その日の夜、俺は自室のベッドの上で天井を見上げながら思案に暮れていた。
芙羽さんに自分の「好き」を教えていくことになったわけだが……だからといって、自分が好きな萌えエロアニメのタイトルをズラリと羅列してそのまま教えるのは絶対に違う。
自分の「好き」を一方的に押し付けるのではなく、教えるからには芙羽さんにも心から楽しんでもらいたい。
芙羽さんはオタク文化についてほとんど知識がないし、そもそもアニメや漫画、ゲームといったエンタメ全般に触れてきた経験自体が少なそうだった。
それに、昨日の様子を見る限り、過激なお色気要素に対する免疫もあまりなさそうだ。
(それらを踏まえた上で、俺が心から『好き』だと胸を張れて、芙羽さんにも抵抗なく楽しんでもらえる作品はなんだろう?)
腕を組み、うーんとしばらく悩んだ末に……ひとつの作品が頭に浮かんだ。
「よし、『ぼっちTOろっく』はどうだろう」
極度のコミュ障で陰キャな少女が、ひょんなことから女子高生バンドに加入し、仲間たちと出会って成長していく物語だ。
この作品、原作漫画には多少お色気カットがあるものの、アニメ版ではそういった要素がかなりナーフ(マイルドに修正)されている。
テンポの良いギャグがメインでストーリーも熱く、アニメ初心者である芙羽さんでも絶対に観やすいはずだ。
(それに、主人公の女の子は実は隠れ巨乳で、俺の『好き』のストライクゾーンであることに間違いはないしな)
もちろん、それを抜きにしても純粋にアニメとしてのクオリティが高く、文句なしに面白い傑作だ。
他にも万人受けしそうな候補はいくつか頭に浮かぶけれど、まずはこの作品を勧めてみて、芙羽さんがどんな感想を抱くか様子を見てみよう。
彼女の反応や好みをちゃんと観察しながら、焦らず少しずつ共有していかないと。
「よし……明日、学校で話してみるか」
机の上で輝くポポネちゃんのアクリルスタンドを横目に、俺は少しだけ誇らしいような、気恥ずかしいような気持ちでベッドのシーツに包まった。
次の日の放課後。
俺は昨日考え抜いた『ぼっちTOろっく』について、芙羽さんに話を切り出した。
「コミュ障の女の子がバンドを組むアニメでさ。ギャグも面白くて観やすいと思うんだ」
「ふふ、教えてくれてありがとう。帰ったら早速見てみるね」
そう言って柔らかく微笑む芙羽さんに、俺は慌てて手を振った。
「いやいや、お礼なんていいよ、もし見て『自分には合わないな』って思ったら、途中でやめて全然いいからね?」
押し付けになってしまわないか心配する俺だったが、彼女はそのまま自然な流れで「今日も一緒に帰ろう」と誘ってくれた。
夕暮れの帰り道。
二人で並んで歩いていると、芙羽さんが少し思い切った様子で尋ねてきた。
「ねえ、風祭くんの趣味についてもっと詳しく教えてほしいな」
「俺の趣味?そうだな……絵を描くのもそうだけど、あとはアニメ、漫画、ライトノベル、それからゲームかな」
「ゲーム……どんなものをやっているの?」
「今はマルチプレイが人気の『モンスターイーター』っていう作品の新作をやっているよ」
大型モンスターを協力して狩るアクションゲームだと言うと、芙羽さんはじっと俺の顔を見つめた。
「そのゲーム……私でもできるかな?」
「えっ!?」
予期せぬ言葉に思わず声が出た。
あのおしとやかな芙羽さんがアクションゲームに興味を持つなんて想像もしていなかったからだ。
「私、風祭くんと一緒にゲームをやってみたいの」
まっすぐな瞳でそう言われ、俺は一瞬だけ悩んだ。
初心者には操作が難しいかもしれないけれど、彼女がここまで言ってくれているのだ。
断る理由なんてない。
「わかった、じゃあ、今度一緒にやってみようか」
「本当? 嬉しい」
ぱぁっと表情を輝かせる芙羽さん。その可憐な笑顔に胸が跳ねるのを隠しながら、俺は具体的な案を出した。
「家にソイッチが二台あるから、まずはそれを使って協力プレイしてみようか」
「じゃあ……明日、風祭くんの家に行ってもいい?」
「もちろん、いいよ」
即答してから、ハッと我に返った。
(待てよ……明日、芙羽さんが俺の家に来る!?)
女の子を自室に招くという一大事に、俺は嬉しさと緊張で一気に汗をかき始めるのだった。
次の日の放課後。
俺は芙羽さんを自宅へ案内するため、二人で並んで下校路を歩いていた。
正直、朝からずっと緊張しっぱなしだ。
昨日の夜と今朝の二回に分けて、部屋の掃除は完璧に終わらせてある。
ポポネちゃんのアクリルスタンドや萌え漫画、少し過激なイラスト集やフィギュアなど、芙羽さんが見て引いてしまいそうなグッズはすべてタンスの奥とクローゼットへ厳重に格納した。
今の俺の部屋は、どこからどう見ても「ごく普通の男子中学生の部屋」のはずだ。
だから家に連れて行っても何の問題もない……絶対に大丈夫だ。
必死に自分に言い聞かせながら歩いていると、隣を歩く芙羽さんがふっと表情を和らげて声をかけてきた。
「ねえ、風祭くん。昨日おすすめしてくれた『ぼっちTOろっく』、早速観たの」
「えっ、本当!? 観てくれたんだ!」
「うん。すごく面白かったわ。主人公の女の子が必死に頑張るところも可愛いし、ギャグのテンポが良くて……気づいたら一気に何話も観ちゃってたくらい」
少しだけ誇らしそうに、けれど恥ずかしそうに感想を伝えてくれる芙羽さん。
「そう言ってもらえると、すごく嬉しいよ!!観てくれてありがとう、芙羽さん」
自分が「面白い」と確信して勧めた作品を、大切な友達が同じように楽しんでくれた。
その事実がたまらなく誇らしくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
オタク話に花を咲かせながら歩いているうちに、あっという間に目的地の前へと到着した。
「ここが俺の家だよ。どうぞ、入って」
我が家の玄関を指差しながら声をかけると、芙羽さんは少し緊張した面持ちで「お邪魔します」と丁寧にお辞儀をした。
いよいよ女の子を自室に招き入れるという現実に、俺の心臓は再びドクドクと激しい音を立て始めるのだった。
「ここが風祭くんのお部屋……ガンバルのプラモデルがいっぱいあるね」
部屋に入った芙羽さんは、棚に整然と並べられた『希望戦士ガンバル』シリーズのプラモデルを珍しそうに見つめていた。
隠し忘れていたわけではなく、ガンバルだけはオープンにしておいても大丈夫だと判断して残しておいたのだ。
「まあ好きだしね、かっこいいし」
女子を自分の部屋に招き入れた緊張感と相まって、なんだか猛烈に気恥ずかしくなり、俺は頭の後ろを掻きながら照れくさそうに答えた。
「かっこいいか……私にもそのうち理解できるかな」
芙羽さんはプラモの関節や武器をじっと観察しながらポツリと呟いた。
どうやら彼女にとって、ロボットの造形やメカニカルな格好良さはまだピンと来ていないらしい。
「あはは、無理に理解しようとしなくても全然いいよ。なんというか……男のロマンみたいなものだしさ」
そう言って場を和ませつつ、俺はあらかじめ充電しておいたソイッチの本体を芙羽さんへ手渡した。
「ゲーム機の基本的な操作って分かる?」
「うん。今日ここに来る前に、ボタンの配置とか調べたから基本的なことは大丈夫だと思う」
事前に調べて準備してきてくれたことに驚きつつも、その健気さが胸に刺さる。
「ありがとう、助かるよ。今回は『モンスターイーター ダブルゴッドライズ』の体験版をあらかじめインストールしておいたから、まずはこれで遊んでみようか」
芙羽さんは頷き、慣れない手つきながらもスムーズにタイトル画面を起動させた。
俺が横から指示を出しながら、まずはキャラクタークリエイトに挑戦してもらう。
髪型や顔のパーツを真剣な表情で選ぶ芙羽さんを横目で見守りつつ、無事にキャラを作成。
そのままネットワークを繋ぎ、俺のキャラクターと彼女のキャラクターが同じ集会所画面で合流することに成功した。
「よし、これでマルチプレイの準備は完了だよ」
「うん、風祭くんのキャラクターが画面の中に本当にいる!!」
小さな画面の中で自分のキャラクターを動かし、俺のキャラの周りをぴょんぴょん跳ね回らせる芙羽さん。
その少し興奮したような瞳を見て、俺の緊張もいつの間にか吹き飛んでいた。
まずは基本的な操作に慣れてもらうため、初心者にうってつけの簡単な小型モンスターを倒すクエストに芙羽さんを連れて行くことにした。
最初に「指定されたモンスターを何頭か倒せばクリアだよ」と目的だけを簡潔に伝え、俺は一歩引きつつサポート役に徹する。
あれこれ細かく指示を出しても、きっと押し付けになって楽しめないだろうし、変な先入観を持ってほしくない。
質問されたことにだけ丁寧に答え、他は温かく見守るのが一番だ。
画面の中で芙羽さんのキャラクターが一生懸命に武器を振るう。
「あっ……血とか出るんだ」
モンスターに攻撃が当たった時の赤いヒットエフェクトを見て、芙羽さんが少し驚いたように呟いた。
「そういうグロい描写、苦手だった?」
「ううん、大丈夫。ゲームの演出だって分かっているし、平気よ」
彼女の言葉に、俺はホッと胸を撫でおろした。
慣れない操作に苦戦しながらも、彼女は持ち前の集中力で見事に小型モンスターの討伐に成功した。
「すごいよ芙羽さん!!初めてなのに倒せるなんてめちゃくちゃ筋が良いね!!」
「本当? 嬉しい!!」
大袈裟なくらいに褒めると、彼女はぱぁっと表情を明るくして喜んでくれた。
『初心者をゲームに引き込むなら、まずはとにかく褒めろ。否定的な言葉は絶対NGだ』
昔、ネットゲームで知り合ったベテランプレイヤーが言っていた教訓を、俺は忠実に実践していた。
「上手だね」「惜しい!!」「ドンマイ!!」と、ネガティブな言葉を徹底的に排除して声をかけ続ける。
その後も二人でいくつかのクエストを一緒にプレイしていると、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。
芙羽さんの帰らなければいけない時間だ。
「もうこんな時間……ふふ、すごく楽しかったわ。でも、もう少し練習したかったな」
画面から目を離し、どこか名残残しそうに吐息をつく芙羽さん。
「あ、それならこのソイッチ本体、普段は使わないし貸すよ!!家に持ち帰って練習してみて」
「えっ……いいの?ありがとう、風祭くん」
予備機だから気にする必要はない。
嬉しそうにソイッチを大切そうに鞄へとしまう彼女を見て、俺の心も温かくなった。
「暗くなってきたし、家の近くまで送ろうか?」
「大丈夫よ、家の車で迎えに来てもらうことになっているから」
玄関先で丁寧にお礼を言い、迎えの車に乗り込んでいく芙羽さんを、俺は姿が見えなくなるまで見送り続けた。
自分以外の誰かと好きなゲームを共有できる時間がこんなにも愛おしいものなのかと、夜風を感じながら噛みしめていた。
◇
(ここね視点)
その日の夜。自室のベッドの上で、私は今日起きた出来事をゆっくりと振り返っていた。
「今日は本当に楽しかったな。でも、いきなり『お家に行っていい?』なんて、ちょっと積極的すぎたかも」
風祭くんのことをもっと知りたくて、もっと仲良くなりたくて、気づけば口をついて出ていた言葉。
嫌な顔ひとつせず迎え入れてくれたけれど、彼を驚かせてしまったのは事実だ。
強引だったかなと、少しだけ反省の溜息が漏れる。
「でも……風祭くん、私のことたくさん褒めてくれたな」
上手く操作できなくて戸惑う私に、彼は嫌な顔ひとつせず、ずっと優しい言葉をかけ続けてくれた。
「上手だよ」「すごいね」って。
きっと初心者な私に気を使ってくれたのだと思う。
けれど、その温かい気遣いが嬉しかった。
膝の上に乗ってきたパムパムが、愛らしく耳を揺らしながら見上げてくる。
「ミコトくん、とっても優しかったパム」
「うん……そうだね」
私はパムパムの頭を優しく撫でながら、胸の奥でふつふつと湧き上がる温かな感情を確かめていた。
彼の過去の傷も、大好きな趣味も、全部ひっくるめてもっと知りたい。
もっと彼との距離を縮めたい……そう強く思う。
私は鞄から、風祭くんが「貸すよ」と言って手渡してくれたソイッチを取り出した。
(……風祭くんをガッカリさせたくないな)
彼の足を引っ張らないよう、もっと上手になりたい。
画面を立ち上げ、コントローラーを握りしめる。
寝るまでの少しの時間、風祭くんの面影が残るゲーム機を手に、私は夢中でボタンを操作し始めるのだった。