『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
「おーっほっほっほ! 本日は予定どおり、城攻め映像の見どころ整理ですわ!」
配信開始と同時に、いつものコメント欄が走り出す。
《配信コメント》
名無しの領民:予定どおり助かる
名無しの領民:もう笑った
名無しの噂好き:低ランクのレイド一件止まったって本当?
名無しの検証勢:公開通知では原因調査中まで
名無しの怪談勢:前の音と関係ある?
最初から、この話題が出ること自体は予想していた。
「止まっているレイドが一件。原因はまだ調査中――わたくしから申し上げるのは、そこまでですわ」
その先は、わたくし一人の話ではない。
《配信コメント》
名無しの噂好き:じゃあなんか知ってる?
名無しの領民:その言い方怪しい
名無しの怪談勢:前の音、鳴いたんでしょ?
名無しの領民:幽霊ボス?
名無しの領民:1000防衛の隠しイベント?
名無しの検証勢:一件止まっただけで話広げすぎ
幽霊ボス。
1000防衛の隠しイベント。
公開された一件から、話はもうそこまで広がっている。一つずつ禁止はしない。ですが、事実とは分けておく。
「まず、不具合は鳴きませんわ」
開いていた扇子でコメント欄を指したまま、一拍置く。
《配信コメント》
名無しの領民:そこ?
名無しの怪談勢:鳴く不具合もいるかもしれない
名無しの検証勢:いない
名無しの領民:怪談に仕様で殴りかかるな
「不具合は現象分類です。発声器官を持ちませんわ」
『怪談に技術監修を入れるな』
通話窓のライカが即座に返した。
「誤解は早いうちに訂正した方がよろしいでしょう?」
『お前が一番楽しそうだぞ』
「気のせいですの」
《配信コメント》
名無しの領民:楽しそう
名無しの怪談勢:怪談勢が仕様で負けた
名無しの検証勢:勝負してない
「それと、以前の異常音は一度だけ確認され、その後は再現されておりませんの。原因も未確定ですわ」
それより先へは進まない。
「ですから、今回の保守確認と同じ原因だとも申し上げられませんの」
《配信コメント》
名無しの噂好き:じゃあ関係ない?
名無しの領民:逆に関係ある?
名無しの領民:どっちだよ
名無しの怪談勢:怪談続行
名無しの領民:草
「どうしてそうなりますの!」
コメントが笑いへ流れたところで、止めていた映像を再生する。
◇
画面には、第991防衛で攻略側が左右へ広がった場面が映っていた。
「ここをご覧なさいませ。右班が先に入ったように見えますでしょう?」
《配信コメント》
名無しの攻略勢:見える
名無しの新規領民:右が速い
名無しの構成勢:中央が押してる?
「中央ですの」
再生速度を落とす。
中央前列が半歩だけ押し込む。
わたくしが正面へ意識を向けた、その瞬間に左右の二班が外周へ走った。
「先に動いた人を見るより、誰が相手の向きを変えたかを見る方が分かりやすいですわ」
《配信コメント》
名無しの新規領民:あー
名無しの攻略勢:中央が扉開けてる
名無しの構成勢:左右はその後か
名無しの領民:こういうの見ると30人戦やりたくなる
名無しの領民:1000まだ?
名無しの領民:あと9?
「まだ九回ございますの!」
こういう数字だけは、皆様よく覚えておりますわね。
そのまま、右班の深さと中央の残し方まで映像を進める。
配信は、予定どおり戦術解説へ戻っていった。
◇
休憩に入ると、コメント欄の流れがまた少しだけ変わった。
《配信コメント》
名無しの怪談勢:じゃあ前の音は何だったの
名無しの領民:結局なに
名無しの検証勢:分からん
名無しの領民:今来た 怪談回?
名無しの噂好き:今回止まった人を探せば分かるのでは
名無しの規約確認勢:探すな
わたくしが扇子を閉じる前に、別の表示名が続く。
《配信コメント》
名無しの領民:誰だったか当てようぜ
「おやめなさいませ」
そこだけは待たない。
「公開されていない参加者を特定することは、検証ではございませんの」
『当てても誰も助からない』
ライカの声が重なった。
コメントの流れが、数秒だけ遅くなる。
《配信コメント》
名無しの噂好き:了解
名無しの怪談勢:じゃあ幽霊だけ追う
名無しの検証勢:それも追うな
名無しの領民:戦術映像の続きください
「最初からその予定ですわ!」
次の映像を開く。
攻略側の後衛が、撃てる位置にいながら攻撃しなかった場面。
「ええ、ここですの。撃てますのに撃ちません」
『誰かさんが八周年で散々言ってたやつだな』
「どなたのことでして?」
『知らねえ』
《配信コメント》
名無しの領民:本人
名無しの攻略勢:撃てる=撃つじゃない
名無しの新規領民:前の人の退路残してる?
名無しの構成勢:そこ見るのか
噂の話で始まった配信は、いつものように戦闘の見方へ戻っていった。
予定時刻まで、配信を続けた。
◇
終了後。
公開窓をすべて閉じる。
コメントも通話窓も消え、配信側の表示がなくなってから、隔離監視の通知が一件だけ開いた。
《隔離断片:短時間波形》
増加も移動もない。攻撃判定、権限要求、外部通信もなし。
新しく残ったのは、波形だけですの。
再生する。
短い低音が、一度だけ鳴った。
続きはない。
その後、同じ波形も発生していない。
以前、配信音声へ一度だけ混ざった異常音と照合する。
《完全一致:なし》
《近似:あり》
《同一原因:未確定》
近い。けれど同じではなく、原因を結ぶ記録もない。
「似ていることと、同じ原因であることは別ですの」
呼びかける理由も、応答だと扱う材料もない。短い波形が一度出た。それだけですの。
《分類候補》
既存の確定分類へ入れるには材料が足りない。
事件名にも、主体名にも進めない。
比較と監視のために、保留名だけを置く。
《同期ノイズ》
過去の孤立音と同じ監視群へ入れる。
《関連性仮説:低 → 低・要観測》
変わったのは、観測優先度が一段だけ。
完全一致でも、主体の応答でもない。だから答えにはしない。
不具合は鳴きませんわ。
そして今聞いたものが、何かの声だったと決める材料も、まだございませんの。