『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第012話 魔王にも休日は必要ですわ
《配信タイトル》
魔王の休日
「おーっほっほっほ! 本日は、戦闘のない一日を見学いたしますわ!」
転送先は、ローデンが長く運営してきた永続VR世界、《プライベート・ドメイン》。
到着した先の市場を、祭り前の荷車が何台も横切っていく。石畳に車輪の音が重なり、その上から屋根を直す職人の槌音が乾いて落ちてきた。
橋のたもとには補修材。工房前には色布を巻いた祭具。食堂の裏口からは白い湯気が上がっている。
戦場なら足場や遮蔽物として真っ先に見る木箱には、今日は子どもが腰かけて串菓子を食べていた。
同じ木箱でも、ここでは役割が違う。
市場の中央で予定表を広げているのが、この世界の領域主――ローデンだった。
黒い外套に、大きな角飾り。
通常レイドなら、その姿を見た時点で攻略者は進路と射線を考えるところですのに、今日ローデンが手にしているのは武器ではない。
祭具の搬送表だった。
「魔王の休日が、祭具の搬送計画ですの?」
「レイドがない日だ。休日だろ」
《配信コメント》
名無しの領民:魔王も祭り準備するんだ
名無しの領民:休日とは
名無しの領民:屋台見たい
名無しの領民:橋も直してる
「休んでおりませんわよね?」
「戦ってない」
「基準が大雑把ですの!」
ローデンは予定表から顔も上げず、次に動かす荷車へ印を付けた。
市場では、その間にも人が動いている。
祭りを作り、橋を直し、荷物を運ぶ。領域主が戦わない日でも、暮らしは止まっておりませんのね。
◇
橋の補修材を北倉庫へ移すことになった。
現在位置と目的地を見比べる。
わたくしなら、中央通りですわ。
道幅があり、曲がり角も少ない。荷車だけを見るなら、東へ膨らむ理由がない。
立体図に搬送線を引く。
「こちらを一時的に空ければ、二往復減らせますわ」
中央通りを通す線は、北倉庫まで素直に伸びた。
ですが、ローデンが答える前に、荷車を押していた住民が首を振る。
『中央は夕方から子どもの踊りだよ。床へ飾り線を引く』
言われて足元を見る。
石畳の端には、すでに白い粉で曲線が描かれていた。まだ途中だが、通りの中央へ向かって少しずつ伸びている。
別の住民が、祭具の脚を抱えたまま東を指した。
『北へ回すなら、東の細道が空いてる』
わたくしの線より長い。
荷車を通すなら、曲がる場所も増える。
それでも、ローデンは迷わず中央通りの搬送線を消した。
「じゃあ東。橋材は半分ずつ運べ」
「中央の方が速いですわよ?」
「祭りは速さだけで作ってない」
短い答えだった。
もう一度、中央通りを見る。
わたくしが空けようとした場所には、踊る予定の人間がいる。
荷物には中央が正しい。ですが、この通りは荷物だけのものではない。
わたくしも中央線を閉じ、東へ引き直した。
《配信コメント》
名無しの領民:住民案が採用された
名無しの領民:最短じゃない方
名無しの領民:城主も似たことしてない?
「事情が違いますの」
「避難路から決める城主が?」
「それは当然ですわ」
戦場の退路と祭りの踊りを、一緒にしないでいただきたい。
……使う人間を消さない点では、少々似ておりますけれど。
そこまで口にする必要はございませんの。
ローデンは笑い、東へ回る荷車へ手を上げた。
中央通りには、荷車の代わりに白い飾り線が残った。
◇
午後。
三人の職人が、大きな祭具を工房から引き出していた。
一人が前。
二人が後ろ。
祭具は三人で持てる大きさでも、そのままでは細い道の角を曲がれない。先頭が引けば後ろの片側へ重さが寄り、後ろが押せば今度は前が詰まる。
『前、抜くぞ』
『まだ。右が重い』
『じゃあ一つ返す』
三人の声に合わせて、祭具が少しだけ傾く。
前の職人が肩で荷重を受け、後ろ右の一人が腰を落とした。
その時、三人の足元を淡い光が巡った。
最初は、祭具の装飾が反射したのかと思った。
けれど光は床へ落ちたまま、前から右へ流れていく。
前の職人が受けていた重さが右後方へ移ったように祭具の角度が変わり、そのぶん荷重の抜けた一人が、先に足を置く。
角を半分抜ける。
『今、こっち』
『受けた』
次は別の一人へ重さが渡る。
祭具は止まらない。
一人が背負うのでも、三人が同じ力で押すのでもない。その瞬間に受けられる人へ、重さを渡して進んでいる。
次の角でも、同じ循環が自然に出た。
そこで管理AIの表示が小さく開く。
《新技能候補:検出》
《原型発生主体:職人3名》
《原型発生地域:当該ドメイン》
《体系化協力候補:領域主》
「おや」
ローデンが祭具より表示へ目を向けた。
「俺じゃないのか」
「表示どおり、原型を生んだのは職人の皆様で、発生したのはこの地域ですわ」
領域主であることと、今の動きを生んだことは同じではない。
わたくしが表示を見ている間に、先頭の職人が振り返った。
『何か出た?』
「皆様が今していた運び方が、技能候補として検出されましたの」
『これ? 祭具を曲げないためにやってるだけだけど』
「その反復が候補になったようですわね」
戦うためでも、技能を作るためでもない。
この祭具を三人で壊さず運ぶ動きが先にあり、表示はあとから出た。
ローデンは三人の足元と表示を見比べ、少しして笑った。
「じゃあ、祭りが終わったら試験に付き合う」
《体系化協力候補:領域主》の表示だけが受諾状態へ変わる。
《原型発生主体:職人3名》も、《原型発生地域:当該ドメイン》も変わらない。
ローデンが体系化に加わっても、職人三人の表示は動かない。
《配信コメント》
名無しの領民:祭具運んでたら光った
名無しの領民:今の戦闘技能なの?
名無しの領民:魔王じゃなくて職人なんだ
名無しの領民:休日どこ
名無しの領民:生活から生えるの面白い
「こういうところも、《プライベート・ドメイン》の遊びですのね」
「祭りの準備が?」
「そこも含めてですわ」
祭具はようやく角を抜け、三人はそのまま次の道へ運んでいった。
◇
工房前では、清掃担当の住民が箒を動かしていた。
祭具が通ったあとには細かな装飾片や光粒が残っている。その中の淡い一粒を、住民が処理容器へ入れたところで手を止めた。
『あれ』
「どうしましたの?」
『これ、昨日もここで片づけたよ』
箒の先が示したのは、工房前の石畳。
いま拾った光粒は、紐づく先のない微細な残滓として扱われている。
昨日すでに清掃しているなら、同じものが同じ位置へ戻っている理由は、今の情報からは分からない。
内部照会を開く。
一瞬だけ、古い識別表示が出た。
《現役登録:なし》
《討伐記録:あり》
表示を確認する。
もう一度照会する。
今度は出ない。
現役登録はない。討伐記録の表示は一度だけ。昨日も同じ位置で片づけたと、住民は話した。
確認できるのは、そこまでですの。
古い表示が出たからといって、過去の何かが現役へ戻ったとは限らない。
まして、主体が何であるかまで決める材料はない。
確認できた事実だけを領域管理AIに返す。
《同一位置再表示/参照元不明》
《通常作業:継続可》
「清掃はそのまま続けてよいそうですわ」
『じゃあ祭り前に終わらせる』
住民は特に騒ぐこともなく箒を持ち直し、隣の石畳へ移った。
わたくしも照会を閉じる。
原因に名前をつけるより先に、確認できていないものを増やさない。
工房では、さきほどの三人がまだ祭具の角度について声を掛け合っている。
市場の向こうでは、中央通りへ白い踊りの線が増えていた。
東回りを選んだ荷車も、すでに北へ向かっている。
小さな保守記録が一件残っても、日常は止まらない。
祭りの準備から技能候補が生まれ、理由の分からない残滓は、分からないまま記録へ残る。
市場では、三人が運ぶ祭具がようやく次の角を曲がった。