めぐみんに取引を持ちかけた翌朝。ルークは紅魔の里の外にある平原地帯を歩いていた。
「良い朝だ。こういう日は、強者と血湧き肉躍る戦いをしたくなってくる」
そう言いながら周囲を見渡すと、紅魔族たちの大半が見られたのに恐怖して目を合わせないようにし、そそくさと立ち去っていく。子供を連れている紅魔族も子供の視界を封じて抱きあげ、逃げるように里へと入って行った。
蛇遣いの異名は紅魔の里では有名である。既に何十人もの紅魔族が彼によって潰されているため、中には絶対に関わらず、見られたらすぐ逃げろと家族に教えるような者も多い。
「やれやれ。魔王軍や他国にも恐れられてるという紅魔族が、何とも情けないものだ」
強者と戦うことが出来ず、がっかりしながら歩いていると。
「地獄の業火に抱かれて消えろ。インフェルノ!」
突如、巨大な炎がルークを包み込んだ。攻撃魔法を放ったのは二十歳前後くらいの紅魔族の男。
その顔はかつてないほど怒りに満ちており、彼の怒りに反応するように瞳は赤く輝き、インフェルノの力が何倍にも増していく。
「見つけたぞルーク! 俺の愛するそけっとを倒した敵、今日こそ取ってやる!」
炎はさらに勢いを増していき、地面が焼け焦げて黒くなっていく。強力な炎を放つ上級魔法のインフェルノを不意打ちで放ち、間違いなく倒せただろうと思っていた。しかし。
「!? 炎が弱まってる。一体どうなってるんだ!」
彼はありったけの魔力を込め続けている。にも関わらず、炎の勢いは急速に弱まっていき、数秒もしないうちに、焦げ跡だけを残して残火も残さずに完全に鎮火した。そしてルークはとある大蛇に守られ、火傷1つ負っていなかった。大蛇の全身は水で構成され、体長が10メートルを超える巨大さを誇る。
「以前潰した男か。今のは良い魔法だったが、フォカロルとは相性が悪かったな」
「フォカロル? その水で出来た大蛇のことか」
「そう。最近新しく契約した召喚獣でね。水を司る力を持っている。君のインフェルノは、フォカロルの水で全て相殺されたというわけさ」
「くそっ! ならこいつはどうだ。マナブースト、パワーブースト、アタックブースト!」
ぶっころりーは己の身体にいくつもの強化魔法をかけて魔法の攻撃力を強化していく。
「そけっとを傷物にした魔王に、聖なる裁きを。ライト・オブ・セイバああああ!!」
放たれた巨大な光の斬撃。それは光の上級魔法であるが、強化魔法によって威力は何倍にも跳ね上がり、飛んでいく際に生じる衝撃波だけで地面が揺れていた。その威力をみて、ルークは目を大きく見開き、歓喜していた。
「素晴らしい。まさかこれほどの攻撃を放てるとは。ならば、俺もその強さに応えよう。ザガン!」
新たに出現したのは体長10メートルを超え、全身が鋼の鱗で包まれた大蛇。その大蛇が盾となり、光の斬撃を防ぐ。鱗には傷跡1つなく、蛇は余裕そうにしている。
「そんな!? 俺の渾身の一撃を」
「くふふふふふ。良いねえ。こいつを出すほどの敵に久々に会えたよ。君は前に潰した時に比べ、何倍も成長している。地に倒れた負け犬がここまでの力を身に着けてくれるのは、最高に嬉しいことだ。その強さに敬意を評し、ザガンの力をもう少しだけ見せてやろう」
ザガンの周囲を取り巻くように、氷柱に似た鋼の槍が何百本も出現する。
「な、なんだ……これは」
「ザガンの特徴は様々な金属を操ること。この槍は魔法に強い耐性を持つ鉱石、マナレジストと高い硬度を持ち、伝説の武具の材料にもなるという鉱石、アダマンタイトを掛け合わせて作られている。生半可な防御は簡単に貫くぞ。さあ、これをどう防ぐか俺に見せてくれ!」
ザガンは鋼の槍を一斉に放つ。放たれた槍は雨のように降り注ぎ、逃げ場はどこにもない。
「堅牢なる盾よ。闇を砕け! ガーディアン・!」
上級の防御魔法をいくつも重ね掛けして発動する。しかし、1本の槍が簡単に一枚目を破壊し、続く2本目が2枚目を。振り注ぐ槍が瞬く間に全ての防御魔法を破壊していく。避ける隙も防御することも叶わず、全身を貫かれるかと思ってぶっころりーが目を閉じた瞬間、槍はピタリと動きを止めた。
「なんだ。防御魔法はお粗末なんだな。ま、この攻撃を数秒防いだだけでも、十分強い方か」
ルークがそう言って指を鳴らすと、召喚されていたザガンとフォカロル、止まっていた槍の雨が煙のように消え去った。
「……俺を、殺さないのか?」
「そんな事するわけないだろ。俺が里を支援する条件はギリギリ死なないレベルで完膚なきまでに潰すこと。殺したら契約違反になってしまう。それに、短期間でこんなにも強くなった男を殺すのはあまりにも勿体ない。君にはもっと強くなって楽しませてもらわないと。仕事のないニートなんだし、時間は腐るほどあるだろ?」
「ニートじゃない! 俺は里を守るため、
「ニート共の作った自警団モドキだろ。そんなくだらない所で遊んでないで、俺を倒すための鍛錬をしてくれ。君にはなかなかの伸びしろがあるんだ。その伸びしろが、くだらないごっこ遊びで潰れるのはあまりにも悲しい」
ぶっころりーは悔しさで顔を歪ませ、血が出るほど拳を強く握りしめた。目の前の男が、自分をいつでも殺せるぞと余裕ぶってるように見えて腹立たしかったし、自分のやってる事を馬鹿にされたことも気に食わなかった。そして、今の自分とルークにはどうしょうもないほどの差があることも身にしみて理解した。
「覚えていろ。俺はもっともっともっと強くなり、いつかはそけっとを倒した敵を取る。その時は吠え面かかせて、泣かせて、人生最大の絶望をプレゼントしてお前を不幸にしてやるからな!」
そう言ってぶっころりーは悔しさで流す涙を隠し、その場から走り去って行った。
「良い男だった。涙を隠して捨て台詞を吐くのも実に面白い。さらに強くなった姿を見るのが、楽しみで仕方ないよ。次はどんな風に潰せば、彼は悔しがってくれるだろうか」
「相変わらず性格が悪いね。蛇遣いは」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには髪型を短めの縦ロールにし、後ろには蝙蝠の羽型の髪留めを着け、さらには眼帯をした少女が立っていた。そして、先ほどの戦場での惨状を見渡している。
「また派手に戦ったね。あいつが不意打ちでインフェルノを放った時はびっくりしたよ。普通なら、王族にあんなことをすれば即打ち首なんだが」
「この程度で打ち首にするわけないだろ。俺からすれば、こんなことで打ち首にしようと考える他の王族どもが理解できない。普通、不意打ちであんな上級魔法を撃たれたら喜ぶところだろうに」
「……相変わらず、蛇遣いの思考回路は人間を超越しているね。紅魔族にも、そんなとんでもない思考をする者はいなかろうよ。ま、そんな君だからこそ、いつでも襲っていいなんてふざけたルールを付けたんだろうが」
ルークは紅魔の里にて気に入った相手と戦い、ギリギリ死なないレベルで潰すことができる。その見返りとして紅魔の里に数多くのスキルアップポーションや経験値を獲得できる高級食材を紅魔の里に流している。しかし、見返りはそれだけではない。
彼が里にいる間、紅魔族はいつでも彼を攻撃できる特権を与えられている。時間や場所に関係なくいつでも襲うことができ、どんなことをしても、仮に殺したとしても罪に問われることはない。故に、先ほどのぶっころりーのように他の紅魔族が彼に戦いを挑むことは非常に多いのだ。
彼が戦いを挑まれた回数は数え切れないほどあるし、時には寝ている時、お手洗いの時、風呂に入ってる時でも襲われたことがあるが、そんなタイミングで襲われて戦うというのは、普段戦う時と違う楽しさを得られる至福の時間であり、ルークは最高に幸せであった。
「普通、あんなに何回も何回も戦いを挑まれたら疲れるものだけど、蛇遣いはいつでも元気だね」
「当たり前だろ。相手がどんな戦法で挑んでくるのか、どんな罠を仕掛けてくるのか、いつ襲ってくるのか。それを考えただけで気持ちが最高に高ぶってくるというものだ。疲れなんて微塵も感じないな」
「本当、君の人間を超越した思考回路は理解できないよ」
「俺からすれば、こんな事も理解できない君たちに驚きだが。それより、何をしに来たんだ。ただ雑談をしに来た訳じゃないだろ」
「何。蛇遣いがめぐみんに新しい取引を持ちかけたと聞いてね。どういう思惑なのかを聞きたかったのさ。噂によると、王都から略奪した物を契約の代価として差し出したらしいが」
「略奪とは人聞きが悪い。俺は王城から何も言わずに借りてきただけだ」
「何も変わってないよ。立派な略奪だよ。で? どうして蛇遣いはそこまでめぐみんを気にかけるんだい?」
「簡単だ。彼女が爆裂魔法を覚え、1発だけとはいえ放てるだけの魔力がある。それだけだ」
それを聞くと、あるえは唖然とした表情をしていた。
「……たったそれだけのことで?」
「それだけとは失礼だな。俺からすれば十分な理由だと思うが。考えてみろ。爆裂魔法はその消費魔力の多さ故、並大抵のアークウィザードでは1発撃つことすらできない。だが、あの女は1発爆裂魔法を撃てる魔力量があるんだ。さらには爆裂魔法への思い入れや愛も強い。理由は知らないがずいぶんと気に入ってるようだし、そんな素晴らしい人材はぜひ育てるべきだと思ってね。そして、最高に熟したタイミングで殺し合いをするのさ」
「……やれやれ。宿命の鎖で繋がれし我が友は、とんでもない相手に目をつけられたようだ」
彼女が呆れていると、遠くから地響きのような音と揺れが伝わってきた。揺れが大きくなり、音のするほうをみると、そこには全長5メートルを超える巨大な初心者殺しの姿があった。その肉体はあり得ないほど肥大化し、全身から鋭い角のような突起が生えている。
「おい蛇遣い。見たことのない姿をした初心者殺しが向こうにいるんだが」
「ん? ああ。確かにあの初心者殺しはでかいし、体形も異常だな。それにこの感じ。どうやら、俺の用意した食材をたらふく食ったようだ」
「食材? それはどういう」
その質問にルークが答える前に、初心者殺しは一定の距離まで近き、角から強力な雷撃を彼らに向けて放った。
「来い。フルフル!」
新たに呼び出したのは、体長が10メートルを超え、全身が雷で出来た大蛇。蛇はモンスターから放たれる雷を全て吸収した。それも十分驚くべきことではあるが、あるえは驚いたのはそこではなく、初心者殺しが雷を放ったことだった。
「どういうことだ蛇遣い! あんなにでっかいのもそうだが、雷を放つ初心者殺しなんて聞いたことも見たこともないぞ!」
「俺も初めて見たよ。どうやら経験値を莫大に貯めて進化してるようだな。だが、進化が思ったよりも大したことない。期待外れもいいところだ」
初心者殺しは地面を焦がすほどの強力な雷を放ち続けるが、全てフルフルに吸収されてしまい、全く効いていない。雷撃の攻撃をやめ、接近して鋭い牙で蛇を突き刺そうとするが、その体表は硬く、傷1つ付けられない。ルークはそれを見て、失望したようにため息を吐く。
「はあ。この程度か。やれ」
蛇は尾で初心者を縛り上げ、投げ飛ばして地面に叩きつけた。初心者殺しはバウンドするように地面を転がっていき、転がりが落ち着いたころにはかなりふらふらで、立つこともままならなくなっていた。
「やはり即席の組み合わせだと上手く行かないな。もう少し研究が必要か」
「おい蛇遣い。貴様がどうやってあんな化け物を生み出したのか知らないが、今はそれはどうでもいい。奴を倒すなら、あの召喚獣融合を披露してから倒してくれ。私はあれを見るが大好きなんだ」
「君の言う事に従う義務はないんだが……まあ良いだろう。たまには圧倒的な力で潰すというのも一興だ。来い。アイニ!」
現れたのは体長10メートルを超え、全身が炎で出来た大蛇。その熱は近くにいるだけで空気を震わせ、草木を燃やしていた。
「絡み合え」
彼のその言葉に従うように、2体の大蛇が空で絡み合い、その体を融合させていく。そして全身が絡み合って融合は終わり、雷を纏う炎の大蛇へと生まれ変わった。
「素晴らしい。融合によって生まれし新たなる召喚獣。いつ見ても惚れ惚れするな」
あるえは雷を纏う炎の蛇を見てうっとりしており、その見た目に夢中になっていた。その大蛇から放たれる力を本能で感じ取った初心者殺しは逃げようとするが、先ほど叩きつけられたダメージがのこっており、上手く動けない。
「消し飛ばせ。ライトニング・エクスプロード」
蛇の口から、雷の混ざった巨大な炎が放たれ初心者殺しどころか、遥か彼方の地面まで焼き尽くして炎が突き進んでいく。雷によって周囲の地面が焼け焦げて亀裂を作り、焔が一直線にすべてを燃やし尽くしていった。
蛇が炎を吐き終えると、初心者殺しは灰になっており、地平線まで進んでるんじゃないかと思えるほど遠くまで、地面が焼け焦げている。あちこちに雷で出来た亀裂があり、めちゃくちゃなことになっていた。あるえは蛇の見た目に見惚れながらも、その威力にドン引きしていた。
「中々楽しめた。雑魚にしては良い耐久力だったな。ライトニング・エクスプロードを数秒耐えた奴に会うのは久しぶりだ」
「相変わらず規格外な力だな。里の中で使われなくて安心したよ。それで、先ほどの言葉はどういうことだい? 即席の組み合わせがどうこう言ってたけど。あの化け物はどうやって生み出した」
「簡単だよ。昨日、フォルスファイアという魔法を習得してな。それと高級食材を組み合わせた仕掛けを作ったんだ。まずは、フォルスファイアを魔物が多く出そうな所に発動し、その側に経験値をたっぷり得られる高級食材をいくつか置く。そして、フォルスファイアで寄ってきたモンスターに食材を食わせて強化し、この里を襲うように仕向ける。そして、俺はその強化されたモンスターを死闘を繰り広げて楽しむ……という予定だったんだが、出てきたのは期待外れのいだだだだだだ」
説明が終わる前に、ルークはあるえのチョークスリーパーで首を絞めつけられていく。
「なんてことをしてるんだ! もしモンスターが里を滅ぼすようなことがあったら、どう責任を取るつもりだったんだ蛇遣い!」
「心配するな。俺がここにいる限り、紅魔族たちが被害に合うことはない。ここは最高に楽しいおもちゃ箱なんだ。誰かに壊されたりしたら泣いて絶望してしまうよ」
「そういう問題じゃない! それに被害に合うことはないと言うが、もし強化したモンスターが、蛇遣いを瞬殺できるような強さを持っていたらどうするつもりなんだ!」
「くふふふふふ。それはそれで楽しいじゃないか。そんな素晴らしい相手と戦って死ねるなんて、それ以上の幸福はない。俺は満足して死ねるだろう。里が滅ぶのは困るが……そんなとてつもない強者と戦える事に比べるとどうでも良くなってしまうな」
彼女はその言葉を聞き、額に青筋が浮かぶ。
「全く反省してないんだね。たく……怒りに身を任せることが愚かに思えてくるよ」
呆れながら、彼女はチョークスリーパーを解除して彼を楽にした。
「どうした。こうして遊ぶのも意外と楽しいが、もうやらないのか?」
「私は生産性のないことはしないと決めている……ほんと、蛇遣いのめちゃくちゃさには困るばかりだよ。この前も変な実験をして紅魔族を暴走させたし、その前には可能性があるとか言って、子供を攻撃したりするし。ここだけの話だが、村長も君の扱いには困ってるようだよ」
「それは申し訳ない。これからはこういうことはないようにしよう」
「その言葉を聞くのは、これで10回目だね」
彼女は精神的に疲れ、ルークは満足しながら紅魔の里へ戻っていった。
蛇遣い。その実力は確かであり、彼のもたらす恩恵は莫大なものであるが、同時に、持ってくるトラブルもまた莫大であった。