I:Pマストラム 作:剛鬼イゾルデ・オーガ
摩天楼の隙間。毛細血管のように張り巡らされたハイウェイを、一台のバイクが駆ける。
後ろへ流れる街灯。吹き付ける向かい風。鮮やかな金色の光の尾を引いて、そのバイクは走っていた。
逃げるためだ。
「オラオラオラァっ!」
次々に投げつけられる電撃が、地面で炸裂する。バイクを追って、高速で飛行する人影があった。
全身を金属製のアーマーで包み、その表面にはたびたび電撃が走っている。棒状のガジェットに両足を乗せ、両手に電撃を蓄える。
「フゥーーーーっ!!」
一際大きい電撃が、アスファルトを抉った。その凹みにハンドルを取られ、バイクがバランスを崩す。火花を散らして転倒した。
黄金のラインが入った、黒のライダースーツ。バイクのライダーも地面に転がる。街灯が、そのメリハリの効いたボディラインを照らした。
空中から、金属製のアーマーの男が降下する。男は、ライダーの胸を踏みつけた。
「うっ……」
高いうめきが漏れた。ぱっちりした鳶色の目が、下から男を睨みつける。
ライダーは女だ。
「ここまでだなァ、マスカレーナ!」
「PSYフレーム・ロード……あんたがそっちに着くなんてね」
「俺はなぁ、金が貰えて喧嘩ができりゃあなんでもいいんだよ」
PSYフレーム・ロードと呼ばれた男は、アーマーの下で笑った。
マスカレーナが耳のインカムに手を伸ばす。直後、彼女の体に電撃が走った。
「あぐっ!」
「ダメだぜ、マスカレーナ。とっと盗んだモン返しな」
呆れたようにロードは言う。両手に電撃を迸らせ、マスカレーナを見下ろした。
「盗んだのはそっちでしょ!」
「俺が盗んだんじゃねえもん」
「だとしても、あの裏カジノの連中が……」
「早く出さねーと殺すぞ」
この発言は、脅しではない。この街で最も危険なこの男は、やると言ったらやる。
「はい時間切れ!」
ロードがマスカレーナを蹴り飛ばした。再び彼女はアスファルトに転がる。ロードの両手には、先ほどの比ではない大きさの電撃が輝いている。
激しい閃光。マスカレーナは両目を強くつぶった。
だが、いつまで経っても、電撃の熱も痛みもやってこない。
恐る恐る彼女は目を開けた。
夜明け前の、白みかけた東の空。明るく見える暗い群青を、そのまま溶かし込んだようなマントが、真っ先に彼女の目に入った。
その青い髪の男は白銀の鎧を身にまとい、その全身には蒼の光が満ちている。
右手には剣。左手には盾。PSYフレーム・ロードにも見劣りしない偉丈夫だ。
鎧から僅かにのぞく肉体は、鍛え上げられていたが、その肩の上に乗る顔は、憂いを帯びた表情も相まって、線が細く見えた。
「なんだテメーはコラァ! あァ!?」
突如現れたその若い男に、ロードは声を荒げる。だが、当の闖入者も不思議そうな顔だ。
「……ここは……」
「天下の往来だバカ! どけ!」
PSYフレーム・ロードが、その男に掴みかかる。だが彼はあっさりとその手を潜り抜けた。
只者ではない。PSYフレーム・ロードに緊張が走る。
「あーら、遅かったわね〜!」
マスカレーナの声だ。PSYフレーム・ロードが振り向く。
「やっぱりテメーの手下かマスカレーナ!」
「あったりまえでしょ! 私に手ェ出したいなら、そいつを通してからにしな!」
マスカレーナは青髪の男を指差した。
一か八か。マスカレーナは賭けに出た。このよくわからない青髪の男が時間稼ぎになればよし。PSYフレーム・ロードの気が逸れている隙に、依頼の品とともに逃げ出すつもりだ。
「……機界騎士か……?」
「上等だバカ野郎!!」
PSYフレーム・ロードの拳が、青髪の男の顔を狙う。
固い音。青髪の男は、頬に拳を打ち付けられた格好のまま、PSYフレーム・ロードを睨み返す。
PSYフレーム・ロードがよろめいた。ヘルメットが歪んでいる。
「てめっ……!」
反撃のハイキック。電撃を纏ったそれを、上半身を反らしてかわす。青髪の男は剣を振り抜いた。
PSYフレーム・ロードが吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直し、両手を使って着地。だが。
「おおおおおっ!!」
続け様の一太刀が眼前に迫る。一瞬で距離を詰める身体能力。それに驚きながらも、PSYフレーム・ロードは奥の手を使った。
電撃が弾ける。PSYフレーム・ロードは、青髪の男の前から消えていた。全身に電気をまとい、電磁力を利用した短距離高速移動。
「後ろ!!」
マスカレーナの声に、青髪の男が気づいた。だが、もう遅い。
「捕まえたぜクソ野郎ォーっ!」
PSYフレーム・ロードは青髪の男を羽交締めにとらえた。そしてそのまま、上空への高速移動。
目まぐるしく視界が変わる。青髪の男を上空で放り投げると、PSYフレーム・ロードの全身に電撃が迸る。
「俺の勝ちだ!!」
雷が、次々に青髪の男を打ち続ける。青髪の男は空中で身動きが取れない。PSYフレーム・ロードは高速移動を繰り返し、拳で、蹴りで、青髪の男を攻め立てる。
上と見れば下から、下と見れば左から。青髪の男を中心に、電撃の輝きが跳ね回る。
「どうしたどうした! 青髪テメー、さっきの威勢はどうしたァ!」
PSYフレーム・ロードの拳が、青髪の男の腹にめり込んだ。
「……あ?」
抜けない。一撃離脱が失敗した。その腕は、青髪の男に掴まれている。
「テメーっ!」
掴まれたまま、電撃を流し込む。だが、青髪の男はその手を離さない。電撃を堪え、彼は全身を弓なりにしならせる。
満身の力を込めて、掴んだPSYフレーム・ロードへと、右手の剣を振り下ろした。
ハイウェイの上空から、一気にPSYフレーム・ロードは叩き落とされた。その体はアスファルトで跳ね返り、ガードレールに全身を叩きつける。
青髪の男は、空中に浮いていた。その剣の柄を両手で握り、頭上高く掲げる。輝きが刀身に集まっていく。彼はその剣を、地上のPSYフレーム・ロードへと振るった。
集まった輝きは光の弾丸となって、周辺の道路ごと、PSYフレーム・ロードを吹き飛ばした。
「……すご」
立ちこめる砂埃の中で、マスカレーナは様子を窺った。
鉄骨で補強されているこのハイウェイが、大きく削り取られている。断面から、ひしゃげた鉄骨が顔を見せていた。
その犯人、青髪の男を彼女は見上げる。いや、見上げようとした。
どん、と激しい音がして振り返ると、そこに、青髪の男が倒れている。力を使い果たしたのか、彼は落下したようだった。
継続して何かを叩くような音で、男は目を覚ます。柔らかい感覚。ベッドの上だ。
薄暗い部屋。妙な色の光が壁に映っている。
彼は慌てて体を起こすと、その物音に、マスカレーナが振り返った。彼女はベッドの脇の机に向かい、キーボードを叩いていた。
「あ、起きた?」
「ここは!?」
焦ったように男は訊く。マスカレーナは目を閉じて頷いた。
「ん、私のアジト。さっきは……なんていうか、助かったわ。ありがとう」
「……お前は」
怪訝な顔の男に、マスカレーナはため息をついた。
「私からすれば、あんたの方が何者かわかんないけど……。まあいいわ。私、マスカレーナ。I:Pマスカレーナよ。運び屋」
「あい……?」
「マスカレーナ!」
首を傾げる彼に、マスカレーナは少し語気を強めた。
「マスカレーナ、か。……お前が俺を運んでくれたのか」
「そう。大変だったけどね、ま、運び屋だもん。このくらいヨユーよ」
マスカレーナはそう言って、片目をつぶって舌を出した。見れば、先ほどまでのライダースーツから、臍を出した格好に変わっている。男はつい顔を背けた。
「で? 私としてはあんたの方が気になるんだけど?」
「俺か?」
「当たり前でしょ。ビームは出す、PSYフレーム・ロードはぶっ倒す、かと思ったら落っこちて、でもほとんど怪我もしてない。その上急に髪の色も変わるし……」
「髪の色?」
男は自分の髪に手をやった。前髪を下ろして見ると、確かに変わっている。青かった髪は、亜麻色になっていた。彼本来の髪の色だ。
「……まさか、星遺物の力が……? 俺の剣は?」
「え……そこ、だけど」
マスカレーナが示した通り、剣はベッドに立てかけてあった。その輝きは消えていた。
「バカな……。俺はあの時、リースを追って、デミウルギアを……!」
剣を抱え、亜麻色の髪の男はぶつぶつと呟く。椅子から立ち上がったマスカレーナがその頭をぺしぺしと叩いた。
「ちょっとー。あんまり自分の世界、入んないでもらえますかー?」
「あ……すまない」
「で、名前は?」
「俺は……アストラム。そう、アストラムだ」
自分のことを確かめるように、アストラムと名乗った男は頷いた。
「ふーん、アストラム。で……何者?」
「……俺は……」
そこからアストラムが話し始めたことは、マスカレーナには理解不能だった。
クローラーという化け物を追いかけていたら裏切り者の妖精と心中する形で巫女が死んだ。その巫女の兄が巫女を生き返らせて神にするためにイカれた発明家になっていて、それを止めるために仲間を集めて戦いに行った。すると巫女の兄が作った巫女ロボットに裏切り者の妖精が宿って神になろうと大暴れして、兄と一緒に頑張って戦って倒したら、今度は星の破壊の力そのものである星神器デミウルギアが顕現したので、それと一体化しようとしたところ、気がつけばあのハイウェイにいた、ということらしい。
「よくわかんないけどその……巫女さんのお兄ちゃんが全部悪いんじゃない?」
「……今までの話に、心当たりは」
「あるわけないでしょ。意味わかんないもん。特にお兄ちゃんのところ」
アストラムは言い返そうとしたが、首を振って俯いた。
「まあとにかく、その……星遺物? のパワーでめちゃくちゃ強かったと。で、こっちに来たばっかの時はまだ使えた……って感じ?」
「ああ……元の世界に戻る方法に心当たりはないか」
「うーん……ないことはない、かな」
「本当か!」
アストラムが立ち上がった。怪我をした彼のために鎧を脱がせたが、それが却って良くなかった。筋骨隆々の男が、少女にしか見えないマスカレーナに迫る姿は、あまり外聞のいいものではない。
「まあね。けど、そいつらに話つけるのは結構大変。あんた一人じゃ無理だろうね」
「……そうか」
先ほどまでの勢いとはうって変わって、アストラムは消沈した様子だ。
マスカレーナは、彼のことを観察した。PSYフレーム・ロードを一蹴したあの実力は確かだ。多少弱体化したとはいえ、かなりの強さを持っているだろう。
それに、命を救われた恩もある。妙に繊細なところも、放って置けないような気がした。
「うん。だから、私と組まない?」
「……組む?」
アストラムは顔を上げた。マスカレーナは頷く。
「そう。私の仕事手伝ってよ。そしたら私も、あんたが元の世界に戻るの手伝う。もちろん、その間の生活は私が面倒みてあげる。どう?」
はっきり言えば、アストラムはまだこの女を信用できたわけではない。軽薄そうな女には、彼は嫌な思い出があるからだ。
だが、他にも選択肢はない。彼は、この世界のことを何も知らないのだ。
「わかった……よろしく頼む」
「ん。マストラム、結成だね」
マスカレーナは、アストラムが差し出した手を握った。