これは、スクールアイドル同好会での都市伝説。
それが現実になったとある日のことである。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会。
それは、虹ヶ咲学園に通う少女たちが、スクールアイドルとして活動する同好会。
青春であり、希望そのもの。
笑顔があり、歌があり、夢があり。
それぞれ違う道を歩いていた少女たちが、一つの場所に集まり、自分たちの『好き』を追いかけている。
誰かが歌えば、誰かが笑う。
誰かが悩めば、誰かが背中を押す。
そしてまた、誰かが新しい一歩を踏み出す。
そんな場所─────虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会。
しかし─────表の世界では、そんな明るい青春の象徴である彼女たちのことを裏社会では、なぜか別の意味で語る者たちがいた。
男「虹ヶ咲学園のスクールアイドル同好会には、絶対に手を出すな。例え一人でも、絶対に」
男「……どうしてだ?」
そう尋ねると、古株の男は、決まって口を閉ざす。
男「知らない方がいい」
男「そんなにヤバいのか?」
男「ああ」
男「誰か後ろ盾でもいるのか?」
男「……近いが、そんな簡単な話じゃない」
男「じゃあ、何なんだよ」
しばらくの沈黙。
やがて男は、まるで誰かに聞かれることを恐れるように、声を落とした。
男「……あの女子高生たちに手を出したら最後だ」
男「最後?」
男「ああ」
男「何が起きる?」
男は答えない。
ただ、机の上に置かれたラムネの瓶を見る。
そして、ぽつりと、こう言った。
『死』だ。
必ず─────ラムネが訪れる
*
─────その噂が、現実になる日。
朝香果林は、いつものように。
モデルの仕事を終えたところだった。
夕暮れの街。
ビルの谷間に沈みかけた太陽が、道路をオレンジ色に染めている。
果林はスマートフォンを見ながら歩いていた。
果林「ふぅ……今日は結構長かったわね」
撮影は順調だった。
衣装合わせ、メイク、撮影、確認、また撮影。
読者モデルとして活動する果林にとって。
こうした仕事は大切な時間だった。
何より─────
果林「やっぱり、見られるって気持ちいいわね」
果林は満足げに笑った。
自分が綺麗に見えること。
自分の魅力を誰かが評価してくれること。
それは彼女にとって嬉しいことだった。
果林「今度、みんなにも写真見せようかしら」
歩きながら、そんなことを考える。
同好会の仲間たち。
高咲侑、上原歩夢、優木せつ菜、宮下愛、近江彼方、天王寺璃奈、桜坂しずく、エマ・ヴェルデ、中須かすみ、ミア・テイラー、鐘嵐珠、三船栞子。
皆の顔を思い浮かべる。
果林「……ふふ」
自然と笑顔になる。
しかし─────駅へ向かう途中。
その笑顔は、消えた。
果林「…………」
前方。
歩道の中央に、数人の男たちが立っていた。
周囲を気にする様子もない。
通行人が避けて歩いている。
果林は少し眉をひそめた。
果林「……何よ」
避けて通ろうとする。
しかし、男の一人が、一歩前に出た。
男「おい」
果林は足を止める。
果林「……何?」
男「ちょっと待てよ」
果林「急いでるんだけど」
男「そうか?」
男はニヤニヤ笑った。
男「ここ、俺たちのシマなんだけどな」
果林「……は?」
果林は目を細める。
果林「シマ?」
男「ああ」
果林「ここ、普通の歩道でしょう?」
男「普通じゃねぇんだよ」
別の男が言った。
男「俺たちが長いこと使ってる場所だ」
果林「だから?」
男「だから、気に入らねぇんだよ」
果林「何が?」
男「お前みたいなガキが、何も知らない顔して堂々と歩いてることがだよ」
果林は呆れた。
果林「……それ、私にどうしろっていうの?」
男「ちょっと痛い目合わせてもらおうか」
果林「何で?」
男「俺たちのシマを歩いたことにだ」
果林「…………」
果林は数秒。
男たちを見つめた。
そして─────
果林「嫌よ」
即答だった。
男たちの表情が変わる。
男「……あ?」
果林「私、何も悪いことしてないもの」
男「生意気だな、ガキのくせに」
果林「誰がガキよ!」
果林の声が歩道に響く。
通行人が振り返る。
男たちは、それが気に入らなかった。
男「……やっぱりムカつくな」
果林は一歩後ろへ下がる。
果林「あなたたち……本当に何なの?」
男「虎瀬組だ」
果林「知らないわ」
男「……!」
果林「知らないものは知らないでしょう」
果林はスマートフォンを握り直した。
果林「もう帰るから」
男「待て!」
男が叫ぶ。
そして─────その後、果林は事件に巻き込まれた。
*
病院。
白い天井。
消毒液の匂い。
静かな機械音。
果林はベッドの上で眠っていた。
命に関わる状態ではなかった。
しかし、事件による負担は大きく、医師からはしばらく安静にするよう伝えられていた。
病室の外には、同好会の仲間たちがいた。
歩夢「果林さん……」
歩夢は心配そうに病室を見る。
歩夢「大丈夫かな……」
せつ菜「大丈夫です!」
せつ菜が言う。
けれど、その声にも不安が混じっている。
侑は黙っていた。
何度も拳を握る。
侑「……許せない」
小さく呟いた。
しかし、彼女たちは知らなかった。
この事件が表の世界だけではなく─────裏社会まで揺るがすことになるとは。
*
その頃。
虎瀬組の事務所。
男「組長!」
一人の男が虎瀬組の本部に電話をしていた。
男「やりましたよ!」
電話の向こうからは、返事がない。
男「例のガキ、病院送りにしました!」
仲間たちが笑う。
男「いやぁ、あのガキ、生意気でしたよ。俺たちのシマを堂々と歩きやがって!」
男「ちょっと教育してやっただけです!」
電話の向こうでは、長い沈黙。
そして─────低い声。
組長『─────名前は?』
男「え?」
組長『そのガキの名前だ』
男「朝香果林です」
組長『…………』
男は続ける。
男「虹ヶ咲学園の
組長『朝香果林?』
男「はい」
声の調子が変わった。
組長『……お前たち』
男「はい?」
組長『今すぐ逃げろ』
男「……は?」
組長『今すぐだ』
男「どういう─────」
組長『いいから逃げろ!』
電話が切れた。
男たち「…………」
事務所が静かになる。
男「何なんだよ……」
男「組長、何をそんなに怯えて─────」
カツ。
カツ。
カツ。
廊下から足音。
全員が振り返る。
カツ。
カツ。
カツ。
やがて、一人の男が姿を現した。
かなりの高身長。
黒髪のセミロング。
細い目。
黒いスーツ。
そして、右手には、ラムネの袋。
男は、事務所の入口で止まった。
男「朝香果林という少女を殴ったのは─────」
淡々とした、妙に高い声。
男「誰かな?」
沈黙。
男たちは答えられない。
その男は、ラムネを一粒取り出した。
ぽん。
口へ入れる。
カリッ。
男「…………」
誰かが呟いた。
男「……まさか」
その男を見る。
髪。
スーツ。
細い目。
そして─────ラムネ。
男「この出で立ち……」
男「この儀式……」
男「……魔牙組」
男の顔が青ざめる。
男「日本最大のヤクザ組織……」
男「まさか……」
男「
その男・結衣は、にこりと笑った。
結衣「─────正解」
カリッ。
結衣「じゃあ」
首を傾げる。
結衣「もう一度、聞くね」
男たち「…………」
結衣「誰が殴った?」
沈黙。
結衣の表情が消える。
結衣「……答えて」
誰も答えない。
そして、突然─────
結衣「なんで黙ってんだァァァ!!!」
大声。
事務所が震えたように感じられる。
結衣「言えよ!!!」
男たちは飛び上がる。
結衣「俺は質問してんだよ!!!」
とてつもない怒鳴り声だった。
そして、突然、静かになる。
結衣「…………」
結衣は笑った。
結衣「……まあいいや」
その瞬間。
一人が走り出した。
男「逃げろォォォォォ!!!」
全員が一斉に走る。
階段を降り、廊下を走り、玄関から出て、駐車場へ。
男「車を出せ!!!」
男「早くしろ!!!」
男「急げェェェ!!!」
エンジン音、タイヤが鳴る。
何台もの車が、一斉に道路へ飛び出していった。
その背中を結衣は見送る。
数秒。
静寂。
そして─────
結衣「げはははははははははははは!!!」
結衣が笑った。
結衣「おお?!!何だ?!!俺と鬼ごっこしたいってのか?!!」
声が夜の街に響く。
一歩、更に一歩。
結衣「いいぜ!!!」
そして、目を細める。
結衣「逃げ惑え!!!どこまででも逃げろ!!!逃げれば逃げるほど、追い詰められるんだからな!!!」
げははははははははははははははは!!!
その狂気な笑い声が夜の街に不気味に響いていった。
*
最初の車は、事務所から大通りへ出た。
男「飛ばせ!!!」
男「分かってる!!!」
男「前を空けろ!!!」
男「信号なんか構ってられるか!!!」
男たちは叫ぶ。
男「どこへ行く!?」
男「県外だ!」
男「どこだ!?」
男「知らねぇ!」
男「じゃあ高速だ!!!」
車を走る。
時には降りたりする。
歩道、交差点、路地。
次々に逃げ道を探す。
男「右だ!!!」
男「右!?」
男「左は人が多すぎる!!!」
男「分かった!!!」
男「早く曲がれ!!!」
車が交差点を曲がる。
その後ろ─────別の車が、更に別の車が。
しかし、彼らはまだ知らない。
その道路の先で。
別の誰かが、既に動いていることを。
*
男「こちら東京支部!」
無線。
男『どうぞ!』
男「虎瀬組数名、車両で逃走!」
男『進行方向は!?』
男「現在、東側へ移動!」
男『了解!』
男「周辺班、聞こえてるか!」
男『聞こえてる!』
男「歩道側を確認!」
男『了解!』
男「駅周辺にも人を回せ!」
男『了解!』
街角。
魔牙組傘下の組員たちが、大声で互いに連絡を取り合う。
男「おい!黒い車だ!」
男「ナンバーは!?」
男「確認中!」
男「こっちには来てねぇ!」
男「なら次の通りを見ろ!」
男「分かった!」
男「お前ら、北側へ回れ!」
男「了解!」
歩道を走る。
交差点を横切る。
電話をかける。
男「こちら中央通り!」
男『どうぞ!』
男「該当車両、まだ確認できない!」
男『了解! 次の通りへ回れ!』
男「了解!」
更に別の声。
男「こちら駅前!」
男『対象は!?』
男「まだ!」
男『人通りが多い!一般人に迷惑をかけるな!』
男「了解!」
魔牙組の捜索は、荒々しいようで、妙に統制されていた。
目的は、ただ一つ。
逃げた虎瀬組を見つけること。
たった一人の女子高生がやられたことで、日本全国の裏社会は一斉に動き出し、国そのものを揺るがす程であった。
*
高速道路。
黒い車が走っている。
男「もう少しだ!」
男「何が!?」
男「県境!」
男「越えれば─────」
助手席の男が突然、後ろを見る。
男「…………」
男「どうした?」
男「いや……」
男「何だよ」
男「後ろ」
運転手がミラーを見る。
黒い車、一台。
男「……一般車だろ」
男「その後ろ」
もう一台。
男「……」
男「更にその後ろ」
もう一台。
男「…………」
男「全部……黒いぞ」
車内が静かになる。
男「偶然だ」
男「そうだ」
男「偶然だろ」
しかし、先頭の黒い車が車線を変える。
後ろの車も、同じように車線を変える。
男「…………」
運転手の手が震える。
男「……偶然じゃない」
*
男「こちら東海支部!」
男『どうぞ!』
男「対象車両、高速道路へ進入!」
男『確認した!』
男「周辺道路を確認する!」
男『了解!』
男「サービスエリアは?!」
男『現在、確認班を配置!』
男「了解!」
男「念のため出口も見ろ!」
男『了解!』
男「無理な接触はするな!」
男『分かっている!』
一台、二台、三台。
黒い車が別々の道路へ散っていく。
その一方で、別の車が逃走車両の後ろへつく。
近づきすぎない。
しかし、離れすぎもしない。
ただ、追う。
*
逃走する男たちは、高速道路を降りた。
男「降りろ!」
男「何で!?」
男「高速はまずい!」
男「追われてるのか!?」
男「分からねぇ!」
男「じゃあどうする!?」
男「車を捨てる!」
男「おい!」
男「早くしろ!!!」
路肩へ車を止める。
ドアを開ける。
全員が走る。
男「歩道へ!」
男「走れ!!!」
男「人に紛れろ!!!」
男「振り返るな!!!」
彼らは大通りへ飛び出した。
歩道。
人。
信号。
商店。
男「どけ!!!」
男「邪魔だ!!!」
男「走れ!!!」
男「こっちだ!!!」
大声が響く。
通行人が驚いて振り返る。
しかし、逃げる男たちの前に、別の声が飛ぶ。
男「いたぞ!!!」
男「どこだ!?」
男「前方!!!男三人!!!」
男「確認した!!!追え!!!」
男「了解!!!」
男たちの顔が青ざめる。
男「……何でいるんだよ!」
男「もう来たのか!?」
男「走れ!!!走れェェェ!!!」
歩道を駆ける。
角を曲がる。
男「右!右だ!」
男「いや、左だ!!!」
男「どっちだよ!!!」
男「左ィィィ!!!」
走る。
曲がる。
また走る。
しかし、前方から。
男「止まれェェェ!!!」
別の声。
男「いたぞォォォ!!!」
男「前を塞げ!!!」
男たちは、慌てて方向を変える。
男「戻れ!!!戻るぞ!!!」
男「こっちだ!!!急げ!!!」
ところが戻った先、そこにも黒い車。
男「…………」
男「嘘だろ」
車から降りてきた組員が静かに言う。
男「─────もう逃げ道は少ないぞ」
男「ふざけんな!!!」
男たちは、また走った。
*
その頃。
赤松結衣はまだ事務所にいた。
ソファに座り、ラムネを食べている。
カリッ。
電話が鳴る。
結衣「何だ?」
淡々とした高い声。
男『組長。東京方面、対象の一部を確認』
結衣「そう」
男『現在追跡中』
結衣「急がなくていいよ」
男『……はい?』
結衣「焦らせて」
結衣は笑った。
結衣「でも、捕まえなくていい。もっともっと、恐怖を煽らせるんだ」
男『─────承知しました』
結衣「逃げ道を残して」
男『へい』
電話が切れる。
結衣はラムネをもう一粒。
結衣「逃げて」
カリッ。
結衣「もっと」
カリッ。
結衣「もっともっと」
そして、小さく笑う。
結衣「……自分で逃げ道を選ばせた方が─────楽しいからね」
*
逃走二日目。
男たちは別の車を手に入れていた。
男「これなら分からない」
男「ナンバーも違う」
男「服も変えた─────大丈夫だ」
しかし、安心できない。
どこへ行っても、誰かがいる気がする。
コンビニ。
駅。
交差点。
サービスエリア。
高速道路。
男「……なあ」
男「何だ?」
男「さっきから」
男「……」
男「同じ男を見てないか?」
男「どの男?」
男「あそこ」
歩道の向こう。
黒いスーツ。
男はスマートフォンを見ている。
男「……気のせいだ」
男「そうか?」
男「そうだ」
車が走る。
しばらくして、また、別の交差点。
同じような黒いスーツ。
男「……まただ」
男「…………」
男「絶対いる」
*
男「こちら関西支部!」
男『どうぞ!』
男「対象の仲間が西方面へ移動した可能性!」
男『確認する!』
男「駅を見ろ!」
男『了解!』
男「高速道路も!」
男『了解!』
男「一般道は!?」
男『こちらで確認する!!!』
歩道。
組員たちが走る。
男「見つけたか!?」
男「まだだ!!!」
男「東側は!?」
男「いない!!!」
男「北は!?」
男「確認中!!!」
男「なら南へ回れ!!!」
男「了解!!!」
男「周囲確認!!!」
男「対象を見た奴はいないか!!!」
男「いない!!!」
男「もう一度探せ!!!」
*
三日目。
逃げている者は次第に減っていた。
一人、また一人。
連絡が途絶える。
男「……おい」
男「どうした?」
男「昨日から連絡がない」
男「誰の?」
男「……あいつ」
男「電話しろ」
男「した」
男「出ないのか?」
男「……繋がらない」
男「もう一回」
男「何度もしてる」
沈黙が訪れる。
男「……まさか」
男「考えるな」
男「でも……」
男「考えるな!!!」
*
そして、また一人、姿を消した。
また一人、また一人。
逃げる仲間が減っていく。
残った男はついに理解した。
男「……俺だけだ」
自分一人だけ、逃げている。
男「そんな……」
スマートフォン。
連絡先。
一つ、また一つ。
電話する。
男「頼む……」
呼び出し音。
『現在おかけになった電話番号は─────』
留守番電話。
別の番号。
呼び出し音。
繋がらない。
男「くそっ……」
更に別の番号。
男『……もしもし』
男「助けてくれ!」
男『…………』
男「頼む!」
男『無理だ』
男「何でだよ!」
男『魔牙組に関わったら終わりだ』
男「俺たちを見捨てるのか!」
男『……もう、お前たちとは関係ない』
電話が切れる。
男「…………」
男は道路の真ん中で、立ち尽くした。
その時、遠くから声がした。
男「いたぞォォォ!!!」
男が振り返る。
男「走れ!!!向こうだ!!!」
男「逃がすな!!!右へ回れ!!!」
男「了解!!!」
歩道の向こう。
黒い服の男たちが走ってくる。
男「来るな!!!」
男は走った。
男「追え!!!走れ!!!」
男「逃げたぞ!!!」
男「南側だ!!!」
男「了解!!!」
男「先回りしろ!!!」
男「分かった!!!」
男「急げ!!!」
男は交差点を曲がる。
しかし、その先にも、黒い車。
男「……嘘だろ……」
車のドアが開く。
男は反対方向へ走った。
男「いたぞ!!!北だ!!!」
男「追え!!!走れ!!!」
男「また逃げるぞ!!!」
歩道。
交差点。
路地。
また歩道。
また交差点。
どこへ行っても、声がする。
男「いたぞ!!!こっちだ!!!」
男「回り込め!!!」
男「了解!!!」
男「逃がすな!!!」
男「見失うな!!!」
男「了解!!!」
逃走者の呼吸がどんどん荒くなる。
*
山道。
静寂。
男は歩いていた。
走る力も殆ど残っていない。
男「……ここなら」
木々。
霧。
鳥の声。
男「……誰も来ない」
スマートフォンを見る。
圏外。
男「……やった」
初めて、笑った。
男「ここなら……」
その時、遠くから車の音。
男「…………」
男は振り返る。
聞こえなくなった。
男「……気のせいだ」
歩く。
カリッ。
男「…………」
止まる。
カリッ。
ラムネを噛む音。
男「……え?」
どこから聞こえた?
右。
左。
後ろ。
前。
カリッ。
そして。
声。
結衣「─────見〜つけた♪」
淡々と、高い声。
男の顔面から、血の気が引いた。
男「……赤松……結衣……」
木々の向こう、赤松結衣が立っていた。
黒いスーツ。
長い黒髪。
細い目。
そして、ラムネ。
結衣「……逃げたねぇ」
男「来るな……」
結衣「どうして?」
男「来るな!!!」
結衣「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか」
結衣は笑う。
結衣「俺はただ」
ラムネを一粒、指先でつまむ。
結衣「君と話をしたいだけだよ」
カリッ。
男「…………」
男は後退する。
結衣の声が。
少しずつ低くなる。
結衣「俺はなぁ……」
男「…………」
結衣「虹ヶ咲学園のスクールアイドルたちに、恩義があるんだ」
男は黙っている。
結衣「スクールアイドル同好会に手を出す奴なら」
結衣の目が細くなる。
結衣「何人たりとも許さない」
ヒヒヒ。
小さな笑い。
結衣「ヒヒヒ……」
そして、突然。
結衣「ハハハハハハハハハ!!!」
男が震える。
結衣「何で果林を傷つけたんだ!!!」
突然の怒鳴り声。
結衣「ふざけんなゴラァ!!!」
男「ひっ…!」
結衣「何でだ!!!」
山に声が響く。
結衣「ただ歩いていただけだろうが!!!何の理由があった!!!シマに侵入?!!そんなくだらないことでスクールアイドルを傷つけたのか?!!あぁん?!!」
男は答えられない。
結衣は怒鳴る。
笑う。
黙る。
そして─────また怒鳴る。
まるで感情が壊れているかのように。
結衣「答えろォォォ!!!」
男「…………」
結衣「…………」
突然、結衣は静かになる。
結衣「……そう」
細い目で男を見る。
結衣「何も言えないんだ」
ラムネを口に入れる。
カリッ。
結衣「じゃあ」
背後から声がした。
男「組長」
結衣は振り返らない。
結衣「何だ?」
男「周囲、確認しました」
結衣「そうか」
男「逃走経路はありません」
結衣「……分かった」
結衣は最後に、空を見上げた。
そして、小さく。
結衣「鬼ごっこ」
笑う。
結衣「終わりだね」
*
その後─────山の中で何があったのか、詳しく知る者はいない。
ただ、朝になっても、その男は街へ戻らなかった。
そして、虎瀬組も事実上、消滅した。
*
数日後。
病院。
果林は窓の外を眺めていた。
果林「……妙な話よね」
侑が首を傾げる。
侑「何がですか?」
果林「私を襲った人たち」
彼方「うん」
果林「急にいなくなったみたい」
歩夢が言う。
歩夢「警察も調べてるみたいですけど……」
果林「そう」
果林は少し考える。
そして、いつものように笑う。
果林「まあ、今は気にしなくていいわ」
エマ「果林ちゃん……」
果林「私はもう大丈夫だから」
エマ「本当に?」
果林「ええ」
果林は笑った。
果林「それより、同好会の練習は?」
侑が笑う。
侑「ちゃんと待ってますよ」
果林「そう」
果林は嬉しそうに笑った。
果林「じゃあ、早く戻らないとね」
彼女たちは、何も知らない。
自分たちの為に、裏社会最大の組織が動いたことも。
全国各地で、黒い車が走り回ったことも。
歩道で、声が響き渡ったことも。
何も知らない。
そして、知らなくていい。
彼女たちは、ただ、スクールアイドルとして、自分たちの『好き』を追いかけていればいい。
*
その夜。
路地裏。
赤松結衣は、ベンチに座っていた。
黒髪が夜風に揺れている。
細い目。
黒いスーツ。
そして、ラムネ。
結衣「…………」
一粒。
カリッ。
結衣「……果林」
小さく呟く。
結衣「元気になるといいね」
もう一粒。
カリッ。
結衣「スクールアイドル同好会。君たちは─────」
空を見上げる。
結衣「何も知らなくていい。何も知らないまま、好きなことをやってればいい」
そして、微笑む。
結衣「それでいいんだよ」
*
一方。
裏社会の片隅。
二人の男が小声で話していた。
男「……聞いたか?」
男「何を?」
男「虎瀬組の話」
男「ああ」
男「全部消えたらしい」
男「……そうらしいな」
男「原因は?」
男「知らない」
男「誰がやった?」
沈黙が訪れる。
やがて一人が、机の上にあったラムネを見つめる。
男「……聞くな」
男「何で?」
男「聞いたって仕方ない」
男「……」
男「ただ、一つだけ覚えておけ」
男はラムネを手に取る。
男「虹ヶ咲学園のスクールアイドル同好会には」
カリッ。
男「絶対に手を出すな」
男「…………」
男「例え一人でも」
カリッ。
男「絶対に」
*
そして夜の街。
カツ。
カツ。
カツ。
黒いスーツの男が歩く。
結衣だった。
彼は夜道を歩きながら、ポケットのラムネを取り出す。
結衣「…………」
一粒を口へ。
カリッ。
結衣「さて」
小さく笑う。
結衣「次、スクールアイドル同好会に傷つける奴は─────」
そこで、結衣は立ち止まる。
夜空を見上げる。
結衣「誰かな?」
その声は、優しかった。
あまりにも、優しかった。
だからこそ、不気味だった。
カリッ。
カリッ。
カリッ。
夜の街に、その小さな音だけが響く。
─────ラムネ。
ただの菓子。
甘い菓子。
誰もが知っている、小さなラムネ。
しかし、裏社会に生きる者たちにとって。
その音は、決して、聞きたくない音だった。
カリッ。
─────そして。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の日常は、何も知らないまま。
明日へ続いていく。
赤松結衣のプロフィール
身長:187cm
年齢:27歳
一人称:俺
役割:魔牙組の組長。日本最大のヤクザ組織で傘下は50組もある
容姿:黒髪のセミロング。細目。スーツを着てる
性格:普段は淡々としているがDQNに対しては突然泣き叫んだり突然大声で怒鳴ったり突然狂気じみた笑い声を上げたりなどする…それはまさしくサイコパス。しかし善良なカタギには手を出さない男気のある。またサイコパスだが理不尽に扱われた善良なカタギには同情抱いたり共感性をもったりする。特に自分を助けてくれたカタギに理不尽にされたらその人物に絶対許さない。サイコパスになるのはDQNのみ(つまり『DQNにはDQNを』という体現したような人物)。DQNを死亡させる前には必ずラムネを食べるという
身体能力:同好会の一番の人間離れとした超人・鐘嵐珠よりも遥かに凌駕する(その為に軽々と建物を破壊することができたり)
キャラモデルはYouTubeチャンネル『スカッと!トラブルバスターズ』の登場人物『懺刃組』の組長『魅武豹我』