この素晴らしい世界に蛇遣いを! 作:書きたいものを書く趣味作家
夜。めぐみんはちょむすけを膝のうえに乗せて寝かせ、昨日ルークから持ちかけられた取引について悩んでいた。
「……はあ。答えが出ませんね」
ふと部屋の方をみると、妹のこめっこはめぐみんの作った料理をおいしそうに食べている。ルークの用意した箱には食材の調理法が書かれた本も入っていて、本の通りにするだけで高級料理かと思えるほどの素晴らしい物に仕上がった。その味は彼女の口に合ってるようで、幸せそうに笑っている。
食事をして笑う妹の姿を見るのは久しぶりで、その姿を見るだけで、ルークとの取引を受け入れたくなってしまう。しかし、いざ受け入れようと思い、彼から渡された水晶を取り出そうとすると、一つの問題が邪魔をして躊躇してしまった。
「取引を受ければ、私はいつかの未来で彼と殺し合いをする羽目に。でも断ったら支援がこれっきりになってしまいますし、それだとこめっこも納得しないでしょう。それに、せっかくの大量の資金を得られるチャンスをパーにするのも。でも殺されるのは嫌ですし、だからといって殺すのも嫌ですし……ああもう! どうしたら良いんですか」
頭を抱え、どうしようか悩んでいるなか、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「夜分、失礼致します。どなたかいらっしゃいませんか?」
「開いていますのでどうぞ?」
するとドアが開き、1人の女性が入ってきた。二十代半ばぐらいの若く綺麗な見た目。赤い髪と猫科の猛獣の様な黄色い瞳が特徴的であった。魔法使いのようなローブを着ており、フードを深く被って頭を隠している。
「どちら様ですか?」
めぐみんの質問に答えることなく、女性は真っ直ぐ見つめる。そしてその視線を徐々に落とし、ちょむすけを見ると、突然その場に跪いた。
「長い時を経て、ようやく探し出しました! 偉大な我が主!」
なんのことか分からなかったが、感極まっている女性にどちら様ですかと尋ねるのも可哀想だと思い、めぐみんは黙ったまま話を聞く。
「貴方様の封印が解かれたと知り、はるばるこの地へやって参りました。封印が解けたばかりで、未だ記憶が戻られていないかと思われますが。貴方様の忠臣アーネス。ここに参上致しました。これからは、貴方様の手となり足となり、この命を賭してお守りする所存でございます」
アーネスと名乗ったその人は、そう言って再び深々と頭を下げた。めぐみんはそれを見て頭を抱える。アーネスと名乗る女性が只者ではないことを理解しており、そんな人に主と言われるのは悪い気分ではなく、むしろ良い気分だったが、タイミングが最悪だった。
「……あの。随分と苦労を掛けたみたいですし、こんな事を言うのは恐縮ですが、今日は帰ってください。私は金色の蛇に恐ろしい取引を持ちかけられてる最中ですし、考えないといけないことが沢山あるんです。正直、あなたと共に、新たなる未来を歩む余裕はないんです」
「? どなたか存じませんし、言ってることもよく分かりませんが、今まで大変お世話になりました。主のことは、これからお任せを」
「……はい? 私があなたの主ではないのですか?」
「違います。私が迎えに来たのは」
話し終える前に、開いてた扉から入ってきた巨大で長い尾が、アーネスの体を巻き付ける。
「なっ……これは」
抵抗するよりも先に投げ飛ばされ、地面に大きな跡をつけて叩きつけられ、地面を転がった。体のあちこちには擦り傷が出来、地面に叩きつけられた衝撃で体が痛む。
「ぐっ!? 何者だ。それに、今の尻尾は一体」
「困るなあ。どういう目的で来たのか知らないが、今のめぐみんは熟す前の青い果実なんだ。それを今潰されるのは非常に困るんだよ」
彼女の前に現れたのはルークであり、巨大な箱を背負っている。彼の傍らには10メートルを超える巨大な雷の大蛇、フルフルがいた。めぐみんは玄関から出て、ルークの姿を見て驚く
「ルーク!? なぜあなたがここに」
「やあめぐみん。君の家から妙な気配を感じて、もしものことがあったらと思い、急いで駆けつけたんだ。君は俺にとって極上の果実。立派に熟す時が来るまで、死なせるわけにはいかない」
「人を食べ物扱いしないでください! 私は人間なんですけど!」
「くふふふふ。俺にとって、強者というのは極上の高級料理と同じなんだよ。だから俺の目には、そこのフードの女が、とても美味しそうに見えている。今にも涎が出てきそうなくらいにな」
彼は幸せそうな笑みを浮かべながら殺気で威圧し、全く隙を見せなかった。アーネスはその威圧を受けながらも臆することなく、冷静に観察していく。
「この威圧感、巨大な蛇の召喚獣、金色のポニーテールに、薄気味悪い碧眼の瞳……貴様、噂の蛇遣いだな。なぜこんな所に」
「ほお。上位悪魔にまで異名が届いてるとは光栄だな。俺も有名になったものだ」
彼女はその言葉を聞いて一瞬驚くが、すぐに冷静になって魔法を放つ準備を始める。
「私の正体も既に見破ってるとは。流石は蛇遣いだな。しかし、誰が相手だろうと私の邪魔はさせない。カースドライトニング!」
空から黒い雷が放たれるが、その攻撃はフルフルが前に出て吸収した。
「馬鹿な。私の魔法を吸い取っただと!?」
「くふふふふふ。良いねえ。流石は上位悪魔。魔法のレベルが並のアークウィザードとは次元が違う。フルフル、あんなにも素晴らしい攻撃を喰らえたんだ。お前が出来るとっておきの礼をしてやれ」
「キシャアアアアアアア!」
蛇が空に向かって叫ぶと、空から雷が降り注ぐ。刹那に等しい速度で雨のように降る落雷は避ける暇も防御する暇もなく、彼女に直撃してその身を焼き焦がしていく。
「ぐっ!? うあああああ!!」
ローブはあっという間に焼けてしまい、全身が酷く焼け焦げて血を流していく。そして、隠していた角と翼が露わになって雷でやられ、ボロボロになっていく。辺り一帯も焼け焦げており、地面が悲惨なことになっていた。
「がっ……まだだ。こんな……所で」
何とか立とうとするも力が入らず、地面に膝をつく。ダメージが大きいせいで動くことも出来ず、まともに魔法を撃つ力も残っていない
「くふふふ。耐久力も素晴らしいな。もう少し遊べそうだ」
「くそっ……化け物とは聞いていたが、これは予想以上だな。このままでは」
彼女はめぐみんの抱えているちょむすけに視線を向け、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ウォルバク様……申し訳ありません。いつか……必ず迎えに行きます。それまでしばしお待ちを……スモークブラスト!」
手から大量の煙を放ち、彼の視界を遮った。
「目眩ましか。フルフル!」
蛇が尾を振り回して煙を吹き飛ばすと、アーネスは既に翼を広げ、空へ飛び去っていた。翼がボロボロなのにスピードが凄まじく、どんどんと姿が小さくなっていく。
(フルフルの力ならまだ落とせる距離だが……見逃した方が、後々面白い事になりそうだな)
彼はそう判断してフルフルの召喚を解除し、飛び去っていくアーネスをあえて見逃してめぐみんの元へ向かう。
「やあめぐみん。怪我はなかったか?」
彼が声をかけるも、めぐみんはあまりに色んな事が起きすぎたせいかフリーズしており、馬鹿そうに口を大きく開け、白目を剥いていて返事がない。
「めぐみーん。べろべろばー……だめか。なら、うおおおおおおお!!」
変顔をしたり、耳元で大声で叫んだり、目の前で手を振ったり拍手したり、足音を大きく鳴らしたりを繰り返してると、ようやく彼女の目が元に戻った。
「大丈夫か。めぐみん」
「……大丈夫に見えますか。一体何がどうなって何が起きてるのですか。説明してください!」
「落ち着け。むしろ何が起きてるのかはこっちが聞きたいんだが。なんで君が上位悪魔に狙われてたんだ。何かやらかしたか?」
「なにもしてませんし、あのアーネスとかいう女が悪魔だってことも今知りましたよ! もおおお! こっちは悩み事があるというのに、色々起きすぎなんですよお!」
めぐみんが彼に詰め寄って騒いでいると、2人の男女がやってきた。
「なにか騒がしいと思えば。めぐみん、これは一体どうなってるんだ」
「あらあらあら。ずいぶんと派手に争ったようねえ。それに、そこにいるのはルークさんじゃないの」
「お父さん、お母さん!」
やってきたのは、めぐみんの父であるひょいざぶろーと母であるゆいゆいであった。
「めぐみんのご両親ですか。我が名はルーク! ベルゼルグ王国の第2王子にして強者との戦いを望む者! なーんて自己紹介しなくても、俺のことは知ってますよね。とくにゆいゆいさんは」
「そうねえ。あなたとはあれだけぶつかり合った仲だもの」
「くふふふふ。まさかめぐみんの母親だとは思わなかったよ。道理で彼女に可能性を感じるわけだ。あなたの血を引いてるんだからな」
ただならぬ雰囲気を漂わせる中、めぐみんが気になって質問する。
「お母さん。ルークのことを知ってるのですか?」
「そりゃそうよ。1年前に死闘を繰り広げた仲なんですから」
「え、そうなんですか!?」
初めて聞いた新事実にめぐみんは驚愕する。ひょいざぶろーもそれを知らなかったのか驚いた視線を向けてる。
「本当なのか母さん! あの男と戦ったのか!?」
「ええ。どうやら私の強さを気に入ったようで喧嘩を売られてね。恥ずかしい思い出です。あの時は年甲斐もなくはしゃぎすぎちゃいましたし」
「ど、どっちが勝ったんだ。やっぱり母さんか?」
「もちろん私が負けましたよ。ボコボコにされて息の根が止まりかけてね。あの時は本当に死んじゃったかと思ったけど、その後回復させてもらって事なきを得たんです」
「なにい!? 母さんをボコボコにしただと。貴様あああああ!!!」
魔法を撃とうとする夫を、ゆいゆいが止める。
「落ち着いてあなた。もう昔の事だし、私も気にしてない から良いんですよ」
「しかし、母さんを傷つけた奴に何もしないというのも」
「良いのです。私は殺されてないし、戦いに関してもこの里を支援する見返りなんですから。それに、終わった後は魔力も体も完璧に回復させてもらって後遺症もない。恨む理由もありませんよ。それより、なぜルークさんがここに? 今度は一家全員と戦うために来たんですか?」
「くふふふふ。それも悪くないが、今日は別件で来たんだ。ちょうど良い。あなたがたにも、めぐみんとの取引について話をしておこう。新しい前金もあるのでね」
立ち話もなんだと思い、ひょいざぶろー達はルークを家に招く。彼の用意した箱には普通の人はまず食べることの出来ない超高級食材の盛り合わせや王城でしか使用を許されない魔道具などが入っていた。
「す、素晴らしい! これほどの魔道具を前金で!?」
「ええ。もしめぐみんが取引を受けてくれるなら、これの3倍の量を用意しますが」
「よーし分かった! 娘に代わってワシが取引を」
言い切る前に、父は母に頭をぶん殴られた。
「あなた。まだ取引の内容が何か分かってないのに安請け合いしないでください。そういう所、本当に直したほうが良いですよ。さてルークさん、娘との取引内容について教えてください。これだけの前金を用意するということは、かなりえげつない取引だと思いますけど」
「えげつなくないさ。楽しい取引だ」
そして、両親は彼の取引についての話を聞いていた。こめっこはご飯を食べ終えて眠くなったのか、今はゆいゆいの膝の上で寝ている。
彼が説明を終えると、めぐみんが補足するように話す。
「つまり、私がこの取引を受ければ、いずれは彼を殺す、あるいは彼に殺される未来がほぼ確定するというわけです。資金やポーション、食材の援助はありがたいのですが、殺し合いしなければならないと考えると、どうしても踏ん切りがつかなくて」
話を聞き、父は厳しい顔をしていた。母は理解してないのか、特に表情を変えておらず、問題視してないように見える。
「……なるほど。お前が悩む気持ちもよくわかる。確かにこの高級食材やポーション、大量の資金にこの魔道具たちは魅力的だ。しかし、俺はめぐみんが人殺しをするような未来を進ませたくない。ルークさんは殺し合いをすると言ったら必ずやる男だ。なあなあで終わることは絶対にない」
「当然。なあなあになって終わる殺し合いなんてつまらなさすぎて吐き気がするからね。殺るなら徹底的に殺る。どちらかの命が尽きるまでな」
ルークの言葉を聞いて、めぐみんは余計に実感してしまう。取引を受ければ、いつかの未来でどちらかの命が消えることは確実なのだと。流されていつの間にか無かったことになる未来など存在しない。
重苦しい空気が漂う中、母はまるでその空気を気にしてないかのように気軽そうな声で質問する。
「ねえめぐみん。あなたは一体何を悩んでるの? こんなにも素晴らしい物が届けば、我が家は安泰になりますよ。きっと、毎日お肉を食べられる贅沢な生活も出来るでしょうね。あなたもすっごく強くなれる。良いことしかないのに、どうして躊躇してるのかしら」
何も問題ないかのように言う母の言葉に、めぐみんはずっこけそうになったが、なんとかこらえる。父もキョトンとした顔を母に向けていた。
「……あの、お母さん。話聞いてました?」
「聞いてますよ。聞いたうえで疑問なの」
「あのですね! もし取引を受けたら、私は彼と殺し合いする未来がほぼ確定するんですよ。お母さんは私が人殺しになっても良いと言うのですか!」
「そんなこと言ってませんよ。でも、それの解決策なんて簡単じゃない。殺すのも殺されるのも嫌なら、彼より何十倍も強くなって、彼の生殺与奪の権利を余裕で握れるようになればいいのよ。そうすれば、あなたが彼を殺す必要はなくなるし、あなたは強さだけを得て嫌なとこはなにもしなくて大丈夫という最高の取引になりますよ」
「……しかし、ルークの強さはお母さんもよく知ってるはずです。そんな彼よりも何十倍も強くなるなんていうのは」
「大丈夫。あなたは私と父さんの娘なのよ。絶対にルークさんより強くなるわ。私が保証します」
「いや……流石にこればかりは、そんな適当に決めていいことではないと思いますし」
なおも渋るめぐみんに、母は嘲笑のような笑みを浮かべて話始める。
「……そう。あなたの爆裂魔法への愛と信頼はそんな物なのね。まあ無理もないわ。ルークさんは本当に強い人だし、爆裂魔法なんてネタ魔法しか覚えてないあなたでは勝負にならないもの。瞬殺されて殺されるのがオチですね」
その言葉に、めぐみんの眉がピクリと動き、母はそれを見てさらに挑発する。
「大丈夫よめぐみん。あなたのへなちょこ爆裂魔法より、妹のこめっこの方が何倍も可能性はあるから。だから、あなたは爆裂魔法なんていう、ルークさんもろくに倒せないような無意味なネタ魔法を鍛えるため、無駄に頑張ってね」
「おい母さん! いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ」
「あなたは黙ってて。今大切な話をしてるから」
母の圧に屈し、父はなにも言えなくなってしまった。
「めぐみん。あなたは無理に取引を受ける必要はありません。蛇にビビってメソメソと泣きながら、爆裂魔法を極めてください」
その言葉に、めぐみんの我慢が限界を超えた。
「だああああああ! 言ってくれますねえお母さん。良いでしょう。そこまで言うなら我が爆裂魔法こそがルークを倒せる唯一にして最強の究極魔法だと証明して差し上げます! その濁った目にしっかりと焼き付けなさい! この私が、いつかの未来でルークを完膚なきまでに叩き潰し、地に這いつくばらせる所を!」
そして、彼女は胸ぐらを掴んで勢いのままにルークに言い放つ。
「ルーク、あなたとの取引を受けてあげます。ただし理解しておいてください。私はあなたを殺すつもりはありません。あなたの腐った思考を矯正して叩き潰し、いかに己が間違っていたのかを思い知らせてやるために取引を受けてあげるのです! そこを勘違いしないように!」
その言葉を聞き、ルークの瞳は今までにないほど輝いて笑みを浮かべる。
「くふふふ……あはははははははははは!! 良いねえめぐみん。君は本当に最高の果実だよ。この俺にそんな啖呵を切ったやつは今までいなかった。ああ……君は俺の劣情を煽るのが本当に上手いなあ。興奮しすぎて、今すぐ食い殺したくなってくるよ」
「気持ち悪いこと言わないでください。爆裂魔法をくらわせますよ?」
「くふふふふふ。悪くない提案だが、ここで使われるとこめっこにも被害が及ぶから少し困るね。彼女も俺にとって、最高級の果実なのだから」
「妹まであなたの射程範囲ですか。本当に気持ち悪いですね」
2人がバチバチとした雰囲気を漂わるなか、父はそんな娘に不安そうな表情で聞く。
「本当に良いのか。めぐみん。俺たちの家のことを心配してるのだとしても、お前が無理する必要は」
「心配しないでください。無理なんてしてませんから。私はこんな蛇野郎に負けるほど弱くありません。いつこの男が戦いを挑んできても、完膚なきまでに叩き潰せるという所を見せてあげます」
「くふふふふ。その啖呵が口だけになるのか、本当になるかは分からないが、お互い良い取引にしようじゃないか。いつか殺し合う未来が楽しみだよ」