エレベーターに乗り込むとティムがまた、俺の肩まで登ってきた。
そして、八階のボタンを肉球で押そうとするが案の定、届いていない。
ティムが期待するような眼差しで、こちらを見つめている。
かわいい奴め。
「ティム、また足借りるぞ」
「にゃあ」
五階に来た時と同じ要領で、ティムの足を持ち上げてボタンを押させる。
……そんなにこれが気に入ったのか?
「にゃー」
八階へ上がっていくエレベーターに、ティムは満足気に鳴き声をあげた。
やっぱりこうして見ると普通の猫だな。
異世界だったらドラゴンとか妖精のペットが定番なんだろうけど、猫も悪くない。
――八階に着くと同時に、俺は周囲を警戒した。ティムは依然として肩に乗ったままだ。
石造りの壁に設置された火の灯るろうそく。通路の真ん中に敷かれた煌びやかな赤絨毯。奥の扉の左右に設置された不気味な石像。
この階の外観は、俺が想像していた魔王の城そのものだった。
スローラが言っていたマオ……やはり、魔王なのか。
まあでも、最近の異世界モノは勇者と魔王が協力したりするしな。
ギルドのメンバーに最初からいるのは珍しいけど。
「にゃお」
「どうしたティム?」
ティムは俺の肩から飛び降りると、奥にある石像へ向かって走り出した。
何か見つけたのか? まさか……また死体じゃないだろうな!?
「おい、ティム。待てって!」
石像の前まで来たティムが、右前足で台座を軽く引っ掻く。
よく見ると、何度も引っ掻かれた跡が付いている。
遊んでいるのかと思った時――
ゴゴゴゴゴ……。
石像の背後にあった壁が、音を立てて横へスライドしていく。
その先に、暗闇へと続く細い通路が現れた。
「隠し通路……!」
ゲームの世界だったら間違いなく、レア装備が置いてある場所……!
俺はいつになく興奮していた。
そんな俺を知ってか知らずか、ティムは何の迷いもなくその中へと入っていく。
「持つべきものは猫だな、やはり」
俺たちは、闇夜が照らす隠されし通路を探索していった。
………………
…………
……
しばらく歩いていると、前方に光が見えてきた。
もう出口か。結局、レア装備は見つからなかったな……。
少し肩を落としながら光の先に目をやると、中世の謁見場のような大広間が広がっていることに気付き、再び気持ちが湧き上がった。
魔王と対峙するとしたら、こういう場所だよな!
中央には巨大な玉座の背面が……玉座?
そうか、隠し通路だから裏側から入ってることになるのか。
ティムはというと、すでに光の先にいた。
「にゃお」
「猫か……まったく、裏口から入るなと何度も言っておるじゃろ。しょうがない奴じゃのう、こっちへ来るが良い」
古風な喋り方をする少女の声がした。
魔王じゃなくてちょっとがっかりしながら、ティムに続いて挨拶する。
「お邪魔しまーす」
玉座に座る白髪の少女と目が合った。
しばらく固まっていたが、その緋色の目を見開いて、急に叫び声をあげる。
「な、なんじゃ貴様は!? く、曲者じゃ! 者ども、であえー! であえー!!」
時代劇でしか聞いたことのない、悪代官のような台詞が飛び出してきた。
まずい……! 俺の予想ではこの後、大量の家来や用心棒がここに雪崩れ込んでくる!
御老公(ティム)を掲げて、威光を見せつけるしかないのか……。
「んにゃお」
色々と思案を巡らせたが、ティムの鳴き声で少し落ち着けた。
あれ? 俺の知ってる、であえ系は叫んだ瞬間、誰かしら駆けつけてくるはず……。
数十秒経っても誰も来ないので、俺は思わず少女をチラ見した。
「う、運が良かったのう。皆の者は特別休暇のようじゃ」
んなワケあるかい!
こいつ、かなりのポンコツだな……。しかし、こいつは魔王本人ではないにしても関係者であることは間違いないだろう。頭に生えてる角と言い、漆黒のマントと言い、容姿は俺のイメージしている魔王に限りなく近い。
ということは、魔王の娘だったりするのか?
「じ、冗談じゃ。して、お主は何者じゃ?」
「俺はトーチ。第十翼をやらせてもらっている」
「……胡散臭い奴じゃのう。まぁ、実際に見てみればわかるじゃろ」
胡散臭いのはお前だろ。
実際に見るってなんだ。ジロジロ見られるのは少し恥ずかしい。
「
緋色の目から青白いホログラムが飛び出してきた。
モニターのような画面には、俺の個人情報がびっしりと表示されている。
やめろよ、プライバシーの侵害だぞ。
「
「ちゃんとトーチって呼べよ。テンセイに怒られるかもしれないぞ」
「ち、父上に!? すまぬ、トーチよ。このことは内密に頼むのじゃ……」
父上!?
ということは、テンセイ……あんた、まさか魔王なのか?
執務室で出会ったときに醸し出していたオーラ。あれは、熟年のベテランが成せる威圧感とばかり思っていたが、まさか、魔王の闇の気配だったとは。
そう考えてみれば、あの銀髪も妙に魔王らしく見えてくる。
あの落ち着き。あの眼光。あの堂々とした立ち振る舞い。
間違いない。
俺はとんでもない人物の下で働くことになってしまった。
「お前、テンセイの娘なのか?」
「そうじゃ、余は第八翼のマオ。第一翼テンセイの娘じゃ」
やっぱりそうか。このギルドは女神が作り、魔王が運営していた。
俺のネームプレートに刻まれてしまった『魔王を討つ最後の翼』……今度テンセイに会った時、大丈夫だろうか。
「トーチよ、その美味しそうな果物はなんじゃ。余の魔眼は誤魔化せんぞ?」
スローラから渡された、籠にぎっしりと詰まったピンク色の果物。
こいつが気になって仕方がないようだ。
目ざとい奴め。
「ああ、これはスローラからの預かりものだ。絶対に中身の液体は飲むなよ。死ぬからな」
「失礼な奴じゃ。余をなんだと思っておる。魔眼解放ー」
マオが不貞腐れたように吐き捨てると同時に、また青白い画面が浮かび上がった。
果物の仮称『夢果汁』やら脅威度がB+だの色々な情報が所狭しと羅列されている。
夢果汁なんてロマンチックな名前だが、永遠の眠りについてしまう危険な果物だ。
だけど、脅威度B+ってのがどのくらいヤバいのかわからない。
毒を持ってる果物だって、中身を食わなければ平気なワケだし。
ニラとスイセンを間違って食っても死んじゃうしな。
「異常物確定じゃ。これをフヨの奴に渡してくれるかの」
マオはホログラムを筒状に丸めて、こちらに渡してきた。
それ、実体あったのかよ!?
「の、のうトーチよ」
「な、なんだ?」
卒業証書みたいに丸くなったホログラムの筒を受け取ると、遠慮がちにマオがこちらを見つめてきた。
「ひ、暇なときにまた遊びに来てくれるかの……?」
「いいけど、悪代官ごっこは勘弁だからな」
「も、もちろんじゃ!」
「にゃお、にゃお」
マオに別れを告げて、俺たちは魔王城を後にする。
振り返ると、まだそこにマオが手を振っているように見えた。
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異常事象調査記録
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報告者:第一翼『テンセイ』
識別番号:N∀-8
仮称:第八翼『マオ』
脅威度:D
概要:
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第一翼『テンセイ』の娘で、N∀LS本部の八階を住まいとしている少女。
本名は
ファンタジー世界の魔王という存在に憧れを抱いており、衣装を自作してコスプレ活動に勤しんでいる。
併せてN∀LS本部の八階の内装は、魔王の住む城というコンセプトで装飾が施され、様々な骨董品が持ち込まれている模様。
所持する権能『ブレイブギフト』は、皮肉にも異世界転生者の勇者をモチーフとした超常現象を引き起こすことが可能。
現在までに確認されている機能は、以下の通り。
・ステータスチェック(本人は『魔眼解放』と命名)
右目から放射線を発射し、青白いモニター画面上のホログラムを映し出す。
モニター画面には、照射された物体の詳細情報が表示される。
有機物、無機物を問わず使用可能で、対象の異常性を判定できる。
放射線による副作用は、今のところ確認されていない。
報告者のコメント:
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なかなか気難しい性格をしていて、どう接したらいいか、いまいちわからん。
親バカかもしれないが、みんなも仲良くしてやってくれ。
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