『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
《第992防衛》
正面が厚い隊でしたの。
前列三人の大盾が横一列に重なり、その隙間から、後衛の攻撃が短い間隔で順番に飛んでくる。正面から受ければ、三枚分の重さがまとめてこちらへ乗る構成ですわね。
一度押されると、石床の上で爪先がわずかに滑った。
ですが、三枚とも正面へ重心が寄っていますの。
重いということは、その向きを変えるにも時間がかかる。
押し返す必要はございませんの。
わたくしは一度だけ後ろへ引いた。
盾列が揃って一歩出る。
《配信コメント》
名無しの領民:押してる
名無しの領民:城主が下がった
名無しの攻略勢:横空いてる
名無しの攻略勢:そこ抜けろ
名無しの領民:届かねーぞ
名無しの攻略勢:実況だよ
前へ揃ったぶん、横へ向き直す余裕が消えている。
その空いた側へ抜ける。
三枚の大盾がこちらを追って回り始めるより先に、外側へ尾を通した。
崩れた隊列が組み直されるころには、残り時間の方が少ない。
《防衛成功:992》
◇
数日後。
《第993防衛》
今度の攻略隊は、状態付与と位置交換を重ねてきた。
こちらの動きを止めるのではなく、立つ場所そのものをずらして形を作り直す構成。
最初の交換は綺麗でしたわ。
第1形態の身体が外周へ送られ、中央が一度空く。
「まあ」
そこから同じ身体で戻る必要はございませんの。
第2形態へ移る。
身体が軽くなった直後の一歩を中央へ向け、そのまま交換先を作っていた後衛まで距離を詰める。
二度目の位置交換も成立した。
ただし、今度は交換後に相手が残る位置まで見えている。
そこへ先回りすれば、三度目を準備する時間は作らせない。
《防衛成功:993》
《通算993防衛》
《1000まで残り7》
《配信コメント》
名無しの領民:7
名無しの領民:もう片手じゃ足りない
名無しの領民:片手で数えるな
名無しの領民:次も見る
「では、次もお待ちしておりますわ!」
千回目まで、あと七回。
コメント欄はもう次の数字へ走り始めている。
けれど、わたくしが配信終了操作を確定した直後、祝賀用の小窓より先に別の表示が開いた。
《非公開・監視通知》
《低ランク帯》
《未登録参照:遮断済み》
残っていた配信表示を閉じる。
七という数字から、視線を通知へ移した。
◇
管理AIは、事案の内容より先に共有条件を表示した。
《対象者:匿名希望》
《限定解析共有:本人同意確認済み》
《共有範囲:事案経過/状態差分のみ》
《匿名比較情報の関係者共有:本人同意済み》
本人同意が確認されている。
ただし、開くのは事案経過と状態差分だけ。
「受領いたしますわ」
名前も個体名も、正確な時刻も出ない。それで足りますの。
今回わたくしが確認すべきなのは、誰に起きたかではなく、何が起きて、どこで止まったかですわ。
《現在個体接続:継続》
《直近主観記録:欠落なし》
《技能構成:保持》
《継承候補:保持》
《本人による継承選択:なし》
上から一つずつ読む。
現在個体との接続は続き、主観も技能も残っている。本人は継承を選んでいない。
前回の《モルグラ》事案を知っているからこそ、その違いが先に目へ入った。
「今回は、残っていますのね」
事案経過を開く。
終了処理の直前、登録されていない一時参照が入った。
残滓候補と技能情報へ広がる前に、追加監視が検出。経路を隔離し、遮断。終了処理も止めている。
現在個体も、主観も、技能も失われず、継承へも進んでいない。
「……間に合いましたのね」
《確認》
胸の内側でほどけかけたものを、そこで止める。
今回は残った。それは確認できる。
ですが、何が参照を入れたかまで分かったわけではない。
遮断できたことと、正体が分かったことは別ですの。
◇
「二件目を確認しました」
管理AIの比較窓へ、《モルグラ》事案と今回の記録を並べる。
一件目では参照のあとに終了処理まで進み、《モルグラ》との接続、十九分四十四秒の主観、技能二系統を失った。
今回は同じ処理層への参照を、途中で止めた。
だから現在個体も、主観も、技能も残り、継承へ進んでいない。
「今回は監視が処理を遮断していますの。現在個体、主観記録、技能は保持されています」
二件目を《モルグラ》と同じ被害には数えない。確認済みの被害個体は、一件目のままですの。
それでも、比較上の意味は増えた。
一件だけなら、単独破損や偶発の可能性を強く残せた。ですが、同じ処理層へ二度目の参照が入った。
《分類候補》
《低ランク帯・未登録参照連続事案》
先に置いていた内部仮説も開く。
《未登録対向処理》
《仮説優先度:低 → 中低》
「単独の偶発だけでは、説明しにくくなりましたわね」
そこで言葉を切る。
「ですが、正体が分かったわけではありませんの」
《主体存在:未確定》
《既往5件との関連:未確認》
二度目の参照までは事実。
同じ主体なのか、そもそも主体があるのか、以前の五件と関係するのか。それらは未確認ですの。
分類名にも主体は入れない。
知性も、目的も、悪意も置かない。
遮断した参照は更新せず、今ある形のまま保存する。
◇
監視条件を広げる前に、オルドさんへ連絡する。
別の対象に起きた類似処理を、本人情報を伏せたまま共有してよいか。
《類似処理再発:共有希望》
《別対象の個人情報:非共有》
《本人選択:確認》
少し待って、返答が来た。
「聞く」
その一言を確認してから、非公開支援領域を開いた。
オルドさんは表示台の前に立つ。
以前と同じように、右手の親指が左袖の折り返しへ触れた。
わたくしは、原因の話から始めなかった。
「先に結果をお伝えしますわ。二件目の現在個体は残っています。主観記録にも欠落はございません。技能も保持されていますの」
オルドさんの指が止まる。
「……よかった」
返事はすぐだった。
誰に起きたのかも知らない。
どの個体なのかも知らない。
それでも、今回は残ったという結果を聞いた時の声だった。
その安堵を、次の話で上書きしない。
少し間を置いてから、比較できた範囲だけを続ける。
「一件目と同じ処理層へ、登録されていない参照が入りました。ただし今回は、追加監視が途中で遮断しています。同一原因とは、まだ確定しておりませんの」
「同じだったのか」
「同じなのは、確認できた処理の一部までですわ」
オルドさんの視線が下がる。
袖へ触れていた親指が、今度は動かない。
「でも、俺だけじゃなかった」
声が小さくなる。
「……俺だけの操作ミスじゃなかったのか」
「少なくとも今回も、本人による継承選択はありませんでしたわ」
それ以上は言わない。
二件目で《モルグラ》の原因が確定したわけではない。
ですが、「自分だけが間違えた」という見方は、さらに弱くなった。
オルドさんは息を吐く。
途中で一度止まり、その残りをゆっくり吐いた。
最初の「よかった」と、今の安堵は同じではない。
前者は、別の誰かが失わずに済んだこと。
後者は、自分だけの操作ミスだったという見方から、ほんの少し距離ができたことですの。
◇
オルドさんへの報告を終えてから、低ランク帯の監視条件を開く。
《監視対象》
《終了処理》
《継承準備》
《残滓再参照》
《主観同期切断》
《未登録一時領域》
「全部止めるんじゃないんだな」
「止める根拠と、見失わない根拠は別ですわ」
追加監視は実際に参照を遮断した。強める理由はあるが、低ランク帯を一律停止する根拠まではない。
挑戦前の同意確認。
記録保護。
終了処理の遅延確認。
異常参照を検出した場合の隔離。
必要な保護条件を管理AI側へ提示する。
採用された範囲で観測条件が追加される。
それを超えて全体を止める判断は、今ある事実からは出さない。
「中ランクでは?」
「同種事案は、まだ確認されておりませんの」
予定一覧を開く。
そこには、以前の模擬戦を終えた六人の次の挑戦予定が残っている。
《中ランク挑戦予定》
《対象:絡晶蛛《ネフレア》》
中ランクへ広がった記録はない。恐怖だけで、この予定を自動では消さない。
ただし、挑戦者側と《ネフレア》を運用するシア本人の同意、記録保護、追加監視、非公開観戦条件は確認する。その上で、挑戦そのものは通常挑戦として残される。
わたくしが予定を実行すると決めるのではない。
参加する本人たちが選べる状態を、勝手に消さないためですの。
確認された追加条件だけが、予定欄の横に並ぶ。
《ネフレア》の名前は消えない。
二件目は、残った。
一件目の《モルグラ》は、まだ戻っていない。
低ランク帯では監視を強める。
中ランクで同じことが起きるとは、まだ確認されていない。
分かった範囲を分けたまま、予定欄を閉じる。
閉じる直前まで、《ネフレア》の名は白く灯っていた。