なんだかんだで男女ですので 作:タリーズさん
ISUワールド・スタンディングポイント。
直近3シーズンを対象に主要国際大会での戦績をポイント化するもので、今シーズンだけの成績で集計される『シーズン世界ランキング』とは異なる。
なお、フィギュアスケートのシーズンとは7月1日から翌年の6月30日までの一年間。
仮に超天才で超好調な選手がいたとして、7月1日で17歳を迎える場合、残念ながらそのシーズンはジュニアで過ごさなければならない。翌年がオリンピックだとしたら出場不可ということになるので、その場合は巡り合わせが悪いとしか言いようがないだろう。
「年齢区分が前のままだったら良かったんだ。そうすりゃ私はオリンピック連続出場だったし、2022年は金メダル取れてたんだよ」
黒くてモコモコしてる服装のお姉さんがぼやいているが、彼女の場合は巡り合わせはあんまり関係ないと思う。誕生日は8月だし、仮に6月が誕生日だったとしても2021-2022シーズンのスケート年齢は16歳だ。
年齢区分が変わっていなければ2022年のオリンピックには出られただろうが、たらればを言い出したらキリがない。同じような条件、かつ有望な選手は他にも複数いただろう。というか、仮定の話とかあんまりしない人のはずだったのに、引退して何か心境の変化でもあったのだろうか。張り詰めていたものが一気に切れたのはありそうだ。
「黙ってないでさぁ、そこははいそうですね、とかないん? 可愛くねーやつ」
「そんなことより何してるんですか先輩。年明け早々に日本一周とか血迷ってますって」
さて、
モコモコお姉さんの名は岡崎いるか。前回オリンピックの銀メダリストである。めっちゃシュコーシュコー言ってて目つきは良くない。後、ガニ股で歩く。端的に言ってガラが悪く二日酔いの形相でもあるが、れっきとしたメダリストだ。現在は日本一周の最中で東京に立ち寄っているらしい。新年早々なにをしているんだこの人は。
「血迷ってないから。あたしには帰る家とかないからさ、ほら根無し草ってやつ? さすらいの風来坊みたいなもんだよ」
「道場破りとかしないでくださいよ。全国のスケートクラブに殴り込みとか」
「しねえよ。つか、殴り込んだとして何するんだ。ジャンプ競走とか?」
「知らないです先輩」
このオリンピアン、最近ちょっと言動がおかしい。
昔から危ない人だとは思っていたけど、引退してからは危なさに磨きがかかってきた。いのりちゃんのお姉さんと結婚するとか真面目な顔で言ってるんだけど、俺はどうすればいいんだろうか。
「はぁ……とりまお願いごとしとかないと。みかちゃんと結婚できますように。私は岡崎を捨てたいんだ」
「うわぁ……」
ぱん! ぱん! 手の平で音を鳴らして、クソ真面目にお願いしている姿を見て、俺は言葉を失った。
きちんとしていて経済力もある男性で、癇癪持ちに耐性がある懐の深い人。あと、たまに殴られても受け止められる優しいお方。どこにいるのかは知らないけど、この人を貰ってあげてくれ。このままだと、いのりちゃんのお姉さんに迷惑と心配をかけることになるから。
「なにしてんの? お前も祈れよ。ダリアと結婚できますようにって」
「祈って叶うならいくらでも。でもね先輩、神様とかどこにもいないんです。偶像崇拝が一番ですよ。目の保養になるだけまだマシだ」
「おい、ダリアとなんかあった? 頭おかしいこと言い出すなよ、怖いから……?」
「ははは。鏡を見てきて頂けますか?」
自分のお顔を見つめてみてほしいだろうが、生憎と周りは
キャーキャー言われるとウザいとか言って、こんな時間に初詣。もちろん電車は動いていないが問題ない。帰りも先輩が送迎してくれるはずだ。ちなみに来る途中で鹿っぽい何かをひきかけた。最近大繁殖しているキョンという動物である。なんだかハレ晴レユカイを連想させる名前だな。
「そんじゃお祈り終わったし。帰るか。いや待て。もっかい。追いお祈りしとく」
「追いお祈り?」
「追い酒みたいなもんだよ。こいつはガチだって思って貰えるかもだし、ご利益ありそうじゃね?」
「しつこい女は嫌われますよ……」
「お前、しつこい女が好きじゃん。知っての通りダリアってかなり粘着質だし。んなことよりミカちゃんと結婚させてください神様。この際どんな奴でもいい。キリストでもいいわ。キリスト様よろー」
成田山新勝寺でとんでもねーことを言い出した。まさか酔っ払ってないだろうな、この姉さん。真っ白い顔でも飲酒運転はバレたらアウトだ。まあそれは冗談としてもテンションがバグっている。前にあった時より不安定だぞ大丈夫か。
「ミカちゃんミカちゃんミカちゃんミカちゃん(以下合計五十回)」
「うわぁ……」
「よし帰るか」
「俺は言葉がありませんよ。こんなの一般の方々に見られたら、岡崎いるかのイメージが粉砕される。ほんと気をつけた方がいいですよ先輩」
「いや、勝手なイメージ押し付けないでくれる?」
「自分で作ってたせいでしょ。今のバリキャリでカッコイイイメージ……」
引退しても尚、この先輩の人気は高い。ルックスの良さだけじゃなくてオーラもある人だから、ファンが多いのは納得。しかもオリンピックのメダリストで知名度も抜群だしなぁ。
だからこそ、あんまり二人で出かけたりはしたくないわけですよ。しかもこんな深夜に。密会とか書かれても嫌だし。一方で開き直りの感情というか、そうなった時はそうなった時だと思ってもいる。ファン心理はともかく、身内では笑い話になるだけだし。
「そうだ。明日、練習見に行くわー」
「俺はほとんどオフですよ?」
「いや、お前じゃなくて
「あー
「全日本見ててイライラしたから、実際に見て言いたいこと言っとこうと思って」
「いや、全日本女王なんですけどあの子」
のろのろと歩くこと少し。
雪の積もったアスファルトに靴が沈む。駐車場横の自販機が青白い光を放っていた。
俺は財布を取り出し、タッチ決済でホットコーヒーを2本購入。交通費にすらならないけど、コーヒーくらいは受け取ってくれと押し付けた。
「おー、ありがたく貰うわ」
「光ちゃんと喧嘩しないでくださいよ」
「しねーよ。私をなんだと思ってるんだ」
チンピラ気質のお姉さんだよ。
口には出さずに、俺は明後日の方を向いた。
いるか姉さんは信じられなーいという顔をしているが、あなた何回も対人トラブル起こしてるでしょ。光ちゃんとは仲良いって感じじゃないし、会って何を言うつもりなんだか。
「今シーズンの全日本で優勝したからって、オリンピックに行けるわけじゃない。そりゃ、負けるより勝つに越したことはないけどね。ってのは当落線上の選手の話だよ」
「うわ、なんか怖い。意味深なこと言い出したな……」
「全く意味深じゃないから。お前、わかってて言ってんだろ」
なんのことやら。と言いたいところではあるが、察することができてしまうのが悩ましい。
「極端な話、本調子に戻すことの方が大事だ。オリンピックがかかってない全日本で勝つよりも。狼嵜の場合は。まあ、次の四大陸で大丈夫なら少しは……って、別にいいんだけどね。私、あいつに肩入れしてるわけじゃないし」
言いたいことは大体わかった。その上で「そうですねー」と適当に返事をした。
その後は他愛もない話をして、仲良くコーヒー飲んで帰った。
***
たまに帰りたいけど帰るとしんどい家なら、
偉大な岡崎いるか先輩から有難いアドバイスを受けてから、早いもので2年が過ぎようとしている。それ以前にも色々と過激なことを助言されてはきたが、直接的に捨てろと言われたのはその時が初めてだった。
当時は驚いたものだが、すぐにわかった。きっと、彼女の中で何か明確な変化、というか踏ん切りがついたんだろうなと。
「私はレッスン料とかはかなり融通してもらってたけどさ、それでも1000万くらいじゃ全く足りない。完済まではもっと時間が必要だから、本当は正月も仕事しなきゃなんだけどね」
親が負担してきた費用の
それが先輩の当面のミッションらしい。返せって言われたから返すと啖呵を切って、それからは
そのエピソードだけでも、問題大アリな家庭だということがひしひしと伝わってくる。
「お前はどうなん?」
「相変わらず返せとは言われないけど、貸してって言われるからその都度振り込んでる。そこそこ稼いでるはずなんですけど、なんでそんなにお金が必要なんだか」
「相変わらずかぁ。ちゃんと明細は残しとけよ。何年経っても確認できるように」
金の話で言えばうちも大いに問題あり。貸してくれと連絡が来るから都度振り込み。こっちは返済のつもりで渡してるから、戻ってくるとは思ってない。
いつまで続くのかはわからないけど、いつかは終わりにするつもりだ。向こうというよりは、俺の気が済んだら終了かな。
「これはアドバイスなんだけどさ、ある程度のところで切って、婿入りしろ婿入り。変な女に捕まる前に、早いとこダリアに貰ってもらえ」
「あの人、はぐらかすんですよねー」
「負い目があんだよ。察しろ」
「気にすることないって何度も言ってる」
「それでも気にするんだから仕方ないだろ。さっさと既成事実でも作っちまえ」
先輩は激しくハンドルを切った。車がすごい跳ねた。いや危ない! 対向車線に飛び出すかと思ったぞぶつかる対向車はいないけども!
「何してんですか危ねえ!」
「中学生みたいなオママゴトしてるんじゃないよって、私はそう言ってんの」
「俺は何してんですかって聞いてるの。なんですか今の急ハンドル。殺したら一生恨みますからね」
「なんかいたんだよ。つか、死んだら恨めないだろアホか」
「なんかってなに……ほんとこの先輩とんでもない。ダメだ」
「あ? 私の何がダメなのか言ってみ?」
「前見ましょうかマジで。ながら運転やめて」
既成事実とかアホなこと言ってないで真面目に運転して欲しい。大体、恋愛方面のアドバイスは求めてないから結構だ。男性経験ゼロ。おまけに年上のお姉さんと結婚したがっている人の助言なんて、どう考えても役に立たないに決まっている。