畑の区画を決めた。
手を出したからには最後までやる。半端な仕事はしない。口を挟んだからには責任を取る。但し、自分なりのやり方で。それがエンボの賞金稼ぎとしてのスタンスであり、農民としての心構えでもあった。
紐を四方に張って長方形に囲み、既に掘り返して石と土を掻き出した箇所よりも広めにする。石と土を分けるために、アンゼランから寄越してもらったパイプを紐で括って四角い枠を作り、そこにネットを張り、即席の道具を作った。そして、測定器を使って火山灰混じりの土の成分を調べると、予想通り、濃度の高いアルカリ性だった。
「硫黄が取れる場所はあるか」
エンボが測定器の結果を見ながら呟くと、ジャリンは西側を指す。
「西側に硫黄を採掘する鉱山がある」
「それなら、そこの土を拝借して混ぜよう。時間は掛かるが、中性になるはずだ」
エンボが測定器をナゴンに返すと、ナゴンは硬く締まった地面を見下ろす。
「土はどうする? 柔らかい土を足さないと」
「それも探すしかない。いずれにせよ、スピーダーバイクが必要だ」
エンボがギロチンに目をやると、アンゼラン達によって修理が施されていた。とても小さな体だが優れた技術者である彼らは、忙しなく動き回っている。
「んぇ?」
緑色の子供は石を拾って遊んでいたが、ジャリンが指した方向に向いた。ジャリンは身を屈めると、緑色の子供を抱えて持ち上げた。
「グローグー。あっちの山が見えるか?」
「きゃう」
「明日、俺達はその山に行く。畑を改良するには必要なことだ。手伝ってくれるな?」
「ぷえっ!」
「よし、良い返事だ」
ジャリンは緑色の子供を地面に下ろすと、エンボとその足元にいるカイボに向いた。
「街に戻ってスピーダーバイクを調達する。出発するのは明日の朝だ、それで構わないな?」
「お前に仕切られるのは癪だが、俺が出すぎると余計な角が立つ。あのマンダロリアン共がいるからな」
エンボが呼吸用マスクの下で渋面を作ると、ジャリンは南側に向いた。そちらにはツノの生えた獣の紋章が目立つ旗がいくつも掲げられていて、天幕も張られている。さながら戦陣だ。
「今となっては、ネヴァロはマンダロリアンが根を下ろせる土地だ。今はキャンプだが、いずれは村となり、街を築くだろう」
ジャリンの口調はひどく穏やかだったが、そこに至るまでにはいくつもの荒事を経たという証左でもあった。エンボはマンダロリアンの事情を全て把握しているわけではないが、故郷を追われ、銀河に散り散りになっていたというのは知っている。
幸い、ファトロングは星が滅びかねないほどの危機に見舞われたことはないが、嵐や土砂崩れ、洪水によって住めなくなった村や里はいくつもあった。農民が先祖から受け継いできた田畑は、単なる土地でもなければ生活の糧を得るだけの場所ではない。掛け替えのない財産であり、一族の歴史だ。
故に、エンボはマンダロリアンに対していくらかの理解をした。だが、踏み込むつもりもなければ、情を寄せるつもりもない。マンダロリアンの悲惨な歴史と、ベスカーアーマーを帯びた戦士は同列に捉えるべきではないからだ。
特に、目の前のマンダロリアンは。
翌日。
ナゴンはカルガと細かな条件や取引価格について話し合うので、街に出たところで別れた。ジャリンがスピーダーバイクを二台調達してきたが、その片方には小さな座席が括り付けられていた。
「ほら、お前の椅子だ」
ジャリンがグローグーを持ち上げ、小さな椅子に座らせてからベルトを締めてやった。
「きゃあっ!」
グローグーは両手を上げて喜び、はふはふと呼吸を早めた。興奮しているらしい。
「カイボ」
エンボがもう一つのスピーダーバイクの後部を指すと、カイボはそこに飛び乗ってきた。エンボはジャリンのジェットパックが付いた背を睨んでいたが、気になっていたことを指摘した。
「その椅子は注文して作らせたのか?」
「IG-11を乗り物に改造した時の座席を取り外して、椅子に作り直したんだ。だが、注文したのは俺じゃない、カルガが気を回してくれたんだ」
「ナゴンが会った奴か」
「ああ、俺の友人だ」
ジャリンはグローグーを指す。
「それから、グローグーは俺の息子だ」
「ぷきゃっ」
グローグーが誇らしげな顔をしたので、エンボは色々と腑に落ちた。
「解った」
スピーダーバイクのハンドルを立て、発進させた。風を受けてカイボの耳と尻尾が靡き、グローグーも耳が震え、大きな目を瞬かせていた。エンボはそれを視界の隅に捉えていたが、運転に集中した。
家庭の事情はそれぞれだ。
硫黄の鉱山に到着した。
独特の匂いが立ち込め、排水はどろりと濁り、掘削用ドロイドによって掘り返された斜面は黄色くなっていた。これなら硫黄の鉱石ではなく、その成分を含んだ土を拝借するだけで良さそうだ。
「ガス溜まりには入るなよ。低い場所に溜まっていて、少し吸っただけで身動きが取れなくなる」
エンボがカイボに言い聞かせると、カイボはスピーダーバイクの隣に足を揃えて座った。
「グローグー、カイボの傍にいるんだ」
ジャリンが言い聞かせると、グローグーは返事をした。
「ぁい」
念のため、エンボは呼吸用マスクの設定を調整し、ジャリンもヘルメットを加圧してから、鉱山に近付いた。ベルトコンベアに乗せられた硫黄の鉱石が運び出されていき、ドロイドがそれを選別し、コンテナに積み込んでいる。それを別の工場で精製した後、出荷するのだろう。
エンボは黄色く染まった地面をシャベルで掘り返し、測定器を差し込むと、充分な濃度の硫黄が混ざっていた。これなら申し分ない、とエンボは硫黄を含んだ土を掘り起こし、保存容器に詰めていった。
「エンボ。土が出来るまでには、どれだけの時間が掛かる?」
ジャリンに問われ、エンボはシャベルを止める。
「相当だ。硫黄を混ぜて灰の成分を中和しても、それが馴染むには数週間は掛かる。石を取り除いた土を元に戻したところで、すぐに畑として使い物になるわけじゃない。作物に与える水もそうだ。適度に中和してから撒かないと、こういった手間が無駄になる。それから、土壌に合った作物を選ばないと、育つものも育たない。作付けしたからといって、勝手に大きくなるわけじゃないからな」
「段取りが大事なのか」
「それ以外にも色々ある。ついでに言えば、俺のやり方はあくまでもファトロングのものだ。ネヴァロは農耕には向かない惑星だが、農業に従事している者はいるはずだ。彼らと出会ったら、ネヴァロに適した栽培方法を教えてもらうといい」
「そうさせてもらおう」
思いの外、ジャリンは素直に応じた。今のところは敵ではない、とはいえ、状況次第では覆らないとも限らない。そんな相手にこうも容易く気を許すのか、とエンボは呆れる一方、まともに指導している自分に対しても呆れずにはいられなかった。土に触れた途端、ただの農民に戻ってしまったのだから。
エンボとジャリンがスピーダーバイクまで戻ると、言いつけ通りにカイボの隣で座っていたグローグーが空を見上げた。体が小さいので仰け反りすぎてしまい、ごろんと転がる。
「うきゃあっ」
「何を見ていたんだ?」
ジャリンはすかさず息子を抱き起こすと、グローグーは三本指の手を精一杯伸ばし、空を指した。エンボとジャリンがそれに倣うと、降下しつつある宇宙船が見えた。民間の商船のようだが、かすかな違和感を覚える。エンボは目を凝らし、その理由を悟った。
逆三角のマークが付いていたからだ。
帰宅後、事の次第を説明した。
同業者ということもあり、ジャリンは呑み込みが早かった。そして、行動も早かった。レイザークレストに乗り込み、エンジンに点火し始めていた。
「お前には関係ないだろう」
エンボはレイザークレストのコクピットを覗き込むと、ジャリンは計器類をチェックしながら返す。
「エンボの船が俺達の家の傍にある。そこに攻撃を仕掛けられたら、巻き込まれて壊される」
「あんたまで雇う余裕はないんだが……」
エンボの下からナゴンが顔を出すと、ジャリンは手を止めずに答えた。
「ただの自衛だ。仕事じゃない」
「勝手にしろ。だが、これは俺の仕事だ。始末を付けるのも俺だ」
エンボが言い切ると、ジャリンはヘルメットを少しだけ後ろに向けた。
「それなら、奴らの船まで飛ぶだけにしておく」
「上等だ」
エンボが頷くと、ナゴンは身を引いた。
「だったら、俺は留守番をしておくよ」
「きゃうっ」
グローグーがぴょんと跳ね、エンボとナゴンを飛び越えて補助席に収まった。
「ベルトはちゃんとしろ。いつも言っているだろ」
ジャリンはグローグーに言い聞かせたので、ナゴンは戸惑った。
「えっ? こんなに小さいのを連れていくのか?」
「小さいが、こいつは腕が立つ。ナル・ハッタの戦いを切り抜けるほどだからな」
エンボがグローグーを指すと、グローグーは誇らしげに大きな耳を上向ける。
「んぃ!」
「なんだかよく解らんが、頑張ってくれ」
ナゴンはそう言い残し、レイザークレストを後にした。彼と入れ違いに入ってきたカイボは、初めて乗った宇宙船の中をふんふんと嗅ぎ回っていたが、エンボの傍で身を伏せた。
レイザークレストについて、エンボはあまり知らない。二基の大型エンジンと輸送性能に特化した大きさからして、本来の用途はそちらなのだろう。賞金稼ぎが乗るには向かないような、だが輸送船を改造している奴は他にもいたな、とエンボは頭の片隅で考えていたが、ジャリンの操縦によってレイザークレストは発進した。
離陸した途端に急加速し、機首を思い切り上げて上昇していく。輸送機の軌道ではない、もっと軽量なスターファイターの飛び方だ。エンボは放り出されかけたが堪え、吹っ飛びかけたカイボも捕まえた。
「おい!」
たまらずにエンボが怒鳴るも、ジャリンは平然と答えた。
「まだ暖気だ」
こいつの操縦はまともじゃない。エンボはそれを悟ったが、今更降りることも出来ないので、ジャリンの荒っぽい操縦に耐えるしかなかった。きゃあきゃあっ、とグローグーのはしゃぐ声が聞こえてきたが、エンボはそれどころではないので、カイボをしっかりと抱えて踏ん張った。
ディン・ジャリンをいかにして適切な語彙で罵倒するか、と考えたくなる一方、エンボは状況を見極めるべく情報を整理した。カイドー商会の拠点は潰したが、代表のル・モーイは生き延びていたのだ。その後、ギロチンの損傷具合からハイパードライブの航行距離を算出し、逃げ込むのであればネヴァロだと判断し、部下を送り込んできたのだろう。
となれば、徹底的に潰さなければ。ギロチンの修理費も馬鹿にならないのだから。エンボが冷静さを取り戻した頃、レイザークレストは上下逆さまになったが、エンボはカイボを手放さずに姿勢を保った。
ちょっと慣れてきた。