ファトロングは厳しい星だ。
今でこそ豊かな土壌と水によって農耕が栄えているが、それ以前は貧弱だった。理由はいくつかあるが、最も大きな理由は高重力にある。
ファトロングで生まれ育った生物は、高重力に耐えるための心肺機能と筋力と骨格が備わっているが、それ以外の惑星で生まれ育った者達は己の重さに屈してしまう。血流が下半身に集中して失神するのは程度が軽い方で、些細なことで骨折を繰り返す者や内臓が圧迫されて弱り果てていく者、心肺機能に支障を来して起き上がることすら出来なくなった者もいた。
故に、外部の者達がファトロングに立ち寄ることはなくなり、取引や交流も途絶え、外貨も獲得出来なくなり、孤立を招いていた。
そこで、腕に覚えのある者達はファトロングを離れ、傭兵家業を始めるようになった。キューゾの細長い体躯には似つかわしくない筋力と、農業に従事することで得た底なしの体力と、円盤型のウォー・ヘルメットを活用した戦術により、傭兵となったキューゾは重用されるようになった。
エンボもその一人だが、裏社会に自分を売り込むつもりもなければ、賞金稼ぎとして注目を集める意図はなかったが、クローン戦争の最中に名の知れた賞金稼ぎと何度か組んで戦ったせいで周知されてしまった。
名が売れたところで、良いことは一つもない。腕試しに来る連中に命を狙われたり、雇い主に裏切られて売られそうになったり、アウターリムで蠢く犯罪者達に賞金首として目を付けられたり、と。
そんな中でも生き延びるにはどうすればいいのか。答えは至って簡単だ。自分を律し、驕り高ぶらず、欲を掻かず、己を研鑽し続ければいい。
どれほど切れ味のいい鎌であろうと、草を刈り、稲を刈り、獣を仕留めれば、いずれは錆び、刃毀れを起こし、鈍っていく。
腕は立つのに呆気なく死んだ賞金稼ぎは、目先の欲に負けて失敗していた。故に、エンボは彼らのような生き方は選ばない。ファトロングの外の世界は我が身を軽くしてくれるが、魂の重みは変わらない。
決して。
べろりと顔を舐められた。
エンボは操縦席に身を委ね、円盤型のヘルメットで顔を覆って短い休息を取っていたが、その中にカイボが鼻先を突っ込んできたからだ。顔のべたつきを拭ってから、エンボはヘルメットを直す。
「カイボ」
エンボが手を出して下に向けると、カイボは途端に大人しくなって座った。尻尾は落ち着きなく揺れているが、餌をねだって無駄吠えすることもない。そういうふうに躾をしたからだ。
エンボは操縦席を下げ、ギロチンの下層部にある居住区に入った。ナゴンはマントで体を包んで手足を折り畳み、やはりヘルメットで顔を覆って寝ていた。
ハイパースペースを脱するまではもうしばらくあるので、エンボはカイボの食事を用意した。アヌーバは見た目通りの肉食なので、貯蔵庫に入れておいた肉の塊を削ぎ、皿に盛ってやった。水も添えてやると、カイボは鼻先を突っ込んで食べ始めた。
エンボも簡単な食事を摂った。この先、呼吸用マスクを外せなくなるので、水すらも飲みづらくなるからだ。キューゾの呼吸器官の繊細さは、ファトロングの環境の良さの現れでもある。
「ん、ああ」
物音で気付いたのか、ナゴンが目を覚ました。ナゴンはマントの下に付けている物入れを探り、呼吸用マスクを取り出した。
「エンボ、これはどこから付ければいい?」
「ハイパースペースを脱した後は付けておけ。この先、まともな空気は吸えない」
エンボが自身の呼吸用マスクを指すと、ナゴンはフィルターを点検してから鼻と口に当て、息を吸い込んだ。
「窮屈で息苦しいな」
「そのうち慣れる」
「飲み食いする時はどうしているんだ?」
「息を止めて即座に済ませる」
「味は……」
「どうでもいい」
エンボが即答すると、ナゴンは肩を揺する。
「俺達はファトロングに適応しすぎたようだな」
「それを恥じるのか?」
「まさか。俺もキューゾだ」
ナゴンは一旦マスクを外すと、物入れを探り、布の包みを取り出した。その中には団子のように丸めた保存食が収まっていて、ナゴンはそれを口に押し込んだ。キューゾに古くから伝わる兵糧で、今も狩りに行く時は持っていく。穀物の粉、豆の粉、栄養価の高い木の実の粉を水飴と酒で練り上げ、丸めて乾燥させたものなので腹持ちがいい。
「悪党にいいようにされて黙っているほど、弱くはないね」
ナゴンは呼吸用マスクを付けて立ち上がり、マントを整えた。カイボはナゴンが食べた保存食が気になるようだったが、ねだるような真似はしなかった。
「もうじきハイパースペースを脱する」
エンボは再び操縦席に座り、上昇させてコクピットに戻った。エンボはナゴンの同族らしい態度に気を良くしたが、すぐに切り替えた。
この先は戦場なのだから。
輸送船を伴い、通常空間に出た。
惑星の衛星軌道上には、多数の宇宙船が停泊している宇宙港が浮いていた。元々は民間の旅客船が航行するための施設だったが、戦争の影響で営業が立ち行かなくなって放棄されたため、密輸業者や犯罪組織が群がってきた。
帝国軍基地から盗まれたスターファイターや部品、トワイレックの奴隷、希少な鉱物、人喰いのクリーチャー、非合法のパルス・ライフル、ベスカーアーマー、もちろんスパイスも取引されている。時には死んだジェダイから奪い取られたライトセーバーも店に並ぶが、それを買っていくのはシスの一派だと相場は決まっているので、たとえ見かけたとしても近付かないのが得策だ。
エンボはギロチンと輸送船を停泊させた後、コムリンクをナゴンに持たせ、カイボを同行させて宇宙港の市場へと向かわせた。良くも悪くも、エンボは顔が売れすぎているので、デンタ豆の取引がしたいと申し出たところで初手から怪しまれてしまう。だが、ナゴンはそうではない。
かつては多くの旅行客が行き交っていた宇宙港のロビーも、今となっては怪しげな店が連なっていた。ナゴンは呼吸用マスクを気にしつつ、カイボを伴って市場の中を歩いた。どの店にも違法な商品が並び、まともではない連中がそれを売買している。
ナゴンは気後れしそうになりながらも、背筋を伸ばして進んでいき、デンタ豆を取り扱っている店を見つけた。エンボの言う通り、相場の百倍だ。
「デンタ豆を売りたいんだが、誰が買ってくれる?」
ナゴンとしては明瞭に発音したつもりだったが、キューゾ語のように言葉が濁ってしまった。ニクトの店主は首を捻る。
「お前、今、なんて言った?」
「だから……」
ナゴンは同じことを再度言おうとすると、不意にヘルメットを掴まれた。ナゴンがぎょっとして振り返ると、ヒューマンの男がヘルメットを離した。
「すまん、こうでもしないと視界に入らないと思って。デンタ豆を売りたいんだろ? うちの店に来てくれ」
「それなんだが、デンタ豆の量が多くて船から降ろせていないんだ。港まで来てくれないか、商談もそっちでしよう」
ナゴンが出来る限り明瞭に発音したが、ヒューマンの男は単語の端々を聞き取っただけだった。
「デンタ豆の商談をしたいのか? 生憎、こっちにはキューゾ語に詳しい奴もいないし、プロトコル・ドロイドも持っていないんだ」
「とにかく一緒に来てくれ、話はそれからだ」
ナゴンが食い下がると、ヒューマンの男は応じた。
「解った。付いていこう」
男の返事を受け、ナゴンはいくらか安堵した。ここまではエンボの指示通りだ。カイボはナゴンとヒューマンの男の間に入り、適度な距離を保っている。ナゴンはいざとなったら鎌を抜こう、と腹を括り、ヒューマンの男を伴って港に向かった。
エンボのギロチンが停めてある場所と反対側に、例の輸送船が停泊していた。ナゴンはコムリンクでアストロメク・ドロイドに指示を出すと、輸送船の貨物室のハッチが開き、十個の大型コンテナが現れた。
「この中身が全部?」
ヒューマンの男が興味を示すと、ナゴンは言った。
「まずは検品してほしい。最高品質だ」
ナゴンはヒューマンの男を急かすと、ヒューマンの男はハッチから伸びるタラップを昇っていった。ナゴンとカイボもそれに続き、二人と一匹が貨物室に入るとハッチが閉じた。
ヒューマンの男が手前にある大型コンテナを開けようとしたので、ナゴンとカイボはすぐさま通路に入って身を隠した。大型コンテナのハッチが開き、中身の藁が溢れ出すと、罵倒らしき言葉が飛んできた。
「よくも騙したな!」
ヒューマンの男は激昂してブラスターを抜き、ナゴンを探そうと駆け出したが、大型コンテナの上にエンボが現れた。彼は躊躇なくボウキャスターを撃ち、ヒューマンの男を一発で仕留めると、軽やかに飛び降りてきた。
「エンボ」
ナゴンが通路から顔を出すと、エンボはヒューマンの男の死体を足で蹴り、ごろりと転がす。すると、コムリンクの端末がポケットから出てきたので、エンボはそれを拾った。
「こいつで誰と連絡していたのかを調べる。そうすれば、密売組織に繋がる情報が得られるはずだ」
エンボはヒューマンの男の所有物を検めたが、コムリンク以外に手掛かりらしきものは見当たらなかった。なので、別のハッチを開いてエアロックの外に放り出すと、ヒューマンの男の死体は宇宙の闇に吸い込まれていった。
「情報を得られ次第、出発する」
エンボはボウキャスターを担ぐと、カイボは待ちかねたようにエンボの元に戻った。ナゴンは大型コンテナのハッチを閉じ、零れた藁をまとめた。本当なら稲刈りをしていたはずなんだが、と不安混じりの寂しさが胸中を過ぎったが、それを振り払った。
エンボを追い、ギロチンに乗った。