あえて「相手が誰か」は明言しません。マルチバースをお楽しみくださいませ。
夏。
西部の赤き風と呼ばれる彼も、今日はお休み。
夕焼けが彼の背を見送りながら、人混みに消えていく。
背の高い彼が埋もれてしまいそうなぐらい混みあう往来を、必死に彼の服を掴んでついていく。
屋台が立ち並ぶ。普段食べているようなものでも、なんだかおいしそうで。
ただ眺めているだけなのに、彼は優しく微笑む。
「食べたいのか?」
どこで手に入れたか、ここで使えるお金を出して二人分の食べ物を買う。
わたあめを見ると、彼は驚いていた。
「これ、食べられるのか……?」
確かに、食べる瞬間に消えてしまう感じは独特かもしれない。
彼が普段見ないくらい大きな口を開けて食べているところを、初めて見たかもしれない。
驚いているのを隠し切れないのがなんだか可笑しくて、こちらも笑顔になってしまう。
フランクフルト、チョコバナナ、りんご飴……
手に持てるだけの食べ物を持っているこちらを、優しく見つめている。
「……まだ食べるのか?」
彼の手にはやきそばとラムネが入ったビニールが握られている。
それは呆れているのか、それとも驚いているのか。
普段、彼はこんな所に来るタイプではない。
決して冷たい訳じゃないけれど、人の多いところをあまり好まない。
喧噪の中でも、彼は一人遠くから見つめている。彼はそんなタイプだ。
だが今回はこちらにも「約束」という大きな後ろ盾がある。
どれだけ仲が良くても、どれだけ心が通じていても。
すれ違ってしまうことはあるもので。
今回は、なんだかちょっと上手くいかなかったお詫びに我儘を聞いて貰ったのだ。
どこかに留まることの少ない彼を、どこか繋ぎ止めておきたくて。
ただ、やはりというべきか口数は少ない。
自分だけがはしゃいで、子供扱いされている感じすらある。
彼からしたら、きっと自分は子供に過ぎないのだろうけど。
「一緒にやってみないか?」
急に彼に声をかけられる。目に留まった物は一体なんだろう?
プラスチックの銃と、的が用意されている。射的だ。
「引き金は二度引かねぇ、一発が全てだ!」
本物の銃を使いこなす彼にとって、こんなおもちゃで狙った所に当てるのなんて簡単だ。
見事に賞品を倒していく……
とはいえ、この射的は縁日のあるあるというか、ちょっとずるい。
的を倒すと、的に付いている紙に商品が書かれている……のだが、彼がどれだけ当てても3等以上が出ない。
「運が悪いな…」
どう考えても出店側の策略だ。
でも、そうやって駄々を捏ねるのが、なんだかより子供らしいような気がして踏み留まってしまう。
「俺ばかりがやっても仕方ないな。やってみるか?」
彼はそういうと、こちらに銃を渡し、店主に代金を支払う。
「お兄さん上手いからね!手伝うのはなしだよ!」
「大丈夫さ。こいつなら当てられる。」
出店側もあまりに当てる彼を見て、少し警戒しているようだ。
一人でなんとか当てられるだろうか。
でも、いつもの彼なら。
軽い音と共に、後方に飛んでいく的。命中だ。
「お見事!それじゃあ~~」
「おいあんた、こいつに渡すのは的に付いてた紙の奴にしてやってくれ」
「げっ!だ、旦那。疑うような事言わないでくださいよ!特賞、こちらになりますから!」
「ありがとうな。銃は嘘をつかない。あんたが隠し事をしてたって、そのまま撃ち抜いちまうぜ。」
「やだなぁ~旦那!この商売始めてからずっと正直に生きてますよ!アハハ!」
明らかに動揺している店主を横目に、彼はこちらの手を引いてその場を離れる。
気付いていたのか、と聞いてみる。
「お前が撃った獲物だ。つまらんことをされるのは、我慢ならなかっただけだ。」
自分で撃ったものに関しては良いのか?と聞いてみる。
「一緒にこうして銃を撃つなんて、玩具であっても初めてじゃないか。それが、嬉しかったんだ。」
浮かれていたのも、策略に憤っていたのも自分だけではなかったのだ。
それどころか、この時間を楽しんでいたのも。
「それより、ずいぶん良い撃ち方だったじゃないか?どうしたんだ?」
そういう彼に、素直に「真似をした」と伝えるのはなんだか恥ずかしくて。
でも、最初に「こいつなら当てられる」と信じてくれたのも嬉しくて。
「射的、来年もあると良いな。」
答えを渋るこちらを察してか、彼は話を変える。
「そうしたら、帰って来る理由も、一緒に出掛ける理由もできる。」
その優しい背中は、夏の終わりを伝えるようで。
「また一緒に!」
ぶつけて鳴らしたラムネの瓶が、夏の終わりを告げる。