ノベルは今日も事件を探している   作:ほてぽて

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ごみステーション

 

 

 館内の指定されたごみステーション。

 

 私はそこへ、一つのごみ袋を置いた。

 

 昨日から部屋に溜まっていたもの。

 

 お菓子の袋。

 空になったペットボトル。

 食品の容器。

 その他、日常生活を送っていれば自然と発生する、ささやかな廃棄物たち。

 

 袋の口は、しっかりと縛ってある。

 

 これでよし、と

 私は両手をパンパンと叩いた。

 

 まるで、一仕事を終えた職人のように。

 

「……ふぅ」

 

 そして、足元のごみ袋を見下ろす。

 そこには、私が持ってきた一袋だけが置かれているわけではなかった。

 

 いくつものごみ袋。

 大きさも違えば、形も違う。

 それぞれの部署から集められてきたものなのだろう。

 整然と並んでいるものもあれば、少し形の崩れたものもある。

 

 私は一歩、近づいた。

 

 そして。

 

 一つ。

 また一つ。

 ごみ袋を見つめていく。

 

「…………」

 

 探偵にとって、観察は基本であります。

 

 何気ない光景。

 誰も気に留めないもの。

 そういったものの中にこそ、事件の手掛かりが隠されている。

 

 これは、探偵としての経験から得た重要な知識であります。

 

 例えば。

 公衆のごみ箱。

 あるいは、宛先の分からない箱。

 

 そういった場所に爆発物が仕込まれていることがある。

 

 テロリストが利用する、典型的な手口。

 

 人々が何も疑わずに日常を過ごしている、その瞬間。

 

 突然、事件は起きる。

 

 

 AFXテロ事件。

 

 エターナルスカイ爆破テロ事件。

 

 

 どちらも、人々の日常が突如として事件に変わった事例であります。

 

 事件というものは、予告してくれるとは限らない。

 昨日まで何もなかった場所。

 さっきまで誰も気にしていなかった場所。

 そこに突然、事件が現れる。

 

 だからこそ。

 探偵は、日常を見なければならない。

 

 何もないように見える場所ほど。

 

「…………」

 

 私は腰に手を当てた。

 

 そして、目の前のごみ袋を見つめる。

 

 右へ。

 左へ。

 もう一度、右へ。

 

 怪しいものはない。

 異臭もない。

 不自然な膨らみもない。

 急いで縛ったものではない。

 爆発物が仕込まれている可能性は低い

 袋の結び方にも特におかしなところはない。

 

 ……ふむ。

 

 問題なさそうであります。

 

 私は懐から虫眼鏡を取り出した。

 

 レンズを目の前へ掲げる。

 

 蛍光灯の光がレンズに反射して、キラリと輝いた。

 

 これぞ探偵。

 

 虫眼鏡。

 ハンチング帽。

 そして鋭い観察眼。

 

 完璧な捜査態勢であります。

 

 私はもう一度、ごみ袋を見つめた。

 

「…………」

 

 しかし。

 

 ここで、あらかじめ言っておかなければならないことがあります。

 

 これは。

 私の調査対象ではありません。

 調査対象ではないのです。

 

 決して。

 決して――。

 

 ごみを漁っているわけではありません。

 

 ましてや。

 以前、何か事件の手掛かりがないかと思ってごみ袋を調べていたところ。

 

 中身を散らかしてしまい。

 最終的に自分一人では元の状態に戻せなくなって。

 事務の方から、

 

「ノベルさん、何をしてるんですか」

 と、たいへん穏やかな声でお説教を受けた。

 

 などということでは。

 断じてありません。

 

 ……。

 ……本当に、ありません。

 

 そもそも、

 名探偵たる私が、

 ごみ袋を漁って散らかした挙げ句、お説教を食らうなど。

 

 そんなことがあるはずがない。

 ありません。

 ありませんとも。

 

 私は虫眼鏡を静かに懐へ戻した。

 

 そして、咳払いを一つ。

 

「……ふむ」

 

 改めて、ごみ袋を見る。

 

 ……そもそも、これは事務の方が回収した普通のごみ袋であります

 

 つまり。

 すでに然るべき人々によって管理されている。

 私が調べる必要はない。

 

 そう。

 

 事件が起きていないのであれば。

 探偵が無理に首を突っ込む必要などないのであります。

 そもそも、ここに集められたごみは、その後きちんと分別される。

 

 事務の方々が。

 

 そう。

 

 事務のおじさん。

 事務のおばさん。

 皆さんが、毎日きちんと仕事をしてくださっている。

 

 ならば、

 私の出る幕ではない。

 

 それだけであります。

 

 決して怒られたからではありません。

 本当に。

 

 踵を返した。

 

 ごみステーションを後にする。

 

 

 探偵には、次の捜査が待っているのだから。

 

 館内を抜け、外へ出る。

 

 アークの街へ。

 

 扉を通り抜けた瞬間、明るい光が目に入った。

 

 私は思わず目を細める。

 ハンチング帽のつばへ指を掛け、ほんの少し持ち上げる。

 

 青い空が見えた。

 雲も少なく、広い空がどこまでも続いている。

 白い太陽が、眩しいほどに輝いている。

 

 帽子の陰から顔へ光が差し込んだ。

 

「……いい天気であります」

 

 今日のアークは晴れ。

 

 雨の気配もない。

 

 人々はいつものように街を歩いている。

 店は開いている。

 道を行き交う人々の声が聞こえる。

 

 どこにも異常はない。

 

 少なくとも、今のところは。

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