ネヴァロの夜は深い。
ブラスターを手放せないのは相変わらずだが、ベスカーアーマーを脱いで横になることに抵抗が失せてきた。体の軽さに違和感を覚えることもあるが、休みを取り、心身を落ち着けることに罪悪感めいたものを覚えずに眠れるようになったのは悪いことではない。
それもこれも、傍らに小さな緑色の子供がいるからだ。ディン・ジャリンはベッドから身を起こし、寝ている間にずれたヘルメットの位置を直してから、熟睡している息子をそっと撫でた。
「ぷぁ」
グローグーはかすかな感触に反応し、寝言を漏らしたが、大きな目はぎゅっと閉じたままだった。大きな耳も下がっている。
「……ふ」
喉の奥で僅かに笑みを漏らし、ジャリンは再びベッドに体を預けた。朝が来るまでは、もうしばらくある。枕元に置いたブラスターの感触を確かめた後、明日は何をしようかと考えた。
ナル・ハッタでの一件を終えてからしばらくの間は、父と息子は自宅で穏やかに過ごしていた。ドラゴンスネークの牙の毒は、グローグーのフォースヒーリングと現地の善良な誰かのおかげですっかり抜けていたが、数日も寝込んでいたせいで体力は失せていた。危機を乗り越えた反動で、グローグーがべったりと甘えてくるのも気掛かりだった。今度こそ休もう、とジャリンは自分らしからぬ決心を据えた。
報酬である新品同然のレイザークレストに乗り、ネヴァロの街外れにあるキャビンに戻ってくると、キューゾの賞金稼ぎの襲撃を受けた際に出来た屋根の大穴が二人の帰りを待っていた。グラヴ・チャージで吹っ飛ばしたのはジャリンに他ならないのだが。
少しずつ集めた家財道具も、やっと使い始めたキッチンも、地下室の武器庫も、グローグーのために作った小さな寝床も、火山灰混じりの雨に降られて黒く汚れていた。ネヴァロは火山活動が活発な惑星なので、火山灰が雨に混じるのはよくあることだ。
ジャリンとしてはようやく手に入れたレイザークレストに改造を加えたくてたまらなかったが、物事には優先順位というものがある。なので、ネヴァロの知り合いに声を掛けて屋根の修理を手伝ってもらい、家財道具やキッチンを洗浄し、武器庫も補修し、グローグーの寝床も布地を洗って綿を詰め直した。
「その後は……」
ヘルメットの内側だけで収まるほど小さな声で呟き、ジャリンは考え込んだ。レイザークレストの改造にも取り掛かりたいし、体力が回復したので新共和国軍からの依頼を受けてもいいし、ネヴァロにキャンプを築いたマンダロリアン達と共にマンダロアに向かい、マンダロア復興の手伝いをしてもいい。
どれでもいい。だが、どれから手を付けるべきなのか。ジャリンは右脇腹の辺りで丸くなっているグローグーに手を添え、ベッドから落ちないように支えてやったが、半ば無意識の行動だった。
明日になってからグローグーと相談しよう、それから決めてもいい、とジャリンは結論を先延ばしにしたが、不意に宇宙船の駆動音が外から聞こえてきた。スターファイターにしては重たいが、ただの宇宙船にしては挙動がおかしい。
即座に思考を切り替え、ジャリンはベッドから跳ね起きてブラスターを握り締めた。ヘルメットを被り直して顎の下でロックした後、最短の手順でベスカーアーマーを纏うと、キャビンの外へと駆け出した。
円盤型の宇宙船が降下しつつあった。
一方、その頃。
ギロチンは辛うじてハイパースペースを脱し、ネヴァロの上空に出たまではよかったが、バランスを崩して大気圏に突入した。コンテナの中でデンタ豆が偏ったせいで、ギロチンは機体を持ち上げきれなくなっていた。シールドによって断熱圧縮は回避出来たが、危ういことに変わりはなかった。
それでもエンボは冷静だった。以前、ハットの双子の依頼を受け、ネヴァロに居を構えているマンダロリアンを捕らえたことがあったからだ。その際に着陸しているので、ある程度は地形が頭に入っている。傾いた機体を立て直すことを諦め、傾いたまま着陸することを決断した。
右側の着陸脚を最大限に伸ばし、着陸用のスラスターを噴出して勢いを弱め、慎重に地面に降りた。がごんっ、と嫌な衝撃が響いたが、ギロチンそのものではなく貨物室のコンテナが内壁に激突した音だった。
「どうなった……?」
ナゴンが恐る恐るコクピットを覗いてきたので、エンボはギロチンの機関部を急速に冷却させた。無理に無理を重ねたせいで、エンジンが限界を迎えている。
「着陸には成功した。だが、問題がある」
「問題って?」
「敵だ」
エンボは操縦席が降下するのを待たずに飛び降り、ボウキャスターを握った。カイボは居住区の片隅で丸くなっていたが、すぐさま起き上がってエンボに続く。傾いたハッチを開けると、その先には銀色のベスカーアーマーを纏った男が佇んでいた。一切の隙はなく、こちらに銃口を据えている。
「同業のマンダロリアンだ」
エンボがアーマーの男にボウキャスターを向けると、ナゴンは傾いた通路から滑り落ちそうになりながらも、両者を見比べる。
「あいつは賞金首か?」
「少し前まではそうだったが、今は違う」
「それはもう終わったのか?」
「終わったが、終わっていない。双子からの報酬が未払いだ。奴に肩代わりしてもらう」
エンボがハッチから身を躍らせようとすると、ナゴンが慌ててエンボのマントの裾を掴んだ。
「待て待て待て!」
「邪魔をするな!」
エンボがナゴンを振り払うと、ナゴンはギロチンの外に出て、マンダロリアンとエンボの間に割って入った。両者に手を伸ばし、制する。
「お互い、大きな誤解があるんじゃないのか?」
「キューゾ。誰に雇われたのかは知らないが、もう一度襲撃に来たんだろう?」
マンダロリアンが
「俺だ! 俺がエンボを雇っている! だが、そんなことは頼んでいない! だから、無駄なことはしないでくれ!」
「無駄だ? マンダロリアンのベスカーアーマーを売り飛ばせば、ギロチンを修理しても釣り銭が出る」
エンボはボウキャスターを分離させ、両手に鎌を握る。マンダロリアンはブラスターを構える手を下げようともしない。
「エンボ、まずは落ち着いてくれ。ギロチンが壊れたのは俺にも原因がある、手を尽くして補償する。それから、あんたも話を聞いてくれ。上手く通じないかもしれないが、
ナゴンは二人の賞金稼ぎの間に立ち、どうにか武器を下げてくれ、と両手を下に向けた。どちらも素顔が隠れているが、殺気は隠し切れていない。何があったらそんなに嫌い合えるんだよ、とナゴンは気後れしながらも、事の次第を一から説明した。
「俺はナゴン、ファトロングの農民だ。デンタ豆の価格高騰の原因を探るために、エンボを雇った。それから色々あって、元凶の密売組織であるカイドー商会を突き止めて、エンボが大暴れして何もかも壊してきたんだが、逃げる時にギロチンが撃たれて……」
ナゴンがギロチンの底部を指すと、マンダロリアンはヘルメットの下で目線を動かした。
「そのようだな。ハイパードライブユニットが使い物にならなくなっている」
「その原因はデンタ豆だ。どうしても捨てられなくて、無理を言って運んでもらったんだが、ギロチンは輸送船じゃないから出力が足りなかったようで、避け切れなかったんだ」
ナゴンはエンボに向き直り、ヘルメットを外して体を折り曲げる。
「本当にすまなかった」
「……それを断らなかったのは俺だ」
多少の落ち着きを取り戻したのか、エンボは一対の鎌をベルトに差した。
「ファトロングで育ったデンタ豆を見捨てられなかったのは、俺も同じだ」
そうは言いながらも、エンボの語気は非常に苦々しげだった。このマンダロリアンのせいで損をしたのが余程気に喰わないのだろう、とナゴンは納得したが、肝心のマンダロリアンはどうするのだろうか。
ナゴンはマンダロリアンに関する知識はほとんどない。銀河の伝説として名が残っているので、歴史の本で目にしたことはある。惑星マンダロア生まれの生粋の戦闘民族で、最強の合金のアーマーを身に着けている、ということぐらいしか。
それなら、やっぱり殺し合いになるんだろうか。ナゴンが恐々とマンダロリアンを窺うと、マンダロリアンはブラスターをホルスターに戻した。
「人手が必要か?」
滑らかなキューゾ語だった。
「デンタ豆を降ろしたら、後は自力でどうにかする」
エンボはそう言ってから、今更気付いた。
「なぜキューゾ語が話せる?」
「覚えた。仕事に支障を来すからだ」
マンダロリアンは事実だけを簡潔に述べ、去っていった。ナゴンはようやく緊張が緩み、裾が擦り切れたマントを夜風に揺らしながら、小さな家に向かう後ろ姿を見つめていたが、ふと気付いた。
「北部の山岳訛りだ」
マンダロリアンが操ったキューゾ語には方言が混じっているのを察し、ナゴンが呟くと、エンボは言った。
「山の部族の誰かが出立して、そいつがあのマンダロリアンと顔を合わせたんだろう」
「俺達は割と通じるからいいけど……。
ナゴンの懸念を、エンボは一蹴した。
「俺の知ったことか」
その通りである。マンダロリアンのキューゾ語を気にするよりも、ギロチンの窮地をなんとかする方が先だ。カイボには外に出てもらってから、ナゴンとエンボはデンタ豆のコンテナを運び出した。
作業を終える頃には夜が明けていた。
問題が山積みだ。
デンタ豆のコンテナを搬出し終え、ギロチンの傾きを修正して改めて着陸し直してから、エンボは現状の問題点を確認した。
エンボとナゴンがカイドー商会の裏事情を知ったことで、分離主義勢力の地下組織が襲撃してくるのは目に見えている。地下組織の実態を把握したうえで先手を打たなければ、今後の仕事がやりづらくなる。
ギロチンを修理しなければ身動きが取れないが、このネヴァロはマンダロリアンがキャンプを築いている。無用な攻撃をしなければ戦闘にはならないだろうが、状況次第ではどうなるか解らない。あの銀色のベスカーアーマーのマンダロリアンのように、賞金稼ぎを生業にしている者も少なくないからだ。
最大の問題はデンタ豆だ。当初は大型コンテナ五個分だったが、カイドー商会の拠点から盗んだものも加えたので十二個に増えている。デンタ豆を売って金に換え、それをギロチンの修理費に当てるつもりではあるが、その価格が適正でなければ、これまでやってきたことが無駄になる。
盛大なため息を吐き、エンボはウォー・ヘルメットを下げた。ひとまず、ギロチンの修理から始めよう。ネヴァロは辺境の惑星だが、ハイパードライブユニットぐらいは手に入るはずだ。
「カイボ」
エンボはギロチンに背を向け、相棒の名を呼ぶと、カイボはいつのまにか遠くに行っていた。ナゴンも一緒だった。あいつらは何をしているんだ、とエンボが若干の苛立ちを抱きながら向かうと、カイボは小さな緑色の子供に鼻先を撫でられていた。
「エンボ、この子はカイボの知り合いか?」
ナゴンが緑色の子供を指すと、カイボはぴんと耳を立ててエンボに振り返った。
「ぷぇっ」
緑色の子供は短い両手を伸ばし、カイボに追い縋ろうとするが、ナゴンは身を屈めた。
「カイボはこれから出掛けるんだ。遊びたいのは解るが、また後にしてくれよ」
「んぃー……」
緑色の子供は大きな耳を下げ、不満を示す。その様子を見、エンボはこの子供の正体を思い出した。あのマンダロリアンが連れ歩いている、希少な種族であり奇妙な力を使う。そして、賞金稼ぎの端くれでもある。
あいつを呼ばれたら困る、だがしかし、とエンボが逡巡していると、見覚えのある小さな家からマンダロリアンが現れた。
「いつまで遊んでいるんだ、戻ってこい」
「だぁっ!」
緑色の子供は振り返り、ぴょんぴょんと飛び跳ねてマンダロリアンの元に向かっていった。赤ん坊より少し大きい程度の身の丈なのに、やけにジャンプ力がある。脚力が強い種族なのだろうか。
「あのアヌーバはキューゾの賞金稼ぎの相棒だ。そう、お前と同じだ。アンゼランとは訳が違う」
マンダロリアンが穏やかな声色で言い聞かせると、緑色の子供はカイボを指す。
「ぷぁっ、んきゃっ、きゃあっ」
「あの時に友達になったのか? そうか。だが、あのキューゾには気を付けろ」
「ぱとぅ」
「よし、良い返事だ。学校の時間だ、送ろう」
マンダロリアンは緑色の子供を抱えると、手狭なキャビンに入った。それからしばらくすると、緑色の子供は小さなバッグを持たされ、出てきた。マンダロリアンは緑色の子供をスピーダーバイクの補助椅子に座らせると、街へと出発した。
「俺も街に行ってくるよ。デンタ豆を買い取ってくれる商人がいるかもしれないし、物資も調達しないと。水と食糧が尽きてきただろ?」
ナゴンの提案に、エンボは同意した。
「そっちは任せる。俺はギロチンの修理を頼める相手を探してくる」
ナゴンはマントを脱いでデンタ豆の詰まった袋を包んで背負うと、溶岩が冷えて固まった地面を歩いていった。エンボはカイボを呼び寄せると、腕の立つメカニックがいることを願いながら足を進めた。
そういえば、あのマンダロリアンの名をハットの双子から聞かされていた。だが、今までは思い出す機会も必要性もなかった。ネヴァロで罠に掛けて捕らえた時は歯応えがない奴だと思ったが、ナル・ハッタのハットの宮殿で再会して戦った際は、恐るべき執念と底なしの戦意を持つ男だと認識を改めた。であれば、これからは名前で呼ぶことにしよう。
ディン・ジャリン。