「クックック…先生の動向を見に来たつもりですが…ここまでのものを見つけるとは…!!」
冷たいアスファルトの上に崩れ落ち、意識を混濁させている少女……柊メル
その頭上で激しく明滅を繰り返すヘイローに無意識に口角が上がってしまう
”通常“であれば、これほどの圧倒的な絶望と苦痛、そして自己を否定されるほどの精神的的苦痛を味わえば、その内なる神秘は急速に変質を遂げる
苦痛に耐えかねて概念をねじ曲げ、色彩に魅入られ、理の外の存在へと堕ちる
だが、目の前の少女は違うようだ
「おや…?」
彼女に一歩、また一歩と近づく
少女の頭上でピシピシと音を立てるヘイローは、確かに苦痛と絶望で歪み、激しく亀裂が入り不気味なノイズを放っている
しかし、どれほど時間が経とうとも、その輪郭が崩壊し、完全に反転する気配がない
それどころか、傷つきひび割れながらも、ヘイローはまるで別の形……元来の彼女のものではない物へ姿を無理やり組み替えようと変形を続けていた
「
キヴォトスの法則から外れた奇異な現象
予測不能な変数のきらめき
神秘を愛するゲマトリアの一員として、これほどそそられる光景は他にないだろう!!
しかし、これ以上の観察をここで続けるのは危険だ
アリウスの生徒たちや、あるいは異変に気付いた他の生徒に見つかるかもしれない
この貴重なサンプルを、誰にも邪魔されずに解b…いや、解析しなければならない
ゆっくりと指を鳴らし、少女のいる地面がぐにゃりと歪ませ、漆黒のワープゲートを開く
ベッドの上に寝かせた柊メルの身体に、いくつものモニタリングコードを接続すると、ピッ…ピッと規則正しいバイタル音が響く
スクリーンには、彼女の身体情報、バイタル、そして何より神秘の波形データが描き出される
腕を組み、表示される数値をひとつひとつ目を通しながら、深く息を吐き捨てる
「…なるほど。そういうことですか」
モニターに表示された解析データ
それは、私の知識をもってしても異彩を放つ、あり得ざる矛盾の塊だった
「
ゆっくりと眠り続ける柊メルの顔へ視線を落とすが、いまだに起きる気配はない
「……ですが、あなたにはそれがない」
少女の脳内波形と魂の深層データ
そこにあったのは、キヴォトスに存在する生徒たちが生まれながらに共通して持つ“
「あなたはキヴォトスの『生徒』ではない…いいえ、この世界の法則によって『生徒としての
謎の解明にどんどんと近づいて行く高揚感に、落ち着くことができず、つい無意識に手を忙しなく動かしてしまう
「元より『反転すべき神秘』を持っていない存在が、激しい絶望を味わったところで、
結果として生まれたのが、この状態…
「クックック……実に惨めで、そして美しく哀れですね。自らを観測者と過信し、物語を導こうと画策した結果がこれですか。自分自身が異物であることにすら気づかずに」
この感覚だ。謎を見つけ、それを探求した際に得られる全能感と、全身を包む高揚感が心地よい
「ですが、安心してください。あなたという
服を着替えさせたり、いくらかサンプルをもらったりして、しばらくすると、静まり返っていたヘイローが再び点灯する
しかし、そこにあるのは、かつて彼女の頭上にあったものとは露骨に異なる形状だった
従来の円のようなものでもなければ、ましてや
その輪は完全な円を描いておらず、一部が欠けており、周囲にはその一部だった物だろうか?砕けた破片がいくつか浮遊し、輪の内側には、淡い紫色の三日月が浮かんでいた
「クックック…お目覚めですか」
すでに整っているネクタイを意味もなく正し、ベッドの上で身を起こそうとする彼女を注視する
予想していた、
その瞳に宿っているのは漆黒の憎悪ではなく、どこまでも透き通った…あまりにも透明な無垢だと感じた
少女はゆっくりと自分の手を見つめ、どこか落ち着かない様子で自分の体をぺたぺたと触ったかと思うと、頭の上へ伸ばす
頭上に浮かぶヘイローの形が、かつての感覚と根本から違っていることに無意識下で違和感を覚えているようだ
「おはようございます、柊メルさん。気分はいかがですか?」
できるだけ柔らかな、不快に思われないような親愛を込めた声をかける
だが、少女……柊メルは答えない
ただ大きな瞳を何度もパチパチとさせ、困惑したようにあたりを見回している
自分の置かれた状況も、目の前に立つ
「おや……? 何か体に不都合でも?」
私が問いかけると、彼女は怯えを含んだ擦れ声で、ぽつりと聞き返してきた
〝…それ…わたし…?〟
(……ほう?」
想定していなかった返答に思考を巡らせる
圧倒的な絶望を突きつけられ、精神が耐えきれなくなった時、神秘は変質する
だが彼女の場合、法則に従い
あるいは、選べなかった、とでもいうべきか…
その代わり……“柊メル”の存在そのものが壊れてしまわないよう、その内なる神秘は“原因となった苦痛や絶望、そして彼女を形作っていた全ての記憶”を綺麗に消去し、ヘイローの構造ごと自我を再定義した…と言ったところでしょうか…?
絶望による反転と、それに対する拒絶
その代償として支払われた、完全なる記憶の喪失
事実と憶測が点と点で結ばれて行く
「…なるほど…!そういうことですか……クックック…!」
口元が、歓喜と興奮で吊り上がっていくのを感じるが止められない
「素晴らしい…実に素晴らしい…!絶望に呑まれて
私の興奮した様子に、彼女は、怯えたように不安を瞳に浮かべ、困惑していた
「クックック…すみません。取り乱しましたが、何か私に質問はありますか?」
そう問いかけてやると、彼女は相変わらず布団で目だけ出した状態で質問をしてきた
〝えっ…と…あなたは…だぁれ…?〟
そう言えば、目の前に立つのは、スーツ姿にひび割れた石のような顔面…不気味きわまりないはず
直感的な恐怖からか、彼女はさっきの私の醜態からか、若干引き気味に警戒と困惑が混ざり合った瞳で見つめてくる
私はそんな彼女に、芝居がかった動作で胸に手を当て、少ししゃがみ、目線を合わせる
「失礼。自己紹介が遅れましたね。私は黒服…まあ、広義的に言えば…今のあなたの保護者といったところでしょうかね」
〝……ほごしゃ…〟
彼女はその言葉を咀嚼するように小さく反復する
記憶のすべてが真っ黒に塗り潰された今の彼女にとって、目の前の
彼女はぽつりと、純粋さが写る瞳を向けて呟いた
〝じゃあ…おとーさん……?〟
「……っ!?」
(…クックック……! そう来ましたか……! …いやぁ、そう来ましたか……!!)
通常であれば、恐ろしい
記憶のない、全てを失った今の柊メルにとって、自分の前で保護者と名乗った存在は、ひよこの刷り込みのごとく父親として認識されたのだ
(
〝あ…っあの…!…おとーさん、ちがう…?〟
返事がないことに不安を覚えたのか、彼女が上目遣いで不安そうに服の裾をキュッと掴んでくる
私にそんな趣味はなかったはずだが、これが父性という物なのだろうか…?その幼い反応を心ゆくまで堪能すると、優しく語りかける
「ええ…間違いではありませんよ、メルさん。好きに呼んでもらって構いません。私があなたの…親であり、導き手なのですから」
そろそろエ駄死版が書き終わります!