その日の夜、自室の机に向かいながら、俺は頭を抱えて唸っていた。
帰りがけに、ここねちゃんが微笑みながら口にした言葉が頭から離れない。
『でも次は、ミコトくんの「好き」なお店に行ってみたいの』
腕を組み、うーんと唸りながら熟考する。
ここねちゃんに見せたい“俺の好き”は三つ。
アニメ、ホビー、ゲーム。
どれも俺の人生を支えてきた大切な世界だ。
……でも、そんな場所にここねちゃんを連れて行って本当に大丈夫だろうか?
引かれたらどうしよう、というトラウマに似た恐怖が胸をよぎる。
かといって、無難な場所に案内するのも、彼女の真っ直ぐな気持ちを裏切るようで違う気がした。
彼女は俺の「好き」を知りたがってくれているのだから。
その日は、悩んでいるうちに日付が変わり、寝る時間になってしまうのだった。
次の日の昼休み。
俺たちはいつものように中庭のベンチに集まり、お弁当を食べ終えて和やかに雑談をしていた。
「ねえねえ、さっきから気になってたんだけどさ~」
お弁当箱を片付けた華満さんが、急に身を乗り出して、俺とここねちゃんの顔を交互に見つめてきた。
「風祭くんとここぴー、お互いのこと『ミコトくん』『ここねちゃん』って呼んでない!? いつからそんな呼び方になったの〜!?」
「えっ!? あ、言われてみれば確かに……ここねちゃんも『ミコトくん』って呼んでる!!」
和実さんまでもが目を丸くして身を乗り出してくる。
予想外のツッコミに、ここねちゃんはわかりやすく身体をこわばらせ、隣で慌てて口元を押さえて固まってしまった。
あわあわと助けを求めるような視線を送ってくるここねちゃんを見て、俺は慌ててフォローに回った。
「あ、いや!!俺がお願いしたんだよ。下の名前で呼んでほしいなって。その流れで、俺も『ここねちゃん』って呼ばせてもらうことになったんだ」
すべて自分の発案ということにして説明すると、和実さんがポンと手を打った。
「そっか〜!!じゃあさ、私のことも『ゆい』って名前で呼んでよ!!『和実さん』ってちょっと固いかなって思ってたんだ〜!!」
「えっ、和実さんのことも?」
「らんらんも〜!!らんらんのことも『らん』って名前で呼んでよ、友達なんだからさ〜!!」
思いがけない展開に俺が目をと目を白黒させていると、二人は満面の笑みで「決定~!!」と盛り上がっている。
断る理由もなく、俺は照れくささを押し殺しながら二人の顔を見た。
「……じゃあ、よろしくね。ゆいちゃん、らんちゃん」
「うんっ、よろしくね、ミコトくん!!」
「わーい!!よろしくね、ミコトくん!!」
ふたりが無邪気に喜ぶ声が中庭に響く。
(あ……待てよ?)
ふと我に返り、俺は恐る恐る隣のここねちゃんの方へと視線を向けた。
特別な呼び合いだと思っていた手前、急に他の女子とも名前で呼び合うことになって、怒ったり気にしてしまったりしていないだろうか……。
だが、ここねちゃんは気を悪くした様子もなく、どこかつややかな瞳で「よかったね、ミコトくん」と言わんばかりに優しく微笑んでいた。
そのおっとりとした穏やかな表情に、俺は心からホッと胸を撫でおろすのだった。
数日後の放課後。
本来ならゆいちゃん、ここねちゃん、らんちゃん、菓彩先輩の五人でパーラーに行ってパフェを食べる予定だったのだが、急遽ここねちゃん、らんちゃん、菓彩先輩の三人にそれぞれ外せない用事ができてしまい、行けなくなってしまった。
「う〜ん、みんな来られなくなっちゃったね。ミコトくん、どうしようか?」
「それなら……ゆいちゃん、実はちょっと相談したいことがあって……二人でパフェを食べに行っても大丈夫?」
次のデートで、ここねちゃんをアニメショップやホビーショップに案内する計画について、女子目線のアドバイスをもらいたかったのだ。
「相談? うん、いいよ!!おいしいパフェを食べながら話を聞くよ」
パッと笑顔になったゆいちゃんと並んでパーラーへと歩き出す。
他愛のない雑談をしながら歩いていると、向こうから歩いてきた一人の男子生徒が立ち止まり、俺たちに声をかけてきた。
「ゆい。……と、誰だ?」
「あ、拓海!!あのね、クラスメイトの風祭ミコトくんだよ!!」
ゆいちゃんと親しげに話すその人は、どこか引っかかるような厳しい視線を俺に向けていた。
鋭い眼差しに少し圧を感じつつも、俺はゆいちゃんに尋ねる。
「ゆいちゃん、この人は?」
「三年生の品田拓海だよ、拓海とは家が隣でね、小さい頃からずっと一緒の幼馴染なの!!」
『幼馴染』というキーワードに、俺のオタク特有のアンテナがピコンと反応する。
ゆいちゃんに対してどこか保護者的で、そして少しだけ牽制するような視線。
(もしかして……二人は付き合ってるのかな?)
気になってストレートに聞いてみた。
「あの……二人は、付き合ってるの?」
「えっ、違うよ」
ゆいちゃんのあっさりとした否定の言葉に、一瞬だけ気まずそうに視線を泳がせ、がっかりしている品田先輩の反応を見逃さなかった。
(そういうことか。品田先輩は、ゆいちゃんのこと……)
恋愛感情に対して鈍感な俺でも、この空気感だけは察することができた。
そして同時に、彼が自分に向けたあの厳しい視線の理由も理解できた。
気になる女子の隣に、見知らぬ男子がいれば警戒するのも当然だ。
ここで変な誤解をさせたまま離れるのは良くないし、何より同性の先輩と仲良くなれるチャンスかもしれない。
俺は一歩前に踏み出した。
「品田先輩、俺たちこれからパフェを食べに行くんですけど……良かったら品田先輩も一緒に行きませんか?」
「えっ……俺も!?」
思いがけない誘いに、品田先輩はぽかんと目を丸くする。
「俺、この学校に転校してきてから、まだあんまり親しい男友達がいなくて……。品田先輩と、色々とお話ししてみたいんです。ゆいちゃんも、いいかな?」
「あたしはもちろん大歓迎だよ、拓海も行こうよ!!」
ゆいちゃんにも背中を押され、品田先輩は戸惑いつつも頭をガリガリと掻いた。
「……まあ、そこまで言うなら行ってもいいけど」
素直になれないような口調ではあったが、誘いを断ることはしなかった。
こうして俺たちは、三人でパーラーへと向かうことになったのだった。
パーラーに到着し、席についた俺たちはそれぞれパフェを注文した。
「改めまして、俺は風祭ミコトです。最近この学校に転校してきました。品田先輩、よろしくお願いします」
頭を下げて挨拶すると、拓海先輩はどこか気まずそうに「品田拓海だ。まあ、よろしく」と返してくれた。
パフェが運ばれてくるまでの間、俺は二人の関係についてじっくり話を聞いてみた。
ゆいちゃんが楽しそうに思い出を語り、拓海先輩が呆れつつも嬉しそうに頷く様子を見て、二人の絆の深さが伝わってくる。
そうこうしているうちに、色鮮やかなパフェが運ばれてきた。
「わぁ〜!!すっごく美味しそう……いただきます!!」
ゆいちゃんが嬉しそうにパフェを頬張る姿を眺めながら、俺は拓海先輩へと話題を向けた。
「そういえば品田先輩って三年生ですよね。生徒会長の菓彩先輩とは仲が良かったりするんですか?」
「菓彩か? まあ、たまに話すことはあるけど……あいつは、しっかりしすぎてて頭が上がらん」
「あはは、確かに菓彩先輩は頼もしいですよね。先輩は何か趣味や特技とかって、あるんですか?」
品田先輩の趣味に関することや、休日の過ごし方など、当たり障りのない質問を投げかけていく。
最初は警戒していた様子の拓海先輩だったが、俺が聞き役に徹していると徐々に緊張が解けたのか、ぽつりぽつりと話してくれるようになった。
根はすごく面倒見の良い、優しい先輩なんだなと感じる。
場が和んできたところで、俺は本題を切り出すことにした。
さすがにここねちゃんの名前をそのまま出すわけにはいかないので、伏せて相談する。
「……あの、実は二人に相談したいことがあって」
「あっ、そういえば最初に相談があるって言ってたね」
俺は、一度深呼吸してから話始める。
「今度、ある女の子と……二人でデートすることになったんです」
「「えっ!?」」
ゆいちゃんと拓海先輩の声が綺麗に重なった。
ゆいちゃんはスプーンを止めて目を丸くし、拓海先輩はむせそうになりながら俺を凝視してくる。
「デ、デート!?ミコトくん、好きな子がいるの!?」
「いや、その……相手の女の子が俺の『好き』なものを知りたいって言ってくれたんだけど、俺の好きって……アニメとかプラモとか、ちょっと濃いんだ。それをデートで女の子に見せていいのか不安で……」
萌えアニメや美少女イラストを描いていることまでは、さすがに伏せつつ、自分の趣味を打ち明けた。
真剣に尋ねる俺に対し、拓海先輩は拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「なんだ、そんなことか。おまえ、気にしすぎなんじゃないか? 相手の女子が『お前の好きなものを知りたい』って言ってきたんだろ。だったら別に、変に気取らずフツーに案内してやればいいと思うけどな」
気にしすぎ……品田先輩にそう言われて俺は、はっとする。
俺は必要以上に自分の趣味が受け入れられないものだと思い込んでいたのかもしれない。
「うんうん!!あたしも拓海と同意見だよ!!」
ゆいちゃんも大きく頷きながら、口元にクリームをつけたまま笑顔を向けてくれた。
「その子がミコトくんの『好き』を知りたいって言ってくれたなら、絶対に大丈夫!! 自分の好きなものを楽しそうに話してくれるのって、見てる側もすっごく嬉しいし!!あたしも美味しいものの話をしてる時が一番楽しいもん!!」
「ゆい、お前と一緒にすんな。……まあでも、相手のペースに気を配ってやるのは大事だな。疲れてないか声かけたり、途中でカフェ挟んだりすりゃ十分だろ」
「なるほど……二人とも、すごく参考になりました。俺、少し気にしすぎていたかもしれません、ありがとうございます!!」
深々と頭を下げると、拓海先輩は「おう」と照れくさそうにジュースのストローを咥えた。
二人に相談したおかげで、なんだか気持ちが楽になった気がする。
最初はゆいちゃんの隣にいる俺を警戒していた拓海先輩だったが、会話を重ねるうちにその硬さは完全に消え、最後にはどこか兄貴分の頼もしさを感じさせる優しい笑みを浮かべていた。
頼りになる先輩と、温かい友達。
二人のアドバイスに勇気をもらい、俺は次のここねちゃんとのデートに向けて、しっかりと前を向くことができた。
その日の夜。
ゆいちゃんと品田先輩に相談したおかげで、胸の中の不安が少し軽くなっていた俺は、改めてここねちゃんとのデートプランを練り直していた。
行き先は、俺の「好き」が詰まった三つの場所。
アニメショップ、ホビーショップ、ゲームショップ。
俺の世界を支えてきた大切な場所だ。
前は「こんな場所に連れて行っていいのか」と怖くて仕方なかった。
でも今は違う。
ここねちゃんが、俺の「好き」を受け止めてくれると信じられるから。
アニメショップなら話題作や『ぼっちTOろっく』のグッズ。
ホビーショップならガンバルのプラモの原点。
ゲームショップなら、二人で遊んだモンスターイーターの関連コーナー。
どれも、ここねちゃんに見せたい俺の「好き」だ。
「まずはアニメショップでキャラグッズを見て……そのあとホビーショップ。途中で休憩できるカフェも入れて……」
ノートにペンを走らせながら、胸の奥がじんわりと熱くなる。
彼女の期待に応えたい。
自分の「好き」を、ちゃんと好きと言いたい。
そんな思いを抱きながら、
俺は深夜までデートプランを書き続けた。