休日当日。
俺は期待と緊張を胸に抱きながら、約束の場所である駅前へと足を向けていた。
遠くからでも一目でわかる、上品で洗練された装いのここねちゃんが佇んでいる。
近づいて声をかけると、彼女はぱっと表情を華やがせ、「ミコトくん」と嬉しそうに微笑んでくれた。
「それじゃあ、最初のお店に向かおうか」
「うん、よろしくね」
俺たちは並んで歩き出し、まずは第一の目的地であるアニメショップへと向かった。
秋の爽やかな風が吹く街並みを歩く中、ここねちゃんが少し照れくさそうに口を開いた。
「あのね、ミコトくん……私、小説を書き始めたの」
「えっ、本当に!?」
驚いて隣を見ると、ここねちゃんは少し頬を染めながら頷いた。
「誰かに見せるためじゃなくて、私自身が楽しむための……自分だけの物語なの。内容はすごく恥ずかしいから秘密だけれど、自分で何かを作る楽しさが、少しだけ分かった気がするの」
「そっか……すごいよ、ここねちゃん!!自分が楽しむために作るのが一番大事だって俺も思ってたから、そう言ってもらえて、すごく嬉しいな」
自分の話した言葉をきっかけに新しい世界へ踏み出してくれたこと、そして創作の楽しさを知ってくれたことが心から誇らしかった。
「……うん。ミコトくんのおかげだよ、ありがとう」
そんな風に温かい会話を交わしながら歩いていると、賑やかな通り沿いにお目当ての建物が見えてきた。
入り口には大型アニメの大きなポスターが並び、賑やかな主題歌が店内から漏れ聞こえてくる。
「ここが、最初のおすすめスポット……アニメショップだよ」
目的のアニメショップの看板を見上げる俺の横で、ここねちゃんは好奇心に満ちた瞳をキラキラと輝かせていた。
自動ドアをくぐり、店内へ足を踏み入れる。
ズラリと立ち並ぶ棚と色鮮やかなキャラクターグッズの山に、ここねちゃんは驚いたように目を細めた。
「こんなにたくさんあるんだ……」
感心した様子で店内を見渡していたここねちゃんだったが、ふと特設コーナーの前で足を止めた。
そこは現在放送中の深夜アニメ『俺の彼女は吸血鬼でFカップらしい~本当はHカップです~』の展開ブースだった。
「あっ、ポポネちゃん」
ブースには最推しヒロインであるポポネちゃんの等身大パネルが立ち、頭上のモニターでは彼女が元気いっぱいに大きなおっぱいを揺らすアニメ映像が流れている。
さらにここねちゃんの視線は、棚に飾られたサンプルへ向いた。
「等身大抱き枕カバー……こんなのもあるんだね」
いつもより衣装の露出度が高く、頬を赤らめたポポネちゃんが描かれた抱き枕カバー。
「お、俺は持ってないよ!?」
誰に責められたわけでもないのに、俺はつい勢いよく弁明してしまった。
嫌悪感を抱かせていないかと胃が痛くなりそうだったが、ここねちゃんは特に気にした様子もなく、じっとポポネちゃんのイラストを見つめている。
「やっぱり大きい……」
ここねちゃんは自分の胸元をちらりと見て、ほんの少しだけ頬を赤らめた。
その仕草が妙に可愛くて、俺は心臓が跳ね上がった。
その後、俺は店内を案内して『希望戦士ガンバル~水星の魔法少女~』や『ぼっちTOろっく』のグッズコーナーを紹介した。
「あ、これ、主人公の着てるジャージだね」
「そうそう! 結構再現度が高くてさ……」
作品の話になると会話も弾み、ここねちゃんも興味深そうに商品を手にとっていた。
店を出る直前、書籍コーナーでずっと探していた新刊を見つけた俺は、足を止めた。
「あの、ここねちゃん。気になる本を見つけたんだけど、ついでに買っていってもいいかな?」
「ええ、もちろん」
ここねちゃんが優しく微笑んで頷いてくれたので、俺はレジで目当てのライトノベル『俺の幼馴染が爆乳すぎる~Kカップで正直すまん~』を購入した。
店を出て歩き出しながら、俺は紙袋の中の本を見つめて思わず熱弁を振るってしまう。
「このライトノベルの挿絵を描いてる『デカパイパイ』先生、俺の憧れの人なんだ!!体のラインの描き方とか影のつけ方が神がかっていて、俺の描く絵もこの人の絵にすごく影響を受けてるんだよね。線の繊細さも立体感も本当にすごくて……っ」
興奮のあまり一気に早口で語ってしまう俺を、ここねちゃんは静かに、でも嬉しそうに見つめていた。
そして、フッと柔らかい笑みを浮かべる。
「ふふ、ミコトくんのペンネームも、その神様から影響を受けているのね」
「〜〜〜〜っ!?」
ここねちゃんの口から自然に出た言葉に、俺は一気に顔が火から出たように熱くなった。
ペンネーム『デカパイスキスキ太郎』。
言われてみれば完全にリスペクトの影響なのだが、憧れの神絵師と自分のとんでもないペンネームを並べて指摘されると、恥ずかしさで爆発しそうになる。
「あ、いや、そのっ!!そうかもしれないけどっ!!」
赤面してあわあわと慌てる俺の隣で、ここねちゃんは満足そうに、くすくすと可愛らしい微笑みを浮かべるのだった。
次にここねちゃんを案内したのは、ビルの上階に入っているホビーショップだった。
店内には塗料の独特な匂いがほんのりと漂い、壁一面にプラモデルの箱が積み上がっている。
俺はまず、自分が大好きなガンバルのプラモデルが置いてあるコーナーを目指して歩き出した。
その途中、棚に並べられた多種多様なキットにここねちゃんが興味深そうに視線を向ける。
「あっ、これピコモンのプラモデルだ。……あっちには『ぼっちTOろっく』のプラモデルまであるんだね!!」
「そうなんだよ!!最近はロボットだけじゃなくて、アニメのキャラクターや動物のプラモもたくさん出ててさ」
ここねちゃんの発見に嬉しくなりながら解説を続けていく。
さらに奥へ進み、ようやく目的のガンバルシリーズのコーナーへと到着する。
ズラリと圧巻のスケールで並ぶパッケージ群を前に、ここねちゃんは感嘆の声を漏らした。
「ミコトくんの部屋でも見たけれど、ガンバルのプラモデルって、こんなにたくさんあるんだね」
「うん!!ガンバルシリーズはもう四十年以上続いてて、作品ごとにいろんな世界観があるんだ。でも、そのすべての原点がこれ——初代『希望戦士ガンバル』なんだよ」
俺は棚から一番思い入れのある初代ガンバルの箱を取り出し、愛おしさを込めてここねちゃんに見せた。
パッケージに描かれた重厚で無骨なロボットのイラストを、彼女はまっすぐに見つめてくれる。
「四十年……そんなに長い歴史があるんだね。すごい……」
「そうなんだ。時代に合わせてデザインや技術は進化してるんだけど、この初代の熱さだけはいつの時代も変わらなくてさ」
熱弁を振るう俺の言葉を、ここねちゃんは一言も聞き逃さないように優しく耳を傾けてくれた。そして、包み込むような温かい微笑みを浮かべる。
「ミコトくんは、本当にガンバルが好きなんだね」
その表情と声の響きがあまりにも優しくて、俺は照れくささに胸を熱くしながら、大きく首を縦に振るのだった。
アニメショップとホビーショップを回り、少し歩き疲れたタイミングで、俺たちはあらかじめリサーチしておいたベーカリーカフェへと向かった。
木目を基調とした温かみのある店内のテーブル席に腰を下ろし、俺は注文した品を待ちながら口を開く。
「ここの焼き立てクロワッサン、すごく美味しいって評判なんだよ」
事前に調べておいた知識を少し誇らしげに語ると、ここねちゃんは目を輝かせて微笑んだ。
「ふふ、そうなのね。楽しみだわ」
楽しそうな彼女の表情を見て、俺は心の底にある疑問を思い切って尋ねてみることにした。
「あのさ……アニメショップとホビーショップ、どうだった?」
ここねちゃんが、俺の「好き」を受け止めてくれると信じてはいる。
けれど、完全に不安がなくなったわけじゃない。
だからこそ、ちゃんと本人の口からどう思ったか聞いておきたかった。
「とっても楽しかったわ。私の知らない世界や、素敵なものがたくさんあって……すごく新鮮だった」
ここねちゃんは迷いのないまっすぐな言葉で答えてくれた。
その優しい返答に胸を撫でおろしつつ、俺は苦笑いを浮かべる。
「よかった……実は少し前まで、ここねちゃんに楽しんでもらえるか、ずっと不安だったんだ」
「大丈夫……私は、ミコトくんの好きを否定しないよ」
以前、俺の趣味を知った時と同じように、彼女は少しもぶれることなく、心からの信頼を込めてそう言ってくれた。
自分の『好き』をまるごと肯定してもらえることが、こんなにも救われるものなのかと、胸の奥が熱くなり、涙が出そうになるほど嬉しさがこみ上げてくる。
「……ありがとう、ここねちゃん」
照れくささを隠すようにしてお礼を言うと、ちょうど香ばしい匂いとともに焼き立てのクロワッサンとドリンクが運ばれてきた。
「あ、すごく美味しそう……!」
「本当だね。じゃあ、いただきます」
黄金色に輝くサクサクのクロワッサンを一口頬張ると、バターの豊潤な風味が口いっぱいに広がった。
顔を見合わせて美味しさを噛みしめる俺たちの間には、どこまでも温かく穏やかな時間が流れていた。
カフェを出た俺たちが最後にやってきたのは、大型ゲームショップだった。
一歩足を踏み入れると、壁一面の棚にゲームパッケージがズラリと並び、店内のディスプレイからは賑やかなBGMとともに新作ゲームのPVが流れていた。
「なんだか、すごく賑やかな感じだね」
ここねちゃんは少し目を見張りながら、興味深そうに周囲を見渡す。
「通販で買うのも便利だけど、俺はこうやって店でパッケージを見るのも好きなんだ。裏面の説明を読んだりして、意外なゲームとの出会いがあったりするし」
「そうなんだ……知らないだけで、私の楽しめるゲームもここにはあるのかな」
「じゃあ、まずは色々見てみようか」
棚を眺めながら歩いていると、ここねちゃんが『けもの森』や『星のアービィ』のジャケットの前で足を止めた。
「可愛いパッケージ……こういう作品もあるのね」
「うん、動物たちと村で生活したり、可愛いキャラクターを操作して冒険するゲームだよ」
(やっぱりここねちゃんは、こういう可愛い雰囲気の作品が好きなのかな)
ゲームの知識にはそれなりに自信があるので、彼女が指差すパッケージや気になったタイトルについて解説を加えていく。
ここねちゃんは楽しそうに「これはどんなストーリーなの?」「こっちはアクション?」と質問を重ねてくれた。
そんな話をしながら奥へ進むと、俺たちもプレイしている『モンスターイーター』シリーズの関連コーナーに辿り着いた。
そこには最新作のソフトはもちろん、分厚い公式ガイドブックや設定資料集、モンスターのフィギュアや愛くるしいぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
「あっ、モンスターイーターだ」
ここねちゃんは瞳を輝かせ、特設コーナーのグッズを興味深そうに眺め始めた。
そして、辞書のようにズッシリと分厚い本を棚から手に取り、じっと見つめる。
「攻略本……買おうかしら」
「あはは、ずいぶん分厚いね。一応攻略情報ならネットでも調べられるけど……でも、紙の本で設定画やデータを眺める楽しみもあるから、持っておくのもいいと思うよ」
「ふふ、確かに見ているだけでもワクワクするわね」
ここねちゃんは大事そうに攻略本を胸に抱え、嬉しそうに頷いた。
互いの「好き」を共有しながら巡る店内。
彼女の楽しそうな横顔を見つめながら、俺はこの場所を選んで心から良かったと感じていた。
ショップを出ると、街はすっかり綺麗な橙色に包まれており、帰る時間がやってきていた。
駅前の広場まで歩き、足を止める。
購入したモンスターイーターの分厚い攻略本を大事そうに抱えたここねちゃんが、ふわりと温かい笑顔を向けた。
「今日は、ミコトくんの『好き』がたくさん知れて、本当に楽しかったわ」
「楽しんでもらえたなら嬉しいよ」
今日はこれで、ここねちゃんとお別れ……そう思うと胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれなくなった。
俺は勇気を振り絞り、ここねちゃんの澄んだ瞳をまっすぐに見つめた。
「あのね、ここねちゃん。俺……もっとここねちゃんと仲良くなりたい」
自分でも驚くほどはっきりとした声が出た。
俺の言葉を受け止めたここねちゃんは、一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに頬をぽっと赤らめ、愛おしそうに目を細めた。
「私も……私も、もっとミコトくんと仲良くなりたい」
言葉が重なり合い、見つめ合う二人。
周囲の喧騒が消え去り、互いの鼓動だけが響いてくるような、甘く甘い沈黙が流れる。
——プッ、と静かなクラクションの音が鳴り響いた。
ハッと我に返ると、いつの間にか道路脇にここねちゃんの迎えの車が停まっていた。
「あっ」
二人の空間を破られたここねちゃんは、みるみるうちに顔をリンゴのように真っ赤に染め上げた。
「そ、それじゃあ、また学校でねっ!!」
慌ててペコリと頭を下げると、ここねちゃんは逃げるように車へと乗り込んでいった。
スモークガラス越しにも分かるほど真っ赤な顔で、小さく手を振る彼女を乗せた車が、ゆっくりと走り去っていく。
遠ざかる後尾灯を一人で見送りながら、俺は自分の胸にそっと手を当てた。
心臓が、破裂しそうなほど速く、激しく打っている。
前の学校でのトラウマも、自分に対する自己否定も、彼女の優しさと笑顔の前に全部吹き飛んでいた。
二次元の美少女でも、物語のヒロインでもない。
目の前にいた、一人の女の子。
(俺……ここねちゃんのことが、好きだ)
秋の澄んだ夕空の下、俺は自分の心の底にある答えを、しっかりと確信するのだった。