残星と明星 作:ウマ娘、いいよね
「……決まらないねぇ」
「決まらなーい!」
放課後の廊下。
ルミナスフレアはベンチに座るなり、そのまま姉の膝へ倒れ込んだ。グレイスは慣れた様子で妹の頭を撫でる。
トレセン学園へ入ってから、二人には何人ものトレーナーから声が掛かっていた。
模擬レースで最後方から全員を抜き去ったグレイス。
スタート直後から一気に先頭へ立ち、そのまま後続を大きく引き離したフレア。
どちらか一人だけなら、担当したいと言ってくれる人はいくらでもいる。
問題は。
「二人一緒にお願いします」
そう言った瞬間、大抵のトレーナーが困った顔をすることだった。
さらに、グレイスはクラシック三冠。
フレアはトリプルティアラ。
最後には二人揃って有馬記念へ出て、本気で勝負する。
そこまで話すと、返ってくる言葉は大体同じだった。
二人を別々のトレーナーに任せた方がいい。
どちらか一人なら。
目標をもう少し現実的にした方がいい。
「お姉ちゃーん」
「なぁに?」
「やっぱり条件多い?」
「多いと思うよぉ」
「減らす?」
「フレアちゃんは減らしたい?」
「やだ」
即答だった。
「お姉ちゃんと一緒がいいし、トリプルティアラも全部欲しいし、有馬も走りたい」
「うん」
「お姉ちゃんも三冠取るでしょ?」
「もちろんだよぉ」
「じゃあ減らせないじゃん!」
「そうだねぇ」
グレイスが笑うと、フレアもすぐに笑った。
結局、二人とも最初から答えなんて決まっている。
夢を小さくしてまで、早くトレーナーを決めたいわけではない。
「もうちょっと探そっか」
「うん!」
「今日じゃなくても――」
「お前らか」
突然、頭の上から声が降ってきた。
二人が顔を上げる。
芦毛のウマ娘が、腕を組んで立っていた。
「……誰?」
「おい」
「いたっ!」
軽く頭を小突かれ、フレアが耳を押さえる。
「泣く子も黙るゴールドシップ様を知らねえとは、いい度胸じゃねえか!」
「あっ! ゴールドシップ先輩!」
「今気づいたのかよ!」
「ごめんなさい!」
「まあいい」
ゴールドシップは何故か満足そうに頷いた。
グレイスはそんな二人を眺めながら、また妹の頭を撫でる。
「痛くない?」
「大丈夫!」
「そっかぁ」
「姉の方、全然驚かねえな」
「妹で慣れてるのでぇ」
「なるほど」
「お姉ちゃん!?」
妙に納得されてしまった。
ゴールドシップは二人をじろじろと眺める。
「で、お前らだろ? 最近トレーナー探しで学園中をうろついてる双子」
「なんで知ってるの!?」
「ゴルシちゃん情報網をナメんなよ?」
「すごい!」
「普通に噂になってるだけじゃないかなぁ」
「姉ちゃん、余計なこと言うな」
「すみませぇん」
全然悪びれていない。
「姉は三冠。妹はトリプルなんちゃら」
「トリプルティアラ!」
「それそれ。んで最後は有馬で姉妹喧嘩」
「直接対決だよ!」
「大して変わんねえだろ」
「変わるもん!」
ゴールドシップはしばらく二人を見ていたが、やがて何かを思いついたようににやりと笑った。
「よし」
「なに?」
「来い」
「どこに?」
「いいから来い!」
次の瞬間には、フレアの腕が掴まれていた。
「えっ!? ちょっと待って!」
「姉ちゃんも!」
「わぁ」
今度はグレイス。
そのまま二人まとめて引っ張っていく。
「お姉ちゃん! これ大丈夫!?」
「多分?」
「多分なの!?」
「フレアちゃん、転ばないようにねぇ」
「そこじゃないよ!」
ゴールドシップの笑い声が廊下に響いた。
◇
「新入り二名様、ごあんなーい!」
勢いよく扉が開く。
そのまま二人は部屋の中へ押し込まれた。
「ゴールドシップさん!? 今度は何をしてるんですか!?」
最初に声を上げたのはスペシャルウィークだった。
「未来の仲間を確保してきた」
「確保って言い方やめなさいよ!」
ダイワスカーレットが呆れたように言う。
「どう見ても無理矢理連れてきただろ」
ウオッカまで続く。
「失敬な! これは運命に導かれし正式なスカウトだ!」
「さっき来いって引っ張られましたぁ」
「姉ちゃん!?」
即座に裏切られた。
部屋の奥から楽しそうな声が聞こえる。
「面白い子たちだね!」
トウカイテイオーだった。
その隣ではメジロマックイーンがこちらを見ている。
「確か、最近話題になっている双子ですわね」
「知ってるの!?」
フレアの耳が立つ。
「模擬レースで随分目立っていたもの」
「えへへ!」
「なぜ得意げなんですの?」
「褒められたから!」
「まだ褒めてはいませんわ」
「えー!」
騒がしい。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
グレイスは部屋の中を見回して、少しだけ笑う。
「賑やかなところだねぇ」
「うん! 楽しそう!」
「ようこそチーム〈スピカ〉へ!」
ゴールドシップが両腕を広げる。
「まだ入るって言ってないよ!?」
「細けえ!」
「細かくないよ!」
その時、奥から静かな声がした。
「ゴールドシップ。あまり困らせたらダメよ」
フレアの耳がぴくりと動く。
振り返る。
そこにいたのは。
「……スズカ先輩」
サイレンススズカだった。
「こんにちは」
「…………」
フレアが固まった。
「フレアちゃん?」
「お姉ちゃん」
「なぁに?」
「サイレンススズカ先輩いる」
「いるねぇ」
「本物」
「本物だと思うよぉ」
「聞こえてるわ」
スズカが小さく笑う。
フレアは一瞬で立ち上がった。
「スズカ先輩!」
「なに?」
「私も大逃げなんです!」
「そうなの?」
「はい!」
さっきまでトレーナーが決まらないと騒いでいたとは思えないほど元気だった。
「私、最初から最後までずーっと一番前がいいんです! 誰にも追いつかれないくらい前まで行って、そのままゴールしたい!」
「素敵ね」
「ほんと!?」
「ええ。私も先頭の景色が好きだから」
フレアの目が輝く。
でも、それだけで終わらないのがフレアだった。
「でも!」
「?」
「いつかスズカ先輩より前を走ります!」
一瞬、部屋が静かになった。
「おお……」
ウオッカが小さく声を漏らす。
スカーレットも少し驚いている。
ゴールドシップだけは大笑いした。
「いいぞ新人! 初対面から飛ばしてんな!」
「だって勝ちたいもん!」
スズカは怒らなかった。
少しだけ目を細める。
「ええ。楽しみにしてるわ」
「……!」
フレアが勢いよく姉を振り返る。
「お姉ちゃん!」
「よかったねぇ」
「楽しみにしてるって!」
「聞いてたよぉ」
「絶対勝つ!」
「頑張ろうねぇ」
そんな二人を見て。
「お前ら、何やってんだ?」
今度は男の声がした。
スピカのトレーナーだった。
「トレーナー!」
ゴールドシップが手を上げる。
「いいところに来たな!」
「嫌な予感しかしない」
「新戦力拾ってきたぞ!」
「人を拾うな」
「双子だ!」
「見れば分かる」
「しかも強い!」
「それも知ってる」
フレアの耳がまた立つ。
「私たち知ってるの!?」
「模擬レース見たからな」
「どうだった!?」
「フレアちゃん、いきなり聞かないの」
トレーナーは少し考えてから口を開いた。
「速い。ただ、前半は飛ばしすぎだな」
「むっ」
「今の相手なら押し切れる。でも上に行けば最後に捕まるぞ」
フレアの表情が少し曇る。
まただ。
今まで何度も言われた。
そして、この後に続く言葉も分かっている。
大逃げをやめろ。
もっと普通に逃げた方がいい。
けれど。
「大逃げしたいんだろ?」
「……うん!」
「なら、最後まで逃げ切れるようになればいい」
「え?」
フレアが目を瞬く。
「大逃げやめろって言わないの?」
「なんでやめさせるんだ?」
「だって……安定しないって」
「安定?」
トレーナーが眉を上げた。
それから、すぐ隣にいたゴールドシップを指さす。
「コイツがいるんだぞ?」
「おい」
「安定なんて今更だろ」
「おいトレーナー」
「走るかどうかの時点から怪しい時あるだろ、お前」
「そこから!?」
「そこからだ」
「待て待て待て! アタシほど安定感に定評のあるウマ娘がどこにいる!」
「どこがよ!」
スカーレットが即座に突っ込んだ。
「存在感」
「レースの話してんのよ!」
ウオッカが吹き出す。
スペシャルウィークも困ったように笑っていた。
「でも、ゴールドシップさん、本当に強いですからね」
「だろ!? もっと言えスペ!」
「走ってくだされば、ですけど……」
「スペまで!?」
「自覚してくださいまし」
マックイーンが呆れた様子で言う。
「あなたの場合、真面目に走りさえすればという話を何度したと思っているのです?」
「マックちゃんまで裏切った!」
「誰がマックちゃんですの!」
部屋の中が一気に騒がしくなる。
グレイスは耐えきれず、くすくす笑った。
「ふふ。じゃあ私、かなり普通ですねぇ」
その場にいた何人かがグレイスを見る。
少しの沈黙。
「それはどうだろうな」
トレーナーが最初に言った。
「最後方から全員まとめて抜いておいて?」
ウオッカが続く。
「普通を名乗るには少し無理がありますわね」
マックイーンまで。
「えぇ?」
グレイスが不思議そうに首を傾げる。
「お姉ちゃん、自覚ないの?」
「フレアちゃんには言われたくないかなぁ」
「なんで!?」
また笑いが起きる。
その空気が落ち着いてから、トレーナーは改めてフレアを見る。
「大逃げだからダメなんじゃない。大逃げして負けるならダメなんだ」
「……うん」
「最後まで持たないなら、持つようにする。ペースが分からないなら覚える。それだけだ」
「じゃあ」
「走りたいように走ればいい」
フレアの表情が一気に明るくなる。
「その代わり勝て」
「うん!」
「勝てない大逃げは、ただの暴走だからな」
「絶対勝つ!」
「ならいい」
フレアはすぐに姉を見る。
「お姉ちゃん」
「うん」
「この人がいい」
「早いよぉ」
「でも!」
「分かるけどねぇ」
トレーナーが眉を寄せる。
「何の話だ?」
「トレーナーさん探してるの!」
「俺?」
「うん!」
「待て待て。俺にはもうスピカが――」
「だから連れてきたんだよ!」
ゴールドシップが胸を張る。
「お前が増やすな」
「二人くらい誤差だ!」
「お前が一番誤差じゃないんだよ」
「どういう意味だ!」
また騒ぎ始めるゴールドシップを横目に、今度はグレイスがトレーナーへ声を掛ける。
「私は追い込みなんですけどぉ」
「知ってる」
「最後方くらいからでもいいですか?」
「届くなら」
返事は早かった。
「前で走れとは言わないんですねぇ」
「なんで言うんだ?」
「追い込みも安定しないって言われることが多くてぇ」
トレーナーは少し考える。
それから、またゴールドシップへ目を向けた。
「だからコイツ見ろって」
「二回使うな!」
「説得力あるからな」
「褒めてんのか!?」
「半分くらい」
「残り半分は!?」
「察しろ」
「ひでえ!」
グレイスがまた笑う。
「ふふ。じゃあ、追い込みでもいいんですねぇ」
「勝てるならな」
トレーナーは頷いた。
「安定しないなら、安定させればいい。脚質を捨てる理由にはならないだろ」
グレイスは少しだけ目を細める。
やっぱり、この考え方は好きだった。
「……ただな」
トレーナーが二人を見る。
「お前ら二人を俺が見るのは、ちょっと違う気がする」
「えー!」
フレアが一気にしょんぼりする。
「まだ何も話してないのに!」
「話は大体聞いてる」
「ゴルシ先輩!」
「情報共有は大事だぞ?」
「勝手にしないで!」
グレイスが少し首を傾げる。
「どうしてですかぁ?」
「お前ら、三冠とトリプルティアラを同時に狙うんだろ?」
「はい!」
「最後は有馬で直接対決」
「うん!」
「俺が見ても面白そうだけどな」
少し笑う。
「二人にもっと向いてる奴がいる」
「もっと?」
「いるんですかぁ?」
「ああ」
その時。
「三冠?」
テイオーが反応した。
グレイスがそちらを見る。
「はい」
「キミが?」
「そのつもりですよぉ」
テイオーは一瞬だけ黙った。
皐月賞。
日本ダービー。
その先にあったはずの菊花賞。
グレイスも、テイオーのことは当然知っている。
でも。
「いいじゃん!」
テイオーはすぐに笑った。
「絶対取ってよ!」
「はい」
「ボクが取れなかった分まで――」
そこまで言って、テイオーが少し止まる。
グレイスは柔らかく笑った。
「テイオー先輩の代わりには取れませんよぉ」
「え?」
「私が三冠欲しいから取るんです」
テイオーが目を瞬く。
それから。
「……うん!」
楽しそうに笑った。
「それでいい! 絶対その方がいい!」
「でも、取ったら自慢しに来ますねぇ」
「いいよ! その時はボクが一番にお祝いしてあげる!」
「ふふ。約束ですよぉ」
マックイーンが二人を見ながら、少しだけ表情を和らげる。
「三冠を目指すのでしたら、菊花賞は三千メートルですわ」
「はい」
「追い込みだからといって、最後まで後ろでのんびりしていればいいというものではありませんのよ」
「……ダメです?」
「当然ですわ!」
「マックイーン、もう指導始まってるじゃん」
「テイオーは黙っていてくださいまし!」
「えー!」
「マックイーン先輩!」
今度はフレアが手を上げる。
「なんですの?」
「有馬でも大逃げってできますか!?」
「あなたはまず目の前のトリプルティアラを考えなさい!」
「でも有馬も大事!」
「まだデビューすらしていないでしょう!」
ゴールドシップが横から笑う。
「いいぞ新人! 有馬でも百馬身逃げろ!」
「百馬身!?」
「ゴールドシップさんも煽らないでください!」
また部屋が騒がしくなる。
グレイスとフレアは顔を見合わせた。
スピカに入るわけではない。
でも、ここにはきっとこれから何度も来る。
そんな気がした。
◇
「で、その人どこにいるの?」
「今呼んだ」
「早い!」
少しして、部室の扉が開いた。
「……失礼します」
入ってきたのは、小さな女性だった。
二人より年上なのは分かる。
けれど、見た目だけならトレセン学園の生徒に混ざっていても違和感がない。
白い肌。
細い身体。
長い黒髪。
そして、車椅子。
「篠宮。悪いな、急に」
「いえ。構いません」
声は静かだった。
丁寧で、少しだけ淡々としている。
「篠宮千景。トレーナーだ」
「よろしくお願いします」
千景が小さく頭を下げる。
フレアも勢いよく頭を下げた。
「ルミナスフレアです!」
「ルミナスグレイスです。よろしくお願いしますねぇ」
「はい。存じています」
「知ってるの!?」
「模擬レースの映像は見ましたので」
フレアの耳が立つ。
「どうだった!?」
「フレアさん」
「はい!」
「前半が速すぎます」
「うっ」
即答だった。
「1000メートルまでの速度だけなら非常に優秀です。ただ、あのペースを上のレベルで続けるのは難しいですね」
「やっぱり大逃げダメ?」
「いえ」
千景は首を横へ振る。
「大逃げをやめる必要はありません」
「!」
「もっと長く速く走れるようにすればいいだけです」
フレアが固まる。
千景は淡々と続ける。
「速さは十分です。必要なのは、その速度を維持する能力と、自分でペースを判断する感覚ですね」
「できる?」
「できます」
迷いはなかった。
その答えに、スピカのトレーナーが少し笑う。
「な?」
「似たようなこと言ってる!」
「こいつの方が細かいけどな」
「当然です」
さらっと返される。
今度はグレイスを見る。
「グレイスさん」
「はぁい」
「末脚は、正直かなり異常です」
「あらぁ」
「褒めていますよ」
「よかったぁ」
「ただ」
千景が少しだけ目を細める。
「仕掛けが雑です」
「……あらぁ」
「模擬レースは勝てたので問題になりませんでしたが、もう少し前のウマ娘が強ければ届いていません」
「そうですかぁ?」
「はい」
「でも、追い込みは変えなくても?」
「なぜ変えるんですか?」
グレイスが少し笑う。
やっぱり。
この人も同じだった。
「あなたの最大の武器は末脚です。それを捨てる理由がありません」
千景は二人を見る。
「大逃げも、追い込みも、極端だから悪いわけではありません。極端な走りで勝てないことが問題なんです」
「ほらな」
スピカのトレーナーが言う。
「言ってること一緒だろ?」
「でもこっちの人の方が頭良さそう!」
「おい」
フレアの即答に、部屋から笑いが起きた。
千景だけは少し首を傾げる。
「比較する必要がありますか?」
「いや、お前は気にしなくていい」
「そうですか」
グレイスがくすくす笑う。
そして。
「私たち、同じトレーナーさんがいいんです」
「はい」
「私はクラシック三冠を取ります」
「私はトリプルティアラ!」
「その後」
二人で顔を見合わせる。
「有馬記念で」
「二人で走ります!」
千景は黙った。
フレアの耳が少しだけ下がる。
今までなら、この辺りで困った顔をされる。
けれど。
「可能だと思います」
「……え?」
二人の声が重なった。
「可能、なんですか?」
グレイスが聞く。
「はい」
千景は普通に頷いた。
「現時点で確認できる能力だけでも、二人とも十分に世代上位です。もちろん三冠もトリプルティアラも簡単ではありませんが、狙う価値はあります」
「二人同時だよ!?」
「二人ですね」
「別の路線だよ!?」
「その方が管理しやすいです」
フレアが固まった。
「……お姉ちゃん」
「うん」
「この人すごい」
「そうだねぇ」
千景は少し首を傾げる。
「そんなに難しい話でしょうか」
「今までみんな大変だって言ってたよ!」
「大変ではありますよ」
「じゃあ!」
「ですが、できない理由にはなりません」
本当に、それだけだと思っているらしい。
グレイスは千景を見つめる。
「トレーナーさんは、二人同時でも大丈夫なんですかぁ?」
「はい」
「三冠とトリプルティアラですよぉ?」
「はい」
「有馬では、私たち同じレースです」
「そこは少し面倒ですね」
初めて困った。
「そこ!?」
「同じレースに担当が二人いる方が、別路線より考えることが増えますので」
グレイスが笑う。
「ふふ」
フレアも。
「やっぱりこの人!」
「うん」
千景が少し目を瞬く。
「何がでしょう?」
「私たちのトレーナーさん!」
「……まだ私は受けるとは」
「やだ?」
フレアが聞く。
千景は黙る。
二人を見て、少しだけ考えた。
「嫌ではありません」
「じゃあ!」
「ただし、私には一つ問題があります」
千景が自分の脚を見る。
「ご覧の通り、身体があまり強くありません」
「……あまり?」
スピカのトレーナーが小さく笑う。
「そこは正直に言っとけ」
「では訂正します」
千景は少しだけ間を置いた。
「かなり弱いです」
「どのくらい?」
「長時間立てません。走れません。体調によっては、自力で移動することも難しいです」
フレアが目を丸くする。
「練習は?」
「見られます」
「レースは?」
「行きます」
「大丈夫なの!?」
「大丈夫ではない日もあります」
「ダメじゃん!」
「ですが、指導には問題ありません」
さらっと言う。
「身体を使えない分、頭は使えますので」
それは冗談には聞こえなかった。
「その代わり」
千景は二人を見る。
「時々、手を貸していただくことになると思います」
「いいよ!」
また即答。
「車椅子押す!」
「ありがとうございます。ただし走らないでください」
「……」
「今、走るつもりでしたね?」
「ちょっとだけ」
「禁止です」
「はーい」
グレイスが笑いながら妹の頭を撫でる。
「お姉ちゃんも手伝いますよぉ」
「ありがとうございます」
「じゃあ」
グレイスが手を差し出す。
「私たちを、三冠とトリプルティアラまで連れていってくれますか?」
千景はその手を見る。
「連れていく、というのは少し違いますね」
「違うんですかぁ?」
「走るのは二人ですから」
千景はグレイスの手を取った。
「私は、二人がそこまで走れるようにします」
もう片方。
フレアがすぐに手を重ねる。
「じゃあ決まり!」
「はい」
「やったー!」
フレアがその場で跳ねる。
「お姉ちゃん!」
「うん」
「トレーナーさん決まった!」
「決まったねぇ」
嬉しそうに抱きついてくる妹を、グレイスはそのまま受け止める。
千景はそんな二人を見ながら、少しだけ笑った。
「仲が良いんですね」
「大好きだから!」
「ふふ。お姉ちゃんも大好きだよぉ」
「そうですか」
千景は淡々と頷く。
「では、有馬では遠慮なく潰し合ってください」
「言い方!?」
フレアが叫ぶ。
ゴールドシップが腹を抱えて笑った。
「気に入ったぞ! そのトレーナー!」
「ゴールドシップさん、声が大きいです」
「敬語で怒られた!」
「怒ってはいません」
「もっと怖え!」
「安心しろ」
スピカのトレーナーがゴールドシップの肩を叩く。
「お前よりは安定してる」
「最後にまたアタシを使うな!」
再び、部屋が笑いに包まれる。
グレイスは妹と顔を見合わせた。
トレーナーは決まった。
三冠。
トリプルティアラ。
そして、最後は有馬。
ずっと昔から決めていた夢へ。
ようやく。
最初の一歩を踏み出した。