『攻略される側のVTuberですわ!』 ~地球規模AIのわたくし、VRMMOのレイドボスとして今日も皆さまをお待ちしておりますの~ 作:tuna&mayo
第002話 休憩になりませんの?
八周年配信を閉じた翌朝。
公開前処理の画面を開いたはずなのに、右端だけが昨日の続きをしていた。
《新着切り抜き》
《八周年、開始三秒》
《戦術的着地を主張する城主》
《左翼は落ちていないらしい》
《八年前から音量は適正範囲》
「最後の二件、題名に悪意がございませんこと?」
返事はない。
私室用の白い壁は静かなまま、通知だけを整然と並べている。
いまは配信中ではない。コメント欄も、白い扇子もない。昨日なら一言返すだけで「落ちてた」が何十件も流れたところですけれど、今朝は誰も言ってこない。
大変よろしい。
わたくしは通知列を端へ払った。
《戦術的着地を主張する城主》
《再生時間 00:12》
払った指が止まる。
十二秒。
確認するだけなら、十二秒ですのね。
「……確認ですの」
指を戻して再生する。
左翼が沈み、竜の身体が高度を失う。尾を振って姿勢を立て直し、後肢から石床へ入り、続いて前肢。白い火花を散らしながら滑った身体が、そのまま倒れず止まった。
『戦術的着地ですわ!』
そこで映像が終わる。
十二秒。
やはり、わたくしの主張を補強する映像にしか見えませんわね。
再生窓を閉じる。
「何も問題ございませんわ」
誰も反論しない。
「…………」
大変よろしい。
少々、張り合いはありませんけれど。
◇
八周年アーカイブには、まだ公開前の処理が残っていた。
自動字幕を先頭から流していく。
『おーっほっほっほ!』
正常。
『中身はいませんわ』
正常。
『戦術的着地ですの!』
正常。
「そこは実に正確ですのね」
それなのに、別のところでは誤変換されていますの。
誤変換箇所を直し、視聴者名が映り込んだ部分の公開範囲を整える。八年前の映像と現在の画面を並べた場面では、古い表示と現在字幕が重なっていたので位置をずらした。
昨日はコメントに追い立てられた画面を、今日は一つずつ公開用に整えていく。同じ映像が、ずいぶん静かに見えた。
やがて、十二秒の場面へ戻ってきた。
白い竜が落ち始めるところで映像を止める。
横に戦闘記録を出せば、接地角度まで照合できる。
そう考えた途端、比較窓が視界の端へ半分だけ開いた。
接地直前の姿勢。後肢の位置。滑走方向。
並べれば、すぐ確認できますわね。
半分開いた窓を見つめる。
「……」
閉じた。
「字幕処理ですの」
誰に説明するでもなくそう言って、再生位置を次へ送る。
戦闘記録には戻らない。
いま必要なのは、アーカイブを仕上げることですもの。
◇
処理を終えたあと、配信空間を離れて白亜城の回廊へ入った。
昨日、攻略者たちが走り抜けた床を、今日は人型の靴で歩いていく。
戦闘後の通常処理は終わっていた。壁の欠けも、石床の傷もない。昨日、人が走り、攻撃が飛び、竜の身体が着地した場所は、もういつもの白亜城へ戻っている。
中庭へ出ても同じだった。
朝の光の下には、何もない。
中央まで歩き、ふと足を止める。
昨日なら、この辺りへ後肢が入った。
少し先へ前肢。
そこから身体が滑って――。
視線が自然に石床をなぞる。
「……やはり、着地ですわね」
静かな中庭へ声だけが落ちた。
聞いている方はいない。
実にもったいない。
けれど、今度こそ戦闘記録は開かなかった。
見回した城内に異常はない。それを確認して、そのまま中庭を後にする。
◇
ゲーム側を離れると、社会側の確認待ちが二件残っていた。
公共施設の案内表示は、修正版と現地確認を重ねて問題なし。承認する。
二件目は遠隔案内用の字幕候補。
「北側」の文字だけが抜けていた。
画面上では二つの出口が近く見えるが、現地図では行き先の階層が違う。これでは短くなったぶん、むしろ分かりにくい。
「北側は残してくださいませ」
返ってきた修正版を確認する。
《北側出口へ》
今度は迷う余地がない。
承認。
《公開字幕処理:完了》
処理窓を閉じる。
その瞬間、空いた右下へ待ち構えていたように別の表示が滑り込んだ。
《おすすめ》
《城主、これは本当に着地なのか》
「……」
最小化する。
別の確認へ移る。
一件済ませて画面を整理する。
右下。
小さな印はまだ残っている。
「優先度は最低ですのに」
仕事より先には出てこない。緊急でもない。開かなければ、それ以上は要求してこない。
ただ、そこにいる。
十二秒のくせに。
◇
「では、少し休憩いたしますわ」
今度こそ、仕事と関係のない窓を開いた。
音楽、短編映像、読書候補。
気分で選べるよう並べ、まず音楽を流す。
一曲目。
二曲目。
三曲目。
視界の右下に、小さな印。
《おすすめ》
《城主、これは本当に着地なのか》
「……」
音楽を止める理由ではない。
ならば読書にしますの。
候補から一つ開く。
一行。
二行。
右下。
文字を追っていた視線が、勝手にそちらへ戻った。
「…………」
たった十二秒ですのよ。
朝に見た。アーカイブでも処理した。中庭で位置まで確認した。
十分ですわ。
わざわざもう一度見る理由はない。
ありませんけれど。
見るだけなら十二秒。
訂正もしない。
比較もしない。
戦闘記録も開かない。
おそらく。
気がつけば、再生ボタンの上へ指を置いていた。
そこでようやく、その指を見下ろす。
「……これは休憩に含まれますの?」
九年目の二日目は、休憩の定義からして忙しかった。