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さて…ハナコを上手くいなしながら、ミカに甘やかされると言う、寒暖差で胃がキリキリと痛むような生活に慣れたある日の放課後、ピコン!とスマホが軽快な音を鳴らした
(ん?なんだ…?ミカからのモモトークか?頼むから面倒ごとはやめてくれよ…!)
画面を見ると、送信者は……百合園セイアと書かれていた
「メル。少し時間はあるかい? 一人で私の部屋まで来てほしい。君に話しておきたいことがある」
(うわっ!よりによってセイアから個人的に連絡…!ぜってぇめんどくさいことやんけ!そろそろ原作始まりそうだし原作に関わってくれなんて言わないでくれよ……てか!?なんで俺のモモトーク知ってんだよ!)
ここで無視するわけにもいかないし、下手な動きをすれば物語がどう転がるか分からない
俺はとりあえずミカに『セイアと遊ぶ』とモモトークで送り、指定されたセイアの部屋へと向かった
扉をそっと開けると、そこにはいくつかのお茶菓子とティーカップが2つ並ぶ机と、イスに座るセイアの姿があった
「よく来てくれたね、メル」
〝よばれたから……きた…〟
用意されていた椅子に腰掛けようとしながら、俺がわざと気だるげに返事をすると、セイアはフッと小さく息を吐き、笑うかと思ったら次に瞬間には真剣な眼差しを向けた
そして、彼女の口から語られたのは、俺の予想をはるかに超えることだった
「…単刀直入に言おう。もうすぐ、私は襲撃を受ける」
〝っ…!〟
知ってはいたが、面と向かって当事者から直接その言葉を聞くと冷や汗が背中を伝う
「私はね、その襲撃をあえて利用することにした。しばらくの間、私は行方をくらます。そして、ミカやナギサには、私が『死んだ』ように見えるよう偽装するつもりだ」
(原作通りの展開…!! セイアが身を隠すことで、セイアが死んだと思ってミカが追い詰められていくのか……と言うかなんで俺に言うの!?なんもできないと思うけど!?嫌がらせか!?このわんぱくフォックス!いやこの頃は違うか…)
いきなり告げられたことによる動揺と緊張で頭が真っ白になりかける俺に、セイアはゆっくりとまっすぐな目を向けた
「驚いたかい? だが、君にこの話を伝えたのは、他の誰でもない。……君に、頼みたいことがあるからだ」
〝…私に…なにを……?〟
「ミカのことだ」
セイアは苦虫を噛み潰したように少しだけ表情を曇らせた
「私の『死』を知ったとき、ミカはきっと、激しい自責の念と孤独に押しつぶされる。彼女は優しいがゆえに、自分を罰しようとするだろう。……だから、メル。君が、その傍にいてあげてほしい」
(…なんで? なんで俺なんかにそんな重い役割を頼むの…?なんか俺悪いことしたっけな…と言うかミカのメンタルケアしたら原作変わるって!キヴォトスぶっ壊すなんて俺にできないぞ!!)
今、俺の頭の中で2つの選択肢が喧嘩を始めている、1つは『原作のシナリオを優先する』という選択肢
セイアの計画通りにことが進めば、いずれミカは先生の助けを借りながらも、なんだかんだで救われる道に辿り着く
余計な介入をしてストーリーを狂わせ、バッドエンドを引き起こすくらいなら、このままの筋書きに従うのが最も安全だ
もう一方は『セイアとの約束を優先する』という選択肢
これからミカが抱える絶望の深さを知っているからこそ、原作通りに彼女が虐げられるのを黙って見ているのは、ミカを推す人間としてあまりに精神的にキツすぎる
(どっちを取るべきだよ!? 原作の安全をとるか、目の前のミカを救う手伝いをするか…!ミカにはいろんな恩があるからこそ、原作の何だかんだ平和なルートを送って欲しい!!……でも……ほんの少し…ほんの少しだけ考えたことがある…もし、あの時の暴走するミカを止めるストッパー役が居てくれたらって…)
なんとも言えぬ吐き気と寒気が体を駆け巡る中、俺は息も絶え絶えに、かすれた声で呟くことしかできなかった
〝…なんで……そんなの…私に…無理だよ…〟
「ほう…それはなんでだい?」
セイアは俺の弱音を笑い飛ばすことも、突っぱねることもせず、ただ静かに首をかしげた
〝…私なんか…ミカをすくえるほどの…すごい人じゃない…ただの…よくわからない……やつ…だよ…〟
喉に異物が詰まったような感触がある中、絞り出すようにそう告げた
所詮俺はどこまで行っても一般人…ネームドのような個性もないし、武力や知力だってない…そんな俺が、トリニティ……いや、ゲヘナまで巻き込むエデン条約とミカが抱える巨大な業を背負えるわけがない
下手に足を踏み入れれば、すり潰されておしまいだ
しかし、そんな俺を見てもセイアは優しく微笑み、首を横に振った
「そんなことはないさ、メル。君が思っている以上に、ミカは君の存在に救われている。…あの子の凍りついた心に寄り添えるのは、今のトリニティにおいて、君だけなのだからね」
セイアは自信満々といった風に曇りなき目で、そう言ってくる
(あーあ…ずるいなぁ…そんなこと言われたら、断りづらいじゃん…まるで俺にしかできないみたいな…そんなに期待されても満足な結果にはならないかもなんだよ?)
〝……わかった…その代わり…面倒なことになったら…すぐ逃げるからね…〟
「ああ、約束しよう。私の身の安全については心配いらないさ」
セイアは満足そうに頷くと、紅茶を一口飲んだ
俺は重いため息をつきながら彼女の部屋をあとにしようとすると
「おや…もう行ってしまうのかい?このお茶菓子…君のためだけに用意したのだがね…?」
なんて少し目を伏せて悲しげに言うもんだから、俺に拒否権はなかった
〝……わかった…もうちょっと…おはなし〟
椅子に座ると、俺たちは他愛ない話題をぽつりぽつりと口にした
今日食べたお菓子のこと、トリニティの庭に咲いている花のこと、そして俺が普段ミカとどんな風に過ごしているかという質問
さっきまでの、息の詰まるような緊迫した空気は少しずつ和らぎ、俺たちは静かで落ち着ける時間を共有した
どれくらい時間が経っただろうか
ふと、セイアは小さく息をつくと、少し恥ずかしそうに頬を赤らめた
「すまない、メル…少しだけでいいから、私にその頭を撫でさせてくれないか? いや…」
セイアは言葉を濁し、わずかに目を逸らした
「私の方…私の膝の上に、君を乗せたい…ダメかい?」
(???……!?はぁ!?何言ってだお前ぇ!!どゆこと!?……あっ…もしかしてこれから襲撃を受けるからミカへの当てつけってことか!?それとも…そう言う趣味…?)
脳内でいろんな考えを巡らせる俺をよそに、セイアは珍しく、何も言わずに揺れ動く瞳のまま、小さな体で健気に手を伸ばしてきた
そこまでされたら拒絶できるわけもなく、俺は言われるがまま、椅子に座ったセイアの膝の上へとちょこんと乗る
向き合うような姿勢になり、セイアの細い腕と毛並みが心地よい尻尾がそっと俺の背中に回される
ミステリアスで、あまり他人とのボディタッチが少ない彼女が、こんなふうに年相応の少女のような甘え方をするなんて予想外だった
「ふふ…本当に、驚くほど軽くて、小動物のようだね…」
セイアはそう呟くと、俺の頭の上にあるつば広帽子を元々俺が座っていた椅子に置くと、ふかふかの純白の髪にそっと顔をうずめてきた
すん、すんと控えめに鼻を鳴らし、俺の髪の匂いを確かめるように深く息を吸い込まれる
(うわぁ…めっちゃ匂い嗅がれてる…! 普段ミカに吸われてるけど…セイア相手は…なんかちょっと恥ずかしいんだけど!!…どこがとは言わないけど…小さいな……なんというか親近感を覚えるというか…)
……不思議と嫌な気はしなかった
むしろ、間近で感じるセイアの心臓の鼓動が、普通の人と比べて随分と早いのが分かる
セイアもまた、これから訪れる過酷な運命への恐怖や緊張を、必死に押し殺しているのかもしれない
(そっか…セイアも、本当は怖いんだよね…もうすぐ襲撃されて、死にはしないけど…怪我をするかもしれなくて…あの空が赤くなった日を予言でもう見ているんだよな…)
そう思うと、なんだか急に目の前のセイアがいつも以上に小さく見えるのと、胸が締め付けられるような切なさがこみ上げてきた
〝…すって……いいよ…すきなだけ…〟
俺は、おそらく赤くなっている自分の顔を誤魔化すように、自分からセイアにもたれかけ、彼女の制服の襟元に顔をうずめた
ふわっと香る、はちみつのような甘い香りと、ジャスミンのような香りが鼻を抜けていく
「ふふ、ありがとう…メル」
セイアは嬉しそうな声で、さらに強く俺を抱きしめ、空いているもう片方の手で、俺の髪や背中を優しく撫で下ろしてくれる
俺たちは互いの温もりを確かめ合うように、しばらくそのままで過ごすのだった
やがて解放された俺は、セイアに別れを告げて、これから訪れる嵐が早く止むように祈りながら、俺はミカの待つ家へと帰路についた
……それから数日後
予言はやはり現実のものとなった
「メルちゃんごめんね! ナギちゃんから緊急のお茶会に呼び出されちゃったから、今日の夕飯は先に済ませてて、先に寝ててもいいからね!」
ミカから届いたモモトークの画面を見つめながら、俺はセイアのことだなと考え、ベットに大の字で寝転がる
といのも、つい先日セイアからモモトークで
「メル、あとは頼んだよ」
そう送信されてからいくら返信を送っても既読がつかないのだ
おそらく、生きていることがバレないように、念のためではあると思うのだが……それでも、やはりセイアの身の安全が気になってしまう
(始まったんだ…セイアへの襲撃…そしてエデン条約へのカウントダウンが…!落ち着け…俺にできることをやるだけだ…大筋は変わらない…先生をどう頼るかだけを考えろ…!!)
ひとまずはミカに言われた通り、簡単に作った夕飯を食べては、落ち着かない気持ちで時間を過ごす
どれくらい時間が経っただろうか
ガチャリ、と扉が開く音がした
〝み、ミカ…?おか…ぇり…〟
そこに立っていたのは、いつもの太陽のような笑顔を完全に消し去った、ミカだった
制服の着こなしはどこか乱れ、美しい桜色の髪は…ここまで走ってきたのだろうか…少しボサボサしている
何より、彼女の瞳には光がなく、ただ虚空を見つめたまま、ぶつぶつと何かを呟き続けていた
「うぅ…なんで…私が…どうして…こんなはずじゃ…」
(っ…!想像していたよりもずっとひどい…!原作だとああなるのも納得って感じだ…でも…やらないと…!俺が…俺にしかできないことを!!)
俺の心臓が、まるで誰かに掴まれているかのように痛む
だがセイアとの約束通り、彼女を支えなければならない
でも、今の壊れかけたミカにどう声をかければいいのか……
私は震える足を無理やり動かして、おそるおそるミカのほうへと歩み寄った
〝…みか、どうしたの……?〟
俺は恐怖を押し殺し、できるだけ優しく声をかけた
玄関に立ち尽くしたまま虚ろな目をしていたミカは、やっと俺の声に気づいたようで肩を震わせ、慌てたように顔を上げた
「あ、れ……? メルちゃん、まだ起きてたの…?」
ミカは無理やり、引きつったような、笑顔を作ってみせる
その唇が細かく震えているのが、俺から見ても分かった
「ううん、なんでもないよ! ちょっとお茶会で疲れちゃっただけ……あはは⭐︎本当に、何でもないんだからね?」
(なんでもないわけがないじゃねぇか…! 目が、全然笑ってないやん…!俺に配慮しないで泣いてもいいのに…!!)
セイアの死を知り、自責の念と絶望の渦中に放り込まれたばかりのミカが、俺に心配をかけまいと必死に笑顔を貼り付けているのが見て取れて、目頭が熱くなる
ここで引き下がったら、約束が果たせない
セイアの頼みも、俺の我儘もここで終わらせたくない
〝でも…げんき、ないし…ほんとに…だいじょうぶ……?むり…してる…?〟
俺はまた一歩踏み出し、ミカのそばに歩み寄って、その制服の裾をそっと引っ張った
「なんでもないってば!!」
ミカが激しく振り払った腕が空気を切り裂き、玄関の壁を強く叩く
その怒号と、玄関の壁がぶち壊れる音は、静まり返ったこの空間にあまりにも鋭く響き渡った
〝……っ!?〟
あまりの剣幕と、想像以上の怒声に、俺の心臓は止まりかけた
反射的に体が激しく震え、恐怖のあまりその場にヘナヘナと膝から崩れ落ちる
(あ…やばい…怒らせちゃった…やっぱり、俺みたいなモブが首を突っ込むべきじゃなかったんだ…セイア…ごめん…俺じゃ無理だった)
視界が滲み、全身の血の気が引いていく
呼吸をしようにも、喉が渇ききってしまい浅くしか吸えない
そんな俺の怯えきった様子を見たのだろう…
「あっ…」
ミカの息を呑む音が聞こえる
そして、目の前でガタガタと震えている俺を見て、慌てたように顔をぐしゃぐしゃに歪めながらしゃがみこんできた
「ご、ごめん…! 怒鳴って…怒鳴るつもりなんて、全然なかったの…っ!」
ミカは怯える俺を包み込むように、力強く羽と腕で包むように抱きしめてきた
でも、その体は微かに震えている
「でも、本当なんでもないよ⭐︎メルちゃんは優しいね、私のこと心配してくれて……ありがとう」
作られたその笑顔は、涙をこらえているのが丸わかりで、見ていられないほど痛々しかった
好きな人に怒鳴られた恐怖と、それ以上にミカの抱える深い絶望が痛いほど伝わってきて、俺はミカの胸元に顔をうずめたまま、小さく首を縦に振るしかできなかった
それからというもの、ミカの様子は変わってしまった
家に帰ってくる時間は日に日に遅くなり、時には0時を過ぎることも珍しくなくなった
朝、俺が目を覚ましたときには隣で寝ていることが多いが、隠しているつもりだろうけれど、制服のあちこちにうっすらと埃や、焦げ臭い匂いをまとってハンガーにかけてあることがある
(やっぱり…裏でアリウスの連中と接触しているのか…なら、ミカを止める時はナギサが襲撃された時…?それでは遅いか…あ゛ぁ゛…もうセイアが生きているって言いたい…!!)
ミカが眠っている間、あるいは彼女がいない時、俺は前世の記憶をフル回転させて現状を整理していた
セイアが姿を消し、ナギサが疑心暗鬼に駆られ、ティーパーティが崩壊へと向かっている…
ミカは引くに引けなくなって、アリウスに足を踏み入れている
言っちゃえば原作通りの、最も安定で、最も安全なルートへと突入しているのだ
めんどくさい、怖い、もう全部放り出してどこか遠くへ行きたい、このままなんもせず原作に忠実にしろ
何度そう思ったことか
しかし、セイアとの約束や、今までのミカとの思い出を考えてしてしまうと、どうしても完全に見捨てることはできなかった
俺は相変わらずいつも通りの生活……もとい、胃を痛める日々を送っていた
そんな生活を続けていると、セイアは病院で療養していると発表されたり、エデン条約が近づくにつれピリピリした空気がトリニティ全体を包み始めていたある日のこと……
移動教室の合間の廊下で、すれ違う生徒たちの噂話が耳に飛び込んできた
「聞きましたか? 新しく作られる補習授業部の顧問に、外部から大人が就任するだとか」
「えっ…?それはなんですか? どう言う部活なのですか?それに…その人はどのような方なのでしょう…?」
「さあ……でも、何だかすごい変人って噂です。『先生』と呼ばれているそうな…」
その単語を聞いた瞬間、俺の心臓が激しく跳ねる
キヴォトス全域の生徒たちから絶大な信頼と異様なまでの矢印を向けられる、あの大人
主人公にして、すべてを正しい方向へ救う…まさに救世主
(先生が、トリニティにくる…!そして、原作通りにトリニティの補習授業部の顧問になる…か…)
先生という歯車によって、停滞していた大きな歯車が、音を立てて激しく動き始めている裏切り、絶望、過去、思惑、因縁、そして…『赦し』
次回より…エデン条約編スタート……!
エ駄死は世界線を分けることにしました…
あとは曇らせという切り札をどう使うか…