N∀LS―異常採番秩序維持機構―   作:ひみっち

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第12話「夜景の見れる露天風呂」

 

 俺は今、窮地に立っている。立っているというより、立たされたワケだが。

 男湯と女湯が書かれていなかった時点で、警戒すべきだった。

 まさか、混浴だったとは……。

 

「ち、違うんだ、これはその……」

「んー、何が違うのかなぁ? 新人ちゃん」

 

 湯船から上がったバズレアはタオルで身体を覆い隠してはいるが、あからさまに胸を強調しながら、こちらに歩いてきた。

 何か面白いオモチャでも見つけたかのように、意地の悪い笑みを浮かべ、じりじりと迫ってくる。

 

 こいつ、この状況を楽しんでやがるな……!

 

「ま、まさか混浴だとは思わなくて……。いや、もしかしてとは思ったけど」

「ふーん……それでそれで?」

 

 目を逸らして顔を背ける俺をよそに、バズレアは距離を詰めてくる。

 やめろって……!

 

「近い近いって! 何でそんな平然としていられるんだよ!?」

「あは、ウケる。新人ちゃん、顔真っ赤じゃん!」

「……露天風呂に行ってくる」

 

 遠慮なく近寄ってくるバズレアに耐え切れなくなり、俺は露天風呂へと逃げ出した。

 

「面白いね、新人ちゃん。もうちょっとだけ、からかっちゃお」

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 成り行きだったが、露天風呂に来て正解だったと思う。

 身体に染み渡る湯の心地良さは一日の疲れを吹き飛ばし、月明かりが照らす夜景は俺に落ち着きを取り戻してくれた。

 なんでそんな景色が見れるのかは、この際、気にならない。

 

「はー、どっこいしょ」

 

 聞こえてはならない声と共に、奴が俺の隣を陣取ってきた。

 視界の端に映る白い肌。明け透けに裸体を晒して、バズレアは横にぴったりとくっついてくる。

 

 この女は、一体何が目的なんだ……。

 

「露天風呂も結構いいね。でも外の空気が結構、ひんやり。長湯すると風邪ひいちゃいそうだよね、新人ちゃん?」

「そ、そうっすね」

「ぷっ……くく、緊張しすぎだって!」

 

 お前のせいだよ。という言葉を飲み込みながらも、俺はその場で固まるしかなかった。

 

「あー、おもしろ。そうだ新人ちゃん、明日、暇?」

「なんだよ、デートの誘いか?」

「ある意味そうかもね」

「なっ……!」

 

 カウンターのつもりで冗談を吐いたが、思わぬしっぺ返しを食らってしまった。

 ……俺は、この女に勝てないかもしれない。

 

「新人ちゃん、ダンジョンに興味ない?」

「ダンジョン……!」

「おっ、いい食いつきじゃん。良かったらウチと一緒に探索してみない?」

 

 ダンジョン……思わぬ単語がバズレアから飛び出してきた。

 遺跡・洞窟・地下水路……異世界では定番となった冒険の舞台は、一様にしてダンジョンと呼ばれる。行く手を阻む敵や罠。レアアイテムの入った宝箱。極めつけには、最深部でひっそりと待つダンジョンの(ボス)

 

「ダンジョンとは、ロマンだ……あっ」

 

 思わず言葉に出てしまっていた。

 

「なんだ新人ちゃん、意外とわかってるじゃん。そう、ダンジョンはロマンなの! お宝が見つからなくてもいい、ただの廃墟だっていい、要は楽しめれば、それでオッケー!」

「いや、俺はそういう意味で言ったんじゃ……」

「それじゃあ明日、ロビーで待ってるから」

 

 それだけ言って、バズレアは露天風呂を後にする。

 湯気でよく見えなかったからいいものの、全裸で上がるなよ。

 

 あの口ぶりだと、ダンジョンへ行くことになるんだろう。俺のチートスキルで一通り、装備を整えておくか。

 すっかり冷えてしまった上半身を湯にくぐらせて、熱気を保持しながら、俺も露天風呂を後にした。

 

 

 ――翌朝、202号室。

 

 間延びした「にゃーあ」という鳴き声と共に、俺は起床した。

 布団の上に陣取っているティムに向かって「おはよう」と挨拶をかわし、朝日を浴びる。室内なのに陽が差しているのは、やっぱり異世界だからなのか。

 ティムを肩に乗せながらリビングへ行くと、テーブルには拳ほどの大きさのおにぎりが置いてあった。ティムにも、猫用のおやつが用意されている。

 

 さらにその横には、「バズレアちゃんをよろしくね♡」と書かれたピンク色のメッセージカードがある。間違いなく、ハムレットが書いたものだろう。

 どういう意味なのか……むしろ、こっちがよろしくされる方だと思うんだけど。

 

「このおにぎり、具は入ってないけど、うまい」

「にゃ!」

 

 俺とティムは、静かな朝食を堪能している。こうしていると、なんだかもう一日泊っていきたい気持ちが強くなっていく。

 ……だめだ、バズレアとの約束がある。誘惑を振り切って、俺たちは一階ロビーを目指した。

 

「やっほー、早いじゃん」

「あら、トーチちゃん♡ よく眠れたかしら。朝ごはんもちゃんと食べた?」

 

 ロビーに着くと、バズレアとハムレットがソファーでくつろいでいた。

 昨日はこの二人に振り回されっぱなしだったなぁ……。

 

「ああ、よく寝れたよ。おにぎりもありがとう」

「んにゃ!」

「そう、よかったわぁ。あ、これからバズレアちゃんと二人っきりでデートでしょ? アタシも陰ながら応援してるわね、気を付けていってらっしゃい♡」

 

 まくし立てるように喋るハムレットは勢いのみならず、圧がすごい。

 ……ん? 二人っきり?

 

「あ、ごめん忘れてた。ティムちゃんは今回、お留守番ね」

「にゃーん……!」

 

 俺の肩から降ろされたティムは、ショックを受けたようにうなだれている。

 今の言葉、俺にもわかるぞ。「ガーン」だろ。

 

「バズレアちゃん、トーチちゃん、いってらっしゃーい♡」

 

 ハムレットに見送られながら、俺はバズレアと一緒にエレベーターへと乗り込む。

 なぜか乗っていた赤いドレスの女に「おっ、ラッキー」とだけ言い放ち、バズレアは躊躇なく一階のボタンを押す。

 

 ……もうちょっと、驚いたりしろよ。

 

 エレベーターはやっぱり、十階に上っていった。

 

 だから、なんでなんだよ……!

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 十階の先には樹海が広がっている……と思いきや、別の景色が飛び込んできた。

 薄暗い暗闇を照らすベージュ色のレンガが、辺り一面に敷き詰められた圧迫感のある通路。奥を見渡すと、左右に伸びる分かれ道。俺の想像上のダンジョンが今、目の前にある。

 

「どう、めっちゃそれっぽいっしょ?」

「それっぽいどころか、ダンジョンそのものじゃないか……!」

「でしょー? はい、これ」

 

 目の前の光景に興奮していると、バズレアから何か黒くてやや重い物を押し付けられた。

 動きがあまりに鮮やかだから気にしないで受け取ってしまったが、なんだこれは?

 

「カメラ……?」

「そ、カメラ。動画撮影よろしくね。配信準備とか細かいことはこっちでやるから、ただウチを映してるだけでいいよん」

「は……? え……!?」

 

 困惑している俺をよそに、バズレアは通信機で誰かと連絡している。

 

『例の予測によれば、そろそろUnknownが動き出す頃だろう。首尾はどうだ?』

 

「もち、オールオッケー。撮影役はとりあえず新人ちゃんに任せてる」

 

『はぁ……トーチ、聞こえているか? 今から説明不足の部下に代わって私が説明する』

 

 魔王……いや、第一翼『テンセイ』の声だ。相変わらず、威圧感がすごいけど、こういうところはリーダーっぽくて頼りになる。

 説明を放棄している約一名の尻拭いをするのは、大変だろう。約一名で済めばいいんだが。

 

『今から君にはそこのダンジョンをバズレアと共に踏破してほしい。君ならば、難なく突破できるだろう』

 

 魔王からお墨付きをもらってしまった。あんまりハードルを上げないでほしい。

 

『だが、注意事項がひとつ』

 

「注意事項?」

 

『いかなる状況においても、常にバズレアの姿をカメラでとらえること。それさえ守れば問題ない』

 

 簡単そうに見えて、難しいお題。バズレアのイメージビデオでも出したいのかな?

 普通に考えれば命の危険がありそうなダンジョンで撮影など、自殺行為だ。

 だが恐らく、これも異世界特有の矜持だろう。

 

 変な条件付きだが、俺の拳は湧き上がる高揚感で熱を帯びていた。

 

 

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 異常事象調査記録

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 報告者:第六翼『ハムレット』

 

 識別番号:N∀-36

 

 仮称:夜景の見れる露天風呂

 

 脅威度:D

 

 概要:

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 N∀LS本部六階の『ホテルニューカマー』地下一階、大浴場に設置されている露天風呂。

 

 設置当初、設備に不審な点は見当たらず、夜景もホログラムのような技術で映していると思われていた。

 

 月の満ち欠けが発生し、星の輝き方が一定ではないという報告を受けて、異常性が発覚。

 

 常に夜の風景が観測できる以外は、通常の露天風呂の機能を有するだけであり、危険性は一切ない。

 

 報告者のコメント:

───────────────────

  ホテルニューカマーの大浴場の目玉よ♡

  アタシのところに泊まりに来たときは、ぜひ入っていってね。

  きっと、ステキな景色が見られるわ。

 

───────────────────

 

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