老人と忍   作:なまこごはん

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第1話

老人の見てくれは、忍者というより農民のようであった。

 

いつも粗末な服を身に纏い、長年のしわに刻まれて開いているのかわからない目をしょぼつかせていた。

足を少し痛めているのか、歩くときはややぎこちない足取りで、頭髪は老人と言ってもいい白髪まじりの灰色をしている。

唯一、農民のいでたちと異なる部分と言えば、曲がった腰に重そうに背負っている鉄鍋の存在くらいであろうか。

 

里の人間は老人のことを「忍者」と認識している者もいれば、単なる農民と思っている者もいる。

里の外れの林の中にある、小さな小屋で一人暮らしていた。

 

老人は木の葉の里の下忍である。かれこれ五十年以上、下忍として里に仕えていた。木の葉の歴史の中でも、彼ほど長く下忍を務めている忍びはいない。

心無いものや、勢いのある若者は「万年下忍」等と囃し立て、老人の耳に入るくらいの悪口を言うが、その悪口を目の前で言われても老人は決まってばつの悪そうに笑いながら、白髪を撫でるばかりであった。

老人の忍びとしての実力をよく知る古い上忍達は「あなたほどの方が」や「なぜ上忍にならんのです」と、聞かれることもたまにあるが、その時も老人はただ苦笑いをして白髪を撫でていた。

 

任務があれば下忍として休むことなく働き、無い時はそれこそ農民のように小屋の周りの畑を耕していた。

かといって、浮世とは完全に隔離していたかと言えばそうではなく、それなりの付き合いもある。

 

「じじ!」

 

昼食の支度をしていれば、外から子供の声が聞こえる。

 

「じじ!開けるよ!入っていい!?」

 

用事があるから入らないでくれと言っても強引に入ってきそうな語気である。コスケは「来たな」と思うばかりで、返事はしなかった。

 

「入るよ!お隣のコロクだよ!じじ、遊ぼ!」

 

返事も聞かずに入ってきたのは、コロクの小屋の隣に住んでいる「しば」という家の少年だ。

 

「しば」が隣に越してきたのは、6年前であっただろうか。

「しば」という忍び夫婦が赤子を抱きながら、「よろしくお願いします」と緊張した面持ちで挨拶してきたのが、印象に残っている。その時に抱かれていた赤子が、小屋に入るやいなやコスケの鉄鍋に苦無を当てて遊びはじめた少年「コロク」だ。

 

「傷がつくから、やめて」

 

いつもの事だと思いながら、昼食の支度をする手を止めぬままコスケは注意する。コロクは苦無で鉄鍋を鳴らし、返事をした。

 

「じじ!忍術見せてよ!忍術!」

 

「危ないから、苦無置いて」

 

苦無を持ったまま、コロクは振り向いた。黒髪と黒い瞳が嬉々と輝いてコスケを見ている。

黒髪に黒い瞳、そして黒い着物。「しば」という一族の、特有の格好。

同じようなみてくれで、里には「うちは」という一族もいるが、完全に別の系列であるらしい。

 

「うちは」は里がこの地に生まれたときからある、言わば木の葉の名門ともいえる一族で、里の者たちから畏怖、尊敬、羨望と言った様々な感情を持たれている一族であるが、「しば」の方はもともとは砂隠れの里にルーツを持つらしく、一族の本拠地は木の葉と砂の国境付近であり、度重なる戦乱によって大国の間に挟まれた一族は身動きがとれず、結局どっちつかずのまま戦争に巻き込まれてしまい、その結果一族はほぼ全滅となるが、命からがら木の葉に逃れてきたのがお隣の「しば」夫婦であった。

 

「しば」一家が隣に越してきて、コロクの父と世間話程度に少しづつ話すようになった頃、身の上話ではないが、なんとなくコスケは「しば」一族の顛末をコロクの父から聞いていた。

戦争の多い忍びの国ではよくある話であり、そこまで気にしないようにしていた。

里に流れてきた頃は、里の中心部に居を構えていたそうだが、言わば亡命してきた忍び夫婦というのは人の目に付きやすく、どうにも居心地が悪くなってこちらに越してきたらしい。

 

コロクの父は線の細い男で、謙虚な性質であった。見た目はコロクとよく似ていてるが、目の形は遺伝しておらぬようで、コロクの目は愛嬌のある丸い形で母親に似ていた。

 

赤子であったコロクが成長していくにつれ、ますます両親に風貌が似ていく様子は、当たり前といえば当たり前なのだが、コスケは面白く思っていた。

また、「しば」一族は紐を使う忍術を得意とするらしく、その両の手には黒い布で作られた籠手をつけており、その籠手には幾重にも細い糸が巻きつけられていた。コロクもまた同じように、小さな両の手には、小さな黒い籠手がかぶさっている。

 

「じじ!ふーとん見せて!ふーとん!」

 

「昼飯を作ってるところだからの」

 

あくまでも自分軸で物事を考えてしまう6歳児には、先ほどからコスケが昼食の支度をしているのが分からぬのか、辺りを回ってはせがんでいる。

初めて遊びに来たのは2年前であっただろうか。コスケの脳裏に今よりまだ幼いコロクの姿が蘇る。何かを伝えようと必死に言葉を繋ごうとしていた当時のコロクを思い出し、ふと笑みがこぼれた。

 

───可愛かった。

 

今も可愛いは可愛いのだが、この調子で毎日来るのである。

初めて来た時と比べれば、良く喋り良く動くようになり、最近は可愛いと思うと同時に少し鬱陶しいくらいあるのが、正直なところだ。

 

夫婦はこの時に何をしているかというと、先述の紐を使う忍術があるため、里では中忍として採用され、働いている。

砂にルーツを持つとはいえ、永らくどっちつかずの立場にいた事が幸いしたのか、戦乱に巻き込まれ滅びかけた事に同情されたのか、紐という珍しい忍術を使うことを見込まれたのか、生き残りの「しば」一家は結果的に木の葉の里の忍びとして存続することを許されていた。

下忍のコスケには簡単な任務が多いため、必然的に日中はコスケがコロクの面倒を見ていることが多い。

 

「いつもお世話になってます。本当にすみません。」

 

預ける時にとても申し訳なさそうにしている夫婦の姿が頭をよぎった。

 

昼食を終えたコスケは、待ちくたびれて再び苦無で鉄鍋をたたき始めたコロクに声をかけ、外へと促した。そして、せがまれていた忍術を見せてやる。老人はなんだかんだ、少年に甘くなってしまう。

 

風遁、突破の術。

 

コロクは限りなく力を抑え、庭には小さな竜巻が渦を巻いた。

 

「うおおおお!すげぇぇぇ!」

 

コロクは忍術を見ると、目を輝かせて興奮している。そして

 

「俺もやる!」

 

と、見様見真似で印を結ぶとさらに小さな竜巻が巻き起こった。

 

「うわあああ!できたぁぁ!」

 

コロクは目の前でできた竜巻を見ると更に興奮し、畑仕事に取り掛かるため鍬を持ったコスケに「見て!見て!」と連呼している。

不完全とはいえ、すぐに術を出せるあたり、忍びとしての才は少なからずあるのだろう。紐を使う一族というだけあって、手先が器用なのかもしれぬ。

コロクの術を横目に見ていた、コスケの見立てである。

 

初めて術をせがまれた時は、正直迷っていた。

 

───こんな幼子に術を見せて良いのだろうか

と。

 

一昔前であれば、忍びの子は忍びであり、当時はいつ戦争が始まってもおかしくないため、早期に術を仕込むのは本人の護身にもなるので推奨されていた。

しかし、今は以前ほど戦乱は多くはなく、忍者以外の道も十分にあるため、簡単に術を見せることはいかがなものかとコスケは思っていたのである。

理由あって万年下忍の道を決心したコスケにしたら、ことのほかその思いは強かった。

 

が、コロクはそれ以上に煩かった。

 

ある時根負けして少しだけ術を見せてしまったら「次は?ねえ、次は?」となり、今に至る。

そして、長年に渡り忍びとして生きてきたコスケには、このくらいの幼子をあやす術といったら、それこそ忍術しかなかった。

最初のうちは簡単なかくれんぼや鬼ごっこで誤魔化してはいたが、活発な6歳にそれだけでは少々物足りなくなり、時には忍び組手、時には木登り、時には苦無を投げたり術を見せたり。

いよいよの時は「落としたら負けゲーム」と称して、紙1枚を体の前面に乗せてその辺を走らせたり、成長の早い竹を踏まぬようひたすら跳ばせては時間を稼いでいた。

 

「まるほしコスケ」と「しばコロク」の日常であった。

 

いつだったか、いつものように夫婦が預けに来た際

 

「コロクはとても大人しい子で、少し心配なくらいです」

 

と、申し訳なさそうに言っていたのを思い出し、コスケは目眩を覚えた。いやいやいや、と。

 

任務で忙しい両親に構ってもらえず、その分甘えているのだろうか。

家では優等生を演じているため、その反動なのだろうか。

どっちが素なんだろう。

腹のなかに尾獣でもいるんじゃないのだろうか。

 

そんな事を考えていると、忍術遊びに飽きたのかコロクが黒い瞳を丸く開きこちらを見ている。

コスケはその視線に気付かぬ振りをして畑に一鍬入れようとすると

 

「じじ!俺今度アカデミーに入るんだ!」

 

コスケの腕が止まる。

人の家の子供の成長は早いと言うが、時が立つのは早い。

もうそんな年か。

 

コスケには子供がいない。当然、妻と呼べる人もいない。一生を下忍として生きると決心したときから、大切な仲間を失ってしまったあの時から、家庭を持ち幸せになろうなんて考えは捨てていた。

コスケにとって「しばコロク」は我が子、いや、孫と同然─と言い切るにしては、コロクの成長は早かった。

最近ではその活発さに拍車がかかり、迷惑な隣人という域にまで達しそうである。ご両親が真面目で謙虚な中忍といのも、始末が悪い。

 

「コロクよ」

 

目の前に立っている小さな少年を、改めて見返した。

どこにでもいる、少々活発な少年。

少年の目は、生きる意欲に満ちた眼差しで、呼びかけてきた老人の言葉を待っているようだ。

 

「忍者に、なりたいか」

 

忍者になる。これがどういう意味なのか。そのちいさな体に、これからどんな事が待っているのか。骨の髄まで下忍であるコスケは知っている。

里の子ならば、誰もが目指す道だ。両親が忍者であるなら、おわずもがな。

その先に待っているのが、英雄と崇められる将来か、悲惨な結末なのかはわからない。

ただ、殺し、殺される世界に生きると無垢な少年は宣言しているのだ。

 

コロク少年は相変わらず力強い眼差しでコスケを見ている。そのちいさな顎が頷いた。コスケにとってコロクは、親子でもなければ血縁者でもない。本人が志した以上、忍びの道を止める資格は無い。

忍びの恐ろしさを知らぬ少年に、老人は更に質問を重ねた。

 

「どんな忍者になりたい」

 

決意を固めた少年にがんばれとも、やめておけとも言えぬ老人は、何を目指し、どんな理想の夢を抱いているのかを聞いた。

 

火影になりたい。

───やめてくれ。多くの者は亡くなる。

 

上忍に。

───それもだめだ。生き残る確率が減る。

 

一族に恥じぬ。

───滅びかけた一族をどうしようというのだ。

 

肉親では無いにせよ、少年に対する様々な感情が湧き起こる。

歩くようになってから、毎日のようにつきまとわれた。仕方なく忍術を教えた。鬱陶しかった。早くアカデミー行って欲しいとさえ思えた。だが!

例え忍になったとしても、どうか生き残って欲しい。誇りなど捨て、ただただ生きて欲しい。できればご両親のように家庭を持ち、その子供を見せて欲しい。

焼きが回ったというか、しばらく一緒に過ごした時間が長かったせいか、コスケは目の前に立つ我が子とも、弟子とも言えぬ少年の返答を複雑な思いで待った。

 

「………木の葉の黄色い線香花火?」

 

意外な言葉に老人のシワで隠された眼が少し見開く。更に

 

「えっ〜と、なんだっけ。木の葉の白い蟻?みたいな」

 

恐らくは四代目と畑サクモの二つ名を言おうとしているのだろう。

 

「とにかく!そういうカッコいい名前で呼ばれる忍者になりたいな!」

 

6歳の少年からは老人が期待するような言葉ではなく、良く言えば年相応の、悪く言えば忍びに対して全く無知な答えであった。

6歳に何を求めたか。情が移りすぎた事を気にして、老人は白髪混じりの頭を掻いた。

 

「じじも長いこと忍びをやってんだろ?何かないの!?」

 

力強い少年の眼が、期待を帯びた色に変わる。

まだ、忍者になれると決まったわけではない。わしも昔は上忍に憧れ、目指していたではないか。二代目様に褒められたくて。

コスケは手にした鍬を持ち直すと、目下の畑に向かい合った。

 

「わしは、『万年下忍』じゃよ………」

 

「えっ?まんげ?」

 

独り言とも言える程の小さな声で、老人は自身についた称号を口にすると、肩まで持ち上げた鍬を畑に真っ直ぐと落とした。

 

「じじ、まんげって何?」

 

息子とも、孫とも言える迷惑な隣人はコスケの声を聞き取れなかったのか、少し怒った様子で聞いてくるが、コスケは構わず畑と向かい合っている。

 

木の葉の里に、もうすぐ春が来ます。少し心配なこともありますが、あなたの愛した木の葉の里に、また新たな新芽が生えようとしています。二代目様。

 

コスケは力を込めて、里の大地に鍬を振るった。

 

 

 

 

 

 

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