「はっ、はっ…」
走る。アイツから逃げる。息が切れても気力だけで逃げる。廊下はがらんとして、人っこ1人見当たらない。普段、忙しそうに往来する職員も、サーヴァントたちさえも。職員やサーヴァントの姿を一切見かけないのは、きっと、やられてしまったからだろう。アイツに。
「っあ…がっ!うう…」
転んだ。痛い。膝を擦りむいたのか、じんじんと痛む。…がそれよりも止まってしまったことで今までの疲労がどっと押し寄せる。
「かっ…は!はあ、はあ…はあ…は、あ…。」
しばらくして落ち着き、呼吸も安定する。久しぶりの新鮮な酸素を肺が求め、いままでにないほどの頻度で呼吸する。
「…ここらまでくれば、そろそろ撒けた…かな?」
追跡の音が消え、安堵する。当たり前だ、誰も知らないような通路を通ったり、無理やり体を捩じ込んだりして崩れた荷物の隙間や細い通路も通ってきたのだから、見失うのも必然だろう…そう思っていた。
トンッ
「…っ!」
「大丈夫か!?騎手!」
「って、ああ。良かった、ドラコーか。」
後ろから物音がしたため警戒したが、その音は僕のサーヴァント、ドラコーが上から降りてきた音だった。施設にはダクトがあるはずだし、そこを通ってきたのだろうか…小柄だし、尻尾がぶつかるかもだけどいけるだろう。…もしくは、霊体化してずっとついてきてくれたのかもしれない。だが、それは今はどうでもいい。
「本当か?怪我は…膝から血が出ているぞ!アイツにやられたのか!?」
「いや、大丈夫だ。転んで軽く擦りむいただけだ。」
「…そうか。なら良い。っと、落ち着いて話している場合ではない。立てるか?」
「ああ、立てる、ありがとな。…ふぅ。よし、行こう。出口は…?」
「こっちだ。ついてこい!」
再び走る。ドラコーがいるからか安心感が段違いだ。それに僕でも走りやすい道を選んで走ってくれてるから、先ほどより無茶をしてなくて、息切れもしてないような気がする。
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しばらく走って、大広間…だったような場所に到着する。至る所が荒れ果てて、ところどころ赤く燃えている。荷物が散乱し、足の踏み場もない中で一息つく。まだ先は長いが、相手は自分たちを見失っているだろうし、少しは休憩できるはずだ。
「…よし、ここなら少しは息をつけるだろう。大丈夫か、騎手?」
「ああ、ありがとう。ようやく一息つけるよ。いやぁ、ドラコーがいてくれて良かったよ、安心感が段違いだ。」
「…ふん、存分に褒め称えよ。余はお主のサーヴァントであるからな、存分に頼れ。」
そっけなく言いながらも、尻尾は正直で、ぶんぶんと揺れている。心なしか頬も紅くなっていて、恥ずかしさを隠しているのかそっぽを向いており、またかわいい。こんな修羅場な状況に似合わないほんわかした雰囲気に少しクスッと笑ってしまう。
「…むっ。何を笑っているのだ。」
「いやあ、照れてるドラコーがかわいくって。」
「なっ…!かわいい、だなんてっ、よくもそんな恥ずかしいことをぬけぬけと言えるな!?」
「あはは、ごめんごめん、そんな怒らないで。でも本心だから仕方がないよ〜。」
そんなふうに話していると、何処からか声が聞こえてくる。
「…!シッ!騎手、誰かの声が聞こえる。」
ドラコーが暗闇を警戒して戦闘体制に入る。
…?いや、違う!近づくにつれてわかるが、誰かが呼びかけながらここに走ってきてる!
それを感じ取ったのか、ドラコーが爪を変形させて攻撃しようとする瞬間ーーー
「マ・ス・ターー!!」
「ぬがっ……!……って、イリヤ!?」
見事にドラコーをすり抜けて僕に飛びかかってきたのはーーー僕の契約している2人目のサーヴァント、イリヤスフィールだった。
「マスター!マスター!やーっと会えた!どこにいるか、ずーっと探してたんだよ!!」
「イリヤ!会えて良かった!怪我はないかい?」
「ううん、大丈夫!それより、マスターこそ怪我は…?」
「ええい、そろそろ離れろ!余のマスターだぞ!」
いつのまにか爪を収めたドラコーがそばに立っており、イリヤを引き剥がそうとする。
「あ、ドラコーじゃん。そっちは大丈夫だった?」
「大丈夫もなにもあるか!マスターとは再会できたといえど、一度分断されたし、イリヤがついているかと思ったらいないしマスターは怪我もしてるし!おまけにイリヤが飛びかかってきたせいで余計に警戒せねばいけなくなった!こんな状況だから、命がいくつあっても足りんわ!…はあ、はあ。」
「へー、お疲れ様!マスターを守ってくれてありがとね!」
「…はあ。もう怒る気力もないわ。こっちだって結構疲れておるのだ。」
そうして三人が合流して、一通り息をついた後。
「よし、イリヤも合流できたことだし、そろそろ出口に向かおう。そういえばイリヤ、あの子らは…?」
「…わかんない。ここにくる途中で探してたけど、いなかった。もしかしたら…」
イリヤの顔に影がさす。
「大丈夫だよ。あの子らは強いから。イリヤがその強さを1番わかってるでしょ?」
「うん…そうね。不安だけど、今は信じるしかない、よね。」
「うむ、そうだ。それに、もしかしたら合流してすでに出口にあるかもしれんぞ?」
「そうそう。だからさ、大丈夫。今はとりあえず動こう。」
「…わかったわ、行こう。それで、2人と出口で再会するのを信じるわ。」
「よし、それでこそイリヤだ。さあ、行こう。」
イリヤを慰めて、ドラコーの先導の元再び歩き出す。
そうして、出口の扉に辿り着く。
「…見当たらなかったね。けど、この先にいるかも。…よし、行こう!」
そうして、手をドアノブにかけた瞬間ーーー
「やほやほ〜、お疲れ様!面白かったよ、君たち。」
「…は?」
腹が急に暖かくなる。まるで、何かが刺さったように。
「マスター!!!!」「騎手!!!」
立っていられなくなり、倒れ込んでしまう。意識はあるのに、体が動かない。なんとか眼球を動かして、見てみると。
「…なん、で…」
僕らを追いかけてきていたアイツが立っていた。
「アッハハ!なんでここにいるの、って聞きたそうな顔してる!追いかけてきてないと思った?ざぁんねぇん。君らのそばにいたよ。ずっとね。霊体化してたのさ!おかしいと思わなかったの?君を見失ったにしても、俺の足音とか、物を動かす音とか聞こえるもんでしょ?それに、白髪の君。ずっと呼びかけてたけど、そんだけ叫んでりゃ万が一見失っても場所もわかるってもんさ。それに僕はアサシンだ。気配を消すことには特化している。だから、今まで気づかなかった、ってワケ。いや〜にしても!マスターってのも結構あっけないもんだねえ!もう1人のマスターがどこいったかは知らないけど、まあ君らを殺した後にゆっくりと探すとするさ。いやあ、面白かった。滑稽だ、まったく。ああ、それとーーー」
…わからない。耳の感覚がぼんやりして、コイツが何をいってるのかは聞こえない。ただ、僕がすべきことはわかった。
「…令呪を…持って…ッ…命じるッ!2人とも、コイツから僕を置いてどこかに逃げろ!」
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「…待て、逝くな!余を置いて逝くな!」
とくとく、とくとく。ワインをこぼしてしまったような鮮血が、白い床に広がってゆく。
「待って、待ってよぉ…死んじゃダメッ…!回復、治癒……ッ!なんでッ…効かないのよッ!」
私たちのマスターが刺された。誰かは知らない奴が何か話しているが、そんなのどうでもいい。今すぐ助けないと、間違いなく死ぬ。…だが。
「なんでッ…!キズが治らないのよッ!」
「いや、それどころかますます血が溢れていく…このままでは大量出血で死ぬぞ!なんとかならないのか、イリヤ!」
「うるさいっ!今やってる!」
「ーーだから、…って、ん?…ああ、処置しようとしてるのか。残念だけど、その傷は治らないよ。特製の毒だからね。」
「…え?」
「そんな無策で行くワケないでしょ。まさかただのナイフだと思った?違う違う。これには毒が塗ってあってね、俺の宝具でね、概念的に作用するシロモノだから、処置は無駄なのさ。たがらとっとと諦めな。」
視界が真っ暗になってゆく。今コイツがいったこと、それはつまり…<マスターは助からない>って、こと?
嫌だ。そんなのは嫌だ。なんとかしなきゃ。…けど、ここで力を手に入れるとか、そんな都合のいいことが起きるわけもなく。
「あーあ。絶望しちゃった。これは心が折れちゃったかな?もしかしたら唯一の拠り所だったのかもな、このマスターが。…はぁ、かわいそ。しゃーなしだよ、予定変更だ。お前らサーヴァントらもマスターとおんなじところに送ってやるよ。こんなことは滅多にしないが、俺からの慈悲だぜ。珍しいぞぉ?良かったなぁ。」
「っあ!くっ…」
男が銃を構え、トリガーに指をかけた瞬間。
「…令呪を…持って…ッ…命じるッ!2人とも、コイツから僕を置いてどこかに逃げろ!」
マスターの声が響いた。あっけにとられる私達と、男。そんな状況を置いて、私達を光が包み込む。
「…ぇあ、待って!待ってぇ…!やめて、今すぐ取り消してよ、マスター!私達を置いてかないで!マスター!」
いち早く理解したイリヤが叫ぶが、マスターは満足げに微笑むまま。ドラコーに至っては、状況が飲み込めていないのか、呆然としたままだった。
「…っは!やめろ!まだ助かるかもしれないんだぞ!おい!聞こえないのか!やめろっっっ!!」
ドラコーが叫ぶ。しかし、止まらない。
そうやって、転移が完了しーーーーするはずもなく。
「くそが、やってくれやがって…俺の手間を増やすんじゃねえよ。…まあいい、ここで全員ぶっ殺す!」
2人が撃たれると同時に転移が完了した。
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前が見えない。先ほどまで何かを叫んでいるのが聞こえていたが、もうそれも遠くなってしまった。暗闇に自分が沈んでいくような感覚に、「ああ、死ぬのか。」と妙に落ち着いたような、客観的な感覚に陥る。ドラマとかでは、死にたくなーい!とか言ってたけど、実際死ぬときにはそうでもないらしい。
いままでの思い出が脳をかける。これは走馬灯というやつだろう。ここに来る前の両親、友達、そしてーーードラコーと、イリヤ。最初から最後までついてきてくれた2人。
2人は救えたのかな。生きてるかは分からないけど、また再会したいな。
…僕は頑張ったよな。じゃあ、もういいよな。
そして、意識を手放した。
そうして、燃え盛る、散らかった部屋の真ん中である一人の男が生涯を終えた。そして、この日。この施設………カルデアは崩壊した。