カイボを撫でると砂が落ちた。
エンボはカイボの黒い毛並みを探ってみると、タトゥイーンの乾いた砂粒だけでなく、ネヴァロの黒っぽい砂や土も混じっていた。カイボ自身は気にしていないようだが、この状態でギロチンに乗せると、砂や土の粒子が精密機器の電子回路や配線に入り込み、思わぬトラブルが起きかねない。
そこで、エンボはカイボを丸洗いするための水場がないかと聞いてみると、ディン・ジャリンは教えてくれた。ネヴァロには温泉が湧いていて、それを活用したスパがあり、カイボのような体毛の多い種族でも利用出来るのだと。そして、マンダロリアンにも合わせた仕様になっている、と。
温泉はファトロングにも湧いているし、キューゾは農閑期には湯治に行って日頃の農作業の疲れを癒す習慣があるので、俄然興味が湧いてきた。とはいえ、そんな態度を見せるわけにはいかないので、エンボはカイボの件を口実にして、ナゴンも伴い、ネヴァロのスパに足を運んだ。
受付のドロイドに種族の適性を教えると、湯の温度と泉質を調整済みの浴場を選んでくれた。超高温の環境で生きる種族であれば煮え滾った熱湯を好むし、水棲で体温が低い種族であればぬるま湯であっても熱いと感じるので、細かな気遣いはありがたかった。
キューゾは細身に見えて筋肉量が多く、ファトロングは高重力によって大気が圧縮されているため、平原地帯は高温という環境なので、多少熱いぐらいが丁度良い。
「じゃ、俺はこっちで」
ナゴンが大浴場を指すと、エンボは頷いた。
「ああ」
「カイボ、綺麗にしてもらえよ」
ナゴンが撫でてやると、カイボは尻尾を振った。ナゴンを見送ってから、エンボは個室に向かった。教義のため、人前でヘルメットを外せないマンダロリアンでも利用しやすいように作られたものだが、エンボのように人前で武装を外せない職業にとっても便利だ。
電子ロックを解除してドアを開けると、温泉の熱気が漂ってきた。カイボを先に入れてからドアを閉め、エンボはウォー・ヘルメットを外した。少し迷ったが、呼吸用マスクも緩める。
「ふん」
エンボは予備の弾丸や投げナイフを仕込んだベルトを外し、上半身を覆うアーマーを剥がし、腰から下を覆うマントを下ろし、両足に巻き付けていたゲートルを解いた。その下に仕込んでおいたナイフが零れ落ちたので、素早く回収する。体が軽すぎて落ち着かないが、すぐ傍に武器があるのであれば不安はない。
マントの下のズボンと肌着、そして下着を脱ぐのはカイボを洗った後でいい。カイボは温泉が入った浴槽に前足を伸ばし、水面に触れて遊んでいる。
「カイボ」
エンボが名を呼ぶと、カイボは振り返った。体毛の多い種族が体を洗うには、それ相応に洗浄力のある石鹸を使わなければ効果が出ない。なので、エンボは湯を汲んでから持参した石鹸を泡立て、カイボの体毛に馴染ませてやったが、ちっとも泡立たなかった。
「ぐ……」
これは手強い。エンボは思わず呻いたが、シャワーで最初の泡を流してやると、カイボの足元には汚れた湯と少ない泡が広がった。それがむず痒いのか、カイボはぶるっと身を揺すって水気を払う。
「ここ最近は忙しかったからな」
カイボが飛ばした汚れた水をまともに浴びたが、エンボは嘆息するだけに留めた。二度目でもあまり泡立たなかったが、カイボは大人しくしていた。だが、タトゥイーンの砂漠の生き物であるアヌーバは、体が濡れることがあまり好きではない。エンボの手前、我慢しているだけなのだ。
「よし、いい子だ。お前はとても賢くて偉い」
エンボはしきりにカイボを褒めてやりながら、更に石鹸を泡立て、カイボの湿って萎んだ体毛に擦り込んだ。すると、ようやく泡が立ち始めた。耳の裏から尻尾の先まで綺麗にしてやり、シャワーで流すと、カイボはすっかり綺麗になった。
タオルで大まかに水分を拭ってやると、カイボは緊張が緩んだのか、個室の隅に身を伏せた。当初の目的を果たせたので、エンボは改めて服を脱いだ。賞金稼ぎを始めた頃に比べると生傷は減ったが、治り切らなかった古傷はいくつか残っている。
温泉に満たされた浴槽に身を沈め、湯気の混じった空気を吸って吐くと、多少は気が抜けた。そうすると、普段は考えないようにしていることが頭を巡り始める。
ファトロングに戻ったのに実家に顔を出さなかったのはまずかったのでは、寒冷期が落ち着いたら手伝いに行くべきでは、だがそれも賞金首次第で、ギロチンの修理費と諸々の経費を差っ引くとナゴンからの報酬だけでは足りなくなった、足が出た分を補うためにももう一仕事、と考えずにはいられなかった。
結局、気が休まらなかった。
久々の温泉はよく効いた。
いや、効きすぎたかもしれない。個室から休憩スペースに移動したエンボは、体毛が乾いてふかふかになったカイボを支えていた。身支度を済ませて普段通りの武装を身に付けたが、それがやけに重たく感じてしまう。ネヴァロの重力はファトロングよりも軽いはずなのに。
さすがに疲れが出たのか、この俺が、とエンボが内心で零していると、ナゴンが現れた。湯上りで体に熱が籠っているので、マントを外している。
「エンボ、カイボ」
「ああ」
エンボが気のない返事をすると、ナゴンはエンボを一定の距離を取り、椅子に腰を下ろした。ナゴンの美点は、好奇心はあれども相手に踏み込みすぎないことだ。賞金稼ぎの危うさを身を以て知ったから、でもあるのだろうが。
「ギロチンの修理は終わったのか」
ナゴンに問われ、エンボはカイボの顎の下を撫でてやりながら返した。
「試運転は済ませた」
「ハイパードライブは?」
「それも問題はない」
「そうか、よかった」
ナゴンはヘルメットを少し上げ、エンボを覗き込んできた。
「上級監督官のおかげで路銀が出来たから、帰りは民間の旅客船に乗っていくよ。ネヴァロからファトロングまでの直行便はないけど、乗り継いでいける」
「解った」
エンボが短く応じると、ナゴンはカイボのさらさらになった体毛を撫でた。
「あんたはこれからも賞金稼ぎを続けるんだろう?」
「農繁期以外はな」
「厳しい生き方だし、いつも上手くいくわけじゃないだろうし、カイドー商会みたいなろくでもない連中がうようよいる世界を渡り歩くのは難しいな」
「当然だ」
「それから、れっきとした犯罪者だ」
「そうだ」
エンボが認めると、ナゴンは目を上げる。
「でも、あんたがいなかったら、俺はどうすることも出来なかったんだ」
賞金稼ぎは褒められた仕事ではない。賞金首を殺し、殺される前に殺し、そしてまた殺す。その繰り返しだ。最初の頃は他人を手に掛けることに対して抵抗を覚えたが、それも遠い昔のことだ。
「俺の船の連絡先はまだ残しておけ」
エンボがウォー・ヘルメットの下で目線を揺らすと、ナゴンは呼吸用マスクの下で笑った。
「ああ、そうしておくよ」
すると、カイボが身を起こした。休憩スペースに入ってきたのはディン・ジャリンとグローグーだが、ジャリンはヘルメット以外のベスカーアーマーを外してマントに包み、担いでいた。そのせいで、歩くたびにがちゃがちゃと耳障りな金属音が響く。
「おい」
エンボがジャリンに歩み寄ると、ジャリンはグローグーを見下ろした。風呂上がりなので、大きな耳の血色が良くなっている。
「グローグーが湯冷めする前に着替えさせる方を優先した結果だ」
「きゃうー!」
グローグーはカイボに気付くと、両手を上げて駆け寄っていった。ジャリンは小さな息子を目で追いながら、がしゃりとマントで包んだベスカーアーマーを床に置いた。
「カイボも洗ったのか」
「タトゥイーンの砂が入り込んでいてな」
「グローグーもだ。外遊びから帰ってくると、体の至るところに砂や泥が入り込んでいる。カエルを捕まえるために水溜りに入ることが多いんだが、全部脱がせて洗わないと泥臭いんだ」
「お前の息子は風呂を嫌がらないのか」
エンボがカイボとじゃれ合うグローグーに目をやると、ジャリンはマントを広げ、ベスカーアーマーを一つずつ付け始めた。
「体の匂いを落として気配を消すのも賞金稼ぎの仕事のうちだ、と何度も言い聞かせたら、やっと慣れてくれた」
「それまでは嫌がったのか」
「ああ」
ジャリンの答えは簡潔だったが、その中にどれほどの苦労が込められているのか、エンボはそれとなく察した。子供が風呂を好まないのは、どの種族でも変わらない。子供にとっては湯が熱すぎたり、体を洗うのが煩わしかったり、と理由はいくらでもある。エンボも身に覚えがないこともない。
ナゴンに見守られながら、グローグーはカイボと遊んでいたが、アイスクリームの入ったケースに気付いた。グローグーはせかせかと歩いて父親の元に戻ってくると、しきりに父親の袖を引っ張った。
「だぁっ」
「ダメだ。アイスクリームは昨日食べただろ」
「んぃー」
「ダメだ」
「ぷわぁっ」
「我が侭を言うな。値段を見てみろ、割高だ」
「ぶぇー」
「グローグー」
ジャリンは息子の我が侭を諫めようとするも、グローグーは頑として譲らなかった。エンボが事の次第を見守っていると、ジャリンはヘルメットの下で物凄く大きなため息を吐いてから、クレジットを支払ってアイスクリームケースを開けた。
なんて甘い父親だ。
旅客船が飛び立っていった。
エンボはギロチンの傍らに立ち、ナゴンが乗っていった旅客船を仰ぎ見た。無事に大気圏から脱し、ハイパードライブに突入したのを確認してから、エンボは視線を戻した。
宇宙船の気圧はあまり強くなく、火の通りが悪いので、船内で調理するためには加圧機能が付いたポットが必要だ。もちろん、それは宇宙船の外でも調理時間を短縮するために使えるし、長期保存に適した状態のデンタ豆を柔らかく煮るには便利だ。
エンボはポットの蓋を緩め、圧力を抜いてから開くと、甘い香りの湯気が立ち上った。ふっくらとしたデンタ豆は艶が良く、混ぜ返すと程良い重みがある。そのデンタ豆を野営用の四角い鍋に移し、ランプも兼ねたヒーターに乗せ、水と砂糖を足して煮詰めた。
「ぷぁ……」
グローグーは大きな目をまんまるにして、デンタ豆が煮える様子をじっと見つめていた。
「それは?」
ジャリンに問われ、エンボは返した。
「ゼンザイだ。餅か団子でも入れるんだが、今回はそれを省いた。手間が掛かるからな」
エンボは出来上がったゼンザイを金属製のカップに入れ、少し冷ました後、呼吸用マスクをずらして口にした。しっかりと甘い。
「カップを出せ。あるだろ」
エンボがせっつくと、ジャリンはベルトに付けたポーチを探り、金属製のカップを取り出した。賞金稼ぎは、不測の事態に備えて武器以外の野営用の道具を持ち歩くものだからだ。
「ああ」
エンボはジャリンのカップを受け取り、その中に熱いゼンザイを注ぎ入れた。ジャリンは自分のカップを受け取ると、グローグーに見せた。
「まだ熱いぞ、気を付けろ」
「ぷぇあ……」
グローグーは甘い匂いに惹かれるも、まだ熱いので手を出さずにじっとしていた。適度に冷めてから、ジャリンがカップを渡すと、グローグーは小さな両手で受け取った。
「デンタ豆の甘いスープか」
ジャリンは息子を見守りながら腰を下ろすと、エンボはゼンザイを食べ進めた。
「そうだ」
「デンタ豆を煮た後に砂糖を入れるだけでいいのか?」
「少し塩を足すと味が締まる」
「そうか、解った」
ジャリンは頷いた。グローグーが気に入ったのであれば作ってみよう、とでも考えているのだろう。エンボはキャビンの傍の畑を一瞥した後、ヒーターを止めた。カイボはギロチンのハッチの手前で身を伏せ、尻尾をゆったりと振っていた。
ギロチンに乗り、宇宙に出たら、依頼の内容次第では目の前の男と戦う羽目になる。厄介だが、腕が立つ相手とやり合うのは面白い。結局、俺はそういう生き方が好きなんだ、とエンボは内心で零してから、呼吸用マスクを持ち上げてゼンザイを啜った。
豊かな甘みをじっくりと味わった。
THE END......