『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第001話 城主、八周年ですわ
《配信コメント》
名無しの領民:三秒
名無しの領民:今日は戦闘後だから五秒
名無しの領民:何の秒数です?
名無しの領民:初見です
名無しの領民:来るぞ
待機画面の時点で、秒読みだけが勝手に始まっていた。
八周年配信ですのよ。わたくしが何秒で高笑いするかを当てる催しではございません。
白亜の宮殿、その玉座配信室。配信開始の表示が灯る。待ち構えていたコメントが一斉に流れ始めるのを視界の端で捉えながら、わたくしは白い扇子を開いた。
「おーっほっほっほ! 領民の皆様、八周年ですわ!」
《配信コメント》
名無しの領民:三秒
名無しの領民:三秒だった
名無しの領民:八周年おめでとう!
名無しの領民:初見、本当にやるんだ
名無しの領民:翼を落とされた記念日
祝福の列にしれっと混ざった最後の一件だけは、さすがに見過ごせなかった。
「落とされておりませんわ」
《配信コメント》
名無しの領民:落ちてた
名無しの領民:左翼なくなってた
名無しの領民:戦術的着地って言うぞ
名無しの領民:先に言われた
「戦術的着地ですの!」
《配信コメント》
名無しの領民:言った
名無しの領民:八周年より先に翼の話してる
名無しの領民:いつもの城主で安心した
八周年の第一声を終えた直後ですのに、コメント欄にはもう「落下」「墜落」「左翼」が並んでいる。
このままでは、八周年の記録にまで誤解が残りますわ。
「よろしいですわ。十五秒だけ確認いたしましょう」
扇子の先を払うと、玉座の右に小さな再生窓が開いた。
《戦闘アーカイブ》
《再生時間 00:15》
映像の中では、竜のわたくしが白亜城の中庭上空を西へ旋回していた。左翼は下がっている。それでもまだ飛べる――ただし、好きな場所へは行けない。
地上では、指揮官のライカがわたくしを追わず、周囲へ視線を走らせた。
『追うな。次へ置け』
その声で攻略者たちが散る。わたくしが進路を変えるたび、その先へ別の影が入った。
追われているのは、わたくしではない。飛べる場所のほうですのね。
実に嫌らしい。
それでも、弓兵のキリオは撃たない。弓を引いたまま、こちらが次へ動くのを待っている。
『射線ある!』
『まだ』
残っている中で、一番広い場所を使う。
左へ切った瞬間、キリオの弦が戻った。
白い矢光が左翼の付け根へ走り、翼が沈む。飛行姿勢が崩れ、石床が一気に近づいてきた。
ならば、脚で受けますの。
後肢、前肢の順に石床を捉える。勢いを殺しきれず身体は滑ったものの、白い火花を散らしながら姿勢を保ち、そのまま倒れずに止まった。
映像の中のわたくしは顔を上げた。
『戦術的着地ですわ!』
《制限時間終了》
《レイドボス防衛成功》
《通算防衛成功数 986》
そこで十五秒の映像が止まった。
◇
《配信コメント》
名無しの領民:防衛成功はしてる
名無しの領民:986おめ
名無しの領民:キリオ待ったなあ
名無しの領民:翼は落ちてる
名無しの領民:戦術的着地代《1,000 C.L.C.》
「投げ銭の名目までおかしいですの!」
《配信コメント》
名無しの領民:そこ拾う?
名無しの領民:飛べなくなってたよね
「飛行機能を失っただけですわ」
《配信コメント》
名無しの領民:言い換えた
名無しの領民:悪化した
名無しの領民:今日は八周年です
コメントに指摘されて、扇子を持った手を止める。
そうでした。
本日の主役は左翼ではございません。
「翼の件は以上ですの」
《配信コメント》
名無しの領民:打ち切った
名無しの領民:八周年始まった
名無しの古参領民:今年も見るのか
名無しの領民:何を?
「もちろん、八年前のわたくしですわ」
戦闘アーカイブを閉じ、その場所に別の再生窓を開く。表示された日付は、ちょうど八年前。
映像は少し狭く、コメント欄の縁は厚い。白亜の宮殿を模した背景にも、今ほど奥行きがない。
「古いですわね」
思わずそう零したものの、こうして隣に並べてみると妙に目が離れなかった。あの頃には当たり前だった景色が、今ではずいぶん遠く見える。
その中央に、八年前のわたくしが立っていた。
白銀の髪に淡い金の瞳。白亜色のドレスコート。胸元に添えられた手には、今より簡素な扇子。
「……このころのわたくしも、なかなかの完成度ですわね」
《配信コメント》
名無しの領民:自分で言う
名無しの古参領民:そこも変わってない
名無しの領民:八年前からこの姿?
名無しの領民:初見なので助かる
「八年前『から』ではございません。八年前『も』この姿ですの。そこは正確にお願いいたしますわ」
再生を進めると、画面の中のわたくしが扇子を開いた。
『おーっほっほっほ! 本日より、このわたくしが皆様の時間を――』
『音でかい』
『びっくりした』
『耳が』
八年前のわたくしがぴたりと止まる。
『……音量は適正範囲ですわ』
《配信コメント》
名無しの領民:初日からこれ
名無しの古参領民:懐かしい
名無しの領民:八年前から訂正してる
名無しの領民:今ならもっと言い返す
「当然でしょう。八年分、成長しておりますもの」
《配信コメント》
名無しの領民:言い返す方向に?
名無しの領民:成長とは
名無しの領民:戦術的着地まで育った
「そちらへ戻らないでくださいませ!」
現在のコメントが一気に流れ、その横で、八年前のコメントは少ない列のまま進んでいく。
今では見かけない表示名がある。今でも覚えている表示名もある。
《配信コメント》
名無しの領民:ところで八年前から同じ中の人?
名無しの領民:それ聞く?
名無しの古参領民:来るぞ
名無しの領民:何が?
「中身はいませんわ。わたくしが本人ですの」
《配信コメント》
名無しの領民:出た
名無しの領民:本人ですわ
名無しの領民:設定では?
名無しの領民:初見、そういうタイプなんですね
「設定ではございませんの」
そこだけは訂正する。
八年前の画面でもわたくしは訂正し、現在のコメント欄では別の誰かが笑っている。信じられていないことくらい、見れば分かる。
それでも、わたくしが言うことは変わりませんの。
現在の配信画面、その端を小さなニュース表示が横切った。
《Project Aria――研究計画進行中》
表示はそのまま次の項目へ流れていった。
《配信コメント》
名無しの領民:三年目から見てます
名無しの領民:城攻めから来た
名無しの古参領民:八周年おめでとう
名無しの領民:今来た 左翼の話は終わった?
名無しの領民:今日が初見です
名無しの領民:九年目も来ます
八年前の映像を止めると、昔のコメントもその瞬間で静止した。その隣では現在のコメントだけが途切れず上へ流れていく。
初配信からいる方。途中から来た方。そして、今日初めて来た方。
八年前には存在しなかった表示名が、いまも一つ、また一つと現在の列へ加わっている。
八年という区切りはあっても、ここで何かが終わるわけではない。明日には、九年目の一日が始まる。
昔の画面ではなく、いま流れているコメントへ扇子を開いた。
「初配信からの皆様も、途中からいらした皆様も、本日初めてお越しになった皆様も――八周年の配信へようこそ」
《配信コメント》
名無しの古参領民:八周年おめでとう
名無しの領民:おめでとう!
名無しの領民:今来た もう終わる?
名無しの領民:今日が初見でした
名無しの領民:配信してない時って何してるんだろ
名無しの領民:次の戦術的着地も待ってます
配信の外なら、わたくしも止まっていると思われているらしい。
そちらも訂正したいところですけれど――その前に。
「次の戦術的着地は待たなくて結構ですの!」
笑いの列が流れる。その中には、先ほど初めて見たばかりの表示名も混じっていた。
わたくしは白い扇子を高く掲げる。
「それでは皆様――九年目も、よろしくお願いいたしますわ!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
本人は何も隠してません。
でも視聴者は全部「設定」だと思っています(笑)
そんな感じのお話です。
気に入っていただけたら、ぜひ続きをどうぞ!