休日、芙羽さんが再び俺の家へとやってきた。
「風祭くん、これ……貸してくれてありがとう」
部屋に入るなり、彼女は大切そうに抱えていたソイッチを差し出してきた。
そしてカバンから取り出したのは、新品の自分用のソイッチ本体と『モンスターイーター ダブルゴッドライズ』の製品版パッケージだった。
「えっ……自分用の買ったの!?」
「うん、風祭くんと一緒に、もっと先まで遊びたくて……」
少し恥ずかしそうに頬を染める芙羽さん。
まさか製品版まで自分で買い揃えてくるとは思わなかった。
その情熱と行動力に驚かされつつも、胸の奥が熱くなる。
さっそくお互いのソイッチを起動し、マルチプレイを開始する。
「あれ?芙羽さん、操作めちゃくちゃ上手くなってない!?」
集会所からクエストに出発して驚いた。
前回のぎこちなさが嘘のように、キャラクターを思い通りに動かしている。
それどころか、初期装備の「片手剣」から、操作が少し複雑な「太刀」へと武器が変わっていた。
「実は、毎日夜に少しだけ練習してたの」
「すごいよ!!太刀なんて見切りや気刃斬りのタイミングが難しいのに、ちゃんと扱えてる!!」
「ふふ……練習して、よかった」
俺が手放しで絶賛すると、芙羽さんは本当に嬉しそうに目を細めて小さく呟いた。
だが、今回挑むのは手ごわい大型ボスの狩猟クエスト。
さすがにボスの強烈な攻撃や素早い動きに翻弄され、苦戦を強いられる芙羽さん。
俺は広域化スキルで回復薬を振りまき、ヘイトを集めて必死にサポートに回ったものの、あと一歩のところで力尽きてしまい……一回目のクエストは失敗に終わってしまった。
画面に躍る『QUEST FAILED』の文字に、ショックで肩を落とす芙羽さん。
「ごめんなさい、風祭くん、私が足を引っ張っちゃって……」
「全然気にしなくていいよ!!初見でここまでボスの動きに対応できてたのは本当にすごいから。次は絶対いけるよ!!」
俺が笑顔で励ますと、彼女はキュッと唇を結んで頷いた。
そして挑んだ二回目の挑戦。
俺のサポートを受けながらも、芙羽さんは太刀の必殺技をボスの弱点に叩き込み、見事に討伐を成功させた。
「か、勝てた!!風祭くん、勝てたよ!!」
「やったね芙羽さん!!ナイス撃破!!」
画面の中でハイタッチを交わし、現実でも顔を見合わせて喜ぶ。
苦労した分だけ、その達成感は格別だった。
芙羽さんの瞳はキラキラと輝いている。
「楽しかった!!もっと装備を強くしたいな」
その言葉に応えるように、ボスの素材を使って彼女の装備を強化し、そのままの勢いで次のクエストへ……。
二人で夢中になってモンスターを狩り続けていると、あっという間に時間が過ぎていった。
「あ……もう三時間も経ってる」
「本当だ、夢中になりすぎちゃったね。一旦、休憩にしようか」
画面から目を離すと、一気に疲労感と心地よい達成感が押し寄せてくる。
冷たい飲み物を準備するため、俺は一旦立ち上がるのだった。
飲み物とお菓子を盆に載せて部屋に戻ると、芙羽さんは机の上のデスクトップPCと、その脇に置かれたペンタブレットを興味深そうに見つめていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、風祭くん」
グラスを受け取った芙羽さんは、喉を潤すとじっと液晶ペンタブレットに視線を戻した。
「風祭くんって、このパソコンとタブレットで絵を描いているの?」
「うん、そうだよ。デジタルだと修正も楽だしね」
「あのね……風祭くんが絵を描いているところ、見てみたいな」
「えっ」と思わず声が出た。
人前で描くなんて柄じゃないし、何より恥ずかしい。
だが、真剣な眼差しで見つめられると断りづらく、俺は意を決してPCの電源を入れた。
「じゃあ……少しだけ軽く描くね」
お絵描きソフトを立ち上げ、ペンを握る。
昨日話した『ぼっちTOろっく』の主人公の顔を、線を滑らせながらさらさらと描いていく。
ほんの数分で完成したラフを見せると、芙羽さんは「すごい!!」と声を弾ませ、目をキラキラと輝かせた。
「いや、別にそこまですごくないよ。俺より上手い人なんてSNSにはいくらでもいるし」
これは謙遜でも何でもなく、ただの現実だ。
俺はブラウザを開き、自分がフォローしている神絵師たちのイラストを何枚か見せた。
プロ顔負けの塗りや構図の作品群に、芙羽さんは「SNSにはこんなに上手な人がたくさんいるんだね」と素直に驚いていた。
「俺も自分の理想の絵を、いつか描けるようになりたいんだよね」
画面を見つめながらポツリと呟くと、芙羽さんが俺の顔をじっと覗き込んできた。
「あのね……私も何か作ってみたいかも」
「えっ?」
予期せぬ言葉に目を丸くする俺。
「風祭くんを見ていたら、私も何かやってみたくて……無理かな?」
「俺みたいに絵を描きたいってこと?」
「絵じゃなくてもいいの。ただ何かを作ってみたくて……そうすれば、風祭くんのこと、もっと理解できるような気がして」
自分を理解するために創作に興味を持ってくれたことへの嬉しさと同時に、俺は少し考えてから、まっすぐに言葉を返した。
「自分が心から『好き』って思えるものがあれば、絶対にできると思うよ。俺の場合、胸の大きな女の子のイラストが好きだから描いてる。ぶっちゃけそれ以外の理由はないんだ」
「『好き』……だから?」
「うん。有名になりたいとか、お金が欲しいとか、創作の理由は人それぞれだけど……俺はただ『好き』だから描いてる。だから芙羽さんも、何か好きなものがあるなら、まずは絵でも文章でもいいから形にしてみるといいんじゃないかな。誰かに見せる必要なんてないし、自分が楽しむことが一番大事だと思う。……って、プロでもないのに偉そうに語りすぎちゃってごめん」
照れくさくなって苦笑いすると、芙羽さんは「そんなことないわ、軽い気持ちで聞いちゃってごめんね」と微笑みながら首を振った。
「好き」を形にする楽しさを、彼女もこれから見つけていくのかもしれない。
そう思うと、俺の胸も少しだけ高鳴るのだった。
休憩も終わり、俺たちは再びソイッチを手に取りゲームを再開した。
「よし、次は芙羽さんの防具を作るために、さっきのボスの素材をもうちょっと集めに行こうか」
「うん、頑張るわ」
二度目の討伐ということもあり、芙羽さんの動きはますます冴え渡っていた。
俺が太刀の斬撃に合わせてモンスターの隙を作り、彼女が華麗にコンボを叩き込む。
無事に目的の素材が揃い、彼女のキャラクターが新しく作った装備に身を包んだ頃には、外の景色はすっかり綺麗な茜色に染まっていた。
「そろそろ、帰る時間だね」
画面を閉じた芙羽さんが、名残惜しそうにソイッチを鞄へしまいながら立ち上がる。
「今日はありがとう、風祭くん。すごく楽しかった」
ほんのり頬を染めて心から満足そうに微笑む彼女を見て、俺の胸の奥もじんわりと温かくなっていった。
玄関まで見送りに向かいながら、俺はずっと言いたかった言葉を口にする。
「俺も、すごく楽しかったよ。ゲームもいいけど、今度は俺に芙羽さんの『好き』なもの、もっと教えてよ」
自分の趣味ばかりに付き合わせるんじゃなくて、彼女が大切にしている世界や好きなことも知りたかった。
俺の言葉を聞いた芙羽さんは、一瞬だけ驚いたように目を丸くして、それから少し間を空けて、花が咲くような笑顔を浮かべた。
「……うん!!」
噛みしめるような、嬉しそうな声。
直後、家の前に静かに停まった車から運転手さんが降りてきて、ドアを開ける。
芙羽さんは一度振り返って俺に小さく手を振ると、車に乗って帰っていった。
夕闇に消えていく後尾灯を見送りながら、俺は一人深く息を吐く。
自分の『好き』を受け入れてもらえた喜びと、これから始まる彼女との新しい時間への高揚感が胸いっぱいに広がっていた。