「んっ……あれ」
起き上がるといつものアパートの寝室、ベッドの上だった。
(気絶した後、皆さんが運んでくださったのでしょうか。)
考えを巡らせた後、ぱっと髪を整え、部屋から出てお礼を言うためにベットから立ち上が……る?
「………………えっ」
目の前の髪の色がおかしい。まるで若葉さんのような黒髪。
髪の長さもおかしい。まるで若葉さんくらいのロングヘア。
立った時の視点もおかしい。視点が高くなっているように床がいつもより遠のく。
{あなたは、動揺しながら部屋の中を探った。≪目星≫(57)→26:成功}
寝室には手鏡があった。
嫌な予感を振りほどくようにおそるおそるのぞき込む。
緑がかった黒髪のきれいなロングヘアー。驚愕に染まり見開かれた私と同じ緑眼。十人中十人が振り返るような美しい顔。
……そこには夢にまで見た若葉さんの顔があった。
(なんで……若葉さんに……?)
見たままの情報しか受け取れない。
疑問が頭を満たす。
何も考えられず放心していると、「コンコン」とノックと一緒に女性の声が聞こえる。
…………知らない人の声だ。
「冰鞠ちゃん、起きてますカ?入りますヨ」
返事をする暇もなくドアが開く。
紫の髪と目、ナイトキャップのような帽子を被った幻想的な雰囲気の女性が部屋に入ってきた。
「アラ、起きてましたカ。急に倒れるように意識を失ってしまって、心配したんデスよ」
知らない女性が心配そうに声をかけてくる。
「すみません。えっと……あなたは誰……ですか?」
まともに思考できない脳がなんとか疑問を絞り出す。
「むきゅ、記憶喪失にでもなりましたカ?ワタシはパチュリーですヨ。寝ぼけてしまいましたカ?」
私のことを知っているようだ。頭がパンクしそうだ。情報を受け止めきれない。
{自分の正気を疑うような出来事に連続で直面したあなたはSANチェック1d5/1d10
冰鞠:SAN60→57 -3 成功}
「……その様子だと本当に記憶喪失みたいですネ。大丈夫、ワタシはあなたに危害を加えません。落ち着いたらあなたの名前、年齢、一番聞きたいことをゆっくり私に教えてくれませんカ?」
落ち着いた口調で丁寧に話してくれている。
そして呆然と立ちつくす私を見て続けた。
「立ったままでは落ち着けないですネ。パチュリーうっかり。隣の部屋にテーブルと椅子があるので座って話しませんカ?」
そう言って手を引いて私を座らせてくれた。
リビングを見渡すと大部分が私の記憶通りだが、目の前のテーブルは記憶と違い大きく、椅子の数も多かった。
女性は私を誘導して座らせた後、キッチンでお湯を沸かしている。
「あなたは紅茶派ですか?それともコーヒー?原作で飲んでいたので紅茶には自信がありますヨ」
原作?はわからないが自信がありそうなので紅茶を頼むと、嬉しそうに準備している。
空白の時間にだんだん状況を呑み込めてきた。
と、同時に不安な考えが浮かぶ。
パチュリーさんは虚空神話の生き残りではないか、私が若葉さんの体に入っているのは虚空神話が関わっているのではないか、パチュリーさんは宇宙人ではないか。
……皆はパチュリーさんに殺され、この部屋に我が物顔でいるのではないか。
考えれば考えるほどに後ろ向きになっていく私の思考に、待ったをかけるように紅茶が置かれた。
「怖い顔をしていマスネ。大丈夫、ワタシはあなたの味方ですヨ。情報を教えたくないなら聞きたいことだけでも大丈夫デス」
もうこうなってはパチュリーさんから情報を聞くほかない。
紅茶には手を付けず自分の事情を話す。
「私は……冰鞠といいます。……13歳です。どうして私は若葉さんと入れ替わっているのでしょうか」
網玉さんに教えてもらった質問方法だ。
相手が知っているだろう情報を盛り込んだうえで別の質問をする。
質問の答えがなくても反応だけでその情報を相手が知っているか判別できる。
今は若葉さんを相手が知っているかどうかを知るため、若葉さんの名前を出した。
さらにパチュリーさんに記憶喪失だと誤解させるために13歳と噓をつく。
「フム、若葉さんのことを知っているのですネ。いちおう試してみましょうカ[ちちんぷいぷい]」
なぜその呪文を知っているのだろうか。
驚愕で固まった私を見て困った顔をしたパチュリーさんは続けた。
「……accelerateで記憶を失っているようはないようですね。ですが私のことは知らないのにaccelerateを知っている、と。時系列に矛盾がありますね。とりあえず若葉さんにも連絡をしましょう」
「若葉さんがいるんですか!!!!」
気づいた時には口に出してしまっていた。後悔するにはもう遅く急な大声にびっくりしたようなパチュリーさんは疑問を投げ返した。
「若葉さんがいるんですか、と、発言から考えるにまるで若葉さんがいないことがあたりまえみたいな言葉ですね」
あなたの状況を教えてくれますか、と続けたパチュリーさんだったが、私は若葉さんのことばかり考えていた。
本当に生きているのか、なぜ生きているのかと考える。
そのうちにこの人を脅して聞き出そう、と触手を出そうとしたが全く出せない。
「あれ……なんで……」
数瞬の思考のうち、この体は若葉さんのものだったと思い出す。
「……その様子を見る限り冰鞠ちゃんであることは疑いないでショウ。若葉サンといったん話してみますカ?」
その言葉に「……はい」と小さく声を返す。
何もかも失敗したがそれでも若葉さんと話したかった。
電話のコール音が響く。
永遠にも続きそうな待ち時間の中、ずっと聞いてきた声が聞こえてきた。
「もしもし、パチュリーどうしたの?何か用?」
私の声だった。
ダイスはちゃんと振りました