N∀LS―異常採番秩序維持機構―   作:ひみっち

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第8話「夢果汁」

 

 青い空。白い雲。照り付ける太陽。そして、みずみずしい果物が実る庭園。

 噴水が噴き出し、穏やかな風の流れるその広間で、冷たくなった女の身体が転がっていた。

 

 傍らには、いくつものピンク色の果実が転がっている。

 その内の一つの割れた果実からは、虹色の液体が静かに滴り落ちていた。

 

「おいっ! おいって!!」

 

 当然、反応はない。

 今の俺は間違いなく混乱しているだろう。こうやって冷静に分析している自分と、何をすればいいのかわからない自分。その両者の間で揺れ動きながら、俺はただ必死にその女の身体を揺さぶり続ける。

 

「にゃあ……」

 

 背後から聞こえてくるティムの鳴き声に俺ははっとして、女の身体を手放してしまう。

 その隙を狙ってか、ティムの身体がぬるりと入り込んでくる。

 

「……ティム?」

 

 ティムは女の頭を見下ろすように座ると、右前足を緑髪で隠れている額に当てた。

 猫でも人が死んだってわかるんだろうか?

 

 まるで看取るような所作を取るティムを、ただ惚けて見ているしかなかった。

 

「んにゃーにゃ!」

 

 ティムが勢いよく叫ぶと、女の身体が発光し始めた。

 眩い光が女の全身を包み込む。

 

 やがて光が収まったそこには――透明人間の白色バージョンのようなシルエットだけが残されていた。

 

 何が起きてるんだ、一体……!

 

「にゃ」

 

 ティムが足を引っ込めると、シルエットが再び人の色を取り戻していく。

 先ほどまでと違い、小さな息遣いが聞こえる。

 

 まさか、蘇生魔法!?

 忘れていた……ここは異世界だ。猫が大魔法使いでもおかしくは、ない!

 

「あら~ティムちゃん? おはよう」

「にゃ、んにゃーにゃ」

 

 何事もなかったかのように、女は目を開いてティムに挨拶する。

 かなりゆっくりとしていて、ゆるいやり取りだった。

 

「うふふ、ティムちゃんはいつもかわいいですね。あら、そちらの方は?」

 

 三つ編みの髪を整えながら女は立ち上がり、こちらに向き直った。

 

「お、俺はトーチ……第十翼の。ティムと一緒にここへ来たんだけど、そしたらあんたが急に倒れてて……」

 

 俺は平常心を保とうとしたが――やっぱり無理だ。

 異世界だからなんでもありだとは思うけど、死んだのにノーリアクションは流石に強者すぎだろ!?

 

「第十翼!? ついに全員揃ったんですね~感慨深いですねぇ。あ、私は第五翼『スローラ』、調査班やってます。以後、お見知りおきを~」

 

 スローラは長めのスカートについた土を払いながら、平然としている。

 自分が死んだことはスルーかよ!?

 ついに揃ったとか言ってるけど、危うく九翼になるところだったぞ。

 

「死んでた……よな?」

「ティムちゃんがいるってことは、そうなりますね~」

「そ、そうか……」

 

 やはり、ティムは蘇生魔法の使い手だったのか……。

 当の本人はあどけない顔をして、首を傾げている。

 

「トーチくん、このフルーツは絶対食べちゃダメですからね~。食べるというより飲むことになりますけどね」

 

 この果物、超強力な毒が含まれてるんだろうな。

 先ほどまで死体だった人が言うんだから、説得力がある。

 

 スローラは落ちていたピンク色の果物を拾い上げて、手持ちの木籠に収めていく。

 毒の後遺症なのか、その所作はずいぶんとゆっくりしていた。

 

「……手伝おうか?」

「あら、いいんですか~?」

「待ってたら日が暮れそうだから」

「日が暮れる……? あらいけない『スロウモーション』を解除するの忘れてました~」

 

 スローラの動きが急に加速する。先ほどまでとは違って、テキパキと果物を仕舞っていく。

 

 今までの経験上、十翼のメンバーは俺のチートスキルのような特殊能力を持っているらしい。

 『スロウモーション』……名前と状況から察するに自分の動きを遅くできる力か。

 意味あるのか、それ?

 

「じゃあ、お願いしますね~」

「???」

 

 籠いっぱいの果物をスローラから手渡される。

 どういうこと?

 

「このフルーツ、多分異常物だと思いますのでフヨちゃんに渡してください。あっ、マオちゃんに確認した後ですよ」

「マオちゃんって?」

「八階のマオちゃん。初対面なんですね~行けば分かりますよ」

 

 マオちゃん……マオ……魔王!?

 いや、そんなわけないか。

 手伝うといった手前上、そもそも俺に選択肢はない。

 

「にゃあ」

「あらあらティムちゃん、トーチくんがすっかりお気に入りのようですねぇ」

 

 気が付くと、ティムは俺の側でぐるぐるしていた。

 なんだかんだで仲良くなれたようだ。

 ちょっとうれしい。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「んにゃーにゃ、にゃお」

「はい、お願いしますね~」

 

 手を振っているスローラに背を向け、俺たちは庭園の外に出た。

 辺りに広がるのどかな田園風景を楽しみながら、ティムと一緒にエレベーターを目指す。

 

 ひまわり畑は、来たときよりも輝きを増しているように見えた。

 

 

───────────────────

 異常事象調査記録

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 報告者:第五翼『スローラ』

 

 識別番号:N∀-160

 

 仮称:()()(じゅう)

 

 脅威度:B+

 

 概要:

───────────────────

 ラグビーボール大のピンク色をした果実状物体。

 

 外皮は一般的な植物由来の果実に類似した性質を持つが、内部には果肉に相当する可食部はなく、虹色の液体のみで満たされている。

 

 液体を摂取した対象は、極めて鮮明な夢を体験する。夢の内容は対象本人が強く望む幸福な状況を再現する傾向があり、覚醒後も夢への帰還を望む発言が確認されている。

 

 摂取後48時間を経過しても覚醒しなかった被験者は、現在まで例外なく生命活動を停止している。

 

 発生地点に規則性や再現性は確認されていない。

 

 原木、ならびに繁殖経路は未確認。

 

 報告者のコメント:

───────────────────

  調査中に死にかけました~(汗)。

  ティムちゃん、ほんとにありがとう!

 

───────────────────

 

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