立ち並ぶビル。
その隙間を縫うように建てられた構造物。
昼のアークには、いくつもの影が落ちていた。
太陽の位置によって伸びる影。
建物の壁によって切り取られた影。
行き交う人々の足元にも、それぞれの影が重なっている。
人の声。
足音。
店先から聞こえる呼び込み。
機械の駆動音。
それらが幾重にも重なり、街そのものが一つの大きな音を発しているようだった。
私は、その中を歩いていた。
人の流れに合わせる。
追い越す。
追い越される。
時折、立ち止まる人を避ける。
まるで人の間をすり抜けるように進んでいく。
しかし、
大通りを歩いている途中、私はふと道を外れた。
理由はない。
ただ、なんとなく。
探偵というものは、時として予定された道から外れるものなのであります。
何かがあるかもしれない。
何もないかもしれない。
どちらにせよ、歩いてみなければ分からない。
そうして少し細い道へ入ったところで。
ふと。
私は視線を下へ落とした。
「…………」
自分の足元。
太陽から受けた影が、地面へはっきりと黒く映っている。
靴。
脚。
ハンチング帽を被った自分の姿。
輪郭のある、普通の影。
しかし、
その影の周囲。
私の足元から、多方向へ向かって薄ぼんやりとした影のようなものが伸びている。
一つではない。
いくつかある。
濃くもない。
地上であれば、こんな影の作り方はしない。
私は一瞬だけ足を止めた。
もう一度、見る。
けれど、それ以上に気になることもなかった。
太陽は空にある。
街はいつも通り。
人々もいつも通り。
私もいつも通り。
ならば、
気にする必要はない。
なにより、ここはアーク。
私は特に気に留めることなく、歩き出した。
なんてことのない日常に、疑問など必要ない。
探偵は何もかもを疑うべきではない。
疑うべきものを疑う。
それが重要なのであります。
しばらく歩く。
周囲を見渡す。
雑貨店。
商店。
小さな店が並んでいる。
その先には、開けた場所が見えた。
公園。
周囲には低木が植えられている。
小さな花もある。
どこかで見たことがあるような、変わらない風景。
ブランコ。
滑り台。
騎乗して遊ぶための遊具。
犬や猫を模した形のもの。
砂場。
そして、ドーム型をした遊具。
表面には、子どもが入れるためなのか、いくつもの穴が点々と開いている。
少し離れた隅にはベンチ。
人も、それなりにいる。
子どもたちが走り回っている。
笑い声がする。
ブランコが揺れる音。
砂場で遊ぶ子どもたち。
平和そのもの。
「…………」
私は目を細める。
事件の匂いは、微塵も感じられない。
実に結構。
事件がないということは、平和であるということ。
先ほどのごみステーションと同じであります。
今日も事件は見つからない。
……いや。
探偵としては少し残念ではありますが。
平和が一番なのであります。
そう思いながら、私は公園をもう一度、一瞥した。
その時だった。
「…………?」
見慣れた人影が目に入った。
長い黒髪。
まっすぐに伸びたストレート。
背は私より少し低い。
その人物は、落ち着きなく周囲を見回している。
右。
左。
そして、また右。
「…………」
あれは。
見ているというよりも。
探している?
私は立ち止まった。
特徴的な髪。
見覚えのある姿。
間違いない。
リトルキャノン所属のミカであります。
彼女はしばらく周囲を見回していたが。
やがて。
こちらへ顔を向けた。
目が合う。
一瞬。
互いに止まる。
そして。
「ノベルさーん!」
ミカが両手を振った。
「こっちへ来てくださーい!」
なるほど。
これは。
何やら事件の予感であります。
呼ばれて飛び出て名探偵。
やはり、外へ出ることは調査の第一歩だったのであります。
私は帽子のつばへ指を掛け、少しだけ持ち上げた。
「事件でありますか?」
ミカのところへ向かって歩き出す。
「それとも、何か怪しいことでもありましたか?」
「えっと……」
ミカは何かを言いかけた。
けれど、
すぐには答えなかった。
私から数歩ほど距離を取る。
後ろへ。
そして、先ほど見つけたドーム型の遊具の側へ寄っていった。
その表面へ、そっと手を添える。
私は首を傾げた。
「…………?」
これは。
何でしょう。
事件の現場。
それとも証拠品。
あるいは、
何かを隠している?
私は手帳を取り出した。
胸ポケットからメモ帳。
そしてボールペン。
カチッ。
芯を出す。
準備は万端であります。
私はミカへ近づいていく。
一歩。
また一歩。
彼女の表情を見る。
周囲を見る。
遊具を見る。
公園を見る。
異常は――。
「…………」
もう少し。
あと数歩。
その時。
ドーム型遊具に開いた、一つの穴。
そこから。
何かが聞こえた。
「――――」
次の瞬間。
パンッ!!
空気を叩き割るような高い音が鳴った。
「…………っ!」
鼓膜を直接叩かれたような、瞬間的な破裂音。
何が起きたのか。
判断するよりも早く。
もう一度。
パンッ!
一瞬。
私は身を伏せた。
何が起きた。
銃撃?
爆発物?
公園という人の集まる場所を狙ったテロ?
思考が一気に加速する。
そして。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
パンッ!
一発ではない。
連続する。
まるで。
マシンガン。
その銃声が公園で響いた。