ノベルは今日も事件を探している   作:ほてぽて

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正体

 

 

 私は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 遊具に開いた、小さな穴。

 その向こう側へ視線を向ける。

 

 細かな紙片が舞っていた。

 

 赤。

 青。

 黄色。

 緑。

 それから、光を反射する銀紙。

 

 細く切られたテープが、空気の中でゆっくりと回転している。

 

 ひらひら。

 くるくる。

 そして、地面へ落ちていく。

 

「…………」

 

 なんとも華やかな光景だった。

 

 先ほどまで私の目の前にあったのは、銃撃を思わせる乾いた音。

 

 けれど今、視界に広がっているのは、まるで小さな紙吹雪のようなものだった。

 

 そして。

 その奥にいたのは、子供たち。

 

 一人。

 また一人。

 

 みんな笑っている。

 手にしているのは、小さなクラッカー。

 それぞれが鳴らしたばかりなのだろう。

 

 まだ煙のように細かな紙片が残っている。

 

 そして、その子供たちの間から。

 

「びっくり大成功~!」

 

 ひょこり。

 

 ドーム型遊具の陰から、ベロータが顔を出した。

 彼女の手にも、同じクラッカーが握られている。

 

「…………!」

 

 私は無言で彼女を見た。

 

 なるほど。

 

 そういうことでしたか。

 

 これは事件ではない。

 犯罪でもない。

 テロでもない。

 

 公園の子供たちとベロータが仕掛けた、ちょっとした驚かし。

 

 ただ、それだけ。

 

「あはっ。探偵さん、すごく綺麗だったでしょ?」

 

 ベロータが上擦った声で笑う。

 

 その腕袖やスカートの裾には、子供たちが楽しそうに掴まっている。

 

 ベロータはそんな子供たちの歩幅に合わせるように、ゆっくりとこちらへ出てきた。

 

「ミカ! ハイタッチ!」

 

「あ、はい」

 

 パン。

 

 パン。

 

 ミカとベロータが、お互いの両手を合わせる。

 どうやら、作戦成功の合図らしい。

 

 その後、ミカがこちらへ駆け寄ってきた。

 

「あの……立てますか?」

 

 手が差し出される。

 

「あ、ありがとうであります」

 

 私はその手を掴む。

 

 ――前に。

 地面へ落としてしまった手帳とボールペンを拾い上げる。

 

 手帳。

 ボールペン。

 

 よし。

 

 そして改めて、ミカの手を取る。

 引かれるようにして立ち上がった。

 

「…………」

 

 帽子のつばを指でトントンと叩く。

 それから、膝に張り付いた砂を払う。

 

 手のひら。

 服。

 帽子。

 どこも大きな怪我はない。

 

 地面には、先ほどのクラッカーから飛び出した紙とテープが散らばっている。

 

 そこを、色とりどりの小さな靴が行き交っていた。

 

 子供たちの笑い声。

 楽しそうな声。

 

 誰かが拾った紙を空へ投げる。

 また、それを別の子が追いかける。

 

「…………」

 

 私は、その光景をしばらく眺めた。

 それから、ミカへ視線を戻す。

 

「ぐぅ……」

 

 小さく唸る。

 

「まんまと、いっぱい食わされました」

 

「す、すみません……」

 

 ミカが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 しかし。

 これは仕方がない。

 

 私が事件を探しに来たと思ったら。

 事件の方から、私を見つけに来た。

 

 なんとも不思議な構図であります。

 

「本当に、何かあったというわけではないのですか?」

 

「はい。本当にドッキリを仕掛けただけなんです」

 

 ミカはそう答えた。

 

 本当に。

 それだけ。

 それだけなのである。

 

 平和なアークで起きた、ちょっとしたいたずら。

 

 事件と呼ぶにはあまりにも小さく。

 

 けれど。

 私を完全に騙したという意味では、なかなか見事な作戦だった。

 

 そんなことを考えていると。

 ミカの後ろから、小さな女の子が顔を出した。

 

「お姉ちゃんも遊ぼ」

 

「…………」

 

 子供からのお誘い。

 

 私は少し考える。

 そして胸を張った。

 

「ふふ、お誘いは嬉しいですが、私は名探偵として日頃の調査があるので忙しいのであります」

 

 フフン。

 

 決まった。

 私は名探偵。

 事件を探さなくてはならない。

 

「もし、遊ぶことがあったら……」

 

 手帳を持ち直す。

 

「ボードゲーム、もしくはカードゲームで相手になります」

 

 探偵は頭脳戦に強い。

 これは重要なことであります。

 

 女の子は私を見上げる。

 

 そして。

 

「探偵ごっこしてるの?」

 

「ごごごっ……!?」

 

 思わず声が裏返った。

 

「ごっこ!?」

 

 口から勝手に言葉が飛び出した。

 

 ごっこ。

 今。

 ごっこと言ったのでありますか?

 

 私が?

 

 探偵を?

 

 ごっこ……?

 

 まるで、今まで聞いたことのない言葉を聞いたかのように、私は固まってしまった。

 

 すると、ミカが慌てたように女の子の口元へ手を添えた。

 

「小さい子から見ても推理は難しいですから、大目に見て下さい……」

 

 

「…………」

 

 私は手帳を見る。

 次に、自分の帽子を見る。

 ハンチング帽。

 続いて、自分の服装を見る。

 

 そして、手にした手帳。

 ボールペン。

 

 最後に、ミカを見る。

 

「私は……」

 

 一呼吸。

 

「本物の探偵であります!」

 

 きっぱりと言った。

 

 ミカが苦笑する。

 

「その、割と……そういうことを聞いて遊びに取り入れたりして、探偵の卵が、できちゃったりなんかして……なんて」

 

「…………」

 

 探偵の。

 卵?

 

「……探偵の卵?」

 

 その言葉に、私は反応した。

 

 ミカの後ろに隠れていた女の子を見る。

 先ほどまでの笑顔は少し消えている。

 

 困ったような。

 どう答えればいいのか分からないような顔。

 

 私は少しだけ腰を屈めた。

 目線を合わせる。

 

「あなたも探偵を目指しているのでありますか?」

 

「…………」

 

 女の子は首を傾げた。

 

「探偵って、どんなことをするの?」

 

「!」

 

 質問。

 

 これは探偵について教える絶好の機会であります。

 私はすぐに答えた。

 

「それは、誰にも解けない難しい問題や事件を調べて、答えを見つけるお仕事であります!」

 

 手帳を開く。

 

「いろんな情報をかき集めて!」

 

 指を一本。

 

「まとめて!」

 

 二本。

 

「整理して!」

 

 三本。

 

「推理して!」

 

 そして。

 最後に、一本の指を立てる。

 

「一つの答えを出す!」

 

 決まった。

 

「いつも答えは一つであります!」

 

「…………」

 

 女の子は黙っている。

 少し難しそうな顔。

 

 やがて、ミカが横から小さく口を挟んだ。

 

「ちょっとお話が難しかったかもです」

 

「……そうでありますか」

 

 少しだけ肩を落とす。

 伝えるというのは難しい。

 推理よりも難しいかもしれない。

 

 私は立ち上がった。

 

 すると。

 

「ねぇねぇねぇ!」

 

 ベロータが駆け寄ってきた。

 

「これあげるね!」

 

 差し出されたものを見る。

 

 それは、先ほど大きな音を鳴らしたもの。

 

 小さなクラッカー。

 

 しかし。

 

 今度のものからは、紙もテープも飛び出していない。

 

 未使用。

 

「…………?」

 

「んふっ」

 

 ベロータが笑う。

 

「これで誰か驚かしちゃおうよ!」

 

 クラッカーを私の手のひらへ乗せる。

 

「びっくりしすぎて、腰抜かしちゃう人とか見れちゃうかも」

 

 クスクス。

 楽しそうに笑っている。

 

「…………」

 

 私はクラッカーを見つめた。

 

 

「ふむ」

 

 

 私はこうして。

 事件の証拠品――未使用のクラッカーを手に入れた。

 

 …………。

 

 これは、

 なかなか良い証拠品であります。

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