「どう、綺麗でしょう♡」
思い描いてしまった空間とはまったく異なる景色を見て、俺は抵抗を止めた。
馬鹿みたいな外観からは想像も付かない高級ホテルのような、広々としたロビー。
ピッカピカに磨き上げられた床を照らす、モダンでシックな落ち着いた照明。壁には美しい絵画まで飾られている。
「う、嘘だろ……?」
「本当よん♡」
ハムレットが嬉しそうに胸を張る。
内装にこだわっているというのは本当だったらしい。
だったら、なぜそれを外観に分けてやれなかった……!
「突き当りにレストランがあるから、そこで食事にしましょ♡ もちろん、シェフはア・タ・シ♡」
「いいけど……あんた、料理できるのか?」
「もう、失礼しちゃうわね! こう見えてもアタシ、ミシュランの三ツ星レストランで働いてた時期もあったのよ♡」
は? 冗談だろ? というか異世界にもミシュランがあるのかよ!?
「うふふ、冗談だと思う?」
心を見透かすかのような台詞を吐くハムレット。
俺はどう返したらいいか分からず、何も言えなかった。
「んにゃーあ……」
困惑する俺をよそに、ティムがあくびをする。
ありがとうティム、危うくあいつのペースにかき乱されるところだった。
「わかった、信じるよ。けど俺も結構、舌にはうるさい方なんだ。あちこち食べ歩いてて経験値を積んでるからね」
「んふ♡ 作り甲斐がありそうね。燃えてきたわ♡」
レストランに入った俺とティムは、ど真ん中に設置された丸テーブルの席に案内された。
「イラッシャイマセ。コチラノ席ヘドウゾ」
「いつもありがとうね、ネコちゃん♡」
出迎えてくれたのは、ネコちゃんという直球すぎる名前の猫型給仕ロボ。
そういや、前の世界だとチェーン店の系列レストランは、ロボットによる給仕が当たり前になってたなぁ……。
異世界で見ることになるとは思わなかったけど。
白のテーブルクロスは埃ひとつなく清潔で、ちゃんと手入れが行き届いているようだ。向かいに座るティムも気持ちよさそうに毛づくろいしている。
それにしても、異世界のレストランか……。
憧れのドラゴン肉のステーキやとか食べられるのかな。
「はい、これがメニューよ。好きなものを選んでちょうだい♡」
「あ、ああ……ありがとう」
ハムレットから渡されたメニューを恐る恐る開いていく。
そこには、見たことのある和洋中の料理がたくさん並んでいた。
なんだ、異世界だからといって、魔物を料理に使うわけじゃないんだな。
「シェフのおすすめ気まぐれスペシャル?」
「あら、お目が高いわね。それじゃ、期待して待っててねぇん♡」
「あっ……」
思わず口に出してしまい、メニューが決まってしまった。
だって、突っ込まずにいられないだろ! 気まぐれなのに、おすすめって!
既にハムレットの姿はない。
ティムは相変わらず毛づくろいに勤しんでいた。
………………
…………
……
「お待ちどうさま、ジョージア料理の大皿コースよ。たくさん食べてね♡」
既視感がありつつも見たことのない料理が、ハムレットの大きな手で順番に並べられていく。
舟形の巨大なパン。肉汁の詰まった謎の小袋。骨付き肉の豪快な串焼き。そして、白いソースに浸かった肉らしき料理。
これが異世界の料理か……!
メニューを見て内心ガッカリしていたが、目の前の風変わりな料理の数々に俺の心は躍っていた。
「はい、ティムちゃんはこっちの特別メニュー。秋刀魚の素焼きよ♡」
「んにゃ……!」
猫用に小さく切り分けられた秋刀魚の素焼きに、ティムは興奮している。
異世界にも秋刀魚があるのか……。
「さあ、召し上がれ♡」
ハムレットの合図を皮切りに、俺たちは料理に食らいついていく。
まずは、この舟の形をしたパン。チーズのようなものが乗っかっていて、噛めば噛むほどにまろやかな風味が広がっていった。
「う、うまい……!」
「うふふ♡ お口に合ったようで何よりだわ。それはハチャプリっていうチーズパンよ。左から順にヒンカリ、ムツヴァディ、シュクメルリ。どれも味には自信があるわ♡」
聞いたことのない料理名の数々。
普段ならどんな料理かを聞いているところだが、眼前の料理を前に我慢が効かなくなってきている。
……ミシュラン三ツ星の腕前は伊達じゃないってことか。
ハムレットの説明を聞き流しながら、俺は夢中になって異世界の料理を貪り食らいつくしていった。
「ごちそうさま……。完敗だ。今まで食ったどんな料理よりも格段にうまかった」
「お粗末様でした。嬉しいこと言ってくれるじゃないのぉ♡」
「にゃおん」
ティムもご満悦のようだ。
「そうだわ二人とも、今日は泊っていきなさいな♡」
「泊まるって、どこに?」
「いやねぇ、トーチちゃん。ここをどこだと思ってんのよ。ここは『ホテルニューカマー』、宿泊施設の本領発揮よん♡」
ハムレットはウインクしながら、部屋の鍵がたくさんぶら下がっているマスターキーをチラつかせる。
もしかして、ここを切り盛りしてるのか? 一人で!?
「あら、201号室の鍵がないわね。あそこがアタシの一番のオススメなのに……。まあいいわ、部屋はこっちで用意しておくからトーチちゃんは温泉に入ってらっしゃい。さあ、ティムちゃんはこっちよ」
ティムが名残惜しそうにこちらを見ているので、手を振ってやった。
大丈夫だよ、また遊んでやるからな。
しかし、ここって温泉まであるのか……。
どういう原理なんだろうと一瞬考えたが、異世界だから多分、魔法的な何かだろう。
大浴場行きと書かれた案内に従って、通路を進んでいく。
エレベーターを降りた先の建物で、さらに地下一階行きのエレベーターに乗るって、どういうことだよ!?
俺はどうしても、心の中で突っ込まずにはいられなかった。
「大浴場はこちらです……?」
大浴場……男湯とか女湯とか書いてないんだけど、大丈夫かな。
暖簾をくぐり、更衣室で服を脱ぎ捨て、大浴場へ入る。
広々とした浴場から立ち上る熱気に、俺は思わず目を細めた。
湯気の向こうには露天風呂まで見える。
異世界の温泉……俺の想像では山奥の秘湯なんだけど、まあ、こういうのも悪くない。温泉の効能もちょっと気になる。
異世界転生モノでは定番の病気がなお――
「あ、新人ちゃん」
「…………え?」
湯船の中から聞き覚えのある声がした。
見覚えのある顔が、見覚えのない肉体を晒しながら、こちらをじっと凝視している。
「バ、バズレア!?」
自己主張の激しい性格にマッチするかのように、大きな双丘が湯船に浮いていた。
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異常事象調査記録
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報告者:第六翼『ハムレット』
識別番号:N∀-16
仮称:ネコちゃん
脅威度:D
概要:
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■■社製の人工知能搭載システムが組み込まれた猫型の配膳ロボット。
外観や材質、機能は一般的なファミリーレストランに導入されているものと同一で、相違はなかった。
音声認識で自動判断する際に、同系機器ではありえない自律操作をしたことから、異常物と認定。
後の調査によって、搭載されている人工知能のシンギュラリティ臨界値が、基準値を大幅に超過していたことがわかっている。
自動判断能力は応対する客を第一に考えた内容となっており、配膳のみならず接客も可能。
また、人間に対しては特に友好的であり、第六翼『ハムレット』の指示に背くことはなかった。
現在は、N∀LS本部六階の『ホテルニューカマー』で従業員として稼働している。
報告者のコメント:
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頼りになるアタシの大事な仲間よぉん♡
相棒のタチちゃん共々、ホテルニューカマーの経営に欠かせない人材となっているの。
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