

 

「清隆」

 

 黒瀬が俺を見る。

 

「なんだ」

 

「それじゃん」

 

「何がだ」

 

「俺が言いたかったやつ」

 

「お前はハイチュウだっただろ」

 

「でも交換じゃん」

 

「まあな」

 

「ほら!」

 

 何が嬉しいのか。

 

 黒瀬は笑った。

 

「俺、惜しくない?」

 

「距離はあった」

 

「でも方向合ってたっしょ?」

 

「……否定はしない」

 

「うぇーい」

 

 茶柱が小さく息を吐く。

 

「そこまで気づいたなら説明してやろう」

 

 試験の点数。

 

 それすらも。

 

 プライベートポイントで購入できる。

 

 この学校におけるポイントの価値を。

 

 俺たちは、まだ正確には理解できていなかったらしい。

 

     ◇

 

 必要なポイントが判明すると。

 

 クラス内で協力する流れになった。

 

「俺、千なら出せる」

 

「じゃ俺、五百」

 

 池と山内。

 

「僕も出すよ」

 

 平田。

 

「私も」

 

 櫛田。

 

 数百。

 

 千。

 

 数千。

 

 それぞれが自分の残高を確認し、無理のない範囲でポイントを提示していく。

 

 妥当な判断だ。

 

 プライベートポイントは生活に直結する。

 

 今後も毎月十万ポイントが無条件で支給されるわけではない。

 

 それは既に全員が理解している。

 

 他人を助けるために、自分の生活まで破綻させる必要はない。

 

「あといくら?」

 

 黒瀬が聞いた。

 

 残額が伝えられる。

 

「じゃ俺出すよ」

 

「え?」

 

 櫛田が黒瀬を見る。

 

「莉愛ちゃん、そんなに出して大丈夫?」

 

「ん?」

 

「結構なポイントだよ?」

 

「あー」

 

 黒瀬はスマートフォンを見る。

 

「まあ足りるし」

 

「待てよ」

 

 須藤が声を上げた。

 

「お前、いくら出すつもりだ?」

 

「残り」

 

「そうじゃねえ。お前のポイントだよ」

 

「俺の?」

 

「ああ」

 

 黒瀬が残高を確認する。

 

「これ払ったら?」

 

「おう」

 

「ゼロ」

 

「は?」

 

 須藤が固まった。

 

「お前、全部使うの?」

 

 池も驚いている。

 

「うん」

 

「バカだろ!」

 

「急に悪口じゃんw」

 

「だってお前、ポイントゼロになったら飯とかどうすんだよ!」

 

「…………」

 

 黒瀬の動きが止まる。

 

 スマートフォンを見る。

 

「…………あ」

 

「何だよ」

 

「飯代ないじゃん」

 

「考えてなかったのかよ!」

 

「今気づいたw」

 

「やっぱバカじゃねえか!」

 

「それ二回目!」

 

 黒瀬が笑う。

 

 だが。

 

 須藤は笑っていなかった。

 

「待てよ」

 

「ん?」

 

「そこまで出さなくていい」

 

「でも足りないじゃん」

 

「だからって全部は――」

 

「別にいいよ」

 

 即答だった。

 

「よくねえだろ」

 

「なんで?」

 

「なんでって……お前のポイントだろ」

 

「うん」

 

「だったら自分で使えよ」

 

「でも」

 

 黒瀬は須藤を見る。

 

「須藤くん退学するじゃん」

 

「…………」

 

「俺、退学しないし」

 

 それだけ。

 

 少なくとも。

 

 黒瀬の中では、それだけで十分らしい。

 

「じゃよくない?」

 

「黒瀬さん」

 

 平田が口を挟む。

 

「みんなでもう少しずつ出せばいいよ。黒瀬さんが全部出す必要はない」

 

「あ、大丈夫」

 

「でも――」

 

「もう送った」

 

「え?」

 

「今」

 

「早っ!」

 

 池が叫んだ。

 

 黒瀬の残高は。

 

 ゼロ。

 

 必要なポイントは揃った。

 

「うぇーい」

 

 黒瀬はスマートフォンを机へ置く。

 

「これで須藤くん生存?」

 

「そうなるな」

 

 茶柱が答える。

 

「じゃオッケー」

 

 それ以上。

 

 何も言わなかった。

 

 ポイントの価値を理解していないわけではない。

 

 入学直後に好きに使い、残高が減れば焦っていた。

 

 無料の商品を見つければ喜ぶ。

 

 買い物をすれば残高も確認する。

 

 だからこそ。

 

 今の行動は理解しにくい。

 

 他の生徒は。

 

 自分が困らない範囲でポイントを出した。

 

 それが普通だ。

 

 間違ってもいない。

 

 黒瀬だけが。

 

 自分が後で困るという事実を、判断材料に含めなかった。

 

 須藤が退学する。

 

 ポイントが足りない。

 

 自分が持っている。

 

 なら出す。

 

 それだけ。

 

 仮に全員が同じ判断をすれば。

 

 集団としてのリスク管理は成立しない。

 

 合理的とは言えない。

 

 むしろ。

 

 間違った判断とすら言える。

 

 それでも。

 

 自分が損をするということは。

 

 黒瀬にとって、須藤を見捨てる理由にはならなかったらしい。

 

「黒瀬」

 

 須藤が声をかける。

 

「ん?」

 

「……ありがとな」

 

「あー、いいよいいよ」

 

 黒瀬は軽く手を振った。

 

「でも、お前――」

 

「じゃ今度ジュース奢って」

 

「ジュースでいいのか?」

 

「一番高いやつね」

 

「数百円じゃねえか」

 

「じゃ飯も」

 

「お前、今ポイントゼロだろ!」

 

「…………」

 

 黒瀬が止まる。

 

「あ」

 

「また忘れてたのかよ!」

 

「今日の飯どうしよ」

 

「知らねえよ!」

 

 黒瀬は教室を見渡した。

 

 そして。

 

 俺と目が合った。

 

 嫌な予感がした。

 

「清隆」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないじゃんw」

 

「大体分かる」

 

「じゃ話早いじゃん」

 

 黒瀬がこちらへやってくる。

 

「飯奢って」

 

「断る」

 

「俺ポイントゼロなんよ」

 

「知ってる」

 

「須藤くん助けたらなくなった」

 

「それも知ってる」

 

「じゃ奢ってよ」

 

「なぜ俺なんだ」

 

「親友じゃん」

 

「いつからだ」

 

「結構前から」

 

「初耳だ」

 

「清隆ぁ〜」

 

 俺の机に手をつく。

 

「俺、今日いいことしたよ?」

 

「自分で言うな」

 

「じゃ清隆が言って」

 

「断る」

 

「ケチw」

 

 ポイントがゼロになった。

 

 その割には、大して困っているように見えない。

 

 自分が困ったなら。

 

 今度は誰かに頼ればいい。

 

 黒瀬にとって。

 

 他人を助けることと。

 

 他人に助けを求めることの間には。

 

 俺が考えているほど大きな差はないのかもしれない。

 

     ◇

 

 放課後。

 

 校舎を出る。

 

 黒瀬が当然のように横を歩いている。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「どこ行く?」

 

「帰る」

 

「飯は?」

 

「知らない」

 

「俺ポイントゼロ」

 

「知ってる」

 

「今日の晩飯ない」

 

「無料の商品があるだろ」

 

「…………」

 

「どうした」

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「頭いいな」

 

「誰でも思いつく」

 

「でも今日くらいいいじゃん」

 

「何がだ」

 

「生存祝い」

 

「お前の?」

 

「俺と須藤くん」

 

「須藤はいないぞ」

 

「じゃ俺の」

 

「自力で合格しただろ」

 

「じゃ須藤くん救出祝い」

 

「理由を変えるな」

 

「細かいなあw」

 

 黒瀬は懲りずについてくる。

 

「ラーメン」

 

「……」

 

「安いのでいいよ?」

 

「奢られる側が言うことじゃない」

 

「じゃ高いのでもいい」

 

「そういう意味でもない」

 

「どっちw」

 

 今日。

 

 黒瀬は自分のポイントを全て使った。

 

 俺なら同じことはしない。

 

 必要なポイントを計算する。

 

 協力する生徒の残高を確認する。

 

 負担を分散する。

 

 今後の生活に支障が出ないよう調整する。

 

 同じ結果を得るにしても。

 

 その方が効率的だ。

 

 黒瀬の行動は非合理的だった。

 

 そして。

 

 案の定、本人が困っている。

 

「清隆ぁ〜」

 

「なんだ」

 

「一回だけ」

 

「……」

 

「お願い」

 

「……行くぞ」

 

「え?」

 

「飯だ」

 

「…………」

 

 黒瀬が立ち止まった。

 

「マジ?」

 

「ああ」

 

「奢り?」

 

「今日だけだ」

 

「うぇーい!」

 

 すぐに追いついてくる。

 

「清隆好きだわw」

 

「そうか」

 

「ラーメン?」

 

「ああ」

 

「焼肉でもいいよ?」

 

「ラーメンだ」

 

「ですよねw」

 

 須藤を助けるためにポイントを失った。

 

 その分を少し補填する。

 

 そう考えれば。

 

 特に不自然な行動でもない。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「そういやさ」

 

「ああ」

 

「俺のハイチュウ案、ちょっとよかったっしょ?」

 

「ハイチュウは関係ない」

 

「でも交換ってとこ」

 

「……」

 

 少し考える。

 

「発想は悪くなかった」

 

「…………」

 

 黒瀬が止まった。

 

「何だ」

 

「もう一回言って」

 

「嫌だ」

 

「なんでよw」

 

「聞こえただろ」

 

「聞こえたけど」

 

 追いついてくる。

 

「清隆に褒められた」

 

「褒めてない」

 

「『悪くなかった』って清隆的にはめっちゃ褒めてない?」

 

「知らない」

 

「今日記念日だわ」

 

「大袈裟だ」

 

「黒瀬莉愛、頭脳でクラスに貢献した日」

 

「頭脳だったのか?」

 

「そこ疑う?」

 

「ハイチュウだったからな」

 

「でも清隆が完成させたじゃん」

 

「ああ」

 

「じゃ共同作業じゃん」

 

「……」

 

「俺ら相性よくね?」

 

 深い意味はないのだろう。

 

「どうだろうな」

 

「よくない?」

 

「お前が余計なことをしなければな」

 

「それ俺じゃなくなるじゃんw」

 

「なら難しいな」

 

「ひど」

 

 黒瀬が笑う。

 

 少し先へ行き。

 

 また振り返った。

 

「あ」

 

「今度はなんだ」

 

「ハイチュウ食べる?」

 

「いらない」

 

「一個くらいいいじゃん」

 

「いらない」

 

「ぶどう味だよ?」

 

「味の問題じゃない」

 

「茶柱先生と同じこと言ってるw」

 

 包装された一つを半ば無理やり手の中へ押し込まれた。

 

「いらないと言っただろ」

 

「俺ポイントゼロじゃん?」

 

「ああ」

 

「清隆に飯奢ってもらうじゃん?」

 

「ああ」

 

「だからお礼」

 

「釣り合ってない」

 

「気持ちだからw」

 

 黒瀬は再び先へ行く。

 

「清隆ぁ〜、早く」

 

「ああ」

 

 後を追う。

 

 ポケットへ手を入れる。

 

 指先に小さなものが触れた。

 

 さっき渡されたハイチュウ。

 

 食べるつもりはない。

 

 欲しかったわけでもない。

 

 持っている必要もない。

 

 不要なものを保持しておく理由もない。

 

「清隆ぁ〜?」

 

「今行く」

 

 あとで捨てよう。

 

 そう思い、取り出しかけた手をそのまま戻す。

 

 理由は特にない。

 

 結局。

 

 その日は、捨てなかった。

 

 

 

 

 

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