笠を打つ雨粒は重たい。
空を塞ぐ雲は分厚く、今年の雨季は長くなりそうだ。ファトロングの高重力にも負けずに屹立する山々は霧に覆われ、たっぷりと水を含んで農地を潤してくれる森では枝葉が豊かに茂り、作付けをしたばかりの田んぼには水が張られて鏡のように曇り空を映している。
ここしばらく、日が差していない。作物を育てるには太陽光が不可欠であり、それはファトロングの主要な生産品である穀物も同様だった。気温が上がりすぎても枯れてしまうが、冷えすぎると苗が伸びず、実が膨らまず、刈り取っても籾の中身は空っぽだ。
「今年はダメだろうな……」
育つ気配のない苗に手を添え、ナゴンは落胆した。ファトロングの気候は安定しているが、数十年ごとに寒冷期が訪れる。住民の大半が農業に従事しており、アウターリムの食糧庫とすら称されるほど、ファトロングの食糧事情は充実しているが、寒冷期が続くと蓄えが尽きてしまう。特に深刻なのが外貨の不足だ。
「仕方ない」
ナゴンは円盤に似た形状のヘルメットを被り直し、雨避けのマントを揺らしながら歩き出した。こうなったら、気を取り直して別の作物を育てる他はない。差し当たって思い付くのは、そう。
寒冷期でもよく育つデンタ豆だ。
ハット・カルテル壊滅の影響は大きい。
特にアウターリムの裏社会では顕著だった。ハット・カルテルの後釜に収まろうとする悪党が次から次へと名乗りを上げては、賞金稼ぎに討ち取られていく。下らない争いが絶えないのは結構だ。その分、荒稼ぎ出来るのだから。
アウターリムの小惑星の基地に、エンボは補給と情報収集を兼ねて立ち寄っていた。円盤型の宇宙船、ギロチンのエネルギーを補充しておかなくてはハイパージャンプが出来ないからだ。品揃えが今一つだが市場があったので、いくらかの食糧を買い足し、相棒であるアヌーバのカイボのために干し肉を買い込んだ。
二つの尖った耳と長い尻尾を持ち、逞しい四肢を地に付けて駆け抜け、ずらりと牙の連なる口は獰猛な獣に相応しいが、カイボはエンボに対しては従順だった。タトゥイーンの砂漠で群れからはぐれていたところを拾った後、充分な躾をしたからだ。賞金稼ぎの目と鼻になるように。
だが、それは仕事の最中であって、今のカイボはエンボにべったりと懐き、干し肉の匂いを嗅いで尻尾をぶんぶんと振り回していた。
「カイボ」
エンボが諫めると、カイボはへっへっと息を弾ませながらも大人しくなった。エンボはカイボの頭を軽く撫でてやってから、食糧を積んだコンテナを押していったが、豆類や穀物を扱う店の前で足を止めた。工場生産ではなく、農地で収穫されたデンタ豆が売られているが、その値段が異様に高い。
「失礼」
エンボはカイボに荷物を見張るように命じてから、穀物の店の店主を呼び止めた。昆虫型種族であるジオノーシアンの店主はエンボの格好を見ると、真っ先に尋ねてきた。
「
「ああ」
エンボは呼吸用マスクを押さえた。キューゾの呼吸器は他の種族に比べて繊細であり、舌と口腔の形状も異なるため、キューゾ語は同族以外には不明瞭で聞き取りづらい。なので、ファトロングの外に出て生きていくには
「この星系ではデンタ豆はこんなに高いのか? 相場の十倍、いや、百倍だ」
エンボがデンタ豆を指すと、ジオノーシアンの店主は羽をばたつかせて浮遊する。
「ここ最近はずっとそうだ。それでも買ってくれる客がいるから、商売にはなっている」
「それにしては品質は普通だ」
エンボはデンタ豆を一瞥した。赤茶けた皮に包まれた小粒の豆は色艶が良いが、高級品になるほど突出していない。
「仕入れ先で聞いた話じゃ、デンタ豆の生産工場が内乱でぶっ壊されたんだと。その上、主な生産地である農耕惑星も気候変動でデンタ豆がやられちまったんだそうだ」
「合点がいった」
「でも、ファトロングのデンタ豆だけは別だ。質も量も抜群だから、このデンタ豆よりももっと高値で売れる。あんたはファトロングの出身だろ? 上手く立ち回れば、結構な金になるぜ?」
「そうだな。今から作付けしても間に合いそうだ」
エンボは穀物を一袋取ると、クレジットを店主に渡した。情報料も兼ねている。エンボは穀物の袋をコンテナに乗せてから、カイボを伴って宇宙港に戻った。
ハット・カルテル壊滅の余波が収まるまではファトロングで腰を落ち着けるのもいいかもしれない、と考えつつ、エンボはギロチンに乗り込んだ。干し肉をカイボに与えていると、ホロネットの通信が入った。
『こちら、ファトロングの……』
ノイズ混じりのキューゾ語だったが、その後の言葉はきちんと聞き取れた。山脈の麓にある農地で、高品質な穀物を生産している集落の名だった。
「俺が誰か知っているのか?」
エンボがキューゾ語で返すと、相手もやはりキューゾ語で応じた。
『もちろん。賞金稼ぎのエンボだろう? それを知った上で、こうして連絡を取っている。申し遅れた、俺はナゴン』
「今は農繁期の真っ只中じゃないのか?」
『久し振りに寒冷期が訪れて、田んぼで稲が育たなかったんだ。だから、ここ最近は休耕田でデンタ豆を育てているんだが……』
「価格の高騰に伴って賊に狙われるようになった、というところか」
『さすがだ、話が早い!』
「合流地点はそちらの集落でいいな?」
エンボは操縦席に収まり、ファトロングに向かうために航行システムを調整していると、ホロネットの相手が声色を弱めた。
『だが、一つだけ問題がある。あんたを雇えるだけの金が足りるかどうか……』
「最低でも10000クレジット。安売りはしない」
『すまない、8000が限界だった。集落の皆から金を出してもらったんだが、偽装工作のための輸送船も調達したから足が出てしまって』
その言葉を受け、エンボは逡巡した。他ならぬ同族からの頼みとあれば断る気はないが、こちらの懐事情も決して楽ではない。賞金稼ぎは、稼ぐだけ稼いだところで右から左に金が出ていくからだ。デンタ豆を狙う奴らの中に賞金首がいるかもしれない、それを捕らえて小銭稼ぎをしよう、とエンボは腹を括った。
そして、ギロチンを発進させた。
久し振りの故郷は曇っていた。
ハイパースペースを脱して通常の宇宙空間に戻ったギロチンは、ファトロングを一望してから降下し始めたが、大気圏に突入すると分厚い雲に出迎えられた。極冠の氷河地帯は通常時よりも大きく広がっていて、風も強く、山肌も真っ白い。確かに寒冷期だ、しかも大規模で長期間の、とエンボは苦い思いを抱いた。
エンボは名の知れた賞金稼ぎではあるが、それと同時にファトロングで田畑を耕す農民である。先祖代々受け継いだ土地と山があり、農耕用の家畜の厩舎がある。遠く離れたタトゥイーンからアヌーバを連れて帰り、育てたのも、元を正せば危険な野生動物から農作物と家畜を守るためだ。先代のマーロックも、今のカイボも。
エンボの一族の農地も気掛かりだったが、それについては後でホロネットで連絡を取ろう、必要であれば顔を出そう、とエンボは気持ちを切り替えた。キューゾは長命種なので、古い者は寒冷期を切り抜ける方法を覚えているはずなのだから。
エンボに依頼してきたキューゾの名はナゴンといい、大陸の北側にあるトカツ地方のビヒロという集落に住んでいた。雲を破って降下し、ビヒロを目指すと、広大な農地と牧場の合間に民家が点在している集落が見えてきた。ファトロングはどこもそんな感じなので、隣近所といってもかなり遠い。
ナゴンからのホロネットの発信先を辿ると、それらしい民家と土地が見えてきた。ギロチンを着陸させるだけの余裕もある。エンボは旋回して徐々に減速させると、民家から農民が出てきた。その手には円盤状のヘルメットがある。
ギロチンを着陸させ、エンボはカイボを伴って外に出ると真っ先に呼吸用マスクを外した。ファトロングの高重力が肩に掛かる感触は負荷よりも心地良さがあり、何よりも呼吸が楽に出来る。
「あんたがエンボだね? 俺はナゴンだ。集落の皆を代表して、あんたに仕事を依頼したんだ」
先程の農民が近付いてきた。灰色の肌に黄色の複眼、四本の指。身長はエンボよりも頭二つほど低いが、平均的なキューゾだ。エンボはカイボを止まらせてから、名乗った。
「ああ、そうだ。こっちはカイボだ」
カイボはすんすんと鼻を鳴らしてナゴンの匂いを嗅ぎ回っていたが、ナゴンが着ているマントの下に鼻先を突っ込んだ。ベルトに差してある一対の鎌に気付いたからだ。
「カイボ、気にするな。彼の仕事道具だ」
エンボが宥めると、カイボは素直に引き下がり、エンボの隣で足を揃えて座った。
「賢いな、お前」
ナゴンが身を屈めると、カイボは誇らしげに尻尾を振ってみせた。エンボは僅かに目を細めるも、表情を保った。
「輸送船はどこにある?」
「山の向こうにある宇宙港だ」
「ビヒロに宇宙港があるとは初めて聞いたが」
「最近出来たんだよ。帝国が倒れたから、今後は商売がやりやすくなるから、ってことで」
「そう簡単な話でもないが……。まあいい、俺の船に乗れ」
エンボが促すと、ナゴンはカイボに付き添われながらギロチンに乗り込んだ。賞金稼ぎの宇宙船に乗るのは初めてなのか、ナゴンは船内を興味深そうに見ていたが、檻に気付くと固まった。双子からの依頼でナル・ハッタにマンダロリアンを配達する際にも使った檻であり、それ以外の目的でもよく使っている。
「安心しろ。しばらくは空っぽだ」
エンボはそう言ってから、カイボにナゴンをよく見ておくようにと言い聞かせた。迂闊に妙なボタンに触れられたら困るからだ。カイボはワンと一声鳴き、ナゴンにじゃれついた。
ナゴンは相棒を可愛がってくれた。
ビヒロの宇宙港は簡素だった。
広大な離発着場の他にあるのはメンテナンスドックと燃料を補給するための設備、受付とラウンジのある建物、それぐらいだ。おかげで駐機料金も格安だ。
ナゴンが手配したという輸送船は、一目見て解った。かなりの年代物で外装も剥がれかけていて、まともに宇宙に飛び立てるだけでも奇跡のような代物だった。それでも機関部は修理してあるので、航行速度にさえ気を付ければ飛べなくはない、のだろう。
「これだな」
エンボがその輸送船を指すと、ナゴンはヘルメットの端を掴んで下げる。
「お恥ずかしながら」
「それはいい。中を見せろ」
エンボが促すと、ナゴンは気を取り直して輸送船に向かった。
「積み荷はもう入れてあるんだ」
輸送船の貨物エリアには、穀物を詰めた大型コンテナが整然と並んでいた。合計で二十箱。ナゴンは積み荷のリストを取り出し、エンボに渡す。
「半分はダミーだ」
「半分は本物のデンタ豆、残り半分は藁か」
エンボが確認すると、ナゴンはヘルメットを外して胸に当てた。
「それから、報酬の件なんだが……」
「デンタ豆を見せてくれ」
エンボが大型コンテナに目をやると、ナゴンはデンタ豆が入っている方の大型コンテナのロックを解除した。その中にはみっちりと出荷用の袋が詰まっていたので、エンボは出荷袋を一つ取り出した。腕に掛かる重みだけで、身の詰まった豆だと解る。
出荷袋を開封し、デンタ豆を確かめる。皮の張り具合と色艶の良さは、先日の店先で見かけたデンタ豆よりも遥かに高品質だった。
「これをもらって足しにする」
エンボが出荷袋を閉めてから担ぐと、ナゴンはきょとんとした。
「えっ?」
「甘く煮て餅と絡めるのもいいが、甘いスープにもする」
「ゼンザイ?」
「俺は皮が残っている方が好きだ」
「だな」
ナゴンが納得すると、エンボは手を出した。
「先払いで頼む」
ナゴンはマントの下を探ると、布袋を取り出し、エンボの手に握らせてきた。その中には新共和国のクレジットと帝国のクレジットが混じっていたが、事前に提示した金額には足りていた。
エンボは受け取った報酬をベルトに付けたポーチに収めると、輸送船のブリッジに行き、パイロット代わりのアストロメク・ドロイドに命じてギロチンに追従するように設定した。
たまには現物支給も悪くない。
ファトロングから発進した。
ギロチンと輸送船がハイパースペースに入り、本来の輸送ルートまで向かう間にナゴンから話を聞いた。新共和国は帝国残党や犯罪シンジケートに対しては熱心に動くが、デンタ豆に関してはあまり関心を示していないので、今まで見過ごされてきた。
デンタ豆の価格高騰は一時的なものでしかなく、その恩恵を受けるのは生産している農家ではなくて仲介業者だけだ。
「デンタ豆の買取価格は前回と変わらなかった。だが、外に出た途端に値段が吊り上がっていくんだ」
ナゴンが苦々しげに零すと、エンボは言った。
「店では百倍の値段だった」
「その差額がどこに行くと思う?」
「密売組織だな」
エンボが答えると、ナゴンはぼやいた。
「俺達からデンタ豆を買い上げていく業者はいつもと同じだったし、取引する相手も同じだった。だが、その先でおかしなことになっているようなんだ」
「だが、お前達ではそこから先には踏み込めない」
「そうなんだよ。生きて帰れる保証はない。アウターリムの危なっかしさは知っている」
ナゴンは腰の後ろの鎌に手を添えた。
「でも、なんとかしなきゃいけない。寒冷期がいつ終わるかも解らないのに、デンタ豆が値崩れを起こしたら、収入がなくなって立ち行かなくなる」
エンボは長い足を組む。
「それで、賊が奪った後はどこで出回っている?」
「そこまでは掴めていないが、スパイスみたいに売られているのを見たことがある、というのを聞いた」
「密売組織も潰さないと、根本的な解決には至らないようだな」
エンボが考え込むと、ナゴンが語気を弱めた。
「必要であれば代金は増やす。支払えるまでには多少の時間が掛かるだろうが……」
「それに関しては状況次第だ」
エンボは膝の上で両手を組む。長年の経験で薄々気付いていたが、デンタ豆の価格高騰に乗っかって荒稼ぎをしようと企んでいる悪党が潜んでいるようだ。場合によっては誰かの手を借りる必要があるか、いや、俺に限ってはそんなことはない、とエンボは思い直した。
カイボは床に伏せて二人のやり取りを大人しく見守っていたが、そわそわし始めたので、エンボは膝を叩いてやった。カイボは途端に起き上がり、尻尾を盛大に振りながらエンボの膝に顎を乗せてきたので、エンボはカイボを撫で回してやった。
そうしないと拗ねるからだ。