※この小説は『デリシャスパーティ♡プリキュア』の芙羽ここねとオリジナル主人公(男)が恋愛する二次創作です。
段ボール箱の山と格闘すること数時間。
ようやく部屋の片づけが一段落した俺――風祭ミコトは、軽く体を伸ばして息を吐いた。
「ふぅ……よし、こんなもんかな」
今日から俺が暮らすことになった街、おいしーなタウン。
窓から見える街並みはどこか穏やかで、美味しそうな匂いが風に乗って漂ってくる気がする。
「気分転換に、ちょっと街を散策してみるか」
財布とスマートフォンをポケットに押し込み、俺は引っ越してきたばかりの家をあとにした。
緑豊かな公園の近くまで歩いてきたときだった。
少し離れた歩道で、異質な空気が漂っていることに気づく。
見れば、品のないスーツを着た中年男性が、一人の女子中学生に立ちふさがるようにしてしつこく話しかけていた。
「なあ、いいだろ? 美味しいものでも奢ってあげるからさ。ちょっと付き合いなよ」
「……結構です。離してください」
女子中学生は困惑した様子で一歩身を引くが、男は逃がさないように距離を詰める。
通りかかる大人たちは一瞬視線を向けるものの、面倒ごとに巻き込まれたくないのか、見て見ぬふりで通り過ぎていく。
(うわぁ……俗にいうパパ活おじさんってやつか?なんで誰も助けないんだよ)
見て見ぬふりをして通り過ぎるのが、一番賢い選択なのかもしれない。
俺だって喧嘩なんてできる度胸も腕力もない。
だが震える声で拒絶する彼女の姿を無視して通り過ぎるほど、割り切った冷たさも持ち合わせていなかった。
(殴り合いになったら100%負ける。かといって、見捨てるのは後味が悪すぎるだろ)
俺は深くため息をつくと、息を整えて二人のもとへ歩み寄った。
「あ、すみません。さっき警察に通報しておいたんで、そろそろ警察官の方が向かってくると思いますよ」
なるべく冷静に、嘘だと悟られないようなトーンで男に声をかけた。
男は露骨に嫌そうな顔をして俺を睨みつけてきた。
「あぁん? なんだお前、ウロチョロ邪魔してんじゃねえよ」
「嫌なら早く離れた方がいいですよ。ほら、あっちからサイレンの音が聞こえませんか?」
もちろんサイレンなんて鳴っていない。
全て嘘だ、だが警察というワードに気圧されたのか、男はチッと舌打ちをした。
「ちっ、クソガキが……覚えてやがれ」
捨て台詞を残し、男は慌ただしい足取りで去っていった。
「ふぅ……喧嘩にならなくよかった」
心臓がバクバクと暴れていたのをごまかすように、俺は小さく胸を撫で下ろした。
もし「警察の着信履歴を見せろ」なんて迫られていたらアウトだった。
「あの……」
透き通るような声に振り返ると、助けた女子中学生がまっすぐ俺を見つめていた。
清楚な雰囲気を纏った、まるで物語のヒロインのように綺麗な女の子だ。
「助けていただき、ありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、どうすればいいか分からなくて……」
「あ、いや、大したことはしてないよ。嘘ついて追い払っただけだし。怪我とかはなかった?」
「はい、大丈夫です。私、芙羽ここねと申します」
「俺は風祭ミコト。今日この街に引っ越してきたんだ」
「風祭くん、ですね……」
芙羽さんは俺の名前を口の中で確かめるように呟くと、すっと目を細めた。
その瞳にはどこか温かい、じっとこちらを見つめるような不思議な光が宿っているように見えた。
(ん? なんだろ、急に黙っちゃって。もしかして俺の服、引っ越しの作業で汚れてたか?)
俺は自分のTシャツの襟元を気にして、少し照れくさくなった。
「それじゃ、俺はこれで。芙羽さんも、気をつけて帰ってね」
「あっ……風祭くん」
何か言いかけた彼女の言葉を待たず、俺は気まずさから逃げるように「じゃあね」と手を振ってその場を後にした。
(緊張した、やっぱり現実の女子と接するのは心臓に悪いな)
家に辿り着き、自室のドアを閉めた瞬間、肩の荷がどっと下りた。
「ふぅ……疲れた」
やっぱり外の空気より、この慣れ親しんだ部屋の匂いが一番落ち着く。
俺は早速デスクに向かい、パソコンと液晶ペンタブレットの電源を入れた。
ペンを握り、キャンバスに向かう。描くのはもちろん、胸の大きな女の子だ。
ペン先を走らせている時間だけは、余計なことを忘れられる。
現実の女の子は綺麗で緊張するし、一歩間違えれば「キモい」と切り捨てられるリスクと隣り合わせだ。
だけど、画面の中の彼女たちは俺を拒絶しない。
二次元の大きなおっぱいは、俺にとっての癒やしであり聖域なのだ。
小一時間ほどペンを動かしたところで、腹の虫が鳴った。
共働きの両親は今夜も遅い。
俺はキッチンへ向かい、手早く夕食の準備にとりかかった。
冷蔵庫にあるもので簡単な野菜炒めと味噌汁を作り、一人で平らげる。
表向きの趣味を「料理」と嘘ぶくために始めた家事だが、なんだかんだで自分の食べたいものを手際よく作れるのは悪くない。
食後にお風呂を済ませた俺は、ベッドの上でタブレットを起動し、ネットのサブスク動画サービスを開いた。
「よし、『俺の彼女は吸血鬼でFカップらしい~本当はHカップです~』の最新話、見るぞ……!」
画面の中で、メインヒロインのポポネちゃんが照れながら吸血鬼の能力を解放する。
その瞬間に溢れ出る圧倒的な可愛さと、タイトル回収となるHカップの破壊力。
「はぁ……やっぱりポポネちゃんは最高だな!!」
今期の最推しにして至高のヒロイン。
彼女の健気な笑顔に、昼間のトラブルで疲弊した心がぐんぐん浄化されていくのが分かった。
アニメの余韻に浸ったまま、俺は再びデスクに向かってイラストの仕上げ作業を行った。
背景に簡単なエフェクトをかけ、完成した画像をSNSにアップロードする。
アカウント名は『デカパイスキスキ太郎』。
我ながら身も蓋もないペンネームだが、これが俺の裏の顔だ。
投稿して数分でいいねやリツイートがつき始め、俺は小さく満足の笑みを浮かべた。
時計の針はすでに夜の十一時を回っている。
明日は、新しい学校『私立しんせん中学校』への登校初日だ。
ペンタブの電源を落とし、ベッドに潜り込む。
天井を見つめながら、俺はぐっと拳を握りしめた。
前の学校でのトラウマが、脳裏をよぎる。
仲が良いと思っていた女子に絵を描いていることがバレて、軽蔑の眼差しで言い放たれた「キモい」の一言。
あの絶望感は、二度と味わいたくない。
(絶対……絶対に、オタクだってバレちゃダメだ。表向きは『料理が得意な普通の男子生徒』として、目立たず穏やかに過ごすんだ)
明日からは新しい生活が始まる。
ミッションはただ一つ、オタク趣味の徹底秘匿。
俺は自分にそう言い聞かせながら、静かに瞼を閉じた。