『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《モルグラ》の継承処理は、一時停止したまま。
原本も更新していない。
前回、オルドさんが残すことを選んだ状態を崩さないまま、管理AIと記録を一段ずつ遡っていく。
《削除命令起点:該当なし》
本人、代理権限、管理AI、運営保守。どこにも起点はなく、侵入や認証改変の痕跡もない。
さらに正式レイド、勝敗、ダメージ履歴を照合する。
どれも、今回の継承を開始させた原因としては確認できなかった。
それでも《モルグラ》は継承段階へ進んでいる。
「削除形式に近似していますわね」
《一致》
形式の一致だけを、原因へ広げない。
「ただし、削除命令の起点は、記録上確認できませんの」
管理AIへ処理順の再構成を要求する。
時系列が組み直され、最後に残った三項目が前へ出た。
《現在個体終了判断:成立》
《継承段階移行:正規形式》
《起点記録:欠落》
目を止める。
終了判断も、継承移行の署名も正規形式。欠けているのは、それを始めるはずの一行ですの。
「ログがないから、何も起きていない――とは申せませんわね」
結果はここにある。ないのは、そこへ至る起点ですの。
既知の経路をもう一度照合する。
表示は変わらない。
欠けた一行を、結果から逆算して作るわけにはいかない。
◇
次に、現在個体情報がどの順番で動いたのかを見る。
通常なら《モルグラ》の形態、技能、個体調整のうち、継承対象となる情報は次世代候補側へ受け渡される。
ですが今回、一部の情報だけがその流れから外れていた。
泥外殻形成と直線突進。前回、継承候補から欠けた二系統ですの。
処理の並びを追うと、それらの断片はそのまま継承先へ渡らず、一度、終了処理側へ沈むように位置を変えている。
その途中に、一時処理領域が挟まっていた。
《一時処理領域:現在空》
《参照履歴:断片》
《保存原本:隔離済み》
現在、その領域は空。そこを通ったらしい微細な断片だけが残っている。
泥外殻の表面構成。
突進を始める直前の姿勢変化。
どちらも小さい。
《モルグラ》全体を戻せる量ではございません。
ですが、小さいからといって消してよい証拠でもない。
「原本はそのままですの」
《原本状態維持:確認》
《追加更新:停止》
《通知監視のみ》
隔離領域へ移すのは、保全済み断片への参照情報だけ。原本へは書かず、形も整えない。変化か参照があった時だけ通知する。
調べるために証拠そのものを変えてしまえば、次に起きた変化が元からあったものなのか、こちらが作ったものなのか分からなくなりますもの。
◇
既知の原因分類へ、上から順に当てはめる。
本人操作、運営処理、外部侵入、正常継承、戦闘終了、既知不具合。
どれにも、今回の記録は収まらなかった。
《原因:未確定》
比較のため、確認済みの事実とは分けて、仮説を段階化する。
まず、継承処理そのものが壊れた可能性。
次に、別の正規処理が誤って個体情報を参照した可能性。
そして最下位に、既存の登録経路から確認できない処理が個体情報へ触れた可能性を置く。
《仮説A:継承処理単独の破損》
《仮説B:別の正規処理からの誤参照》
《仮説C:未登録経路からの個体情報参照》
最後の候補へ、比較用の内部ラベルが付く。
《未登録対向処理》
既知の処理系とは分けて比較するための名前。それ以上ではない。
「《未登録対向処理》は比較用の内部ラベルです。未知の主体が実在すると決めたものではございませんの」
《確定主体:なし》
攻撃者がいたとは確認できていない。
悪意も、知性も、目的も分からない。
ですから、名前だけを先へ歩かせない。
以前、同じ一覧に並べた小さな異常群とも比較する。
《共通処理層:未確認》
《直接一致:なし》
処理層も条件も一致しない以上、過去の五件との共通原因仮説は低優先度のまま。上げるのは、この隔離断片への監視だけですの。
◇
中間報告の時刻に、オルドさんが非公開支援領域へ入ってきた。
座席にはつかない。
表示台の前まで来ると、そこで止まった。
右手の親指が、左袖の折り返しを一度だけ撫でる。
《モルグラ》の姿は、今日も表示されていない。
わたくしは、まず分かったことから返す。
「本人操作を示す記録はございません。正式レイドでの敗北も確認されず、外部侵入の形跡も検出されておりませんの」
確認済みの項目だけを順に示す。
「継承段階へ進んだ処理と、現在個体の終了判断だけは正規形式で残っています。ですが、それを開始させた起点記録がございません」
オルドさんは画面を見たまま、少し黙った。
「じゃあ、何がやった」
「分かりませんの」
そこで止める。
答えられない場所を、別の言葉で埋めない。
「十九分四十四秒の中身も、欠けた技能の行方も、《モルグラ》を戻せるかも、まだ確定しておりません」
「……俺が見てなかったからか」
左袖へ、もう一度指が触れる。
「それは確認できた事実ではございませんわ」
オルドさんが顔を上げた。
「主観記録が欠けていることと、《モルグラ》が継承へ進んだことを結ぶ記録はありませんの」
十九分四十四秒が分からないからと、その空白を本人の不注意へ置き換えることはできない。
「分からない部分を、オルドさんの責任にすることはできません」
袖に触れていた指が止まった。
すぐに安心した顔になるわけではない。
原因が分かったわけでも、《モルグラ》が戻ったわけでもありませんもの。
ただ、確認されていない責任だけは、ここで足さない。
「次は?」
「隔離した断片は、原本を更新せず通知監視だけ続けます。動きや参照があれば記録しますの」
「俺がやめたいって言ったら?」
「止められますわ」
解析を続けるかどうかも、本人の選択から外してはいけない。
「今回残った断片を、比較解析の対象として残してよろしいですか?」
オルドさんは少しだけ表示を見た。
「残して」
《隔離断片・解析継続同意:確認》
「ほかのボスは止めるのか」
「現時点で、全体を一律停止する根拠はございませんの」
確認できているのは、《モルグラ》一件と周辺の処理異常だけですの。
管理AIと運営側へ、低ランク帯の終了処理と継承準備に追加監視を入れる案を提示する。
採用された範囲だけが監視条件へ加わり、保守確認が必要な予定レイドだけが一時停止される。
ゲーム全体は続く。
「分からないまま続けるんだな」
「分からない範囲を狭めながら、ですわ」
オルドさんは頷かなかった。
反対もしなかった。
報告欄の最後には、最初と同じ表示が残っている。
《原因:未確定》
原因がないのではない。
まだ、分かっていないだけですの。
その違いを消さないまま、隔離断片の監視を開始した。