ノベルは今日も事件を探している   作:ほてぽて

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卵とマヨネーズ

 

 

 

 青白いモニターの光が、薄暗い部屋の一角を照らしている。

 

 その光を補うように、天井から吊るされたクリーム色の蛍光灯が、部屋全体をぼんやりと照らしていた。

 

 光に浮かび上がるのは、いくつものPC機材。

 大型のモニター。

 キーボード。

 積み重なったゲームソフト。

 

 そして、今は電源を落とされ、黒い画面をこちらへ向けている複数のモニター。

 

 壁際にはボードゲームの箱がいくつも並んでいる。

 その隣には、推理小説。

 さらにその隣には、いつ購入したのかも分からない雑誌。

 

 部屋の床には紙くずが落ちていて、お菓子の袋もいくつか転がっている。

 

 ペットボトルも一本。

 二本。

 三本。

 

 決して、綺麗な部屋とは言えない。

 しかし、

 人が歩くための道は、ちゃんと確保されている。

 

 物が散乱しているように見えて、生活に必要な場所は塞がれていない。

 

 長い目で見れば――ここには、ちゃんと人の暮らしがあるのであります。

 

 そして。

 

 その生活感あふれる部屋の主は、そんなことなど一切気にしていない。

 

「…………」

 

 ソファに寝転がりながら、ゲームの画面を眺めている少女。

 

 エクシアであります。

 

 同じプロトコール部隊に所属する仲間。

 

 そして、現在この部屋を根城としている人物。

 

 対して私は。

 

 ノベル。

 探偵であります。

 探偵とは、事件を追い、真実を暴き、謎を解き明かす者。

 

 つまり、

 私は現在、重大な捜査活動の真っ最中なのであります。

 

 ……具体的に何をしているのか?

 

 食事であります。

 

 小さなちゃぶ台。

 その上には、真空パックされた食品が並べられている。

 

 ゆで卵。

 卵焼き。

 目玉焼き。

 スクランブルエッグ。

 

 卵。

 卵。

 卵。

 

 見事なまでに卵尽くしであります。

 

 これもまた、日常という名の事件現場。

 

 私はパックを一つ手に取った。

 

 封を開ける。

 中からゆで卵を取り出す。

 

 白い殻ではない。

 すでに調理済みで、殻も剥かれている。

 

 そのまま口へ運ぶ。

 

 ぱくり。

 

 噛むと白身がぶつりと歯で切れる。

 

 その奥から、黄色い黄身が現れる。

 

 しっとりとしている。

 けれど、口の中でほどよく崩れていく。

 

 味は薄い。

 ……薄いのであります。

 

 しかし。

 

「…………」

 

 私はマヨネーズを手に取った。

 

 蓋を開ける。

 ゆで卵の断面へ、白いマヨネーズをかける。

 

 再び口へ運ぶ。

 

 ぱくり。

 

 酸味。

 そして、濃厚な味わい。

 

 先ほどまで薄かった卵の味が、はっきりと存在感を持ち始める。

 

「……美味しい」

 

 思わず呟く。

 

 やはり。

 

「やはり、卵にはマヨネーズが合うのであります……!!」

 

 これは重要な発見であります。

 

 以前、端末で調べたことがある。

 

 マヨネーズ。

 その材料には卵が使われているらしい。

 

 つまり、

 卵に卵を合わせている。

 

 これは果たして矛盾なのか。

 

 否。

 むしろ相性がいい。

 同族だからこそ分かり合える。

 

 ……なるほど。

 これもまた、事件の一つであります。

 

 私は指先についたマヨネーズを舐め取った。

 

 そして次のパックへ手を伸ばす。

 

 目玉焼き。

 

 封を開ける。

 

 パックから取り出して、皿の上へ置く。

 

 私は醤油を手に取った。

 

 そして、

 目玉焼きの上へ、円を描くようにかける。

 

 醤油が白身の上を流れていく。

 

 香ばしい匂い。

 

 フォークを手に取り、

 黄身へ突き刺す。

 

 ぷつり。

 

 膜が破れて中から、とろりとした黄色い液体が流れ出した。

 

 白身の上へ広がっていく。

 

 そこへ醤油が混ざる。

 

 黄色。

 茶色。

 白。

 

 なかなか美しい光景であります。

 

「目玉焼きは半熟に限ります」

 

 これは譲れない。

 完全に火の通った黄身も悪くはない。

 

 しかし。

 この、とろりとした黄身。

 

 白身と混ざり合うことで生まれる味。

 

 そこへ醤油が加わる。

 

 実に合理的であります。

 

 私は白身をフォークで切り分けた。

 黄身と醤油を絡める。

 

 そして口へ。

 

「…………」

 

 ぱく。

 もう一口。

 ぱく。

 さらに一口。

 気がつけば、皿の上には何も残っていなかった。

 

 事件解決であります。

 ……いや。

 食事終了であります。

 

 私は隣へ視線を向ける。

 

 エクシアは、未だソファに寝転がったままだった。

 

 ゲーム画面を食い入るように見ている。

 

「エクシアは食べないんですか?」

 

「あ~……」

 

 視線は画面から動かない。

 

「今忙しいから置いといて下さい、後で食べます」

 

「そうですか」

 

 ゲームというものは、そこまで忙しいものなのでしょうか。

 しかし、本人がそう言うのであれば仕方がない。

 

 私は立ち上がる。

 

 使った食器を手に取る。

 シンクへ向かい、そこへ置く。

 洗うのは、戻ってからでいいでしょう。

 今すぐ洗わなければならない理由はない。

 

 さて、

 今日の日付を確認する。

 予定を確認する。

 特に問題なし。

 

 ならば、

 そろそろ外へ出る時間であります。

 

 私は部屋を見回した。

 

 床に落ちている紙くず。

 食べ終えたお菓子の袋。

 先ほどの卵のパック。

 ペットボトル。

 

 ……。

 

 これは、

 事件の痕跡であります。

 

 見逃すわけにはいかない。

 私はゴミ袋を手に取った。

 

 一つ。

 また一つ。

 散らばったゴミを拾い上げていく。

 

 紙くず。

 お菓子の袋。

 空になった食品パック。

 ペットボトル。

 

 部屋に残された証拠品を回収していく。

 

 そして袋をまとめる。

 持ちやすいように口を縛る。

 

 これでよし。

 

 玄関へ向かい扉へ手を掛ける。

 

 ふと、私は振り返った。

 

 ソファの上では、エクシアが未だゲームに夢中になっている。

 

「ノベル〜」

 

「はい?」

 

「出掛けるなら、お菓子とジュースをお願いしていいですか……?」

 

「あ、いつものですね!」

 

「はい」

 

 これもまた。

 

 重要な捜査活動であります。

 

 ゴミ袋を手に外へ出る。

 

 街を歩く。

 人々を観察する。

 

 そして、

 事件を探す。

 事件というものは、いつどこで発生するか分からない。

 

 だからこそ、

 探偵は足で探すのであります。

 

「では、今日も事件を足で捜してきます!」

 

 扉を開ける。

 そして閉じる。

 

 ぱたん。

 

 静かになった部屋。

 

 しばらくして。

 

「いってらっしゃ~い……」

 

 ソファから、エクシアの声だけが返ってきた。

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