残星と明星   作:ウマ娘、いいよね

1 / 2
残星と明星

 

「お姉ちゃん! 競争しよ!」

 

まだ二人が小さかった頃。

 

ルミナスフレアは今日も元気いっぱいに姉の手を引いて、家の外へ飛び出していた。

 

「フレアちゃん、待ってよぉ」

 

「早く早く!」

 

「そんなに急がなくても逃げないよぉ」

 

「競争なんだから急ぐの!」

 

家の近くには、二人がよく遊んでいる広い草原があった。

 

少し先には大きな木が一本立っていて、いつもそこが二人のゴールだった。

 

フレアはその木を指差すと、楽しそうに尻尾を揺らした。

 

「今日もあそこまでね!」

 

「はいはい」

 

「よーい……」

 

「フレアちゃん。またちょっと前にいるよ?」

 

「えっ」

 

「こっちおいで」

 

「むぅ……」

 

少し不満そうにしながら、フレアが姉の隣まで戻ってくる。

 

二人で並ぶ。

 

フレアの耳がぴんと立ち、それを見たグレイスも少しだけ姿勢を低くした。

 

「今度こそ! よーい、どん!」

 

その声と同時に、フレアが飛び出した。

 

小さな身体で勢いよく地面を蹴り、あっという間に距離を広げていく。

 

グレイスは遠ざかっていく妹の背中を見ながら、いつものように柔らかく笑った。

 

「お姉ちゃーん! 遅いよー!」

 

「フレアちゃんが速いんだよぉ」

 

最初はフレアが前。

 

それも、かなり前。

 

けれどグレイスは慌てない。

 

昔から二人で走る時は、いつもこうだった。

 

少しだけ足に力を込める。

 

すると、さっきまで聞こえていた風の音が変わった。

 

「えっ」

 

フレアが振り返る。

 

ずっと後ろにいたはずの姉が、もうすぐそこまで迫っていた。

 

「わっ! また来た!」

 

「捕まえるよぉ」

 

「やだー!」

 

フレアもさらに速度を上げる。

 

ゴールまではあと少し。

 

フレアが前を走り、その後ろをグレイスが追う。

 

開いていた差は、少しずつ、確実に縮まっていった。

 

「私の勝ちー!」

 

フレアが先に大きな木へ手を伸ばす。

 

ほとんど同時に、グレイスの手も幹へ触れた。

 

「えぇ? お姉ちゃんじゃない?」

 

「私!」

 

「同じくらいだったよぉ」

 

「じゃあ私の勝ち!」

 

「どうして?」

 

「私が先に言ったから!」

 

「それはずるいなぁ」

 

二人で顔を見合わせる。

 

そしてすぐに、どちらからともなく笑った。

 

「もう一回!」

 

「えぇ……ちょっと休憩しよ?」

 

「まだ走れるよ!」

 

「フレアちゃんはねぇ」

 

「お姉ちゃんも走れる!」

 

「走れるけどぉ」

 

「じゃあもう一回!」

 

「休憩してからねぇ」

 

「むー」

 

草の上に座ると、フレアはすぐに姉の隣へ寄ってきた。

 

さっきまであれだけ走っていたのに、まだ元気は有り余っているらしい。

 

グレイスの肩に頭を預けながら、フレアが足をぶらぶらさせる。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「私、お姉ちゃんと走るの好き!」

 

「ふふ。お姉ちゃんも好きだよぉ」

 

「ほんと?」

 

「ほんと」

 

「じゃあ、ずっと一緒に走ろ!」

 

グレイスは少しだけ目を細めた。

 

「うん。いいよぉ」

 

その時、家の方からテレビの音が聞こえてきた。

 

窓を開けたままだったらしい。

 

聞こえてくるのは、ウマ娘のレース実況だった。

 

『先頭は――! しかし後続も迫ってくる!』

 

「あっ! レース!」

 

フレアが勢いよく立ち上がる。

 

「フレアちゃん、急に走らないの」

 

「早く早く!」

 

「はいはい」

 

結局、グレイスも妹の後を追って立ち上がった。

 

いつもこうだった。

 

フレアが先に走って、グレイスがその後を追う。

 

この頃から、二人の走り方はもう決まっていたのかもしれない。

 

 

テレビの前。

 

二人は並んで座り、画面の中を駆けるウマ娘たちを眺めていた。

 

大きな歓声。

 

芝を蹴る音。

 

誰もが前を向いて、ただ一着を目指して走っている。

 

普段ならじっと座っていられないフレアも、レースを見ている時だけは静かだった。

 

「……かっこいい」

 

「うん」

 

「私も出たい」

 

「レース?」

 

「うん!」

 

フレアが勢いよく姉の方を向く。

 

「私、トレセン学園行く!」

 

「まだまだ先だよぉ」

 

「大きくなったら!」

 

「そっかぁ」

 

「お姉ちゃんも一緒ね!」

 

「お姉ちゃんも?」

 

「当たり前じゃん!」

 

本当に当たり前みたいに言う。

 

フレアにとっては、自分が走るなら姉も一緒。

 

昔からそうだった。

 

だからグレイスも、少し笑って頷いた。

 

「じゃあ、お姉ちゃんも行こうかなぁ」

 

「やった!」

 

フレアはもう自分がレースに出ているつもりなのか、テレビを見ながら両手を大きく広げた。

 

「私ね、ずっと先頭走る!」

 

「うん」

 

「誰にも抜かれないの!」

 

「フレアちゃんらしいねぇ」

 

「お姉ちゃんは後ろ!」

 

「後ろ?」

 

「うん! だっていつもそうじゃん!」

 

フレアは自分を指差して、それから姉を指差した。

 

「私が先に走って、お姉ちゃんが後ろから来るの!」

 

「そうだねぇ」

 

「それで最後にどっちが勝つか勝負!」

 

「勝負するの?」

 

「する!」

 

「お姉ちゃんに勝てる?」

 

「勝てるもん!」

 

「ふふ」

 

「絶対!」

 

グレイスは笑いながら、妹の頭を撫でる。

 

「じゃあ、お姉ちゃんも本気で追いかけるねぇ」

 

「いいよ! 絶対捕まらないから!」

 

「じゃあ頑張って逃げないとねぇ」

 

「お姉ちゃんこそ頑張って追いついて!」

 

その頃の二人にとって、それはただの約束だった。

 

大好きな姉妹と一緒に走る。

 

そして最後に、どちらが速いのか決める。

 

ただ、それだけの夢だった。

 

 

二人が少し大きくなった頃。

 

フレアは、相変わらず姉の読んでいるものを横から覗き込む癖が直っていなかった。

 

「ねえ、お姉ちゃん。これなに?」

 

「んー?」

 

グレイスが読んでいた雑誌の一ページ。

 

そこには大きく、クラシック三冠について書かれていた。

 

「クラシック三冠だって」

 

「三冠?」

 

「皐月賞と、日本ダービーと、菊花賞。この三つを全部勝つの」

 

「全部?」

 

「全部」

 

「すごい?」

 

「すごいみたいだよぉ」

 

フレアは少しだけ記事を読む。

 

そして。

 

「じゃあお姉ちゃん取ろ!」

 

「えぇ?」

 

グレイスは思わず妹を見る。

 

フレアは真顔だった。

 

「お姉ちゃんなら取れるよ!」

 

「そんな簡単かなぁ」

 

「取れる!」

 

迷いもなく言い切る。

 

グレイスが三冠を取れることを、フレアは少しも疑っていない。

 

そんな妹に言われると。

 

何故か本当に出来るような気がした。

 

「じゃあ……取ろうかなぁ」

 

「やった!」

 

「フレアちゃんは?」

 

「私?」

 

「こっち」

 

ページをめくる。

 

そこに書かれていたのは、桜花賞、オークス、秋華賞。

 

「トリプルティアラだって」

 

「三つ勝つの?」

 

「そうみたい」

 

「じゃあこれ!」

 

やっぱり即答だった。

 

「私これ取る!」

 

「ふふ。じゃあ決まりだねぇ」

 

「うん!」

 

姉は三冠。

 

妹はトリプルティアラ。

 

まだトレセン学園に入ってすらいない。

 

それでも二人の中では、もう決定事項だった。

 

「それで最後は?」

 

「最後?」

 

「一緒に走るって約束したじゃん!」

 

「あぁ、そうだったねぇ」

 

グレイスは雑誌をもう少しめくっていく。

 

そして、年末の大きなレースの記事で手を止めた。

 

「有馬記念、とかどう?」

 

「有馬?」

 

「すごく大きなレースだよぉ」

 

「一緒に出れる?」

 

「頑張れば?」

 

フレアの目が輝いた。

 

「それ!」

 

「決まり?」

 

「決まり!」

 

フレアが姉へ抱きつく。

 

「そこで勝負しよ!」

 

「いいよぉ」

 

「約束!」

 

「約束」

 

グレイスも自然に妹の身体を抱き返した。

 

「でも、勝つのはお姉ちゃんだからねぇ」

 

「私だもん!」

 

「ふふ」

 

「絶対私!」

 

「じゃあ、それまでいっぱい勝たないとねぇ」

 

「うん!」

 

三冠。

 

トリプルティアラ。

 

そして有馬記念。

 

二人はそれがどれほど大きな夢なのかも、まだちゃんとは分かっていなかった。

 

ただ。

 

二人ならきっとできる。

 

それだけは、どちらも疑っていなかった。

 

 

それから数年。

 

春。

 

中央トレセン学園の正門前。

 

「お姉ちゃーん! 早く!」

 

「待ってよぉ」

 

「遅刻しちゃう!」

 

「まだ全然時間あるよぉ」

 

「でも早く入りたい!」

 

「学園は逃げないよぉ」

 

「私は走る!」

 

「走らないの」

 

新しい制服に身を包んだ二人が並んでいた。

 

ルミナスグレイス。

 

ルミナスフレア。

 

幼い頃からずっと一緒だった双子は、当然のように同じ学園へ進んだ。

 

グレイスの方が少し背が高く、長い髪も相まって柔らかな印象を与える。

 

一方のフレアは、入学初日から今にも走り出しそうなほど元気だった。

 

「ついに来たね!」

 

「来たねぇ」

 

「三冠!」

 

「うん」

 

「トリプルティアラ!」

 

「うんうん」

 

「有馬!」

 

「もうそこまで考えてるの?」

 

「ずっと考えてたもん!」

 

フレアが姉の腕に抱きつく。

 

「全部やろうね!」

 

「もちろん」

 

「絶対だよ!」

 

「はいはい」

 

グレイスが妹の頭を撫でる。

 

少しだけ背は伸びた。

 

昔とは比べものにならないほど速く走れるようにもなった。

 

それでも。

 

二人の関係だけは、あの頃から何も変わっていなかった。

 

入学してすぐ。

 

二人は目立った。

 

理由は単純だった。

 

強かったからだ。

 

入学前の選考。

 

各種測定。

 

そして模擬レース。

 

グレイスは最初から後ろにいた。

 

前へ行こうともしない。

 

最後方付近をゆっくり追走して。

 

周囲が仕掛け始めても、まだ動かない。

 

そして直線。

 

ようやくグレイスが走り出した。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

目の前にいたウマ娘たちを、次々と抜いていく。

 

最後方にいたはずなのに。

 

ゴールした時には。

 

一番前にいた。

 

対してフレアは逆だった。

 

スタートした瞬間から先頭。

 

そのまま一気に後続との差を開いていく。

 

誰も付いてこない。

 

普通なら。

 

そんな走りをすれば、最後に失速する。

 

実際。

 

見ていた誰もがそう思っていた。

 

けれど。

 

フレアは止まらなかった。

 

最後まで。

 

一度も先頭を譲らないまま、ゴールを駆け抜けた。

 

「お姉ちゃーん!」

 

走り終えたフレアが、姉を見つけた瞬間に飛びついてくる。

 

「見てた!?」

 

「見てたよぉ」

 

「すごかった!?」

 

「すごかったよぉ」

 

「えへへ!」

 

「でも、ちょっと飛ばしすぎじゃない?」

 

「勝ったからいいの!」

 

「そういう問題かなぁ」

 

そんな二人を。

 

何人ものトレーナーが見ていた。

 

当然。

 

声が掛かるまで時間はかからなかった。

 

「ルミナスグレイスさん。少しいいかな」

 

「はぁい」

 

「君の走りを見た。もしまだ担当が決まっていないなら――」

 

「フレアちゃんも一緒ですか?」

 

「……妹さん?」

 

「はい」

 

「ああ。いや、私は君の走りを見ていてね。妹さんにはまた別の――」

 

「じゃあ、ごめんなさい」

 

柔らかな笑顔のまま。

 

グレイスは断った。

 

別の場所では。

 

「ルミナスフレアさん!」

 

「はいっ!」

 

「君のあの走り、素晴らしかった! ぜひうちのチームへ――」

 

「お姉ちゃんも一緒?」

 

「グレイスさんも?」

 

「うん!」

 

「いや、彼女は彼女で別のトレーナーを探した方が――」

 

「じゃあごめんなさい!」

 

「えっ」

 

「ありがとうございましたー!」

 

元気よく頭を下げ、そのまま走っていく。

 

そんなことが。

 

何度も続いた。

 

二人とも。

 

単独なら、担当したいトレーナーはいくらでもいた。

 

グレイスの末脚。

 

フレアの逃げ。

 

どちらも。

 

その才能を疑う者はいなかった。

 

けれど。

 

二人は必ず同じ条件を出した。

 

二人一緒に担当すること。

 

そして。

 

「私は、クラシック三冠を獲りたいんです」

 

「私はトリプルティアラ!」

 

二人とも。

 

本気だった。

 

「二人同時に……?」

 

その言葉を聞くと。

 

多くのトレーナーが悩んだ。

 

当然だった。

 

同世代。

 

別路線。

 

片方は三冠。

 

片方はトリプルティアラ。

 

それを。

 

一人で同時に狙えと言っている。

 

どちらか一人なら。

 

何度も言われた。

 

姉だけなら。

 

妹だけなら。

 

そのたびに。

 

二人は断った。

 

 

入学から一週間ほど経った頃。

 

「もー!」

 

フレアが机へ突っ伏す。

 

「全然決まらない!」

 

「そうだねぇ」

 

「おかしいよ!」

 

「何が?」

 

「だって私たちこんなに速いのに!」

 

「自分で言うんだぁ」

 

「お姉ちゃんだって速いでしょ!」

 

「まあ、それなりには?」

 

「すっごく速い!」

 

「ふふ。ありがとぉ」

 

フレアがむくりと顔を上げる。

 

「なのにみんな、二人一緒って言ったら困った顔する!」

 

「三冠とトリプルティアラも一緒にお願いしてるからねぇ」

 

「取るだけなのに!」

 

「フレアちゃん。三冠もトリプルティアラも、取るだけって言うものじゃないと思うよ?」

 

「でも取るよ?」

 

「うん」

 

グレイスもそこは普通に頷く。

 

二人とも。

 

自分たちが取れないとは考えていなかった。

 

フレアはしばらく机の上で唸る。

 

それから。

 

勢いよく身体を起こした。

 

「決めた!」

 

「何を?」

 

「もう待つのやめる!」

 

「待つ?」

 

「トレーナーさん!」

 

立ち上がる。

 

「私たちが探そう!」

 

「こっちから?」

 

「うん!」

 

フレアは指を一本立てた。

 

「私たち二人を一緒に見てくれる人!」

 

二本。

 

「お姉ちゃんに三冠取らせてくれる人!」

 

三本。

 

「私にトリプルティアラ取らせてくれる人!」

 

四本。

 

「最後に二人で有馬走らせてくれる人!」

 

グレイスが少し笑った。

 

「多いねぇ」

 

「全部大事!」

 

「そうだねぇ」

 

グレイスは少しだけ考える。

 

でも。

 

答えはすぐに決まった。

 

「じゃあ、探そっか」

 

「ほんと!?」

 

「うん」

 

「やったー!」

 

フレアが勢いよく抱きついてくる。

 

「わっ」

 

「お姉ちゃん大好き!」

 

「はいはい。お姉ちゃんも好きだよぉ」

 

「いい人見つけようね!」

 

「うん」

 

「私たち二人とも一番にしてくれる人!」

 

グレイスは少し考えてから。

 

「それは無理じゃない?」

 

「えっ」

 

「最後の有馬は、一着一人だよぉ」

 

「……あ」

 

フレアが固まる。

 

「そうだった……」

 

「ふふ」

 

「じゃあ有馬までは二人とも一番!」

 

「それならいいねぇ」

 

「最後は私!」

 

「お姉ちゃんだよぉ」

 

「私!」

 

「じゃあ有馬で決めようねぇ」

 

「望むところー!」

 

三冠。

 

トリプルティアラ。

 

そして有馬記念。

 

ずっと昔から決めていた夢。

 

それを。

 

一緒に追ってくれる人を。

 

今度は二人の方から探しに行く。

 

まだ。

 

『残星』も。

 

『明星』も。

 

どこにもいない。

 

ただ。

 

自分たちなら絶対にできると信じている。

 

仲の良い双子がいるだけだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。