管理棟の中は樹海に匹敵するくらいの広さだった。
いや、凌駕しているといっても過言ではないだろう。
なにせ、隣のテンセイが例のオークを横倒しにして担げるほど、空間が有り余っているのだから。
「トーチ、私はそろそろ執務室に戻らなければならん。これを頼めるか?」
そう言い終えると同時に、俺の肩にオークが載せられた。
クソ重……! こんなの担いでたのか!? さすがは異世界の住人!
「バズレア、後の案内は頼む」
『ふぁーい』
通信機のモニター越しに、バズレアの生返事が届いた。
仮にもリーダーと呼んでいる男にこの対応。
異世界人は肝がすわっているな。
『新人ちゃん、そこの突き当りを左ね。途中で変な声が聞こえても無視して』
バズレアが当たり障りのない案内を……と思ったが、なんだ最後の!?
言われた通り突き当りを左に曲がり、やや狭い通路を歩いていると、突然、頭の中に声が響いた。
(力が欲しいか……?)
アニメや漫画などでよくある、あの内なる声だった。
力はもう持っているよ。
『新人ちゃん、無視だよ。応えちゃダメ』
やばい……めちゃくちゃ気になる。
人間、やるなと言われるとどうしてもやりたくなってしまう時があると思う。
今の俺は、まさにその状態だった。
「応えると、どうなるんだ……?」
一応、聞いてみることにした。くだらない内容だったら、興味も薄れるはずだろうから。
『めっちゃ付きまとってくる』
……それだけ!?
(お前の望む力をくれてやろう)
うるさいよ。バズレアの言い方からして、どうせロクな力なんてくれないんだろ。
(望む力を――)
無視し続けたおかげか、通路を抜けたせいなのか。いつの間にか、内なる声は止んでいた。
通路の奥には頑丈そうな鉄製の扉。ドアプレートには、D級異常性保管室と刻まれている。
『フヨちゃん、開けてくれる?』
バズレアの声に呼応するかのように、扉がギィと軋みながらゆっくりと開いていく。
「こ、こんにちは……」
儚げな雰囲気をまとった、色白で華奢な人が出てきた。
その可憐な容姿に思わず、胸が高鳴ってしまう。
肩口で切り揃えたアクアヘアーの髪と緋色の瞳が、俺のストライクゾーンにクリーンヒットした。
異世界って、こういう運命の出会いが付き物だもんな。
間違いなく、この人はメインヒロイン。であれば、この可愛さには納得だ。
「こんにちは……俺は……トーチ」
わずかに声が上ずってしまった。クソ恥ずかしい。
『ウケる。ウチに挨拶したときと全然違うんだけど!』
ちょっと黙っててくれ。
「あ、新しく入ったっていうトーチくん……だよね。よろしく。ぼ、ぼくはフヨ……管理維持班、第三翼」
「あ、ああ。よろしく」
第三翼ってことは、十翼の一人。つまり、この人は俺の……先輩。
白いローブを羽織っているということは、魔法使いか。すなわち、後衛ポジション……王道だな。
「と、とりあえず中に入って……! トーチくんも、そのままじゃ大変でしょ?」
フヨが俺の肩に載ったオークへ視線を向ける。
……そうだった。
俺はさっきからずっと、これを担いでいるんだった。
「あ、中に入る前に、ちょっと手を借りるね」
突然、左手をぎゅっと握られた。
えっ!? あっ!? えっ!?!?
なんだこれ。
最近の異世界転生、展開が早すぎないか? もうメインヒロインとの邂逅イベントなの!?
フヨの小さく柔らかい手に握られたこともそうだが、それ以上に驚くべきことがあった。
いつの間にか、オークの重さが感じられなくなっている。
「どう、か、軽いでしょ? 僕の権能で君の潜在能力を引き出してみたんだ。僕自身の力は引き出せないんだけどね……」
軽いなんてもんじゃない。
まるで今まで肩に載せていたのは、大木ではなくハンカチだったような気分になってくる。
体験するのは初めてだが、これには見覚えがある。
補助魔法……ロールプレイングゲームなどで出てくる、戦いを有利にするためのお馴染みのアレだ。
予想通り、第三翼は魔法使いということか。
「ああ、これなら一日中持っていられるよ。ありがとう、フヨさん。俺、魔法なんて初めて見た!」
「ま、魔法じゃないんだけどね……。あと、僕のことはフヨでいいよ」
「わ、わかった。じゃあ、フヨ……」
呼び捨てにしただけなのに、妙に緊張する。
……落ち着け、俺。
俺は軽く深呼吸をして、冷静になろうと試みる。
通信機から漏れ出しているバズレアの笑い声のおかげで、俺は平常心を取り戻しつつあった。
『ぷっ……くく、(わ、わかった。じゃあ、フヨ……)ってなにwラブコメかよwww』
やっぱりダメだ。こいつのせいで、余計に恥ずかしくなった。
『げっ、リーダーから連絡来てる……ウチの案内はここまでかな。じゃあ、後はお若い二人に任せてぇ、ごゆっくり~』
お前も若いだろ。
「バズレアちゃん、いつも変なこと言ってるけど、本当はすごく優しい人なんだ。だから、その、気にしないでね」
「今日だけでどういう奴かなんとなくわかったから、大丈夫だよ」
まあ、ちゃんと案内してくれたし、優しいというのは事実なんだろう。
しかし、これで正真正銘、二人っきりになってしまったな。
……気まずい。
「えっと……ト、トーチくん。木の保管場所まで案内するね」
「あ、ああ……」
向こうの喋り方も途切れ途切れだ。どうやらお互いに気まずく思っているらしい。
俺が何とかしなくては……。
チートスキル。お前ならどうする――お手並み拝見と行くか。
……
…………
な、なぜ何も起きない!?
チートスキルよ、お前は俺の望んだ解決策を出してくれるんじゃなかったのか?
いや、待てよ。これは俺の使い方が悪いだけかもしれない。
異世界転生モノの主人公なら、こういうときはステータスを確認したり、特殊能力を試したりするものだ。
だったら――
「トーチくん?」
「はいっ!?!?!?!」
チートスキルの使い方を吟味しているところに声をかけられ、思わず変な返事をしてしまった。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだから」
「そ、そう……?」
フヨが心配そうにこちらを見ている。
やっぱり、チートスキルなんかに頼ってはダメだ。
こういうのは、真摯な態度で向き合わないと!
俺は呼吸を整え、何とか話題を絞り出す。
「えっと……フヨは、ここで何をしてるんだ?」
「僕? 僕は管理維持班だから、異常物の管理全般を担当してるよ。この保管室にあるのは全部、危険性が低いD級だから、観察できるものがいっぱいあるんだ。後で案内してあげるよ」
「ああ……ありがとう」
急に饒舌になって喋り出すフヨ。
よっぽど、この仕事が好きなんだな。
確かに俺も、好きな洋食レストランの話題なら、一時間以上喋れる気がする。
「N∀-108『再生樹』だから、ここだね。トーチくん、木はここに下ろしてくれる?」
言われた通り、部屋の隅っこ辺りのポツンとした空間に件のオークを設置した。
周辺にはチェーンソーや枝切りバサミなど、妙に木を切るのに特化した道具が置いてある。
こいつが今後、どういう扱いを受けるかは想像に難くない。
「それじゃあ、行こうか」
「行くって、どこに?」
「さっき言った通り、このフロアにある面白いものを紹介してあげるよ。名付けて、D級異常性ツアー!」
フヨの目は輝いていた。こちらが見惚れてしまうほどに。
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異常事象調査記録
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報告者:第一翼『テンセイ』
識別番号:N∀-108
仮称:再生樹
脅威度:D
概要:
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■■県■■市の■■樹海に自生していたナラの木に酷似した樹木。
伐採等により、対象の一部が破損した際に異常性を発揮。
表面を削った際には数秒、切り株を残して伐採した際には数十秒で元の状態に戻っていた。
切り離された木片の方は通常のナラの木と同じ性質を持っており、再生能力が失われていた。
原木はN∀LS本部の管理棟にて、保管中。
報告者のコメント:
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組織の活動内であれば、木材としての有効活用を認める。
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