まあそろそろ原作と合流するので頑張ります
ミカの家に戻るやいなや、ローテーブルの上に大量の教科書や問題集が山のように積み上げられた
「さあ、メルちゃん! まずはひらがなを書くところから…」
〝ねむい…やるの…?〟
意気揚々とペンを握らせようとするミカをあしらいながらっている最中、俺の脳裏で突如として現実のビジョンが見えた
(……待てよ…?もし、このまま勉強ができない子を演じきって進級試験に落ちたらどうなる?『2年生試験に不合格だから、付き人にはできません。よって、身元の分からない危険な方であるあなたは、トリニティから出ていくか…あるいは厳重に……』なんて展開になるくね!!)
ミカの気分とその場のノリで保護されている今の状況は、ミカという強力な後ろ盾の権力に完全に依存している
もしミカのお気に入りの子という枠から外れた瞬間、俺の平穏なキヴォトスライフは終幕だ
(生き残るためには…ここで圧倒的有能さを示して、ミカに手放したくないと思わせるか、ナギサがこの子を手元に置いておくべきだと認めざるを得ない状況を作らなきゃならないのか…!?)
原作に関わる、関わらない以前にそもそもその時期まで生きていられるか怪しくなり、生存本能が急激に活性化する
「…?…メルちゃん? どうしたの?そんなに真剣な顔して…あっ…!もしかして、文字を見るだけで眠くなっちゃった?」
心配そうに覗き込んでくるミカの前で、俺はとっくにわかりきっているひらがなや足し算引き算を教わるのであった…
「すごすぎるよ!メルちゃん! ひらがなから始めたと思ったら、いつの間にか中学生レベルの応用問題まで完璧に解けちゃうなんて…! 天才! メルちゃんは天才だよーっ!」
ミカは目をキラキラさせながら、俺の頭をぐりぐりと撫で回す
ぎゅっと抱きしめられ、むにゅんと反発する胸に顔が押し潰される
(うっ…息が…悪い気はしない……どころか…慣れてきてる俺が恐ろしい…!!しっかりしろ勘違いするな!!)
〝…ふっ…これくらい…朝飯前…!〟
心の奥底で俺の自己肯定感が爆発的な勢いでうなぎ登りになっていくのを実感していた
前世では勉強に押しつぶされ、狂ったように努力するが、それでも…人より少し優れているくらいであまり褒められた経験のない俺が……いまやキヴォトスの超大物、それに俺の推しであるミカに天才!と全肯定され、お姫様のように甘やかされている
(もしかして…!俺このまま転生チートで無双できちゃう系主人公なのか…!?…いや…あぁ…俺が干渉したらこの世界線が滅ぶかもしれないのか…)
「よし! この調子なら、飛び級試験なんて余裕で合格間違いなしだね!」
ミカはすっかり機嫌を良くし、さらに分厚い教科書を引っ張り出してきた
(嘘…だろ…?キヴォトスでは高校でこの内容の多さなのか…?)
「じゃあ、次は高校生レベルの数学と…あとトリニティの意味わかんないくらい複雑な宗教史だね⭐︎ここからが本番だよ、メルちゃん!」
そこからの時間は、嵐のようだった
高校レベルの数学に突入すると、さすがに方程式や関数、幾何学の応用では少しペンが止まる瞬間もあったが、前世で一度体験していた俺には良い脳の体操だった
だが、問題はトリニティの歴史だ
前世の記憶なんて何の役にも立たない
古の分派同士の泥臭い権力闘争や、生徒たちの複雑な事情、どこかの誰かがやらかした黒歴史の数々は、純粋な暗記勝負である
「うぅ…ここは同じような事件が多くてややこしいから難しいよねぇ…私もテストの時は苦労したもん…」
隣でミカが頭を抱えながら解説しようとするのを、俺はスッと片手で制する
〝…まかせて…覚える…〟
心配そうなミカを横目にパララ…とページをめくる
脳内のメモリーに、トリニティの歴史の断片を凄まじいスピードで書き込む
ミカに期待されているという意地と、ここを追放されたら路頭に迷うという恐怖が生み出した超人的な集中力は、ものの数時間で、キヴォトスの歴史の闇すらも脳内にねじ伏せた
(ははっ…どうだ見たか!!俺こそが天才!!有能!!全知!!)
〝ふふ…神童とは……私のことだ…〟
調子に乗って中二病全開のセリフをダウナーボイスで呟いた瞬間、脳のエネルギーをすべて使い果たしたのか、俺の視界がぐるぐると渦を巻き始める
「あっ…メルちゃん!?大丈夫!?」
〝しんだ…おやすみ…〟
揺れる視界の中俺は、机に突っ伏したまま完全にバッテリー切れを起こし、ミカの驚きの声を聞きながら、深い眠りの世界へと落ちていくのであった……
……翌日
いつものようにミカに身支度をしてもらった後、トリニティの広大な射撃場に連れていってもらっている
(ミカの付き人っていうか…このままだとお人形さんじゃないか!!それだけは避けたい…!!なんとか自分の着替えは流石に自分でできるようにならないと…)
そんな考えをしているが、ミカに握られた手を未だ離せずにいる
まずは手を繋ぐのをやめるべきだが…今なら平穏に暮らしたいと言う目標を持ちながら、女性の手を溺愛していた人の気持ちもわかるような気がする…
そんなことを考えていると、俺の飛び級試験の一環である実技テスト、本番さながらにセッティングされている射撃場へと着いた
「さてさて、メルちゃん⭐︎筆記試験があんなに優秀だったし…実技もきっとすぐコツを掴めるはずだよ!」
ミカはニコニコと応援してくれている
いつもだったら、そのことを噛み締めていたが、今の俺の胸は別のことで高鳴っていた
銃器が日常にあふれるキヴォトス
男のロマンを胸に秘めて生きてきた身として、銃を構えるというシチュエーションに心躍らないわけがない
〝…ねえ…ミカ〟
「…?どうしたのメルちゃん?」
〝…あれが……いい〟
俺が興奮で震える人差し指で指したのは、射撃場の隅に鎮座していた、圧倒的な存在感を放つ長大な銃身のそれだった
太陽の光を受けて一層輝くボルトアクション……
「えっ…? スナイパーライフル…?」
ミカは目を点にして、俺とボルトアクションを交互に見比べる
「いやいや!メルちゃん!!その銃のサイズ感見てよ! 全長がメルちゃんの身長より長いんだよ!? それに…!あの種類の銃は反動がものすごく強いから、まだ体を鍛えていないメルちゃんじゃ危なっかしいって……ねぇ…?最初は扱いやすいピストル系にしない?」
〝ふふん…ロマンはときに…理屈をこえる…〟
そんな某マイスター…あるいはピンク髪のロマン家のようなことを口走る
何を言っているのか自分でもよく分からないが、男の魂がここで妥協するな!スコープを覗くんだ!と叫んでいるのだ
ミカの親切な忠告など、今の俺の男のロマンを前に一歩も届かない
(それに同じような体格のミユが使えてたんだし…俺にだって扱えるはずだ!!いくらミユが鍛えていたって言っても、練習すれば追いつけるだろ!!)
そんな浅ましい考えを持ちながら、俺はミカの制止を振り切り、その巨大な銃身へと近づく
「ちょっと…!危ないから本当に気をつけてね…!?」
ミカのハラハラとした声を背中に受けつつ、俺は両手で精一杯その銃にしがみつき、伏せながらどうにかこうにか構えた
スコープを覗く
遠くの人型の的がくっきりと見える…
うん…側から見たらかっこいいだろう
(幼女にスナイパーライフル!!このアンバラスさはまさしくロマンだよ!!)
息を吸い込み、慎重に引き金に指をかける
(…っ…いくぞ!)
ドンッ!!!
轟音が射撃場に響き渡る
…次の瞬間
〝…ィッ…!!ッ…!〟
想像を絶する凄まじい反動が、俺の腕と体を容赦なく襲った
軽い体重のせいで銃を支えきれず、俺は抜かれたコルクのように派手に後方へと吹き飛び、クルクルと盛大に宙を舞ってから、床へ転がった
「メルちゃん…っ!?」
ミカが悲鳴を上げながらすっ飛んでくるのが視界の端に見える
だがそれは今の俺にとってはどうでもいいことで……
(いっつぅぅ…!!肩壊れる!!てか壊れた!!絶対骨何本か逝ってる!!変な汗出てきたって…!ああ…空が綺麗だなぁ…)
〝うぅ…骨が…壊れた…〟
「っ…!だから言ったのに…っ! 大丈夫、怪我はない!?」
ミカに心配そうに抱き起こされながら、俺は自分の現実を思い知らされた
ロマンを追い求めるには、俺の肉体はあまりにも軟弱すぎたのだ
しかし、流石はキヴォトス人の体…痛む体に鞭を打ち、服の埃を払いながら、俺は先ほどミカが勧めていた銃の棚へと、とぼとぼと歩いて戻る
そこには、片手で軽々と持てるコンパクトなピストルが並んでいる
〝…ぴすとる…にする…〟
悔しさから、半泣きになりながらそう呟く俺を見てミカは
「ふぅ…怪我がなくてよかった…ほら…こっちの可愛いのにしよっか⭐︎」
と優しく頭を撫でてくれた
こうして俺の華々しいスナイパーデビューは、わずか1発で終わり、その悲しみを背負いながらピストルの基礎練習へと入っていくのだった
(…いつか……いつか…絶対にあのデカい銃をアルちゃんみたいに片手で撃ってやるんだからな…!)
気を取り直して俺が手にしたのは、銀色に輝く美しいハンドガン……オートマグVだ
大口径のマグナム弾を使用するその銃は、コンパクトでありながらも手にずっしりと重みを感じさせるピストルの中では、なかなかのロマン銃だ
(よし…!これならさっきみたいに吹っ飛ばされることはないはず…!)
俺はしっかりと両手でグリップを握りしめ、前方の的に向かって銃口を向けた
しっかりと狙いを定め、呼吸を整え、意を決して引き金を引く
ドンッ!!
今度は体ごと吹っ飛ばされることはなかったものの、強烈な反動で腕がガクンっと上に跳ね上がる
そして、恐る恐る片目で前方の的を確認する
……そこには、見事にきれいな的がぽつんと佇んでいた
〝あぇ…?〟
弾丸は的を大きくかすめ、はるか上のコンクリートの壁に虚しく着弾した痕を残すのみで
かすりもしなかった
(最初の一発だから!反動の確認は大事だからな!うん…)
そう自分を納得させて、何度か続けて撃ってみるものの…結果は、かすり傷一つつけられない完全な的はずれ
俺のなけなしのプライドが、パキパキと音を立てて崩れ去っていく音がする
〝うぅ……当たらない…むり…かも…〟
すっかり心を折られてしまい、足に力が入らず、床にしゃがみ込みこんでいると…背後から優しい声と共に足音が近づいてきた
「もう…!そんなに落ち込まないの! 初めてにしては…ちゃんと的を両目で見れただけでもすごいんだからね?」
ミカは笑いながら俺を立たせると、背中から覆いかぶさってきた
そして、俺の両手をその綺麗な手で包み込むようにして、そっと持ち上げてくれる
「ほら、こうやって…少し銃口を下げて、両手でしっかり固定するの…私が一緒に持ってあげるから…ね?」
背中にぴたりと密着するミカのあったかい体温…耳元で囁かれる鈴を転がしたような声…
それだけでも俺の脳の処理能力の限界を超えているというのに、ミカは俺を後ろから抱きしめるような姿勢で、そのまま銃を構える形を作ってきた
文字通りの密着指導である
(俺の心臓の音うるさ!!これ絶対ミカに聞こえてる!このぐらいのスキンシップはミカにとって当たり前なんだ!!耐えろ…そして慣れろ!!俺!)
呼吸が浅くなり、俺の顔は一気に沸騰したように熱くなる
緊張と恥ずかしさで心臓が喉から飛び出しそうだ
しかし、そんな俺の内情など露知らず…ミカは嬉しそうに俺の耳元で笑う
「いくよ⭐︎メルちゃん…せーの…っ!」
ドンッ!!
ミカの手に支えられながら放たれた弾丸は、今度は綺麗に的の中心…ど真ん中をブチ抜いた
「わ⭐︎当たった! 見てメルちゃん!中心に命中したよ!」
抱きしめられながら的に近づき、的の穴を確認した瞬間…ミカは自分のことのようにパッと顔を輝かせ、後ろから俺をさらにギュッと抱きしめて喜びを爆発させた
「やったねメルちゃん! すごい! やっぱ天才だよ!」
〝ありがとう…ミカ…〟
体を巡るあったかい体温、頭をグリグリと優しく撫でられる心地よさ
さっきまで情けなさで、心が折れかかっていたが、ミカがあまりにも満面の笑みで喜んでくれているのを見ていると、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなっていく
(スナイパーでぶっ飛んだ時はどうなることかと思ったけど…まあ、ピストルも悪くないかも…?それにいざって時…近距離戦えないと話にならないよな!!…それにしても…ミカはスキンシップ多いよな…?もしかしたら描写されてないだけで、原作でもこんな感じだったのかな…)
俺は赤くなった顔を隠すように帽子を深く被る
オートマグVの重みや反動にもすっかり慣れ、ミカに手伝ってもらわなくても、一人で20〜30メートル先の的を正確に射抜けるようになるまでには、そう時間はかからなかった
ポンコツだった運動神経も、キヴォトスという物騒な世界の理に馴染んできたらしい
(特に何もしてないような気がするしたが…これもキヴォトスの生徒というテキストが俺についたのか…?…あぁ…いけね…そんなこと考えてたらクックックとかいう変な笑い声が聞こえてきそうだから…やめとこ…)
射撃場に通いつめた数日の間に、俺の銃さばきはすっかり板についていた…と思う…
夜はミカの部屋でスパルタな勉強の特訓が続き、難解なトリニティの歴史を俺の脳みそに叩き込み続けた
幸い、他の国語や数学、英語といった基本的なものは前世で覚えたものと同じようなもので、ほとんど復習だった
ついに、運命の飛び級試験…当日がやってきた
朝の穏やかな光が差し込む部屋の中で、俺は制服の襟を正しながら、少しだけ緊張して椅子に座っていた
(うぅ…落ちたくない…落ちたくない…まだミカの元でのんびり過ごしたいのに…落ちたら全部終わるなんてぇ…いやでも…ナギサにお願いしまくれば一般生徒にはなれるかなぁ…)
そんなことを考えていると、いつもは元気いっぱいのミカが、珍しく神妙な…どこか申し訳なさそうな顔をして俺の前の椅子に腰掛けた
「ねえ、メルちゃん……」
ミカは俺から目を逸らして、伏し目がちにそう切り出した
「…あのさ、私があの時…ナギちゃんにこんな無茶な試験なんて言い出しちゃったから…メルちゃん、本当はこんな大変なことに巻き込まれて…すごく嫌だったよね…?私のせいでメルちゃんに無理をさせちゃったなって…昨日の夜からずっと考えてて…ごめんね?」
いつもは我が儘で強引な聖園ミカが、そんな弱気な謝罪をするなんて思ってもみなかった
驚いた俺は、慌てて首を横に振る
(いやいや!!むしろこの試験がなかったら俺の安眠ライフと治安の安全保障が揺らぐんだから、俺にとっても死活問題なんだが!?)
しかし、そんな本音を口に出せるわけもない
俺はふっと息を抜くと、恥ずかしさを隠すように小さく呟く
〝気にしないで…それに〟
そこまで言って、俺は一度言葉を切る
本当は「ミカのことが好きだから、ずっと近くに居たくて頑張ったんだ」なんて言いたいが、原作を壊したくないし…ミカの王子様はどれだけ頑張っても先生なんだという知識のせいで、喉まで出かかっていた言葉が消えていく
胸がちくりと痛んだのは何故かわからない
代わりに、俺は精一杯の真面目な顔を作って、ミカの金色の瞳を見上げた
〝ミカの…付き人になりたい…楽しい…から…これくらい…平気〟
照れ隠しにぼそっと付け加えたつもりのその言葉は、ミカには嬉しかったらしい
ミカの瞳がみるみるうちに潤み、椅子を立ち上がったかと思うと、次の瞬間……温かい体が俺を包み込んだ
「…っ! メルちゃん…!」
ミカは俺を壊れ物でも扱うように、けれども、ぎゅっと力強く、愛おしそうに抱きしめた
髪の毛に、ミカの頬がスリスリと押し付けられるのがわかる
「もう…!そんなこと言われたら、私…嬉しすぎて泣いちゃうよ…! …うん、絶対に合格できる! メルちゃんなら絶対に大丈夫だから!」
(ミカは不安だったんだ…人一倍優しくて…でも、不器用で…わがままだから…俺に嫌われてるじゃないかって…そんなことないのに…そんなこと思わなくても、俺はいつだってミカが一番で一筋だから)
当然そんなことは言えないから、いい加減慣れたいミカの胸の感触を感じて、照れくささをごまかすように
〝くるしい…落ちる…〟
と小さく呟く
「よしっ! じゃあ、行こっか⭐︎メルちゃん! 私の自慢の付き人になるための試験に!」
ミカに手を引かれ、俺は少しだけ自信を胸に、トリニティの試験会場へと足を踏み出すのだった
試験会場として案内されたのは、ティーパーティの管理下にある、普段は使われない教室らしい…
重厚な木製の扉を開けて中に入ると、窓際の席で優雅に紅茶を嗜んでいたナギサが俺たちの方へとスッと視線を向けた
「おや…時間ぴったりに来ましたね。ミカさん、メルさんおはようございます」
「おはよう、ナギちゃん! 見て、メルちゃん、準備万端だよ!」
ミカは自分のことのように胸を張って、俺の背中をポンポンと軽く叩いた
俺はミカに押し出されるように少し前に歩き頭を下げる
〝おはよう…ございます…ナギサ様…〟
「ふふ…あまり緊張しなくても大丈夫ですよ
。それにナギサ…と呼んでいただいても構いません」
ナギサは優しく微笑むと、椅子から立ち、手元の試験用紙がいくつかに綺麗に分けられ、ファイリングされた冊子のうちの一つを、少し離れた机の上に乗せる
「試験の内容は、高校2年生までの筆記の総復習…および基礎的な射撃による実技の総合評価です……ですが、メルさん」
ナギサは少しだけ言い淀むように視線を伏せ、それから優しく俺を見据えた
「…もし…万が一ですが…この飛び級試験に不合格だったとしても、悲しむ必要はありません、その時は、トリニティの1年生として正式な一般生徒の身分を用意しますから。ゆっくり学園生活になじんでいきましょう」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中でホッと大きな安堵の息が漏れた
(あぁ…!よかった!! もし飛び級に落ちても、追い出されたり、即座に処刑されたりする最悪の未来は完全に回避されたんだ!!)
落ちた時の保険があるという安心感に包まれ、俺は思わず「…よかった…これで気楽に…」とな本音を呟きかけた
だが、その隣で
「ううん! メルちゃんはそんな心配しなくていいの!」
ミカが力強く俺の手を握りしめ、ナギサの目の前まで身を乗り出した
その金色の瞳は俺からは見ることができないが一点の曇りもない絶対的な信頼と熱量が宿っている気がした
「メルちゃんは昨日までで、あんなに難しい…いろんな教科をこの短期間でマスターしちゃったんだよ? 絶対に合格する! 絶対に私の隣に立てる付き人になるんだから!!」
〝…ミカ…〟
真っ直ぐすぎるミカの応援を受けて、俺はハッと我に返った
(そうだ…俺は今、落ちても大丈夫な保険に安心して、心のどこかで手を抜こうとしていた…ミカはあんなにも俺を信じてくれていて、あんなにも、一緒にいたいと願ってくれているのに…当の本人が、落ちてもいいやなんて甘えた考えを持っていたなんて…!!……ふざけるなよ!!俺!ここでちゃんと合格して…ミカの期待に応えなくてどうするんだ!!)
心の奥底で、男としてのプライドと、ミカの隣に立ちたいという純粋な感情が歯車のようにガチリと噛み合う
俺はふっと息を吸い込み、ナギサを見つめる
〝うん…がんばる…ぜったい…ごうかくする〟
俺のはっきりとした決意の言葉を聞いて、振り返ったミカはパッと花が咲くような笑顔を浮かべた
「うん…っ! その意気だよ、メルちゃん!」
そんな俺たちのやり取りを、少し離れた席から見ていたナギサは、まるで子供を見守る母親のような、あるいは微笑ましいものを見るような温かい目を向けていた
「…まったく…ミカさんをここまでその気にさせるとは、メルさん…可哀想だか…大したものだか…」
ナギサは小さく、くすくすと笑い、俺に席に着くように告げる
「それでは……試験を開始します。全力を出し切ってくださいね、メルさん」
ジリリリリリッ!!
「終わりです」
その声と共にペンを置き、少し汗ばんだ指先をそっと制服のスカートで拭う
(流石に何教科も続けてテストを受けると疲労がやべぇ…でもやり切ったぞ…!!もう全て出し切った…)
目の前で冊子を回収したナギサは、パラパラと答案に目を通すと、感心したような…満足げな表情を浮かべる
「…素晴らしいですね…メルさん。正直…ここまで仕上げてくるとは思いもよりませんでした…基礎教養から応用まで…どの教科をとっても見事な出来です」
「お疲れ様、メルちゃん! さすが私の自慢の付き人だね⭐︎」
ミカは合格発表前だというのに、すでに受かったように嬉しそうに俺の頭をガシガシと撫で回してくる
ナギサはそんなミカを優しくたしなめつつ、手元の紙に目を落とした
「ひとまず、筆記試験の結果はしっかりと吟味した上で、明後日に正式に発表します…ですが…これで終わりではありませんよ。明日は射撃場にて、実戦の的当てによる実技試験を行います。筆記がどれほど完璧であっても、付き人としての最低限の自衛能力を示してもらわなければなりませんからね」
(そう言えばそんなのあったな!!射撃の実践試験…!!)
今までの練習でオートマグVの反動に泣かされた記憶が脳裏をよぎるが、今の俺なら20〜30メートルまでの的を外すことはない……はずだ
俺は唾を飲み込みながら
〝…わかった……がんばる…!〟
とだけ告げた
……そして、翌日
俺は太陽の光を受けて銀色に輝くオートマグVをしっかりとホルスターに収め、指定された射撃場へとミカと共に歩いていった
すでにそこには、椅子に腰掛け、優雅に紅茶を傾けている小さな人影があった
「…おや、噂の被害者…ではなくてミカの付き人候補がお出ましだね」
俺とミカの姿を見つけると、セイアはふっと笑みを浮かべた
「ほう…この短期間でメルをここまで仕立て上げたとはね…ミカ、君のその強引な教育方針も、たまにはまともな実を結ぶらしい」
「ちょっとセイアちゃん?それって褒めてるの? 馬鹿にしてるよね?」
ミカがむすっと頬を膨らませるのを尻目に、セイアはカップをソーサーに置き、俺へと視線を向けた
「ふっ…冗談さ。だがね、メル」
セイアは静かに立ち上がり、俺をまっすぐに見据えた
「君のその秘められた知性と胆力…エデン条約前で派閥の中に、嵐が吹き荒れる今のトリニティにおいて、君のような例外がどのような波紋を呼ぶのか、楽しみにしているよ」
〝…?〟
「要するにだ」
セイアはふっと柔らかく微笑み、俺の頭の上の帽子をポンと軽く叩いた
「期待しているよ、メル。君なら、ミカをいい具合に制御してくれることだろう……さあ、見せてくれたまえ、君の銃撃の練習の成果をね」
その言葉を合図に、射撃場に電子音が鳴り響き、遠方の的がガチャンと音を立てて起き上がった
(言っていることは難しすぎて全部は理解できなかったけど…期待されてる…?でもセイアに期待されるってことは絶対!!絶対!!めんどくさいことに巻き込まれんだろ!!)
プレッシャーがないと言えば嘘になるが、不思議とそれは心地よいものだった
深呼吸をひとつし、しっかりとオートマグVをホルスターから引き抜く
両手でグリップを握りしめ、銃口を前方の的に向けた
(とくと見せてやるさ!俺の、この世界での生き様を!ど真ん中ぶち抜く!!)
俺は引き金に指をかけ、狙いを定めて最初の弾丸を放ったのだった
射撃終了を告げる電子音が響く
俺が放った最後の一撃が、25メートル先にある的の真ん中の小さな赤い点を正確に貫通し、的はパタンと自動で奥に倒れ伏した
〝ふぅ…はぁ…〟
小さく息を吐き出し、俺は両手でしっかりと握っていたオートマグVの銃口を下ろした
俺の射撃はほぼミスなく的をぶち抜いた
練習の成果が完璧に出た安堵感と、感じたことのない心地よい疲労感が全身を包み込む
「ふう…なかなか、見事な腕前だね」
静寂を破って、セイアがゆっくりと拍手をしながら近づいてきた
「私の想像を少し超えていたよ、メル。一週間前までミカの後ろに隠れていた子とは思えないね…君のその銃さばき、そして常に真ん中を狙い続ける精神力…見事合格と言って差し支えないだろう」
「わぁっ⭐︎すごいよメルちゃん! ど真ん中連発だったよ!」
セイアの言葉を待っていましたとばかりに、ミカが飛び跳ねるように駆け寄ってきて、俺の体をぎゅっと抱きしめる
(痛い痛い!!興奮するのはわかるけど!ミカの力で遠慮なしに抱きしめられたら骨折れるて!!ミシミシいってるし!!)
「ねっ? 私の目に狂いはなかったでしょ! メルちゃんは最高で最強の付き人なんだから!」
ミカは自分のことのように、いや、それ以上に胸を張ってセイアにドヤ顔を向ける
「セイアちゃん!どう?私の育てたメルちゃんはすごいでしょ!」
「……やれやれ。ミカ…君が育てたというより、この子の元々の素質と本人の努力の賜物だろうに…」
セイアはやれやれといった風に優雅にため息をつく
「むーっ!セイアちゃんは素直じゃないなぁ…!」
ミカが不満そうにほっぺたを膨らませるのを見て、セイアはふっと小さく微笑んだ
だが、その表情がふと真面目なものに切り替わる
「…っと、長居は無用だね。あまりメルを褒めすぎると、ミカの鼻が天まで届いてしまいそうだし、そろそろ私は失礼させてもらうよ」
そう言いながらくるりと体を背ける
「メル…筆記と実技、どちらも文句なしの成績だ。明日の朝、結果の最終確認を行う…そうだね…私たちが初めて顔を合わせた、あの最初のテラスに来ておくれ」
そう言い終わると、セイアは振り返り笑みを浮かべた
「…君たちと一緒にいると、なんだかペースを乱されそうになってね。早めに退散させてもらおう。では、また明日」
セイアはそれ以上何かいうことなく、優雅な足取りでサクサクと射撃場を去っていこうとする
まるで、これ以上ミカの相手をするのが面倒くさいと言わばかりの撤退だった
「あ…!ちょっとセイアちゃん! 逃げないでよー!」
ミカが声を上げるが、セイアは振り返ることもなく、ひらひらと手を振って遠ざかっていく
(…セイア…お疲れ様…ミカの相手は、確かに精神力を削られるもんなぁ…てか…合格!?射撃試験合格って言った!?)
これで試験はすべて終わった
筆記も実技も、俺の全力を出し切った
「ふふ…!本当にすごいよメルちゃん! これで明日は正式に合格発表だね!きっと受かってるよ!」
ミカは俺を抱きしめるのをやめると、嬉しそうに頬を両手で挟んできた
(ミカ…可愛い…やっぱ綺麗な顔してる…これから守っていきたいな…)
そんな決意をしていると、体力の限界と、緊張の糸が切れた安堵感から、俺のまぶたはみるみるうちに重くなっていく
〝…つかれた……もうあるけない…〟
「もう、しょうがないなぁ…ほら⭐︎お部屋に帰ってご褒美のスイーツ食べよっか!」
ミカの温かな腕の中に包まれながら、俺は心地よい揺れに身を委ね、ミカの家への帰路についたのだった
翌日の朝、まだ空が薄く染まっている早朝の中、俺はミカに手を引かれて初めて2人と出会ったあのテラスへと足を運んだ
テーブルには、すでにナギサとセイアの姿があった
2人は湯気のたっている紅茶の入ったカップを片手に、俺とミカの姿を見つけると微笑んだ
「おはようございます、ミカさんにメルさん。席へ座ってください」
ナギサが優しく声をかけてくれる
セイアはティーカップをソーサーに置き、ふっと満足げな笑みを浮かべた
もう椅子に座るときにミカの膝が定位置なのは抗議するだけ無駄なため、受け入れることにした
「さて、昨日と一昨日の筆記および実技試験の結果だが…もう言うまでもないね?君の成績は、私たちの予想をはるかに凌駕していたよ」
セイアのその言葉に続き、ナギサが手元の包みをテーブルの上に差し出した
「おめでとうございます、メルさん。あなたの筆記、実技、そして日々の学習における卓越した成果…及び努力を認め、ティーパーティはあなたをトリニティ総合学園の2年生として正式に編入…ミカさん直属の付き人として迎え入れます」
包みの中に入っていたのは、これまで着ていた制服とは違う、ティーパーティ所属であることを示す、特別なリボンがあしらわれた制服だった
その瞬間、俺の胸の中で、色々な感情が一気にあふれ出した
ゲヘナの生徒のようなツノを持って目覚め、処刑されるかもしれないと怯え、生き残るために必死で勉強し、銃の反動で吹っ飛ばされ…この数日間、緊張と恐怖と、そしてミカとの温かな日々のすべてが走馬灯のように脳裏を駆け巡る
……俺は生き残った…この世界で、自分の居場所を勝ち取ったんだ
〝…っ……ぅ…〟
張り詰めていた糸がプツリと切れたように、俺の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた
声にならない嗚咽が喉から漏れてしまう
「えっ!? ど、どうしたのメルちゃん!? 試験に合格したのに、なんで泣いちゃってるの……っ!?もしかして…やっぱり嫌だった…?」
ミカが慌てふためいた顔で、両手をオロオロと空中で漂わせ、ナギサも
「お、落ち着いて、ハンカチを…!」
と慌ててポケットを探る
セイアすらも、少しだけ目を見開いて困惑したように立ち上がる
三人のあまりの慌てぶりになんだか少し笑いそうになりながら、俺は袖で涙を拭い、震える声で絞り出す
〝…かなしく……ない…うれしくて……なみだが出た……から…だいじょうぶ…〟
俺がそう言うと、ミカは
「なんだぁ…びっくりさせないでよ…!」
と泣き笑いのような顔を浮かべ、俺を後ろから力強く抱きしめてくれた
「メルさん。本当によく頑張りました…」
ナギサが優しく微笑みながら、俺の髪をゆっくりと撫でてくれる
「ふふっ…本当に手のかかる、だが愛おしい子だ」
セイアも呆れたような、しかしあったかい手で、俺の頭にそっと手を添えてくれた
ミカ、ナギサ、セイア…トリニティの頂点に立つ三人の少女たちから、一斉に頭を撫でられる
(あっ…これ…あたまふわふわってして…しあわせいっぱい…きもちいぃ…もっと…もっと…)
かつては恥ずかしがっていたはずなのに、毎日のようにミカに撫でられ可愛がられてきたせいで、俺の脳と体はすっかり撫でられることに快感を覚えるようになってしまっていた
頭から全身へと広がる心地よさに、目を閉じて静かに身を委ねていた
しばらく頭を撫で回され、すっかりリフレッシュしたところで、ナギサが最後に笑顔を浮かべて告げた
「さて、身分証や新しいクラスの手続きは私たちが責任を持って進めておきます。メルさん…今日からは正式なトリニティの生徒として、そしてミカさんの付き人として
…存分にこの学園生活を楽しんでくださいね」
その言葉を合図に、俺の合格発表の朝のお茶会はお開きとなった
(本当にここにいていいんだ…ミカを間近に見ながら…学園生活を楽しんでいいんだ…)
家に戻ると、ミカは早速
「さあ、新しい制服に着替えてみよっか!」
と嬉しそうにその特別な制服を私に手渡した
もう前の日のように着方に戸惑うこともない
ミカに見守られながら新しい制服に袖を通し、鏡の前に立つと、ティーパーティの純白の気品あふれる制服…その上から羽織った黒いカーディガンと、私の透き通るような白い髪、頭のツノ隠しの白い大きな帽子が完璧にマッチした、最高に可愛らしい姿が映し出されていた
(可愛い…えへへ…すっごい可愛い…カーディガン…大きいから萌え袖になって…抱きしめたら、すっごくあったかそうな子になったな…これまで以上にミカに抱きしめて欲しいな…♡……!いや何考えてるんだ!!これ以上高望みするなんて……)
「似合ってるよ、メルちゃん! とっっっても!!可愛い!」
満足そうに頬を緩めるミカの笑顔を見ながら、俺は小さな息をつき、新しい制服の匂いと心地よい重みを感じていた
「それじゃあ、メルちゃん。私は自分の教室の方に行くから…教室までは先生と一緒に行ってね」
トリニティ総合学園の校門前で、俺に、視線を合わせるように、ミカが名残惜しそうにしゃがんだ
ミカと四六時中一緒に行動するようになって数日…こうして長い時間離れ離れになるのは、転生してから初めてのことだ
表向きは相変わらず気だるげな感じを装っていたが
(無理だ!!俺に女子だけの世界にいきなり放り込むのは無理だ!!誰にも話しかけずぼっち確定だよ!!頼む!ミカ!同じ教室…いや!隣の席に居させてくれ!!)
と、初めて留守番をする子供のようなショックを受けていた
そんな俺の心情を察してか、ミカはふっと優しく微笑むと、俺の頭をぽんぽんと撫でた
「そんなに寂しそうな顔しなくても大丈夫だよ! お昼になったらすぐに迎えに行くからね⭐︎絶対に一緒にお弁当食べよ!約束ね!」
〝…うん…お昼…まってる…〟
ミカのその言葉に救われた俺は、ミカと一旦別れて職員室へと向かった
担任の先生に連れられて、俺はガタガタと膝を笑わせて2年生の教室の扉の前に立っていた
「転入生のメルさんですね。緊張するかもしれませんが、私のあとに続いて入ってください」
担任の先生の優しい声に促され、ガラリと教室の扉が開く
ざわついていた教室が一瞬で静まり返り、何十もの視線が一斉に俺に突き刺さった
(ブルアカの先生ってロボなんだ…そこらへん描写されてなかったからなぁ〜…)
とたくさんの視線は、現実逃避をして心を無にすることで解決することにした
先生の説明を聞いている間、クラスの生徒たちは、え、2年生に途中から編入? すごい小さくないですか?飛び級…?とても優秀な方ですね…などとざわめいている
(うぅ…こうなると思っていたけど…トリニティ怖いぞ…!すでに怖い視線が何個も体に突き刺さってる…体に穴開くぞ…!!)
俺は深呼吸をし、先生が話し終えたタイミングで自己紹介をする
〝…柊メル…です…とびきゅうで2年生に…はいりました…よろしくおねがいします…〟
ミカの付き人をやっていることを伏せて、当たり障りのない自己紹介を終えると、拍手が起きる
どうやら滑り出しは悪くはないようだ
「はい、メルさんありがとうございます。ええと…それでは空いている席ですが…」
担任の先生が教室全体を見渡し、ふと一箇所に目を留めた
「あそこの窓際、ハナコさんの隣が空いていますね。メルさん…あそこに座ってください」
(窓際か!!よっしゃ誰とも話さなくて済むぞ!!……え…っ?ハナコ……?)
その名前に、俺の背筋にスッと冷たいものが走った
トリニティの補習授業部の一人で、天才的な頭脳と底知れない洞察力を持つ浦和ハナコ
あのふんわりとした笑顔の下で、他人の本音や隠し事をすべてお見通しにしてしまうような、とんでもないキレ者だ
(やばい、やばい、やばい……! あんな鋭いハナコの隣に座ったら、俺の記憶喪失のフリをした元男という複雑な設定なんて、一瞬でバレてしまうのでは!?)
冷汗をダラダラと流しながら、そちらを見ると、楽しそうに淡いライムグリーンの瞳を細めた彼女と目が合うのであった…
日常回とかあったほうがいいですかね…?