朦朧とする意識の中で、最初に感じたのは温もりだった
ふかふかとした気持ちの良いものに包まれているような感覚
その物体が自分自身の髪の毛だと気づくまで、少し時間がかかった
〝…んぅ…?〟
掠れたか細い声が出る
それは記憶にある自分の低い声ではなく、ひどく幼い少女の響きだった
慌てて重たいまぶたを持ち上げると、視界の端に何やら黒くて硬いものがちらつく
頭頂部に手をやれば、頭皮から直接生えた、ねじれたざらざらとした手触りの二本の黒いツノに触れた
薄々気づいていたがどうやら、俺は転生してしまったらしい
それも、もふもふの白い髪に羊のようなツノを持つ、ひどく幼い少女の姿で
それよりもここはどこだろう
自分が知っている世界であれば知識で有利を取れるが知らないファンタジーのような異世界では少々まずい状況だろう
ぼんやりと周囲を見回すと、そこは天井の高い厳かな空間だった
すべすべのシーツの感触、ステンドグラスから差し込む柔らかな光、そして漂う紅茶の香り
どう見ても誰かの部屋であり、それもなかなか身分が高そうな人の部屋である
〝…ねむい…〟
状況を把握した瞬間に、激しい睡魔が襲ってきた
頭では(一刻も早く安全な場所を探せ)(外は出るべきだ)と警鐘を鳴らしているのだが、この新しい肉体が(まずは寝ろ)と強烈に訴えかけてくる
その誘惑に誘われた俺は、お茶のいい香りと焼き菓子のような匂いに包まれて私は現実から逃げることにした
〝…んぅ〟
密かに感じる近くにある人の気配と、シトラスのようないい匂いにつられて、俺はそっと目を開けた
最初に視界に入ってきたのは、桜の花びらを束ねたようなロングヘアーと、どこか楽しげにこちらを見つめる、夜空に浮かぶ月のような色味の瞳だった
「あ、起きた⭐︎」
そこにいたのは、トリニティ総合学園のティーパーティの一人、聖園ミカだった
驚きのあまり、飛び起きようとすると、体が驚くほど軽い
いや、それどころじゃない
自分の頭を撫でていたミカの手を避けようと無意識に後ずさったとき、部屋の隅にある大きな姿見に、今の自分の全身が映り込んだ
そこには、純白のフワフワとした髪に、頭頂部から生えた禍々しくも立派な黒いツノを持つ、見事なまでに羊じみた幼い少女の姿があった
〝…は?〟
前世の記憶が電撃のように脳裏を駆け巡る
銃弾が飛び交い、個性豊かな生徒たちが闊歩する美少女GTA…ブルーアーカイブ
その中でもお嬢様たちが通うトリニティ総合学園の一角に、どうやら自分は放り出されたらしい
そしてこの大きな黒いツノ…
これって、どう見てもゲヘナの生徒、あるいはトリニティが嫌う悪魔の特徴そのものじゃないか!
(やばい、やばい、やばい! ここはゲヘナを心底嫌うトリニティ、しかもその中心人物みたいなミカの目の前だぞ!? ゲヘナ嫌いで有名なミカにこんな姿見られたってことは、尋問に次ぐ拷問…挙げ句の果てに空のお星さまにされかねない…!)
激しい焦りと恐怖が全身を駆け巡るが、なぜか新しい肉体と喉はまったく違う反応を見せた
〝…ふわぁ…眩しい…おひさま…いじめる…消えて…」
違う、そんなことを言いたいわけじゃない!
焦って弁解しようと口を開くのに、勝手に出てくるのは気だるげで、可愛らしい声だった
「え? おひさまがいじめるって…面白い子だね⭐︎…ねえ、キミ、名前はなんて言うのかな? お外に落ちてたから拾ってきたんだけど…トリニティの制服じゃないし…どこからきたのかな?」
ミカが面白がるように、興味津々といった様子で顔を近づけてくる
やばい、何か言わないと
このままでは怪しまれてゲヘナからの刺客として処刑されてしまう!!
(あ…あの…ちが…)
必死に説明しようとする口から零れ落ちたのは、やはりアンニュイな吐息混じりのセリフだった
「…めんどくさい…。なにも…わからない…。おぼえてない…。だれ…ここどこ…」
(…そうだ! 転生したなんて言えるわけがない。ここは王道の記憶喪失で乗り切る他ない!!)
「えっと…? 要するに記憶がないってこと?」
目の前のミカはふっと表情を和らげ、どこか哀れむような、複雑な笑みを浮かべた
「そっかぁ、何も覚えてないんだ⭐︎頭のツノといい、妙にもふもふの髪といい、キミはいったい何者なんだろ。でも、そんなに眠そうにしてたら、またお昼寝しちゃいそうじゃんね⭐︎」
〝…ねむい…。そっとして…おいて…きえる…すぅ…〟
抗議の意味を込めて目を細めてにらんだつもりだったが、ミカにはそれが眠くて仕方のないと言う意味に映ったらしい
ミカは優しく微笑むと私に背を向けて歩き出して行った
(このゲヘナ感満載の見た目のせいで寿命が縮まりそうだけど…今はこの抗えない睡魔に勝てそうにないな…)
私は逃げ出すこともできぬまま、極上のベットの上で再び目を閉じるのであった
〝…ん…〟
目覚めると、視界の端に彼女の綺麗な髪が揺れていた
「あ、起きた? ちょうどよかった、今からお茶会に行くところなんだけど…あなたもくる?」
ミカは笑顔を向けながら、拒否権なんて端から用意していないように、ベットから私を下ろして、私の小さな手をふんわりと包み込んで歩き出す
(お、お茶会…!? あのティーパーティの3人が集まる、トリニティのティーパーティのお茶会に連れて行かれるってこと…!?)
拒否したくても、喉から出るのは相変わらずの小さな可愛らしい声
〝…あるけない……ひきずって…いって…〟
「もう⭐︎そんなこと言わないの。ほら、転んじゃうから⭐︎」
ミカに引きずるように連れていかれ、たどり着いたのは、重厚な扉の奥にある優雅なテラスだった
そこには、紅茶のカップを優雅に傾ける二人の少女の姿があった
優雅に紅茶を飲んでいる桐藤ナギサと、シマエナガと戯れてはいるが静かに座る百合園セイアだった
私はドキドキと早まる心臓のままミカの膝に座らせられるのであった