青い空。白い雲。照り付ける太陽。そして、みずみずしい果物が実る庭園。
噴水が噴き出し、穏やかな風の流れるその広間で、冷たくなった女の身体が転がっていた。
傍らには、いくつものピンク色の果実が転がっている。
その内の一つの割れた果実からは、虹色の液体が静かに滴り落ちていた。
「おいっ! おいって!!」
当然、反応はない。
今の俺は間違いなく混乱しているだろう。こうやって冷静に分析している自分と、何をすればいいのかわからない自分。その両者の間で揺れ動きながら、俺はただ必死にその女の身体を揺さぶり続ける。
「にゃあ……」
背後から聞こえてくるティムの鳴き声に俺ははっとして、女の身体を手放してしまう。
その隙を狙ってか、ティムの身体がぬるりと入り込んでくる。
「……ティム?」
ティムは女の頭を見下ろすように座ると、右前足を緑髪で隠れている額に当てた。
猫でも人が死んだってわかるんだろうか?
まるで看取るような所作を取るティムを、ただ惚けて見ているしかなかった。
「んにゃーにゃ!」
ティムが勢いよく叫ぶと、女の身体が発光し始めた。
眩い光が女の全身を包み込む。
やがて光が収まったそこには――透明人間の白色バージョンのようなシルエットだけが残されていた。
何が起きてるんだ、一体……!
「にゃ」
ティムが足を引っ込めると、シルエットが再び人の色を取り戻していく。
先ほどまでと違い、小さな息遣いが聞こえる。
まさか、蘇生魔法!?
忘れていた……ここは異世界だ。猫が大魔法使いでもおかしくは、ない!
「あら~ティムちゃん? おはよう」
「にゃ、んにゃーにゃ」
何事もなかったかのように、女は目を開いてティムに挨拶する。
かなりゆっくりとしていて、ゆるいやり取りだった。
「うふふ、ティムちゃんはいつもかわいいですね。あら、そちらの方は?」
三つ編みの髪を整えながら女は立ち上がり、こちらに向き直った。
「お、俺はトーチ……第十翼の。ティムと一緒にここへ来たんだけど、そしたらあんたが急に倒れてて……」
俺は平常心を保とうとしたが――やっぱり無理だ。
異世界だからなんでもありだとは思うけど、死んだのにノーリアクションは流石に強者すぎだろ!?
「第十翼!? ついに全員揃ったんですね~感慨深いですねぇ。あ、私は第五翼『スローラ』、調査班やってます。以後、お見知りおきを~」
スローラは長めのスカートについた土を払いながら、平然としている。
自分が死んだことはスルーかよ!?
ついに揃ったとか言ってるけど、危うく九翼になるところだったぞ。
「死んでた……よな?」
「ティムちゃんがいるってことは、そうなりますね~」
「そ、そうか……」
やはり、ティムは蘇生魔法の使い手だったのか……。
当の本人はあどけない顔をして、首を傾げている。
「トーチくん、このフルーツは絶対食べちゃダメですからね~。食べるというより飲むことになりますけどね」
この果物、超強力な毒が含まれてるんだろうな。
先ほどまで死体だった人が言うんだから、説得力がある。
スローラは落ちていたピンク色の果物を拾い上げて、手持ちの木籠に収めていく。
毒の後遺症なのか、その所作はずいぶんとゆっくりしていた。
「……手伝おうか?」
「あら、いいんですか~?」
「待ってたら日が暮れそうだから」
「日が暮れる……? あらいけない『スロウモーション』を解除するの忘れてました~」
スローラの動きが急に加速する。先ほどまでとは違って、テキパキと果物を仕舞っていく。
今までの経験上、十翼のメンバーは俺のチートスキルのような特殊能力を持っているらしい。
『スロウモーション』……名前と状況から察するに自分の動きを遅くできる力か。
意味あるのか、それ?
「じゃあ、お願いしますね~」
「???」
籠いっぱいの果物をスローラから手渡される。
どういうこと?
「このフルーツ、多分異常物だと思いますのでフヨちゃんに渡してください。あっ、マオちゃんに確認した後ですよ」
「マオちゃんって?」
「八階のマオちゃん。初対面なんですね~行けば分かりますよ」
マオちゃん……マオ……魔王!?
いや、そんなわけないか。
手伝うといった手前上、そもそも俺に選択肢はない。
「にゃあ」
「あらあらティムちゃん、トーチくんがすっかりお気に入りのようですねぇ」
気が付くと、ティムは俺の側でぐるぐるしていた。
なんだかんだで仲良くなれたようだ。
ちょっとうれしい。
「じゃあ、行ってくるよ」
「んにゃーにゃ、にゃお」
「はい、お願いしますね~」
手を振っているスローラに背を向け、俺たちは庭園の外に出た。
辺りに広がるのどかな田園風景を楽しみながら、ティムと一緒にエレベーターを目指す。
ひまわり畑は、来たときよりも輝きを増しているように見えた。
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異常事象調査記録
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報告者:第五翼『スローラ』
識別番号:N∀-160
仮称:
脅威度:B+
概要:
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ラグビーボール大のピンク色をした果実状物体。
外皮は一般的な植物由来の果実に類似した性質を持つが、内部には果肉に相当する可食部はなく、虹色の液体のみで満たされている。
液体を摂取した対象は、極めて鮮明な夢を体験する。夢の内容は対象本人が強く望む幸福な状況を再現する傾向があり、覚醒後も夢への帰還を望む発言が確認されている。
摂取後48時間を経過しても覚醒しなかった被験者は、現在まで例外なく生命活動を停止している。
発生地点に規則性や再現性は確認されていない。
原木、ならびに繁殖経路は未確認。
報告者のコメント:
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調査中に死にかけました~(汗)。
ティムちゃん、ほんとにありがとう!
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