(ここね視点)
静まり返った自室のベッドの上で、私は今日起きた出来事をゆっくりと振り返っていた。
風祭くんは、穏やかでいつも優しくて……どこか完璧な王子様のような人だと、私は勝手に思い込んでいたのかもしれない。
けれど女の子を助けた後に、あまねへ言い放った言葉。
「子供が危険な目にあってるのに、見捨てられるわけないだろ!!」
あの時の彼の強い目つきと叫び。
あんな情熱的な一面があるなんて、思いもしなかった。
正直驚いて息を飲んでしまったけれど、嫌いになるなんて全く思わなかった。
あの強い口調の裏には、彼が持つ真っ直ぐな正義感と優しさがあるのだと分かったから。
その後に風祭くんが『希望戦士ガンバル』というロボットアニメが好きだということが分かった、。
アニメの話をしている時の風祭くんの瞳は、まるで子供みたいにキラキラと輝いていて……本当に心からこの作品が好きなんだなという気持ちが、ストレートに伝わってきた。
他にも初心者向けのおすすめアニメをいくつか教えてくれたけれど、私の胸の中に芽生えたのは、もっとシンプルな衝動だった。
(風祭くんの『好き』を、私ももっと知りたい——)
気づけば、私はタブレットを取り出し、検索欄に『希望戦士ガンバル』と打ち込んでいた。
画面に表示された検索結果を見て、私は思わず目を見張った。
『希望戦士ガンバル』『希望戦士Zガンバル』『希望戦士ZZガンバル』『希望戦士ガンバル~逆襲のニャア~』『希望戦士ガンバルF91』『希望戦士Vガンバル』『希望武闘伝Gガンバル』『新希望戦記ガンバルW』『希望新世紀ガンバルX』『∀ガンバル』『希望戦士ガンバルSEED』『希望戦士ガンバルSEED運命』『希望戦士ガンバル00』『希望戦士ガンバルUC』『希望戦士ガンバルAGE』『希望戦士ガンバル 鉄骨のオルフェンズ』……。
「これ……こんなにたくさんあるの!?」
あまりのタイトルの多さと歴史の長さに、めまいすら覚えてしまう。
これのどれから見ればいいのか途方に暮れてしまったけれど、私はふと思い直した。
風祭くんが今日買っていたプラモデルは、最新作の作品だったはずだ。
私は動画サブスクのアプリを開き、『希望戦士ガンバル~水星の魔法少女~』を再生してみることにした。
正直なところ、ロボット同士の激しい戦闘や機体の格好良さについては、まだあまりピンとこなかった。
けれど、舞台となる学園の複雑な人間関係や、主人公を取り巻くドラマティックな展開がすごく魅力的で、どんどん物語に引き込まれていく。
「あっ……」
ふと時計に目をやると、画面の隅の数字はすでに日付が変わったことを示していた。
「ふふ、風祭くんが夢中になる理由、少しだけ分かった気がする」
スマートフォンの画面を閉じ、私はそっと胸に手を当てた。明日、学校で風祭くんに「ガンバル見たよ」と伝えたら、彼はどんな顔をするだろう。
驚くだろうか、それともまたあのキラキラした笑顔を見せてくれるだろうか。
そんな未来の会話を想像しながら、私は温かい愛おしさに包まれて静かに目を閉じた。
次の日の昼休み。
柔らかな日差しが差し込む中庭のベンチで、私とゆい、らん、そして風祭くんの四人は並んでお弁当を広げていた。
私はお弁当箱の蓋を膝の上に置くと、少しドキドキしながら風祭くんの方を向いた。
「風祭くん……昨日話していた『希望戦士ガンバル~水星の魔法少女~』、動画で見たよ」
「えっー!! マジで!?」
風祭くんは素で声をあげ、今まで見せたことがないくらい目を丸くして驚いた。
お弁当を持ち上げたままフリーズしている姿が、なんだか新鮮で可笑しい。
よほど、私がガンバルを見たことが意外だったらしい。
「い、いや……芙羽さんがガンバルを見てくれるなんて思わなくてさ」
少し落ち着きを取り戻したものの、まだ半信半疑といった様子の風祭くん。
(私……アニメとか見ない子だと思われているのかな?)
そんな風に思われているのが少しだけ悔しくて、私は小さく微笑みながら答えた。
「私だってアニメくらい見るよ……すごく面白かった。学園の人間関係とか、続きが気になって一気に見ちゃった」
「本当!? あぁ、面白かったなら良かった!!なんだろう……なんかすごく嬉しいな!!」
風祭くんの顔がぱあっと明るくなり、ホッとしたように目元を緩める。
彼の「好き」をほんの少しだけ共有できたことが、私の胸をじんわりと温かく満たしていく。
「はにゃ~!!ここぴーがそんなに言うなら、らんらんも今夜絶対に見てみるね!!」
「あたしも!!昨日気になって調べたんだけど、ガンバルってなんだかいっぱいシリーズがあるみたいだね。「水星の魔法少女」から見始めても大丈夫だった?」
ゆいの素朴な疑問に、風祭くんは姿勢を正して分かりやすく解説を始めた。
「うん、全然問題ないよ!!話が繋がっている作品もあるんだけど、「水星の魔法少女」は独立した世界観だからね」
そう言って、風祭くんは丁寧に言葉を選ぶ。
「ガンバルシリーズは大きく分けると『ユニバース世紀』と『アナザー作品』の二つがあってね。『ユニバース世紀』の作品は同じ世界観で歴史が繋がっているんだ。逆に『アナザー作品』の方は基本的に話単体で楽しめるから、個人的には『アナザー作品』のほうが初心者にはオススメかな。……あっ、でも気になる作品があったら、何から見ても全然いいと思うよ!!」
自分が熱くなりすぎないよう私たちに気を使いながら、必死に分かりやすく魅力を伝えようとする風祭くん。
その一生懸命な表情と、楽しそうに揺れる瞳。
(ふふ、やっぱり素敵だな)
風祭くんの言葉に耳を傾けながら、私は胸の奥の愛おしさを噛みしめるように、静かに微笑みを深めるのだった。
◇
(ミコト視点)
一週間後……。
なんと、芙羽さんだけでなく和実さんや華満さん、さらには生徒会長である菓彩先輩までもが『希望戦士ガンバル~水星の魔法少女~』を見てくれていた。
「風祭くん!!あの学園の決闘のシーン、すっごく迫力あってカッコよかったよ!!」
「展開が怒涛すぎて、らんらん毎回はにゃ~って叫んじゃった!!」
「ストーリーの構成が見事だな。人物それぞれの立場や意図が交錯していて興味深かった」
昼休みに集まった際、みんなから口々に熱い感想を聞くことができた。
自分の好きな作品を友達が見てくれて、こうして楽しく語り合える。
そんな当たり前のような幸せが嬉しくて、俺は胸の奥を熱くしていた。
だが、そんな穏やかで満たされた時間は長くは続かなかった。
午後の授業前の休み時間。
教室の隅で、クラスの男子ふたりがスマートフォンを囲み、動画を見始めたのだ。
『〜〜だもんっ!!ねえ、ポポネのこと好きって言ってぇ?』
スピーカーから教室中に大音量で響き渡る、甘ったるい萌えボイス。
(えっ……嘘だろ!?)
俺の心臓がドクンと跳ね上がる。
その音声は、俺が今期一番ハマっている深夜アニメ『俺の彼女は吸血鬼でFカップらしい~本当はHカップです~』の最推しヒロイン、ポポネちゃんの声だった。
作品自体には罪はない。
だが、いくらなんでも教室でスピーカー再生は大惨事だ。
頼むからイヤホンをしてくれ、今すぐ消してくれと心の中で必死に祈る俺。
しかし、最悪の事態は容赦なく訪れた。
「ちょっと、男子!!教室でそういうの流さないでよ……マジでキモいんだけど!!」
通りかかった女子グループの一人が、あからさまに嫌悪感を剥き出しにして二人を怒鳴りつけた。
『キモい』
その鋭い一言が耳に届いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
前の学校で、俺の描いた絵を見られた時に放たれた冷酷な言葉。
蔑むような視線。
トラウマが鮮明なフラッシュバックとなって脳裏を支配し、一気に全身の血の気が引いていく。
冷や汗が噴き出し、視界がぐらりと揺れた。
過去の記憶に、胸が激しく掻き乱される。
指先から急速に体温が失われ、ガタガタと震えが止まらない。
そんな俺の変貌に気づいた芙羽さんが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「風祭くん? 顔色が悪いわ。どうしたの?」
「あ、いや……大丈夫、大丈夫だよ、芙羽さん」
俺は乾いた唇を震わせ、ひきつった笑みを浮かべて見せるのが精いっぱいだった。
自分がオタクであること、そして過去に「キモい」と切り捨てられた恐怖が、再び俺の心を冷たい暗闇へと引きずり込んでいく。
「大丈夫だから……ちょっとお腹の調子が悪くなっちゃってさ。トイレに行ってくるね」
俺は必死に唇を引き結び、なるべく自然に見えるよう力なく笑って誤魔化した。
芙羽さんに無用な心配をかけたくなかったし、なによりこれ以上あの場所にいたら息が詰まって倒れてしまいそうだったからだ。
逃げるように教室を飛び出し、トイレの個室へ駆け込む。
パタンとドアを閉め、便座に腰を下ろして頭を抱えた。
未だに心臓がドクドクと不快な音を立てている。
(……情けないな、俺)
他人が「キモい」と怒鳴られただけなのに、過去のトラウマを思い出してここまで取り乱してしまうなんて。
せっかく和実さんたちとアニメの話ができて浮かれていたのに、俺の根底にある弱さは何一つ変わっていなかった。
冷たい水を何度も顔に吹き付け、荒い呼吸を整える。
鏡に映る自分の顔が少しだけ元に戻ったのを確認してから、俺は教室へと引き返した。
すでに五分の猶予を過ぎ、次の授業は始まっていた。
「すみません先生!!ちょっとお腹の調子が悪くてトイレが終わらなくて!!」
がらりとドアを開け、少し大袈裟に頭を下げておどけてみせる。
クラス中にくすくすと笑い声が広がり、気まずい空気を冗談で軽やかに上書きすることには成功した。
「よし、風祭。次は遅れないように着席しろ」
「はい、すみません!!」
先生の苦笑い混じりの指示に従い、自分の席へと向かう。
うまくいった、これで誰も気にしていないはず——そう安堵しかけた俺だったが、席につく間際、視線を感じて横を向いた。
芙羽さんが、まっすぐこちらを見つめていた。
クラスのみんなが俺の冗談に笑っている中で、彼女だけは一度も表情を崩さず、まるで俺の隠した傷口を見透かすかのように、深く心配そうな瞳で俺を見つめていたのだ。
その真剣な眼差しに、俺の胸はどこかキュッと締め付けられるような感覚を覚えるのだった。