次に目が覚めたのは全身を包み込むような温もりの中だった
〝…んぅ…?〟
まぶたを開けようとして、俺は自分の置かれている状況に気づいてしまった
ミカにギュッと抱きしめられるような体勢で、俺の顔はそのふくよかな膨らみに完璧に埋まっている
息をするたびに、昨日の最後の記憶残る甘いシャンプーの香りと経験したことのない柔らかさが脳内に刻まれていく
(あぁ…し、幸せ…! でも昨日の最後の記憶があやふやなんだが!? 貞操は守り通せたのか…?いや…ミカなら嬉しいけど…)
などと考え、冷や汗をダラダラとかいていると、上の方から寝ぼけたような声が降ってきた
「あぇ…?…おはよ、メルちゃん…」
ビクッと心臓が跳ね上がったが、ミカは目を覚ますと俺を離すどころか、いっそう強く抱きしめ
「むにゅ…ふふ、あったかくて気持ちいいねぇ…」
と機嫌良さそうに微笑んだ
(ああぁ…推しの寝起きの顔ぉ…!!ふにゃふにゃなミカも可愛い…!…それより…ミカ…いい匂い…)
俺がバレないようにミカの匂いと柔らかさを堪能していると
「よし、朝ごはん作っちゃうね!」
ミカはそう言い俺の背中から腕を抜いて、身軽にベッドから抜け出した
俺も慌てて起き上がろうとしたが、この体の強烈な眠気と全身の気だるさに邪魔をされ、なんとかふらふらと足元がおぼつかない足取りでキッチンの方へついていくと、エプロンをつけたミカが手際よく調理をしていた
「あ、メルちゃんは危ないから座ってて。すぐできるから⭐︎」
〝…てつだう…お皿くらいなら…〟
「ダメダメ!メルちゃんはそこに座って待ってて!」
有無を言わさず椅子に押し戻され、俺はただあたふたと動くミカの背中をぼんやり眺めることになった
(あれ…そう言えば…ミカって料理できたっけ…?…あれ…もしかしてまずい!?ここで命を落とすのか!?)
そんな心配を知るよしもないミカによって、ほどなくして用意されたのは、焼きたてのトーストと、スクランブルエッグ、そしてたっぷりとミルクの入った温かい紅茶だった
「はい、めしあがれ⭐︎」
対面に座ったミカがスプーンですくったスクランブルエッグをあーんと差し出してくる
〝じ、じぶんで…できる…〟
「そう…?じゃ食べてみて?」
やや不満げなミカからスプーンを受け取る
(いや…さすがにこんな体でもスプーンだったら、自分で食べられるし…!それに!これ以上ミカの前で醜態を晒すわけにはいかない!)
そして、意気揚々と自分でスプーンを握ると……
パキッ!!
〝…えっ…?〟
「あっ!メルちゃん!怪我ない!?」
(この新しい肉体、前世との感覚が抜けないし、手先の神経や筋力がまだ自分の意志と完全にリンクしていない…!!
前世では当たり前にできていた握るという動作すら、キヴォトス人パワーだと握り潰しちゃう!!)
〝えっと…だいじょぶ…ちから…いれすぎた…〟
「んもぅ…!だから言ったのに!怪我しなくてよかった…ほらあーんしてあげるからお口開けて⭐︎」
ほっぺをぷくーっと膨らませたミカに促され、観念して口を開けると、スプーンに乗せられたスクランブルエッグが、口の中に運ばれてきた
結論から言うと懸念していたことはなく、とても美味しかった…のだが…
(1日でだいぶ俺の尊厳がなくなっている気がする…!!そして、それをどこか心地よく思ってしまっている自分がいる…!!)
〝と、トーストは…じぶんでたべる…〟
自尊心をごりごりと削られながらも、スクランブルエッグを完食すると、そう宣言しトーストを時間をかけて咀嚼して甘い紅茶で流し込む
その間、ミカは頬杖をつきながらニコニコでこっちを見つめている
正直自分の顔の良さを理解してからやって欲しい…そんな顔で見つめられたら、何度でも惚れる自信がある
〝ふぅ…たべた…〟
トーストとスクランブルエッグでお腹いっぱいになるこの体に驚く暇もなく、強烈な睡魔に襲われながらなんとか現実にとどまる
「メルちゃん!!起きて!お着替えするよ!!」
……?……!?
「じゃーん! メルちゃんの制服、昨日気絶した後もらってきたんだ〜!」
二度寝をかまそうとしたのも束の間、ミカが意気揚々と取り出してきたのは、見慣れたトリニティ総合学園の制服だった
しかも、今の私の小さな体格にぴったり合わせた特注サイズである
どうやって採寸したのかは考えないことにした…
(うっ…ついにこれを着る時が来てしまったか…これを着ないとトリニティにいれないから…我慢…我慢…)
「ほら、着替えよっか! 私が手伝ってあげるから⭐︎」
ミカが嬉々として、俺のきっと昨日ミカに着せてもらったパジャマに手を伸ばしてきた瞬間、俺の最後に残っているわずかな羞恥心を振り絞る
〝…じぶんで、きがえる…〟
「え? でもメルちゃん、さっきスプーンもうまく持てなかったじゃん…?お洋服着るのって難しいよ?」
〝…できる…もん…あっちむいてて…〟
お腹のあたりを両手で押すと困ったように、後ろに向くミカに、わがままが通って妙な満足感を得る俺は、意気揚々と制服を手に取った
(な、なんだこの服の構造は…!? ボタンが小さすぎて手先が追いつかない! リボンってどうやって結ぶの!? スカートってどうやって固定するんだ!?)
前世で女性とあまり関わらなかった弊害か、服の着方が全くわからないし、この幼くて不器用な手では、トリニティの複雑な制服の構造に全く太刀打ちできなかった
そうしてモタモタしていると
「…メルちゃん? まだかかりそう?」
待ちきれなくなったのか、退屈な表情でミカが振り返ったとき、視界がどんどん滲んでいく
〝…わかんない…できない…ぐすっ…〟
涙を堪える俺を見て、ミカはあちゃー⭐︎と苦笑いしながらも、しゃがんで目線を合わせてくれた
「もう、無理しなくていいのに…ほら、任せて?」
結局、俺はミカにされるがまま、バンザイをして制服を着せられ、スカートを直され、綺麗なリボンを結んでもらう羽目になった
「うん…終わり…っ!…わぁ…すっごく可愛い! 似合ってるよメルちゃん! 」
終わると、ミカは私の両手を取ってぶんぶん振りながら、目をキラキラさせてそんな風に褒めてくる
鏡を見ると、そこには真っ白な大きい帽子を被り、上品なトリニティの制服に身を包んだ、最高に愛らしい庇護心をそそられる美少女がいた
(あ…っ…可愛いい…自分で言うのもなんだけど、ほんとに可愛いな俺…それに…ミカにこんなふうに褒められるの…すごく嬉しいかも…えへへ…もっと可愛い服着たいな…)
心がぽわぽわと温かくなり、思わず頬が緩みそうになる
(……ハッ!? いかんいかんいかん!!)
俺は内心で自分の両頬をバシンと力一杯ひっぱたいた
(俺は元・男だぞ! ミカに服を着せてもらって可愛いって言われて嬉しくてもっと可愛い服着たくなるとか、典型的なメス堕ちの兆候じゃねぇか! しっかりしろ俺! )
「そういえば…髪の毛ボサボサだね…?…よし…っ!膝の上きて?」
そうミカがイスを引き、自身の膝をぽんぽんと叩く
特に抵抗する理由もない俺は言われるがままミカの膝の上に座る
ミカの膝の上が定位置になりつつあるのは気づかないことにした
どこから出したのか櫛を手に持つミカが、後ろから優しく髪を梳かしてくれる
シャッ、シャッ、と響く櫛の音が心地よい
さっきまでの恥ずかしさが、髪が優しく引っ張られる心地よい刺激と背中に感じる、ミカの体温によってゆっくり溶かされていく
全身へと広がっていくリラックス感に、俺の重たいまぶたはみるみるうちに下がっていってしまった
〝ごめん…ねた…〟
(あー!!ミカの前で何回恥ずかしい姿を見せるんだよ!!これからかっこいいことしても、フィルターかかるだろ!!)
「ふふっ…そんなに照れなくてもいいのに⭐︎さ、お着替えも終わったし、ナギちゃんのところに行こっか!」
ミカは屈託のない笑顔で、俺の小さな手をしっかりと握りしめた
俺には振りほどく力もなく…というかミカの手が温かくて柔らかくて、すべすべで…ひどく安心してしまったから、俺は大人しく引かれるがまま歩き出す
〝…あるくの…めんどくさい…だっこ…〟
「ダメ⭐︎お外ではちゃんと歩かないと。でも、ナギちゃんのお部屋に着いたら、またお膝に乗せてあげるからね!」
(おい…っ!完全に扱われ方が子供じゃねぇか!!でも…ミカの膝の上……うへへ…)
ミカに手を引かれ、扉をくぐると昨日の同じように、上品に紅茶のカップを傾けているナギサの姿があった
「おはようございます。ミカさん…っと…メルさんもおはようございます。トリニティの制服…とてもよく似合っていますね」
ナギサは優雅に微笑むと、俺たちが席に着くのを見計らって、二つのカップに温かいミルクティーを注いでくれた
(顔が良い上にcv早見沙織はずるだろ…!!ミカ推しじゃなかったら速攻堕ちてるぞ!!)
なんて邪なことを考えていると
「ほら、メルちゃん?ナギちゃんが歓迎のお茶を入れたから、ありがとうって言ってみて?」
そう耳元でぽしょぽしょとミカに囁かれる
〝…ありがとうございます…ナギサ様…〟
ミカの膝の上に座り、ぼそぼそと呟きながらカップを受け取り、ちびちびと口をつける
うん、相変わらず美味しい
甘くて優しいミルクの味が、さっきまでの着替えの羞恥心を少しだけ癒やしてくれた……ような気がする…
(と言うか…!!ナギサはなんでそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ!?その顔はヒフミにしか向けないはずだろ!?)
内心ツッコミを入れている俺を、微笑ましく見守っていたミカだったが、急に思い出したようにピクッと顔が輝く
「あ、そうだナギちゃん! 私ね、決めたんだ⭐︎」
「……何ですか、嫌な予感がしますけれど」
ナギサがスッとティーカップを置き、心底嫌そうな表情を浮かべる
「メルちゃん…私の付き人にしようと思って!」
「…はい…っ!?」
〝…んぇ!?〟
(……はっ!? つ、付き人…!?
俺の心臓が盛大に跳ね上がる
ティーパーティであるミカの付き人なんて、学園中の注目を一身に集める最高峰の激務じゃないのか! ?
俺のこの、強烈な睡魔を患っている体のどこにそんな仕事をこなせる要素があるというんだ!?それに本編のトリモブの素行を見てたら、ぽっと出の俺がやったら恨み買うだろ!?)
〝…むり…ねたい…たいへんそう…いや…〟
「大丈夫だよメルちゃん⭐︎お仕事なんて私が全部やるから!メルちゃんは私の隣にいてくれればいいの!」
ミカは満面の笑みでプロポーズまがいの事を言い放つが、ナギサはこめかみを押さえながら深い、それはそれは深い溜息をついた
「…ミカさん…何を考えているのですか…?そもそも、付き人というのはですね…規約上、2年生以上の生徒しか指名できないことになっているのですよ?この子はまだ、学年も戸籍すら曖昧な…いわば未登録の……」
ナギサの正論を聞いて、私はいろんなことが積み重なり心臓バクバクの中、心の底からうなずいた
(そうだそうだ!!規則というものがあるんだ!!さすがナギサ!話が分かる! これで付き人計画は白紙に…)
「……じゃあさ!」
ミカがナギサの言葉を遮り、両手をパンと叩いて、まったく予想外の提案をぶちかましてきた
「メルちゃんが2年生の進級試験に合格すればいいんだよ! そしたら飛び級扱いで、2年生スタートってことにすれば問題なし!」
(…はい…?いま…なんと…?)
あまりの荒唐無稽なそれでいて一応可能な理論に、俺の思考が完全にフリーズした
それはもう、夏休み明け、みんなが俺の知らない課題を提出し始めた時と同じくらい
(記憶喪失(設定)で読み書きも満足にできなくて、スプーンもうまく扱えない今の俺に勉強させて2年生に放り込むって!? それもう飛び級じゃなくて異世界ワープか何かだよ!)
ナギサもさすがにあきれ果てたのか、ガクリと肩を落とし、呆れ顔でミカを睨みつけた
「…ミカさん…いくら何でも無茶苦茶な理論を…試験と言いますが、普通に初等部、中等部の数年間を真面目に勉強してきた方でも難しいのですから…さすがにメルさんでは……」
「えー? メルちゃん頭いいもん! ね、メルちゃん?」
〝えっと…むり…わかんないこと…おおい…〟
俺が蚊の鳴くような声で無理ですとアピールしても、ミカはと全く聞く耳を持たない
ナギサはしばらく俺と説得しようと話すミカの顔を交互に見ていたが、やがて観念したようにふぅと息を吐き、紅茶をひとくち飲んで天を仰いだ
「…はあ…こうなったミカさんは、どんなことを言っても絶対に聞きませんよね…」
ナギサは諦めの境地といった様子で、やれやれと首を横に振った
「分かりました…ただし、本当に試験を行うのであれば、合格点はもちろんつけます。筆記は私が、実技は…まあ、適当に見繕いましょう。合格できなければ付き人制度は即座に却下ですからね」
「やった! ナギちゃん最高!」
ミカは嬉しそうにガッツポーズを決め、俺の頭の上の帽子をポンポンと叩いた
(え…? 俺、明日から飛び級試験に向けて勉強すんの…?)
「そうと決まれば…!今すぐ勉強するよ!メルちゃん!」
ミカは俺の返事すら待たず、ひょいと軽々と俺を脇に抱え上げた
〝…ほ、ほんとに…やるの…?〟
「そうだよ、メルちゃんのスパルタな特訓の始まり! 試験に向けて、今からみっちりお勉強しなきゃね!」
テラスの出口に向かう途中、なんとか振り返り助けを求めるように視線を向けると、ナギサがティーカップを持ったままこっちを見つめていた
その瞳には、これから地獄の特訓へと連行される哀れな子羊に対する、深い同情の色が浮かんでいた
(ナギサァ!!俺を助けろォ!この天使から引き離すんだァ!!)
と心の中で叫んだが、現実は非情である…ナギサはそっと目を逸らすだけだった…
次回は飛び級試験になると思います
今回みたいに面白くないのが続くと思うんで申し訳ないです